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55.囚われの身(sideリュート)
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どれくらいの時が経ったのだろう。
喉の渇きにより目覚めたリュートは、重く怠い瞼を開ける。
体のあちこちに不快な痛みを感じるのは、おそらく床に転がっているせいだ。
違和感を覚える首に手をやると硬質な感触が指に当たった。
「なんだ……?」
怠い体を無理に起こせば、金属の触れる硬質な音がする。
彷徨わせた視線の先、不自然な重みを感じる首から伸びた鎖が、ベッドに繋がっている様子が目に入る。
青みのあるこの金属には見覚えがあった。
これは愛用の剣と同じ魔石から作られた素材。頑丈さは良く知っている。
思わず込み上げてくる笑いを収めたリュートは、ふらつく足で立ち上がってみた。
垂れる鎖には余裕があり、部屋の中を行き来できるくらいの長さはありそうだ。
一歩進めるたびに金属が床を滑る。
じゃらりと響く嫌な音は耳障りだが、水が飲める配慮がされているのはありがたかった。
ユスシアは魔石のおかげで水が豊富だ。おかげで蛇口を開ければいくらでも溢れてくる。
流れ出る水で直接喉を潤し、ついでにスッキリしない頭を流水で冷やす。
そうしていると不意に部屋の扉が開いた。
この部屋を訪れるのはフェリクかメイリーン。そのどちらかのみだ。
先程の様子から弟の来訪はないだろう。水に濡れた顔を上げれば、予想通りメイリーンが不機嫌な目をして立っていた。
「何の用?」
喉から出た声は無感動で素っ気ない。だけどこれはいつものことだ。
そもそもメイリーンと穏やかな時間を過ごした記憶などない。
しかし、リュートの態度が気に入らないらしい妹の眉がぴくりと動いた。
これもまた日常のこと。気にも止めないリュートは滴る水を拭うため、近くにある布を手に取る。
「様子を見るように言われましたの。もう起きているなんて、本当に化け物ですわね」
先に声を掛けたのは自分だが、今更メイリーンの罵りなど特に興味もなかった。
妹を一瞥しただけで何も返さず、椅子に腰掛けたリュートは鎖を指に巻き付けては離す。
これといって会話もなく、しばらく金属の触れ合う小さな音だけが部屋に響いた。
沈黙に痺れを切らしたのか、メイリーンはリュートの隣に歩み寄る。
腕を組んで見下ろすその目には侮蔑と、更に苛立ちが混じり合っている。
「まさか、本当にフェリクお兄様が信頼を寄せてくださっていると思っておりましたの?」
メイリーンの軽蔑するような声も眼差しも慣れたものだ。
忌み嫌う癖に異常な執着を見せる妹とは長い年月を過ごしているが、彼女の事はいつまで経っても理解できないでいる。
何も言わないリュートの真横に立った彼女は、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「そんなわけないでしょう。気味の悪いお兄様を気にかけてあげているのは、このわたくしだけですの。イブリスになど行けるはずがないわ。醜く哀れなお兄様はわたくしの下でしか生きていけないのですもの。ご自分の立場をどうしておわかりにならないの?」
イブリスを口に出されるのは初めてだが、メイリーンの狂気を受け入れたあの日から、彼女の中でリュートは所有物となっている。
何度も繰り返されているセリフは、もはや脱力感しか湧き上がってこなかった。
こんな時にすら第一に考えるのはジゼルのことだ。
声が聴きたい。滑らかな髪に触れたい。あの白く柔らかな肌を撫でて、甘く蕩ける顔が見たい。
なによりイブリスで過ごした穏やかな日々のおかげで、ユスシアでの生活がいかに異常であるかを知ってしまった。
ため息をついたリュートは感情の薄い目を妹へ向ける。
「メイ……、君が僕を憎み嫌うのはよくわかる。なのになぜ僕に執着する?」
彼女にとってリュートは母を奪った憎い人物であり、嫌悪すべき異質な存在である。
ただ侮蔑し、迫害するのなら理解はできる。だけど独占欲すら感じさせる執心が不思議で仕方なかった。
しかし、リュートの疑問はメイリーンにとって屈辱だったらしい。
怒りで顔を赤く染めた彼女のまなじりがきつく吊り上がる。
喉の渇きにより目覚めたリュートは、重く怠い瞼を開ける。
体のあちこちに不快な痛みを感じるのは、おそらく床に転がっているせいだ。
違和感を覚える首に手をやると硬質な感触が指に当たった。
「なんだ……?」
怠い体を無理に起こせば、金属の触れる硬質な音がする。
彷徨わせた視線の先、不自然な重みを感じる首から伸びた鎖が、ベッドに繋がっている様子が目に入る。
青みのあるこの金属には見覚えがあった。
これは愛用の剣と同じ魔石から作られた素材。頑丈さは良く知っている。
思わず込み上げてくる笑いを収めたリュートは、ふらつく足で立ち上がってみた。
垂れる鎖には余裕があり、部屋の中を行き来できるくらいの長さはありそうだ。
一歩進めるたびに金属が床を滑る。
じゃらりと響く嫌な音は耳障りだが、水が飲める配慮がされているのはありがたかった。
ユスシアは魔石のおかげで水が豊富だ。おかげで蛇口を開ければいくらでも溢れてくる。
流れ出る水で直接喉を潤し、ついでにスッキリしない頭を流水で冷やす。
そうしていると不意に部屋の扉が開いた。
この部屋を訪れるのはフェリクかメイリーン。そのどちらかのみだ。
先程の様子から弟の来訪はないだろう。水に濡れた顔を上げれば、予想通りメイリーンが不機嫌な目をして立っていた。
「何の用?」
喉から出た声は無感動で素っ気ない。だけどこれはいつものことだ。
そもそもメイリーンと穏やかな時間を過ごした記憶などない。
しかし、リュートの態度が気に入らないらしい妹の眉がぴくりと動いた。
これもまた日常のこと。気にも止めないリュートは滴る水を拭うため、近くにある布を手に取る。
「様子を見るように言われましたの。もう起きているなんて、本当に化け物ですわね」
先に声を掛けたのは自分だが、今更メイリーンの罵りなど特に興味もなかった。
妹を一瞥しただけで何も返さず、椅子に腰掛けたリュートは鎖を指に巻き付けては離す。
これといって会話もなく、しばらく金属の触れ合う小さな音だけが部屋に響いた。
沈黙に痺れを切らしたのか、メイリーンはリュートの隣に歩み寄る。
腕を組んで見下ろすその目には侮蔑と、更に苛立ちが混じり合っている。
「まさか、本当にフェリクお兄様が信頼を寄せてくださっていると思っておりましたの?」
メイリーンの軽蔑するような声も眼差しも慣れたものだ。
忌み嫌う癖に異常な執着を見せる妹とは長い年月を過ごしているが、彼女の事はいつまで経っても理解できないでいる。
何も言わないリュートの真横に立った彼女は、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「そんなわけないでしょう。気味の悪いお兄様を気にかけてあげているのは、このわたくしだけですの。イブリスになど行けるはずがないわ。醜く哀れなお兄様はわたくしの下でしか生きていけないのですもの。ご自分の立場をどうしておわかりにならないの?」
イブリスを口に出されるのは初めてだが、メイリーンの狂気を受け入れたあの日から、彼女の中でリュートは所有物となっている。
何度も繰り返されているセリフは、もはや脱力感しか湧き上がってこなかった。
こんな時にすら第一に考えるのはジゼルのことだ。
声が聴きたい。滑らかな髪に触れたい。あの白く柔らかな肌を撫でて、甘く蕩ける顔が見たい。
なによりイブリスで過ごした穏やかな日々のおかげで、ユスシアでの生活がいかに異常であるかを知ってしまった。
ため息をついたリュートは感情の薄い目を妹へ向ける。
「メイ……、君が僕を憎み嫌うのはよくわかる。なのになぜ僕に執着する?」
彼女にとってリュートは母を奪った憎い人物であり、嫌悪すべき異質な存在である。
ただ侮蔑し、迫害するのなら理解はできる。だけど独占欲すら感じさせる執心が不思議で仕方なかった。
しかし、リュートの疑問はメイリーンにとって屈辱だったらしい。
怒りで顔を赤く染めた彼女のまなじりがきつく吊り上がる。
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