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第2話 小さな婚約者(お題: ぬいぐるみ)
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「傷害事件!?」
美咲・真木法律事務所に完璧なユニゾンで叫び声が響き渡る。
「ちょっと猛! あんたまた面倒事に巻き込まれてたの? 巻き込まれるのは勝手だけど、うちの事務所にその面倒事を持ち込まないでよ!」
怒り心頭で大柄な男に怯むことなく怒鳴っているのはこの事務所のボス、美咲涼子である。
「で、なんでお前は待ち合わせ場所にこの事務所を使うんだ?」
腕組みをして呆れ果てながら冷静な声で大柄な男に話しかけているのは涼子のビジネスパートナーの真木洋介だ。
そしてこの二人から責められているのが海藤猛、売れない探偵だ。
「仕事があるから事務所に来いと呼びつけたのは涼子だろ!」
手の甲から流れている血をペーパータオルで無造作に拭きながら、呼びつけておいて怒鳴るとは納得いかないと猛は不満を顕にした。
「あんたは厄介事ホイホイなの? トラブルマグネットなの? なんで血だらけで平然と『よお』とか言いながら入ってくるのよ!」
そう文句を言いながらも涼子は猛のために救急箱を持ってきて傷の手当を始めている。
「イテテ、乱暴だな。もっとやさしくしてくれよ」
「手当をしてもらえるだけ有り難いと思いなさい!」
これ以上涼子に文句を言っても罵声が倍になって返ってくるだけだと知っている猛は、大人しく黙ることにした。
「ちゃんと順を追って説明しろ」
冷ややかな洋介の声に猛の身体がビクリと反応する。
「洋介、何か怒ってるか?」
恐る恐る猛が尋ねる。
「別に怒ってない、呆れてるだけだ」
冷たいトーンのままの洋介の声。
猛が事の顛末を話し始める。
この事務所に向かう途中で男に言いがかりをつけられている親子連れに遭遇して子供を庇って怪我をしたということ、その後、警察を呼んで犯人の引き渡しや状況説明などをしていたことを涼子と洋介に説明した。
被害者親子がどうしても猛にお礼を伝えたいということで今日の午後はこの事務所で打ち合わせをしていることを猛がその親子に教えたらしい。子供は無傷だったが念のため病院で検査してしてからその親子はここを訪ねてくることになっている。
「その親子が無事だったことは良かった。見ず知らずの子供を助けたことは立派な行いで褒められるべきことだ。でも、お前はなんでそんな大怪我をしている? いくら子供を庇っていたからといっても暴漢の一人や二人お前なら簡単に捕縛できるだろ」
洋介の声にだんだんと怒り色が増してゆく。
猛の怪我の手当をしながらこの会話を聞いていた涼子は内心、「洋介、あんたは単に猛の怪我が心配なだけでしょ。素直に心配だと言いなさいよ」と思いながら笑いを堪えるのに苦労していた。
――コン、コン、コン
ノックの音。
洋介がドアを開けると見知らぬ親子が立っていた。先程から話題に上っている親子だろう。
「こちらに海藤さんがいらっしゃると聞いて失礼だとは思いましたがどうしてもお礼が言いたくて押しかけて来てしまいました」
その美しい女性は猛が助けたであろう子供の手をしっかりと握って深々と頭を下げていた。
「はい、海藤でしたらこちらにおります。どうぞお掛けください」と洋介がその親子に応接室のソファーを勧めたが、母親は「いえ、お礼をお伝えしたらすぐにお暇いたしますので」と丁寧に辞退した。
猛の姿を見つけた子供が猛に駆け寄り、大事そうに抱いていたテディベアを猛に元気よく差し出す。
「おじさん! 私が大きくなったらおじさんと結婚してあげる。私が大きくなるまではこの子で我慢しててね」
差し出されたテディベアを突き返すわけにもいかず猛は「ありがとう」とそのぬいぐるみを受け取る。
母親も猛に歩み寄り、有名洋菓子店のロゴが入った袋を手渡しながら「本当にありがとうございました」ともう一度深々と頭を下げ、「お仕事中にお邪魔して申し訳ありませんでした」と子供の手を取り出口へと向かった。
その子供は、ドアを出ていくときに振り返り大きな声で「おじさん! 浮気しちゃダメだからね。その子が見張ってるからね」と無邪気に手を振っていた。
二人を見送った後の事務所に静けさが戻る。
洋介が猛に近づき、「おめでとう、猛。かわいい婚約者ができてよかったな」と猛の肩をポンと叩き、「浮気はダメらしいぞ」と真顔で言う。
「今どきのデジタル世代の子供ならGPSとか盗聴マイクとかをそのテディベアに仕込んでるんじゃないの?」と涼子が手当の終わった救急箱を片付けながら言う。
それを聞いた猛が顔色を変えてテディベアをゴソゴソと調べ始めたのを見て洋介が「真に受けたのか、お前?」と笑いだした。
「俺の人生のパートナーはお前だけだからな、洋介!」
からかわれたことに腹を立てたのか、たとえ冗談でも自分の恋人をあっさり人に譲ってしまう洋介に苛立ったからなのか、半ばムキになって猛が唐突に宣言する。
見ず知らずの他人を自分の身の危険を顧みず助ける猛を誇らしく思う反面、後先考えずに飛び込んでいく猛のことが心配で仕方ない。だが、そんな猛を洋介は心から愛している。
「分かってる」
猛の宣言にそう答える洋介の穏やかで美しい微笑みに猛は安堵し、大きく一回深呼吸をしてからゆっくりと洋介に微笑みを返した。
美咲・真木法律事務所に完璧なユニゾンで叫び声が響き渡る。
「ちょっと猛! あんたまた面倒事に巻き込まれてたの? 巻き込まれるのは勝手だけど、うちの事務所にその面倒事を持ち込まないでよ!」
怒り心頭で大柄な男に怯むことなく怒鳴っているのはこの事務所のボス、美咲涼子である。
「で、なんでお前は待ち合わせ場所にこの事務所を使うんだ?」
腕組みをして呆れ果てながら冷静な声で大柄な男に話しかけているのは涼子のビジネスパートナーの真木洋介だ。
そしてこの二人から責められているのが海藤猛、売れない探偵だ。
「仕事があるから事務所に来いと呼びつけたのは涼子だろ!」
手の甲から流れている血をペーパータオルで無造作に拭きながら、呼びつけておいて怒鳴るとは納得いかないと猛は不満を顕にした。
「あんたは厄介事ホイホイなの? トラブルマグネットなの? なんで血だらけで平然と『よお』とか言いながら入ってくるのよ!」
そう文句を言いながらも涼子は猛のために救急箱を持ってきて傷の手当を始めている。
「イテテ、乱暴だな。もっとやさしくしてくれよ」
「手当をしてもらえるだけ有り難いと思いなさい!」
これ以上涼子に文句を言っても罵声が倍になって返ってくるだけだと知っている猛は、大人しく黙ることにした。
「ちゃんと順を追って説明しろ」
冷ややかな洋介の声に猛の身体がビクリと反応する。
「洋介、何か怒ってるか?」
恐る恐る猛が尋ねる。
「別に怒ってない、呆れてるだけだ」
冷たいトーンのままの洋介の声。
猛が事の顛末を話し始める。
この事務所に向かう途中で男に言いがかりをつけられている親子連れに遭遇して子供を庇って怪我をしたということ、その後、警察を呼んで犯人の引き渡しや状況説明などをしていたことを涼子と洋介に説明した。
被害者親子がどうしても猛にお礼を伝えたいということで今日の午後はこの事務所で打ち合わせをしていることを猛がその親子に教えたらしい。子供は無傷だったが念のため病院で検査してしてからその親子はここを訪ねてくることになっている。
「その親子が無事だったことは良かった。見ず知らずの子供を助けたことは立派な行いで褒められるべきことだ。でも、お前はなんでそんな大怪我をしている? いくら子供を庇っていたからといっても暴漢の一人や二人お前なら簡単に捕縛できるだろ」
洋介の声にだんだんと怒り色が増してゆく。
猛の怪我の手当をしながらこの会話を聞いていた涼子は内心、「洋介、あんたは単に猛の怪我が心配なだけでしょ。素直に心配だと言いなさいよ」と思いながら笑いを堪えるのに苦労していた。
――コン、コン、コン
ノックの音。
洋介がドアを開けると見知らぬ親子が立っていた。先程から話題に上っている親子だろう。
「こちらに海藤さんがいらっしゃると聞いて失礼だとは思いましたがどうしてもお礼が言いたくて押しかけて来てしまいました」
その美しい女性は猛が助けたであろう子供の手をしっかりと握って深々と頭を下げていた。
「はい、海藤でしたらこちらにおります。どうぞお掛けください」と洋介がその親子に応接室のソファーを勧めたが、母親は「いえ、お礼をお伝えしたらすぐにお暇いたしますので」と丁寧に辞退した。
猛の姿を見つけた子供が猛に駆け寄り、大事そうに抱いていたテディベアを猛に元気よく差し出す。
「おじさん! 私が大きくなったらおじさんと結婚してあげる。私が大きくなるまではこの子で我慢しててね」
差し出されたテディベアを突き返すわけにもいかず猛は「ありがとう」とそのぬいぐるみを受け取る。
母親も猛に歩み寄り、有名洋菓子店のロゴが入った袋を手渡しながら「本当にありがとうございました」ともう一度深々と頭を下げ、「お仕事中にお邪魔して申し訳ありませんでした」と子供の手を取り出口へと向かった。
その子供は、ドアを出ていくときに振り返り大きな声で「おじさん! 浮気しちゃダメだからね。その子が見張ってるからね」と無邪気に手を振っていた。
二人を見送った後の事務所に静けさが戻る。
洋介が猛に近づき、「おめでとう、猛。かわいい婚約者ができてよかったな」と猛の肩をポンと叩き、「浮気はダメらしいぞ」と真顔で言う。
「今どきのデジタル世代の子供ならGPSとか盗聴マイクとかをそのテディベアに仕込んでるんじゃないの?」と涼子が手当の終わった救急箱を片付けながら言う。
それを聞いた猛が顔色を変えてテディベアをゴソゴソと調べ始めたのを見て洋介が「真に受けたのか、お前?」と笑いだした。
「俺の人生のパートナーはお前だけだからな、洋介!」
からかわれたことに腹を立てたのか、たとえ冗談でも自分の恋人をあっさり人に譲ってしまう洋介に苛立ったからなのか、半ばムキになって猛が唐突に宣言する。
見ず知らずの他人を自分の身の危険を顧みず助ける猛を誇らしく思う反面、後先考えずに飛び込んでいく猛のことが心配で仕方ない。だが、そんな猛を洋介は心から愛している。
「分かってる」
猛の宣言にそう答える洋介の穏やかで美しい微笑みに猛は安堵し、大きく一回深呼吸をしてからゆっくりと洋介に微笑みを返した。
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