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48.メイリーンとジゼル
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しかし苛立つ足で一歩メイリーンに近付いたジゼルの腕をリュートが掴む。
「離して。あなたの妹だろうが許せない! 私が礼儀を教え込んでやるわ」
「僕のことはいいんだ。君を巻き込みたくない」
「もう巻き込まれてるわよ。いくらなんでも急に魔法をお見舞いなんてしないから、安心して。とにかく話がしたいの」
心配してくれるのは嬉しいけど、屈辱に耐えるだけなんて性に合わない。
精一杯の冷静さを務めても不機嫌な瞳は隠せなかった。
だけど強い視線で見つめるジゼルに観念したのか、リュートは渋々了承した。
「わかった……。ただし、君の身分は明かさないでくれ」
ジゼルにしか聞こえない距離で囁いた声に素直に頷く。
おおごとにしないためにはそのほうが良いとジゼル自身も思ったから。
しかし先ほどから気になっていることだが、リュートの雰囲気がいつもと違って見える。
妹を見る冷たく無機質な表情は、まるで別人のようだ。
その違和感はジゼルに不安を抱かせるけれど、今はとにかく目の前の女が気に食わなかった。
胸を張ったジゼルは、義理の妹となるかもしれない相手へ高圧的な目を向ける。
「ごきげんよう、ユスシアの姫。ジゼルと申しますわ。残念ながら、よろしくなんて思えないわね。あまりにも礼儀知らずなんですもの。それともユスシアでは、人を侮辱することが友好の証なのかしら?」
燃えるような真紅の瞳を向けても、メイリーンは怯まない。
むしろ挑むような視線を返してくる。気の強さは同等のようだ。
「まあ、無礼ですこと。魔族に対する礼儀などありませんわ。それにお兄様は化け物ですもの。人間離れした体に奇妙な瞳。綺麗なのはフェリクお兄様にそっくりなお顔だけ。何も知らない部外者は引っ込んでくださいます?」
小馬鹿にしたメイリーンは扇を緩やかにそよぐ。
しかし部外者と言われて大人しく引っ込むようなジゼルではない。
カチンときた頭をひと呼吸で収め、余裕のある笑みを返すことにひとまず成功した。
「瞳の色なら知ってるわ。それに素晴らしい身体能力だって、とっても素敵よ。リュートは化け物なんかじゃない。私の大切な人なんですもの」
「大切ぅ? 化け物同士、気が合うという事かしら」
眉を吊り上げるメイリーンの目に浮かぶのは苛立ちだ。
ふふんと得意げな顔をするジゼルを心底忌々しそうに眺めた彼女は、気を取り直すように扇をぱちんと閉じた。
「でもどんなに醜い化け物でも、一応わたくしの兄、ユスシアの王子ですの。あなたは魔族の国へ戻っていただけて? さあ、お兄様。さっさとお戻りになりなさい」
あくまでも兄を見下す態度はジゼルの怒りを増長させる効果しかなかった。
あまりにも怒りが過ぎて、全身の毛が逆立つような錯覚を覚える。
「リュート、戻ることないわ。なんなのこの女。これがあなたの守りたいものなの?」
「お兄様の意志など関係ありませんわ。お兄様はわたくしの下僕ですの。わたくしに従い、守る義務がありますのよ」
「なんですって?」
下僕。確かにこの女はそう言った。
眉を盛大に顰めたジゼルが思わずリュートを見上げても、彼は否定も肯定もしなかった。
「お兄様、わたくしは早く戻るよう命じたはずです。どうして守れませんの? 今度は誓いの証を十字に刻み込んであげましょうか。ご自分の立場というものを、きちんとおわかりになって」
「まさか……、あの傷をつけたのは、この女なの?」
リュートの胸にある、消えない不快な傷痕。
しかし彼が返事をする前に、べきりと硬質なものをへし折る音が響いた。
何事かと不思議に思ったジゼルが音の方向を見れば、まなじりを吊り上げたメイリーンがいる。
先ほどまで彼女の顔を覆っていた繊細な扇子が無残な姿に変わり果てていた。
「……どうしてご存じですの? 外からは見えない傷なのに」
「恋人だからよ。大切な人って言ったでしょ。ユスシアの姫は理解力も乏しいのね」
あざ笑うジゼルはわざとらしくリュートにしなだれかかる。
ね? と可愛らしく見上げると、彼は躊躇しながらも頷いてくれた。
それから息を吐き、しっかりとジゼルの腰を抱いたリュートは覚悟を決めたような、そんな顔をしていた。
「メイ、彼女は僕の大切な人だ。もし危害を加えるのなら、君でも許さない」
静かな、だけど凛とした声が静かな森の中ではっきりと響く。
目を吊り上げ、ジゼルを睨みつけるメイリーンの表情は恐ろしく、もはや優雅さの欠片も見当たらなかった。
「なんですって? 何をおっしゃっているのかわからないわ。わたくしより魔族の女が大切だとでも?」
「そうよ。幸いにもリュートは王位を継承しないみたいだし、問題ないでしょ」
リュートが答える前に会話に割り込む。
彼を傷つける言葉しか口に出さないこの妹と話をさせたくなかったから。
「離して。あなたの妹だろうが許せない! 私が礼儀を教え込んでやるわ」
「僕のことはいいんだ。君を巻き込みたくない」
「もう巻き込まれてるわよ。いくらなんでも急に魔法をお見舞いなんてしないから、安心して。とにかく話がしたいの」
心配してくれるのは嬉しいけど、屈辱に耐えるだけなんて性に合わない。
精一杯の冷静さを務めても不機嫌な瞳は隠せなかった。
だけど強い視線で見つめるジゼルに観念したのか、リュートは渋々了承した。
「わかった……。ただし、君の身分は明かさないでくれ」
ジゼルにしか聞こえない距離で囁いた声に素直に頷く。
おおごとにしないためにはそのほうが良いとジゼル自身も思ったから。
しかし先ほどから気になっていることだが、リュートの雰囲気がいつもと違って見える。
妹を見る冷たく無機質な表情は、まるで別人のようだ。
その違和感はジゼルに不安を抱かせるけれど、今はとにかく目の前の女が気に食わなかった。
胸を張ったジゼルは、義理の妹となるかもしれない相手へ高圧的な目を向ける。
「ごきげんよう、ユスシアの姫。ジゼルと申しますわ。残念ながら、よろしくなんて思えないわね。あまりにも礼儀知らずなんですもの。それともユスシアでは、人を侮辱することが友好の証なのかしら?」
燃えるような真紅の瞳を向けても、メイリーンは怯まない。
むしろ挑むような視線を返してくる。気の強さは同等のようだ。
「まあ、無礼ですこと。魔族に対する礼儀などありませんわ。それにお兄様は化け物ですもの。人間離れした体に奇妙な瞳。綺麗なのはフェリクお兄様にそっくりなお顔だけ。何も知らない部外者は引っ込んでくださいます?」
小馬鹿にしたメイリーンは扇を緩やかにそよぐ。
しかし部外者と言われて大人しく引っ込むようなジゼルではない。
カチンときた頭をひと呼吸で収め、余裕のある笑みを返すことにひとまず成功した。
「瞳の色なら知ってるわ。それに素晴らしい身体能力だって、とっても素敵よ。リュートは化け物なんかじゃない。私の大切な人なんですもの」
「大切ぅ? 化け物同士、気が合うという事かしら」
眉を吊り上げるメイリーンの目に浮かぶのは苛立ちだ。
ふふんと得意げな顔をするジゼルを心底忌々しそうに眺めた彼女は、気を取り直すように扇をぱちんと閉じた。
「でもどんなに醜い化け物でも、一応わたくしの兄、ユスシアの王子ですの。あなたは魔族の国へ戻っていただけて? さあ、お兄様。さっさとお戻りになりなさい」
あくまでも兄を見下す態度はジゼルの怒りを増長させる効果しかなかった。
あまりにも怒りが過ぎて、全身の毛が逆立つような錯覚を覚える。
「リュート、戻ることないわ。なんなのこの女。これがあなたの守りたいものなの?」
「お兄様の意志など関係ありませんわ。お兄様はわたくしの下僕ですの。わたくしに従い、守る義務がありますのよ」
「なんですって?」
下僕。確かにこの女はそう言った。
眉を盛大に顰めたジゼルが思わずリュートを見上げても、彼は否定も肯定もしなかった。
「お兄様、わたくしは早く戻るよう命じたはずです。どうして守れませんの? 今度は誓いの証を十字に刻み込んであげましょうか。ご自分の立場というものを、きちんとおわかりになって」
「まさか……、あの傷をつけたのは、この女なの?」
リュートの胸にある、消えない不快な傷痕。
しかし彼が返事をする前に、べきりと硬質なものをへし折る音が響いた。
何事かと不思議に思ったジゼルが音の方向を見れば、まなじりを吊り上げたメイリーンがいる。
先ほどまで彼女の顔を覆っていた繊細な扇子が無残な姿に変わり果てていた。
「……どうしてご存じですの? 外からは見えない傷なのに」
「恋人だからよ。大切な人って言ったでしょ。ユスシアの姫は理解力も乏しいのね」
あざ笑うジゼルはわざとらしくリュートにしなだれかかる。
ね? と可愛らしく見上げると、彼は躊躇しながらも頷いてくれた。
それから息を吐き、しっかりとジゼルの腰を抱いたリュートは覚悟を決めたような、そんな顔をしていた。
「メイ、彼女は僕の大切な人だ。もし危害を加えるのなら、君でも許さない」
静かな、だけど凛とした声が静かな森の中ではっきりと響く。
目を吊り上げ、ジゼルを睨みつけるメイリーンの表情は恐ろしく、もはや優雅さの欠片も見当たらなかった。
「なんですって? 何をおっしゃっているのかわからないわ。わたくしより魔族の女が大切だとでも?」
「そうよ。幸いにもリュートは王位を継承しないみたいだし、問題ないでしょ」
リュートが答える前に会話に割り込む。
彼を傷つける言葉しか口に出さないこの妹と話をさせたくなかったから。
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