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43.ユスシアの王子
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「怖がらせてごめん。何十年かに一度、あるかないかくらいみたいだけどね」
「でも……あんまりだわ」
イブリスでも髪や瞳の色で魔力の強さを判別される。
赤が強いほど羨望の眼差しで見られることは確かだ。
だからといって差別をされるようなことはない。
遠い昔はそんなこともあったようだが、近年ではなくなっている。
むしろ、魔力の強い者は弱い者を助けるのが当たり前の世界でジゼルは生きている。
「排除ってなんだ。髪も目も、自分で選んで生まれるわけじゃねえだろ。俺にとって国民は守るべき宝だ。お前は違うのか? 胸くそわりぃな、ユスシアとは気が合いそうにねえわ」
「僕もそう思います。だけど僕にはどうすることも出来ない……」
「他人事みたいに言ってんなよ。そんな馬鹿げた慣習に向き合わないお前も気に食わねーわ」
被せ気味に不機嫌な声を出したジェイドは心底不快な顔で立ち上がる。
こう見えて義理人情に厚い父は、不誠実なことが大嫌いな男だ。
しかも国と国民を大切にするジェイドにとって、ユスシアの現状は許せることではないだろう。
「嫌なら国を変えてみろ。王子のお前にはそれが出来るはずだ。俺の娘が欲しければ、まずは自国をどうにかしやがれ。いいか? 滞在中に俺を納得させられる答えを持ってこい。それが出来ねえならお前には興味も用もない。イブリスには二度と近寄るな」
「お父様!」
呼び止めようとする声を無視して、ジェイドは石畳の舞台を下りてしまった。
王族は国民を守るために存在する。その考えは幼い頃よりジゼルにもしっかり根付いている。
父がリュートの傍観したような態度が気に入らない理由もよく理解できる。
だけど人を傷つけることを厭う優しい彼が、何もせずにいるとは思えなかった。
出来ないのであればきっと事情があるはずだ。
そんな見方をしてしまうのは惚れた弱みなのかもしれないけど。
つい隣にいるニアに視線を移せば、彼女もまた赤橙の瞳を嫌悪に染めていた。
「僭越ながら、私もジェイド様に賛成です。どうすることもできないなんて、あなたは本当に一国の王子ですか? ユスシアの民はかわいそうね」
「かわいそう? 僕に出来るのは魔獣を討つことだけだ。それ以外、何も望まれてなんかいない」
「望まれないのはあなたが王子に相応しくないからでは?」
問う声は冷たく硬質で、目に見えてリュートの顔が強張る。
ニアは彼の反論を待っているようだが場はしんとしたままで、数秒の沈黙が訪れるだけ。
しばらくして響いたのは声ではなく、ニアの落胆が滲むため息だった。
「何も言えないのね。やっぱり他国の人は信用できません。あなたは姫様に相応しくない。二度と気安く近寄らないで」
「やめてニア! なにか事情があるのよ」
「どんな事情があろうと、王族が国を諦めてはいけません。少なくとも私はそう思います」
「そう、かもしれないけど……」
自国の現状しか知らないニアにとって、ジェイドがあるべき王の姿である。
父は気まぐれだが、何よりも国を愛している。
きっとイブリスのために全てを投げ出すことさえ厭わないだろう。
だけど思うのだ。リュートには自国を愛せない何かがあるのではないかと。
その理由を教えてくれないのは、悔しいけれどまだ彼がジゼルを信用していないからなのかもしれない。
「とても複雑な事情があるんでしょう? だってリュートは優しい人だもの。あなたが隠しているものは何? 私には……言えない?」
「僕は……」
真っ直ぐに見つめるジゼルに青の瞳が戸惑い揺れる。
しかし言葉を詰まらせたリュートへ失望の眼差しを向けたニアは、ジゼルの腕を強く掴んだ。
「理由すら言えないなんて……。私はあなたを買いかぶり過ぎていたみたいです。行きましょう、姫様」
吐き出すように言い、掴んだジゼルの腕を引いて立ち上がらせる。
滅多にない、ニアの怒りを示すかのような強い力は咄嗟に振り払うことが出来なかった。
「でも……あんまりだわ」
イブリスでも髪や瞳の色で魔力の強さを判別される。
赤が強いほど羨望の眼差しで見られることは確かだ。
だからといって差別をされるようなことはない。
遠い昔はそんなこともあったようだが、近年ではなくなっている。
むしろ、魔力の強い者は弱い者を助けるのが当たり前の世界でジゼルは生きている。
「排除ってなんだ。髪も目も、自分で選んで生まれるわけじゃねえだろ。俺にとって国民は守るべき宝だ。お前は違うのか? 胸くそわりぃな、ユスシアとは気が合いそうにねえわ」
「僕もそう思います。だけど僕にはどうすることも出来ない……」
「他人事みたいに言ってんなよ。そんな馬鹿げた慣習に向き合わないお前も気に食わねーわ」
被せ気味に不機嫌な声を出したジェイドは心底不快な顔で立ち上がる。
こう見えて義理人情に厚い父は、不誠実なことが大嫌いな男だ。
しかも国と国民を大切にするジェイドにとって、ユスシアの現状は許せることではないだろう。
「嫌なら国を変えてみろ。王子のお前にはそれが出来るはずだ。俺の娘が欲しければ、まずは自国をどうにかしやがれ。いいか? 滞在中に俺を納得させられる答えを持ってこい。それが出来ねえならお前には興味も用もない。イブリスには二度と近寄るな」
「お父様!」
呼び止めようとする声を無視して、ジェイドは石畳の舞台を下りてしまった。
王族は国民を守るために存在する。その考えは幼い頃よりジゼルにもしっかり根付いている。
父がリュートの傍観したような態度が気に入らない理由もよく理解できる。
だけど人を傷つけることを厭う優しい彼が、何もせずにいるとは思えなかった。
出来ないのであればきっと事情があるはずだ。
そんな見方をしてしまうのは惚れた弱みなのかもしれないけど。
つい隣にいるニアに視線を移せば、彼女もまた赤橙の瞳を嫌悪に染めていた。
「僭越ながら、私もジェイド様に賛成です。どうすることもできないなんて、あなたは本当に一国の王子ですか? ユスシアの民はかわいそうね」
「かわいそう? 僕に出来るのは魔獣を討つことだけだ。それ以外、何も望まれてなんかいない」
「望まれないのはあなたが王子に相応しくないからでは?」
問う声は冷たく硬質で、目に見えてリュートの顔が強張る。
ニアは彼の反論を待っているようだが場はしんとしたままで、数秒の沈黙が訪れるだけ。
しばらくして響いたのは声ではなく、ニアの落胆が滲むため息だった。
「何も言えないのね。やっぱり他国の人は信用できません。あなたは姫様に相応しくない。二度と気安く近寄らないで」
「やめてニア! なにか事情があるのよ」
「どんな事情があろうと、王族が国を諦めてはいけません。少なくとも私はそう思います」
「そう、かもしれないけど……」
自国の現状しか知らないニアにとって、ジェイドがあるべき王の姿である。
父は気まぐれだが、何よりも国を愛している。
きっとイブリスのために全てを投げ出すことさえ厭わないだろう。
だけど思うのだ。リュートには自国を愛せない何かがあるのではないかと。
その理由を教えてくれないのは、悔しいけれどまだ彼がジゼルを信用していないからなのかもしれない。
「とても複雑な事情があるんでしょう? だってリュートは優しい人だもの。あなたが隠しているものは何? 私には……言えない?」
「僕は……」
真っ直ぐに見つめるジゼルに青の瞳が戸惑い揺れる。
しかし言葉を詰まらせたリュートへ失望の眼差しを向けたニアは、ジゼルの腕を強く掴んだ。
「理由すら言えないなんて……。私はあなたを買いかぶり過ぎていたみたいです。行きましょう、姫様」
吐き出すように言い、掴んだジゼルの腕を引いて立ち上がらせる。
滅多にない、ニアの怒りを示すかのような強い力は咄嗟に振り払うことが出来なかった。
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