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4.おはよう
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どれくらいの時間そうしていたのかもわからない。
じわじわ浸食する魔法が功を成したらしく、血の気のない顔に少しづつ赤みが差してくる。
気付けば細く弱々しかった呼吸も穏やかなものに代わっていった。
ゆっくり瞼を開いたジゼルの目に映る彼は先ほどより安定して見える。
苦し気な表情はやわらいでおり、閉じられた瞳は眠っているようだった。
明らかな変化は張りつめていた気を緩ませた。それと同時にくらりとした眩暈がジゼルを襲う。
隣には心配そうに眺めるルゥが変わらず寄り添っていて、柔らかな毛に安堵がこみ上げた。
ふわふわの白い長毛を撫でようとして、途中まで上げた手をジゼルはぴたりと宙で止めた。
シャツに触れていた手が赤く染まっている。彼の血もジゼルと同じ色だ。
(どうして隣国なのに一切の交流もないのかしら。争っていたのは遠い昔だし、せっかくお隣なんだもの。仲良くする事も出来るはずなのに)
あの少年と出会った日から幾度となく過る二つの国の関係への疑問が、久しぶりに頭を過る。
遥か昔は交流もあった。書物にはそう書かれているのに。
無我夢中で集中して魔法を施したため、頭も体も怠い。
青年に視線をやったジゼルの口から、小さなため息が漏れる。
魔力は残りわずかだが、小範囲の浄化くらいなら可能だ。
血塗れの手に魔法を施せば、付着した血液は跡形もなく綺麗に消えていった。
ピィと小さく鳴くルゥに再度伸ばした手で撫でると、労わるように薄い舌がジゼルの白い頬を舐める。
このまま倒れ込んで眠ってしまいたい。でも目の前にはやっと回復の兆しを見せている青年がいる。
彼は先ほどまで重症であった体だが、見知らぬ人間、しかも他国の者の前で無防備な姿をさらすには抵抗が否めない。
しかし眩む頭を必死で奮い立てようとしても、魔力をほぼ使い切った体は限界が近づいている。
あまりにも夢中になりすぎて、魔力残量のことなど頭が回らなかった。
(少しだけ……、ほんの少し仮眠を取れば大丈夫)
本来なら自室のゆったりしたベッドで眠りたいのに、どう考えても城に戻れそうにない。
幸か不幸か彼はまだ完全に回復はしていないはずだ。それは長年の治癒経験でわかる。
青年より先に目覚めれば問題ない。
そう腹を決め、抗えない怠さに観念したジゼルは這うようにして隣の木へと移動する。
彼の眠る大木よりは年若い樹木だが、横に並んで仲良く眠ることはさすがに遠慮したかった。
苔むす樹皮はふかふかと柔らかく、怠い体を預ければ重い瞼がすぐに降りてくる。
ジゼルを守るようにぴとりと寄り添うルゥの高い体温と、ふわふわしたやわらかな毛。
そよ吹く風が揺らす葉の音色。
新緑から差し込む木漏れ日も暖かく、刹那の間にジゼルの意識は深く落ちていった。
なんだか少し肌寒い。
ふるっと体を震わせたジゼルは、肩先まで被っていた布を口元まで引っ張り上げた。
鼻先に青い草の匂いと、不快な鉄臭さが濃く漂う。
体の下は固いし、枕だっていつもと違う。
それに異常な疲労感が抜けていない。
(ああ、そうだった……。森で重症の男を見つけて、魔力を使い果たして……。そのまま眠ってしまったのよ)
瞳を閉じたまま、うとうとする思考で現状を思い出し、重い瞼を億劫に開いた。
まず初めに視界が捉えたのは茶色い土の地面。
いつのまにか横向き、丸まっていた体をころんと上向ければ青々と茂る木々の緑を認識した。
そして降り注ぐ木漏れ日に煌めく金の髪。アシンメトリーな前髪から覗く片方の青い瞳。
青年の顔にこびりついたままの固まった血液に一瞬怯みはしたが、悲鳴を上げるほどの元気はなかった。
目覚めたばかりの頭はよく働かない。
ぼうっと見つめるジゼルを眺め、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう。よく眠れた?」
彼が首を傾げるとさらりと金色の前髪が揺れる。この髪は、さっき治癒を施した青年だ。
こころなしか顔色が悪く見えるけど、あれだけ出血していたのだから当然だろう。
左目は長い前髪で隠されていて、涼し気な右の青い瞳に少し落胆を感じた。
なんとなく彼の瞳は、燃えるような緋色だと思い込んでいたから。
「おはよ……」
つられるように挨拶を返したところで、ジゼルはやっと違和感に気付く。
どうして自分は彼を見上げているのだろう。
木にもたれて眠りについたはずなのに、背中は地面にぴたりとくっついている。
じわじわ浸食する魔法が功を成したらしく、血の気のない顔に少しづつ赤みが差してくる。
気付けば細く弱々しかった呼吸も穏やかなものに代わっていった。
ゆっくり瞼を開いたジゼルの目に映る彼は先ほどより安定して見える。
苦し気な表情はやわらいでおり、閉じられた瞳は眠っているようだった。
明らかな変化は張りつめていた気を緩ませた。それと同時にくらりとした眩暈がジゼルを襲う。
隣には心配そうに眺めるルゥが変わらず寄り添っていて、柔らかな毛に安堵がこみ上げた。
ふわふわの白い長毛を撫でようとして、途中まで上げた手をジゼルはぴたりと宙で止めた。
シャツに触れていた手が赤く染まっている。彼の血もジゼルと同じ色だ。
(どうして隣国なのに一切の交流もないのかしら。争っていたのは遠い昔だし、せっかくお隣なんだもの。仲良くする事も出来るはずなのに)
あの少年と出会った日から幾度となく過る二つの国の関係への疑問が、久しぶりに頭を過る。
遥か昔は交流もあった。書物にはそう書かれているのに。
無我夢中で集中して魔法を施したため、頭も体も怠い。
青年に視線をやったジゼルの口から、小さなため息が漏れる。
魔力は残りわずかだが、小範囲の浄化くらいなら可能だ。
血塗れの手に魔法を施せば、付着した血液は跡形もなく綺麗に消えていった。
ピィと小さく鳴くルゥに再度伸ばした手で撫でると、労わるように薄い舌がジゼルの白い頬を舐める。
このまま倒れ込んで眠ってしまいたい。でも目の前にはやっと回復の兆しを見せている青年がいる。
彼は先ほどまで重症であった体だが、見知らぬ人間、しかも他国の者の前で無防備な姿をさらすには抵抗が否めない。
しかし眩む頭を必死で奮い立てようとしても、魔力をほぼ使い切った体は限界が近づいている。
あまりにも夢中になりすぎて、魔力残量のことなど頭が回らなかった。
(少しだけ……、ほんの少し仮眠を取れば大丈夫)
本来なら自室のゆったりしたベッドで眠りたいのに、どう考えても城に戻れそうにない。
幸か不幸か彼はまだ完全に回復はしていないはずだ。それは長年の治癒経験でわかる。
青年より先に目覚めれば問題ない。
そう腹を決め、抗えない怠さに観念したジゼルは這うようにして隣の木へと移動する。
彼の眠る大木よりは年若い樹木だが、横に並んで仲良く眠ることはさすがに遠慮したかった。
苔むす樹皮はふかふかと柔らかく、怠い体を預ければ重い瞼がすぐに降りてくる。
ジゼルを守るようにぴとりと寄り添うルゥの高い体温と、ふわふわしたやわらかな毛。
そよ吹く風が揺らす葉の音色。
新緑から差し込む木漏れ日も暖かく、刹那の間にジゼルの意識は深く落ちていった。
なんだか少し肌寒い。
ふるっと体を震わせたジゼルは、肩先まで被っていた布を口元まで引っ張り上げた。
鼻先に青い草の匂いと、不快な鉄臭さが濃く漂う。
体の下は固いし、枕だっていつもと違う。
それに異常な疲労感が抜けていない。
(ああ、そうだった……。森で重症の男を見つけて、魔力を使い果たして……。そのまま眠ってしまったのよ)
瞳を閉じたまま、うとうとする思考で現状を思い出し、重い瞼を億劫に開いた。
まず初めに視界が捉えたのは茶色い土の地面。
いつのまにか横向き、丸まっていた体をころんと上向ければ青々と茂る木々の緑を認識した。
そして降り注ぐ木漏れ日に煌めく金の髪。アシンメトリーな前髪から覗く片方の青い瞳。
青年の顔にこびりついたままの固まった血液に一瞬怯みはしたが、悲鳴を上げるほどの元気はなかった。
目覚めたばかりの頭はよく働かない。
ぼうっと見つめるジゼルを眺め、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「おはよう。よく眠れた?」
彼が首を傾げるとさらりと金色の前髪が揺れる。この髪は、さっき治癒を施した青年だ。
こころなしか顔色が悪く見えるけど、あれだけ出血していたのだから当然だろう。
左目は長い前髪で隠されていて、涼し気な右の青い瞳に少し落胆を感じた。
なんとなく彼の瞳は、燃えるような緋色だと思い込んでいたから。
「おはよ……」
つられるように挨拶を返したところで、ジゼルはやっと違和感に気付く。
どうして自分は彼を見上げているのだろう。
木にもたれて眠りについたはずなのに、背中は地面にぴたりとくっついている。
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