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49.待っていて
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もちろん問題はある。ユスシアとイブリス、王位以前の話だ。
だけど敢えてそこには触れないでおいた。
勝ち誇ったように口端を吊り上げ、ジゼルはわざと挑発的な笑みを浮かべる。
そうするとメイリーンの体はわなわなと震えて、射るような視線が痛いほどジゼルに注がれた。
わかりやすい嫉妬はリュートへの執着を確信させる。
傷痕から感じた呪詛のような禍々しい感情はまさにメイリーンのものだ。
「気持ち悪いのはお前よ。実の兄にあれほどの執着を向けるなんて、異常だわ」
「執着? わたくしがお兄様に? 侮辱するのもいい加減にして。わたくしはかわいそうなお兄様を憐れんで差しあげてますの。邪推をするのはやめてくださるかしら」
あくまで認めないつもりらしい。
メイリーンから感じられるのは兄への嫌悪、そして侮蔑。
だけど確実な執着は間違いではないだろう。
相反するような感情は不可解だけど、こんな女に愛しい彼を託すことはしたくなかった。
「馬鹿なこと言わないで。リュートは渡さない。だってユスシアには勿体ないもの。お前の態度だけで十分理解したわ」
「恋人だの、渡さないだの。さっきからおとなしく聞いていれば調子に乗って……。口の利き方には気をつけなさい。魔族のくせに、調子に乗るな!」
青いドレスのスリットをめくり上げた彼女は、太ももに装着していた短剣を振りかぶる。
この森は争いが禁止されている地。
それ以前にユスシアの王女がイブリスの者に刃を向けるなど、許されることではない。
激情に駆られたメイリーンはそんなことすら頭から抜けてしまっているのか、それとも何か策があるのか。
なんにせよリュートの恋人だと告げたジゼルがそれほど許せないらしい。
だけど従順に刃を受けるつもりはこれっぽっちもなかった。
(体の自由を奪う程度ならいいかしら)
雷魔法は得意だ。
指先に小さな電流を生み出したジゼルだが、一拍早くリュートの剣が青い軌跡を描く。
ジェイドと対峙していた時にも感じたけれど、彼の太刀筋をジゼルは把握出来ない。
キンと硬質な音が響き、メイリーンの手から離れた刃が地面を滑る。
何が起きたのか一瞬把握できなかったらしい彼女は落ちた短剣に視線を向けた。
しかしそちらへ向かうより早く、駆け寄ったリュートの構える青い切っ先がメイリーンの胴へぴたりと押し当てられた。
「お兄様……。まさか、本気でわたくしに逆らいますの?」
「ジゼルに手を出すな」
「生意気……」
わなわなと震えるメイリーンの瞳は、強気なジゼルがゾッとするほどの憎悪に満ち溢れている。
「絶対に許しませんわ。お兄様がわたくしの言いつけを破って、魔族の女にうつつを抜かしていたなんて……。 そんなのありえない、ありえないありえない……」
ブツブツと呪詛のように呟く妹を前にするリュートの表情は変わらない。
剣を収めた彼は短剣を拾い、メイリーンの前に差し出す。
しかし、ひったくるように受け取ろうとした彼女の腕を掴み、リュートは淡々と告げる。
「もしジゼルに危害を加えるのなら、僕は君を殺す」
リュートの声も表情も冷たく、まるで温度を感じさせなかった。
悔しげに歪むメイリーンの瞳が彼の後ろ、ジゼルに向けられる。
あまりにも苛烈な視線は思わず一歩後ろへ下がってしまうほどだった。
「馬鹿馬鹿しい。魔族の女など、どうでも良いですわ。わたくしの役目はお兄様を連れ帰ることですもの。お兄様が戻らなかったせいで、フェリクお兄様がお困りになっておりますの。とんだ手間でしたわ。早く戻りますわよ」
「言われなくとも戻るつもりだ」
「リュート!」
なかば名を叫んだジゼルは、彼を引き留めるよう腕にしがみついた。
泣きそうな顔で強い反対を示すジゼルの肩にそっと温かな手が触れる。
「予定より早く君と離れるのは残念だけど、もとより一度戻る気だったからね」
「そうだけど、お父様に事情を……」
「戻ってから話すよ。聞いてもらえるまで何年でも交渉する。その間ジゼルが待っててくれると嬉しいんだけど……」
「そんなの待つわけないでしょ! 戻ったらお父様とすぐに会わせてあげるから、だから、一日でも早く帰ってきて……」
被せるように言った勢いは語尾に連れて小さく細くなる。
上着の裾を掴み、俯いたジゼルの顎に指が添えられた。指先から伝わるこの体温を絶対に忘れない。
素直に上を向くと期待通りの優しいキスがくちびるに降ってくる。
「愛してる、ジゼル。必ず戻るから、どうかイブリスで待っていて」
「うん……」
ジゼルを見つめる目はいつも通りの優しい空の色。
彼の服を握る指を本当は離したくない。名残惜しい気持ちを押しとどめ、そっと白いシャツから手を離した。
だけど敢えてそこには触れないでおいた。
勝ち誇ったように口端を吊り上げ、ジゼルはわざと挑発的な笑みを浮かべる。
そうするとメイリーンの体はわなわなと震えて、射るような視線が痛いほどジゼルに注がれた。
わかりやすい嫉妬はリュートへの執着を確信させる。
傷痕から感じた呪詛のような禍々しい感情はまさにメイリーンのものだ。
「気持ち悪いのはお前よ。実の兄にあれほどの執着を向けるなんて、異常だわ」
「執着? わたくしがお兄様に? 侮辱するのもいい加減にして。わたくしはかわいそうなお兄様を憐れんで差しあげてますの。邪推をするのはやめてくださるかしら」
あくまで認めないつもりらしい。
メイリーンから感じられるのは兄への嫌悪、そして侮蔑。
だけど確実な執着は間違いではないだろう。
相反するような感情は不可解だけど、こんな女に愛しい彼を託すことはしたくなかった。
「馬鹿なこと言わないで。リュートは渡さない。だってユスシアには勿体ないもの。お前の態度だけで十分理解したわ」
「恋人だの、渡さないだの。さっきからおとなしく聞いていれば調子に乗って……。口の利き方には気をつけなさい。魔族のくせに、調子に乗るな!」
青いドレスのスリットをめくり上げた彼女は、太ももに装着していた短剣を振りかぶる。
この森は争いが禁止されている地。
それ以前にユスシアの王女がイブリスの者に刃を向けるなど、許されることではない。
激情に駆られたメイリーンはそんなことすら頭から抜けてしまっているのか、それとも何か策があるのか。
なんにせよリュートの恋人だと告げたジゼルがそれほど許せないらしい。
だけど従順に刃を受けるつもりはこれっぽっちもなかった。
(体の自由を奪う程度ならいいかしら)
雷魔法は得意だ。
指先に小さな電流を生み出したジゼルだが、一拍早くリュートの剣が青い軌跡を描く。
ジェイドと対峙していた時にも感じたけれど、彼の太刀筋をジゼルは把握出来ない。
キンと硬質な音が響き、メイリーンの手から離れた刃が地面を滑る。
何が起きたのか一瞬把握できなかったらしい彼女は落ちた短剣に視線を向けた。
しかしそちらへ向かうより早く、駆け寄ったリュートの構える青い切っ先がメイリーンの胴へぴたりと押し当てられた。
「お兄様……。まさか、本気でわたくしに逆らいますの?」
「ジゼルに手を出すな」
「生意気……」
わなわなと震えるメイリーンの瞳は、強気なジゼルがゾッとするほどの憎悪に満ち溢れている。
「絶対に許しませんわ。お兄様がわたくしの言いつけを破って、魔族の女にうつつを抜かしていたなんて……。 そんなのありえない、ありえないありえない……」
ブツブツと呪詛のように呟く妹を前にするリュートの表情は変わらない。
剣を収めた彼は短剣を拾い、メイリーンの前に差し出す。
しかし、ひったくるように受け取ろうとした彼女の腕を掴み、リュートは淡々と告げる。
「もしジゼルに危害を加えるのなら、僕は君を殺す」
リュートの声も表情も冷たく、まるで温度を感じさせなかった。
悔しげに歪むメイリーンの瞳が彼の後ろ、ジゼルに向けられる。
あまりにも苛烈な視線は思わず一歩後ろへ下がってしまうほどだった。
「馬鹿馬鹿しい。魔族の女など、どうでも良いですわ。わたくしの役目はお兄様を連れ帰ることですもの。お兄様が戻らなかったせいで、フェリクお兄様がお困りになっておりますの。とんだ手間でしたわ。早く戻りますわよ」
「言われなくとも戻るつもりだ」
「リュート!」
なかば名を叫んだジゼルは、彼を引き留めるよう腕にしがみついた。
泣きそうな顔で強い反対を示すジゼルの肩にそっと温かな手が触れる。
「予定より早く君と離れるのは残念だけど、もとより一度戻る気だったからね」
「そうだけど、お父様に事情を……」
「戻ってから話すよ。聞いてもらえるまで何年でも交渉する。その間ジゼルが待っててくれると嬉しいんだけど……」
「そんなの待つわけないでしょ! 戻ったらお父様とすぐに会わせてあげるから、だから、一日でも早く帰ってきて……」
被せるように言った勢いは語尾に連れて小さく細くなる。
上着の裾を掴み、俯いたジゼルの顎に指が添えられた。指先から伝わるこの体温を絶対に忘れない。
素直に上を向くと期待通りの優しいキスがくちびるに降ってくる。
「愛してる、ジゼル。必ず戻るから、どうかイブリスで待っていて」
「うん……」
ジゼルを見つめる目はいつも通りの優しい空の色。
彼の服を握る指を本当は離したくない。名残惜しい気持ちを押しとどめ、そっと白いシャツから手を離した。
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