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64.会いたかった
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「いやっ……!」
悲鳴のような声を上げた直後、突然腕が解放された。
急に身を翻したフェリクの呻き声が聞こえ、ジゼルはきつく閉じていた瞼をそっと開く。見れば自らの左腕を押さえる彼は地面に膝をつき、表情は苦痛に歪んでいた。ぼたぼたと赤い液体が地面に滴り落ちている。
「僕のジゼルに触るな」
聞こえた声は、恐怖で震えていた体に染み渡るようだった。今度こそ紛れもなく、会いたかった彼の声。
視線をゆっくり動かしたジゼルの目に映るのは、凍てつく氷のような目でフェリクを見下ろすリュートの姿だった。
構えた剣を崩さない彼の目は見たことがないほどに冷徹で、先ほどまであんなに強気だったフェリクですら顔色を悪くしている。
それでも見間違えるはずなんかない。会いたくて仕方なかったリュートがここにいる。
「リュート……」
嬉しい。愛しい。それに押し寄せる安堵。
色んな感情があふれ出て、堪えていた涙が止めどなく頬を伝って落ちる。
緊張の糸が途切れたジゼルの背は木からずり落ち、草地の上にぺたりと座り込む。
その様子はまるで崩れ落ちたようだった。それを目にしたリュートは顔色を変えて、腰の剣帯へと刃を納める。
「ジゼル!」
急ぎ駆け寄ったリュートはジゼルを強く抱きしめる。
さっきフェリクに触れられた時はあんなに恐ろしかったのに、温かな腕は強張っていた心を一瞬で解してくれた。
視界の端でみるみるうちに金の毛先が赤く染まり、徐々に深紅へと色を戻していく。
リュートに会えば解けると言ったジェイドの言葉は嘘ではなかった。
「大丈夫か? なんでこんなところに……。それに髪も目も……」
「もう大丈夫よ。だって会えたもの……。髪の色が違ったのに、どうして私だとわかったの?」
「僕がジゼルを見間違えるはずないよ。それに君の優しい魔力はもう身に染みて覚えてるから」
リュートが見た先ほどの姿は偽りだ。顔かたちは変わらないけど、金の髪も青い瞳も一見ジゼルだとは気づかないだろう。なのに彼はわかってくれた。そのことが妙に嬉しかった。
「会いたかったの。リュートを追わなきゃ、もう二度と会えなくなるんじゃないかと思ったの……」
「そんなわけないだろ……。僕の居場所はジゼルのそばだけだよ」
ほろほろと零れる雫は止まらない。泣き続けるジゼルをより一層抱き寄せたリュートの力は強いのに、恐怖など微塵も感じなかった。むしろじんわりと心地良い安心感が心と体を満たしていく。
うっとり身を任せるジゼルだったが、フェリクの震える声が現実へと引き戻す。
「あ、赤い髪……! その女、魔族か? 何を企んでいる? まさか母上だけでなく、俺の命も奪うつもりなのか?」
情けなく狼狽える姿は、恐怖に震えるジゼルを凌辱しようとした男とは思えない。
弟へと視線を移したリュートの目は凪いだ水面のように静かだった。やはりこの二人はあまり似ていない。
「さっきまでそれも考えてたけど、出来るなら避けたい。君はユスシアでの唯一の支えだったから……。僕はただジゼルのそばにいたいだけだ。やっと生きたい場所を見つけたんだ」
「生きたい場所? 全くめでたい奴だよな、忌まわしい存在である自覚はないのか? 化け物のくせに、生かせてもらっているだけでもありがたく思えよ」
一瞬、意味がわからなかった。フェリクの言葉はあまりにもジゼルの常識とかけ離れていたから。呆然と眺めるジゼルの目の前で、彼は口角を歪に引き上げる。
「せっかくこの国にいる意味を俺自らが与えてやってたのに、国を出たいだなんて……恩知らずにもほどがある」
「黙りなさい! リュートは化け物なんかじゃないわ! のうのうと守られて生きているいるくせに、偉そうな口を利かないで」
瞬間的に怒りが沸騰した。好きな男を侮辱されて、冷静でいることなどジゼルには到底無理なことだ。
燃えるような瞳を吊り上げ、咄嗟に叫んでしまった。
悲鳴のような声を上げた直後、突然腕が解放された。
急に身を翻したフェリクの呻き声が聞こえ、ジゼルはきつく閉じていた瞼をそっと開く。見れば自らの左腕を押さえる彼は地面に膝をつき、表情は苦痛に歪んでいた。ぼたぼたと赤い液体が地面に滴り落ちている。
「僕のジゼルに触るな」
聞こえた声は、恐怖で震えていた体に染み渡るようだった。今度こそ紛れもなく、会いたかった彼の声。
視線をゆっくり動かしたジゼルの目に映るのは、凍てつく氷のような目でフェリクを見下ろすリュートの姿だった。
構えた剣を崩さない彼の目は見たことがないほどに冷徹で、先ほどまであんなに強気だったフェリクですら顔色を悪くしている。
それでも見間違えるはずなんかない。会いたくて仕方なかったリュートがここにいる。
「リュート……」
嬉しい。愛しい。それに押し寄せる安堵。
色んな感情があふれ出て、堪えていた涙が止めどなく頬を伝って落ちる。
緊張の糸が途切れたジゼルの背は木からずり落ち、草地の上にぺたりと座り込む。
その様子はまるで崩れ落ちたようだった。それを目にしたリュートは顔色を変えて、腰の剣帯へと刃を納める。
「ジゼル!」
急ぎ駆け寄ったリュートはジゼルを強く抱きしめる。
さっきフェリクに触れられた時はあんなに恐ろしかったのに、温かな腕は強張っていた心を一瞬で解してくれた。
視界の端でみるみるうちに金の毛先が赤く染まり、徐々に深紅へと色を戻していく。
リュートに会えば解けると言ったジェイドの言葉は嘘ではなかった。
「大丈夫か? なんでこんなところに……。それに髪も目も……」
「もう大丈夫よ。だって会えたもの……。髪の色が違ったのに、どうして私だとわかったの?」
「僕がジゼルを見間違えるはずないよ。それに君の優しい魔力はもう身に染みて覚えてるから」
リュートが見た先ほどの姿は偽りだ。顔かたちは変わらないけど、金の髪も青い瞳も一見ジゼルだとは気づかないだろう。なのに彼はわかってくれた。そのことが妙に嬉しかった。
「会いたかったの。リュートを追わなきゃ、もう二度と会えなくなるんじゃないかと思ったの……」
「そんなわけないだろ……。僕の居場所はジゼルのそばだけだよ」
ほろほろと零れる雫は止まらない。泣き続けるジゼルをより一層抱き寄せたリュートの力は強いのに、恐怖など微塵も感じなかった。むしろじんわりと心地良い安心感が心と体を満たしていく。
うっとり身を任せるジゼルだったが、フェリクの震える声が現実へと引き戻す。
「あ、赤い髪……! その女、魔族か? 何を企んでいる? まさか母上だけでなく、俺の命も奪うつもりなのか?」
情けなく狼狽える姿は、恐怖に震えるジゼルを凌辱しようとした男とは思えない。
弟へと視線を移したリュートの目は凪いだ水面のように静かだった。やはりこの二人はあまり似ていない。
「さっきまでそれも考えてたけど、出来るなら避けたい。君はユスシアでの唯一の支えだったから……。僕はただジゼルのそばにいたいだけだ。やっと生きたい場所を見つけたんだ」
「生きたい場所? 全くめでたい奴だよな、忌まわしい存在である自覚はないのか? 化け物のくせに、生かせてもらっているだけでもありがたく思えよ」
一瞬、意味がわからなかった。フェリクの言葉はあまりにもジゼルの常識とかけ離れていたから。呆然と眺めるジゼルの目の前で、彼は口角を歪に引き上げる。
「せっかくこの国にいる意味を俺自らが与えてやってたのに、国を出たいだなんて……恩知らずにもほどがある」
「黙りなさい! リュートは化け物なんかじゃないわ! のうのうと守られて生きているいるくせに、偉そうな口を利かないで」
瞬間的に怒りが沸騰した。好きな男を侮辱されて、冷静でいることなどジゼルには到底無理なことだ。
燃えるような瞳を吊り上げ、咄嗟に叫んでしまった。
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