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10.ジェイド
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途方に暮れた結果、ルゥの背に乗せた彼と共にこの城へと戻ってきたのは昨日のことだ。
リュートが落ちないよう魔法で固定したため、城へ戻る頃には回復した魔力もほぼ限界を迎えていた。
ぐったりしたジゼルと、意識のない異国の青年を目にした門番はこちらが申し訳なくなるほど青くなっていた。
同じく大慌ての侍女に迎えられ、とにかくリュートを丁重に扱うよう訴えることしか出来ず、ジゼルは気を失うように眠ってしまった。
本来なら、昨日のうちに父へ報告すべきだった内容を朝一番に話したわけだが、時間を置いた今になって、とんでもないことをしてしまった自覚が押し寄せる。
だからと言って、あのまま怪我人を放置しておくなど出来るわけがなかった。
娘の話を一通り聞いたあと、襟足の長い紅の髪を掻き上げたジェイドはわざとらしくも大きなため息を吐く。
吊り上がり気味の目は同じだがジゼルの愛らしい雰囲気とは違って、その眼差しは鋭く、思わず従いたくなる印象を与えるものだ。
どちらかと言えばジゼルは母によく似ている。
母が亡くなったのはとても幼い頃なのでよく憶えていないけれど、優しくて良い香りのする人だったと思う。
流行り病で帰らぬ人となってしまった妃を深く愛していた父は、世界の終わりのように落胆したそうだが、愛する妻から託された娘が支えになったらしい。
自由奔放だけど魔力が強く、意外と人情家な父を尊敬しているし、その跡を継ぐことだって誇りのあることだ。
言うまでもなくジゼルはイブリスを支え、導き、守る立場にある。
そんな自分が規則を破ってしまったのだから、言い訳のしようなど欠片もなかった。
「何度も言ってるように、俺はお前には幸せになってほしい。好きな奴と一緒になるのが一番だ。でもな、よりによってユスシアの男なんか連れ込みやがって……」
「だからそういうつもりじゃないわ! 怪我人を放っておくわけにもいかないでしょ」
ただでさえよろしくないこの状況で素直に認める事も出来ず、思わず身を乗り出したジゼルの額がピンと弾かれる。
額に手をやり非難の目を向けても、やはりジェイドのジト目は寸分たりとも変わらなかった。
むしろ更に呆れが増している気がする。
「俺を甘く見るなよ。昨日のお前の錯乱ぶりを見たら一瞬で察するわ。ただでさえ厄介なのに、こいつが王子だとか、はたまた罪人だとか、なんか訳ありの奴だったらどうすんだよ。早く帰しちまえ」
「まさか! すごく優しい人だったもの。罪人なんてとんでもないわ。きっと兵士よ。だって王族なら側に誰かいるはずよ」
国に問題が起きれば真っ先に駆け付けるジェイドにだって、数人の兵士が共をする。
圧倒的な魔力を誇るジェイドは「一人のほうが気が楽」と不満を漏らしてはいるが、護衛というよりは万が一にも王がどこかで行方不明になることを危惧してものだ。
事情は異なるかもしれないが他国とて、きっと王族を一人で危険な地へは行かせないだろう。
しかしジェイドは納得出来ないようだった。
「兵士ねえ……。それにしては軽装だと思わねえか? 魔法であれやこれやを強化できる俺らとは違って、ユスシアの奴らはクソ重い鎧やらを着込むんだと思ってたけどな」
たしかに昔の文献にはそんなことが書かれてあったことを思い出し、今更ながらジゼルも首を傾げる。頑丈な金属で体を守っていればあんなに酷い傷など負わないはずだ。
「そうね……。そういえばどうしてなのかしら……」
「間違いなく訳ありだろ。あー、娘の趣味が悪すぎて俺がかわいそう……」
「だから違うってば!」
「お二人とも、妄想するより本人に聞いたらどうです?」
言い合う父娘の後ろから、呑気な声が掛けられた。
ジゼルの足元でぴくりと顔を上げたルゥの耳がピンと立てられ、しっぽがふさりと動く。
「待ち人がお目覚めですよ」
予想外の報告に驚いたジゼルが振り返ると、侍女のニアが赤橙の瞳を楽しそうに細めていた。
リュートが落ちないよう魔法で固定したため、城へ戻る頃には回復した魔力もほぼ限界を迎えていた。
ぐったりしたジゼルと、意識のない異国の青年を目にした門番はこちらが申し訳なくなるほど青くなっていた。
同じく大慌ての侍女に迎えられ、とにかくリュートを丁重に扱うよう訴えることしか出来ず、ジゼルは気を失うように眠ってしまった。
本来なら、昨日のうちに父へ報告すべきだった内容を朝一番に話したわけだが、時間を置いた今になって、とんでもないことをしてしまった自覚が押し寄せる。
だからと言って、あのまま怪我人を放置しておくなど出来るわけがなかった。
娘の話を一通り聞いたあと、襟足の長い紅の髪を掻き上げたジェイドはわざとらしくも大きなため息を吐く。
吊り上がり気味の目は同じだがジゼルの愛らしい雰囲気とは違って、その眼差しは鋭く、思わず従いたくなる印象を与えるものだ。
どちらかと言えばジゼルは母によく似ている。
母が亡くなったのはとても幼い頃なのでよく憶えていないけれど、優しくて良い香りのする人だったと思う。
流行り病で帰らぬ人となってしまった妃を深く愛していた父は、世界の終わりのように落胆したそうだが、愛する妻から託された娘が支えになったらしい。
自由奔放だけど魔力が強く、意外と人情家な父を尊敬しているし、その跡を継ぐことだって誇りのあることだ。
言うまでもなくジゼルはイブリスを支え、導き、守る立場にある。
そんな自分が規則を破ってしまったのだから、言い訳のしようなど欠片もなかった。
「何度も言ってるように、俺はお前には幸せになってほしい。好きな奴と一緒になるのが一番だ。でもな、よりによってユスシアの男なんか連れ込みやがって……」
「だからそういうつもりじゃないわ! 怪我人を放っておくわけにもいかないでしょ」
ただでさえよろしくないこの状況で素直に認める事も出来ず、思わず身を乗り出したジゼルの額がピンと弾かれる。
額に手をやり非難の目を向けても、やはりジェイドのジト目は寸分たりとも変わらなかった。
むしろ更に呆れが増している気がする。
「俺を甘く見るなよ。昨日のお前の錯乱ぶりを見たら一瞬で察するわ。ただでさえ厄介なのに、こいつが王子だとか、はたまた罪人だとか、なんか訳ありの奴だったらどうすんだよ。早く帰しちまえ」
「まさか! すごく優しい人だったもの。罪人なんてとんでもないわ。きっと兵士よ。だって王族なら側に誰かいるはずよ」
国に問題が起きれば真っ先に駆け付けるジェイドにだって、数人の兵士が共をする。
圧倒的な魔力を誇るジェイドは「一人のほうが気が楽」と不満を漏らしてはいるが、護衛というよりは万が一にも王がどこかで行方不明になることを危惧してものだ。
事情は異なるかもしれないが他国とて、きっと王族を一人で危険な地へは行かせないだろう。
しかしジェイドは納得出来ないようだった。
「兵士ねえ……。それにしては軽装だと思わねえか? 魔法であれやこれやを強化できる俺らとは違って、ユスシアの奴らはクソ重い鎧やらを着込むんだと思ってたけどな」
たしかに昔の文献にはそんなことが書かれてあったことを思い出し、今更ながらジゼルも首を傾げる。頑丈な金属で体を守っていればあんなに酷い傷など負わないはずだ。
「そうね……。そういえばどうしてなのかしら……」
「間違いなく訳ありだろ。あー、娘の趣味が悪すぎて俺がかわいそう……」
「だから違うってば!」
「お二人とも、妄想するより本人に聞いたらどうです?」
言い合う父娘の後ろから、呑気な声が掛けられた。
ジゼルの足元でぴくりと顔を上げたルゥの耳がピンと立てられ、しっぽがふさりと動く。
「待ち人がお目覚めですよ」
予想外の報告に驚いたジゼルが振り返ると、侍女のニアが赤橙の瞳を楽しそうに細めていた。
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