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35.いつもより遅い朝食
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ジェイドに提案したのなら即決定してしまいそうな案だけに、どうしてもニアが父に話をする前に止めなければいけない。
嫌なものは嫌。我儘でもなんでもいい。
イブリスの存続に関わるほどの問題であれば話は別だけど、ジェイドだってリュートの存在を容認しているのだ。
「絶対に嫌よ」
そう言い、ツンと顔を逸らせばニアはまた困ったように笑う。
「あらあら、姫様ってば鈍感。力不足で言い出せない者もたくさんいたのですよ。リュート王子が相手をして下さるのなら、きっと参加者は捌ききれないほど訪れます。だって私も参加したいですもん。姫様に見合う男かどうか、みんな気になってると思うんですよね」
「なあにそれ! でもニアが参加してくれるなら心強いわ。他の参加者を全員削ってくれそうだもの」
ニアの腕はジェイドも認めるものだ。
魔力はもちろんだが、彼女もまた剣の使い手である。
だからこそジゼルの一番近い位置に配属されている。
くすくす笑うジゼルを鏡越しに見る彼女は少し不満そうな顔で、仕上げの大きなリボンを結んだ。
「何かしらの対策は必要だと思いますよ。ジェイド様でしたらその辺はぬかりなくお考えでしょうけど」
「考え過ぎよ。お父様は楽しければ良し! の人なんだから。ねー、ルゥ?」
足元でくつろぐルゥに同意を求めれば、いつもの愛らしい鳴き声が返ってくる。
ジェイドは気分屋で楽観的だが、たしかに冷酷で現実主義な面も持ち合わせている。
それでもリュートの事は気に入っているようだし、無茶なことはしないはずだ。
軽く笑い飛ばすジゼルをニアは納得いかない顔で眺め、メイク用の筆を用意しながら小さく息を吐いた。
いつもより急いで仕度をしたつもりだったが、食堂へ着いた頃にはジェイドはすっかり食事を終えていた。
そもそもの起床時間が遅かったせいだ。
顔に似合わずハーブティーや甘いものを好む父は今日も食後のお茶を嗜んでいる。
優雅な父と会話をしていたらしいリュートはジゼルに気付き、小さく手を挙げた。
嬉しそうに笑う彼はジゼルの到着を待ってくれていたようだ。
ジェイドに朝の挨拶をし、急いで席に着いたジゼルは申し訳ない視線をリュートに向ける。
「待たせてごめんなさい。お父様と一緒に食べてくれてよかったのに。お腹空いたでしょ?」
「僕が待ちたかっただけだから気にしないで。空腹には慣れてるし。魔獣討伐に出れば食べないことも多いからね」
「ユスシアはストイックな国なんだな。俺は食べなきゃ何も出来ねえわ」
それをストイックと言うのかは不明だが、ジゼルもジェイドの意見に賛成だった。
聞けば聞くほど他国の話は驚くことが多い。
「隣の国なのに、ユスシアはイブリスとは違うことばかりなのね」
「うん、人も考え方も全然違うよ」
一瞬、目を伏せたリュートの表情は仄暗さを含むようで、ジゼルは何とも言えない不安を覚えた。
自国を語る彼はいつも少し沈んだ顔をする。だけど理由を聞こうとすると決まってはぐらかされてしまうのだ。
今だって声を掛けようとしたジゼルを察したリュートは笑顔を作り、
「そろそろ食べようか。イブリスのご飯はおいしいから毎日楽しみだよ」
なんて話題を逸らしてしまった。
「そうね、今日は野苺のパイがあるらしいわ」
言及する事も出来ず、ジゼルも取り繕った笑顔を返す。
ジェイドの呆れた視線を感じたので引き攣っていたのかもしれない。
すぐに並べられた食事に手をつけようとしたところで、満足したらしいジェイドはおもむろに席を立ち、ジゼルの名を呼んだ。
顔を向ければ、面白そうに口角を上げている父が目に入る。
「お前が来る前に話してたんだが、今日はこいつ借りるから」
こいつとはリュートの事だろう。
彼はジゼルの所有物ではないし、ジェイドと過ごすことはリュートの自由だ。
限りある時間ゆえに残念な気持ちもあるけど、それを拒否する権利はジゼルにはない。
嫌なものは嫌。我儘でもなんでもいい。
イブリスの存続に関わるほどの問題であれば話は別だけど、ジェイドだってリュートの存在を容認しているのだ。
「絶対に嫌よ」
そう言い、ツンと顔を逸らせばニアはまた困ったように笑う。
「あらあら、姫様ってば鈍感。力不足で言い出せない者もたくさんいたのですよ。リュート王子が相手をして下さるのなら、きっと参加者は捌ききれないほど訪れます。だって私も参加したいですもん。姫様に見合う男かどうか、みんな気になってると思うんですよね」
「なあにそれ! でもニアが参加してくれるなら心強いわ。他の参加者を全員削ってくれそうだもの」
ニアの腕はジェイドも認めるものだ。
魔力はもちろんだが、彼女もまた剣の使い手である。
だからこそジゼルの一番近い位置に配属されている。
くすくす笑うジゼルを鏡越しに見る彼女は少し不満そうな顔で、仕上げの大きなリボンを結んだ。
「何かしらの対策は必要だと思いますよ。ジェイド様でしたらその辺はぬかりなくお考えでしょうけど」
「考え過ぎよ。お父様は楽しければ良し! の人なんだから。ねー、ルゥ?」
足元でくつろぐルゥに同意を求めれば、いつもの愛らしい鳴き声が返ってくる。
ジェイドは気分屋で楽観的だが、たしかに冷酷で現実主義な面も持ち合わせている。
それでもリュートの事は気に入っているようだし、無茶なことはしないはずだ。
軽く笑い飛ばすジゼルをニアは納得いかない顔で眺め、メイク用の筆を用意しながら小さく息を吐いた。
いつもより急いで仕度をしたつもりだったが、食堂へ着いた頃にはジェイドはすっかり食事を終えていた。
そもそもの起床時間が遅かったせいだ。
顔に似合わずハーブティーや甘いものを好む父は今日も食後のお茶を嗜んでいる。
優雅な父と会話をしていたらしいリュートはジゼルに気付き、小さく手を挙げた。
嬉しそうに笑う彼はジゼルの到着を待ってくれていたようだ。
ジェイドに朝の挨拶をし、急いで席に着いたジゼルは申し訳ない視線をリュートに向ける。
「待たせてごめんなさい。お父様と一緒に食べてくれてよかったのに。お腹空いたでしょ?」
「僕が待ちたかっただけだから気にしないで。空腹には慣れてるし。魔獣討伐に出れば食べないことも多いからね」
「ユスシアはストイックな国なんだな。俺は食べなきゃ何も出来ねえわ」
それをストイックと言うのかは不明だが、ジゼルもジェイドの意見に賛成だった。
聞けば聞くほど他国の話は驚くことが多い。
「隣の国なのに、ユスシアはイブリスとは違うことばかりなのね」
「うん、人も考え方も全然違うよ」
一瞬、目を伏せたリュートの表情は仄暗さを含むようで、ジゼルは何とも言えない不安を覚えた。
自国を語る彼はいつも少し沈んだ顔をする。だけど理由を聞こうとすると決まってはぐらかされてしまうのだ。
今だって声を掛けようとしたジゼルを察したリュートは笑顔を作り、
「そろそろ食べようか。イブリスのご飯はおいしいから毎日楽しみだよ」
なんて話題を逸らしてしまった。
「そうね、今日は野苺のパイがあるらしいわ」
言及する事も出来ず、ジゼルも取り繕った笑顔を返す。
ジェイドの呆れた視線を感じたので引き攣っていたのかもしれない。
すぐに並べられた食事に手をつけようとしたところで、満足したらしいジェイドはおもむろに席を立ち、ジゼルの名を呼んだ。
顔を向ければ、面白そうに口角を上げている父が目に入る。
「お前が来る前に話してたんだが、今日はこいつ借りるから」
こいつとはリュートの事だろう。
彼はジゼルの所有物ではないし、ジェイドと過ごすことはリュートの自由だ。
限りある時間ゆえに残念な気持ちもあるけど、それを拒否する権利はジゼルにはない。
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