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43.蒼真の部屋

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「うん、さっきより顔色いいね。多分、応急処置程度だけどさ。精気って万能じゃん」
「あ……。うん、怠いの消えちゃった……かも」
 
 座っていたオブジェからすとんと足を地につけて立ってみる。
 少しのふらつきは否めないが、さっきまで感じていた息苦しさは随分と軽くなっていた。

 もしかすると精気不足も関係しているのかもしれない。
 ここのところ食事をしていなかったせいだ。
 視界もクリアで、はっきり見える蒼真の姿にミルカは「はわわ」とおかしな声を上げた。
 
 白のビッグシルエットのシャツに同色のスキニー。
 シンプルな服を好む蒼真はこちらでもすっきりとした格好をしている。
 見慣れた月色の瞳に、さらりとした髪は地上にいる時より青が濃く見えた。

「ああん真っ白コーデも素敵ぃ! それに頼りになるぅ♡ ミルカ、ソウマ様のお嫁さんになれて幸せ♡」
「いつなったっけ……。まあいいや、誰にも会わないように最速で飛んでくからしっかり掴まってて」
 
 再び抱き上げられて、言われた通りしっかり首に腕を回してしがみつく。
 ついでにマーキングするように擦り寄るミルカに、蒼真のくすぐったそうな笑いが聞こえた。
 
「じゃ、行くよ。舌噛むから喋っちゃダメだから」
 
 こくこく頷くミルカを確認し、空を見上げる蒼真の背に突如ばさりと白い翼が現れる。
 柔らかで清らかな純白の羽。
 ミルカの目がまん丸に見開かれる。あまりの驚きにピンと尻尾も立ってしまった。
 
「そ、ソウマ様が、天使みたいに……!」
「まあ、天使だからね」
 
 驚愕するミルカに軽く答え、トンと地を蹴る。
 ふわりとした浮遊感に若干体を強張らせたミルカを気にせず、そのまま上昇した蒼真は一度ぴたりと停止した。
 
「んー、今の時間帯ならいっか。はっきり見られなきゃ大丈夫でしょ。……多分」
 
 眼下に広がるのはやっぱり真っ白な世界。くるりと見渡しても所々に散らばる差し色があるだけで、全ての建物が白い。
 見慣れない光景を眺めるミルカに瞳を向けた蒼真と視線が合う。

 くちびるが悪戯っぽく弧を描いたと思った瞬間、びゅんと経験したことのない速さで空を駆けることになった。

「え、きゃ、きゃああああっ?!」

 喋ってはいけないと言われたが、あまりにも速く過ぎる景色に思わず悲鳴が飛び出してしまう。
 旋回しては降下し、再び高い位置に戻る。

 蒼真は楽しそうで、ミルカの悲鳴に屈託のない笑顔を見せた。
 意地悪だったり、余裕の顔でミルカを翻弄する彼だが、こういうところは年下っぽく可愛いと思う。
 
 それに絶叫系アトラクションは大好きだし、蒼真が途中で落とすなんてあり得ない。
 そう思い直したミルカの悲鳴はすぐに楽しいものへ変わった。

 幾人かとすれ違った気もしたが、速度を緩めない蒼真に声をかける者はいなかった。
 というより、なんかめっちゃ速いのが過ぎていった、くらいの認識だと思われる。

 残念ながら目的地までは案外早く、あっという間に蒼真は軽快に降り立った。
 といってもここは屋根の上だけど。
 
「楽しかった?」
「すっごく楽しかった! 次の土日は遊園地に行こ♡ どこがいい? 飛行機でも新幹線でもなんでも予約しちゃう♡ ホテルはどこにしようかな。可愛いお部屋がいいなぁ」
「んー。それは約束出来ないけど、とりあえず部屋入ろっか」
 

ミルカを下ろした蒼真は屋根にある窓を開く。
 いつの間にか羽は消えていて、ついぺとりと背中に手を当ててしまった。
 
「何?」
「消えちゃった……」
 
 ここは天界だ。翼を隠す必要は感じられない。
 不思議な顔をするミルカに小さく笑い、室内に飛び降りた蒼真は「おいで」と手を伸ばす。

 えいっと飛び降りたミルカを抱きとめ、頬に軽いキスをする彼は以前となにも変わらない。
 白を基調とした室内に所々青があるのも地上の部屋とあまり差がないように思える。

 だがこちらのほうが圧倒的に広い。
 それにゲーム機の類がない。
 地上での彼しか知らないミルカは、蒼真がここでどうやって過ごしているのかあまり想像はできなかった。

 ソファは一人がけで、なんとなくベッドに腰掛けたミルカは部屋の中をきょろきょろ見渡す。
 ここは蒼真の実家で、小さな頃から過ごしてきた場所だと思えば平伏して拝みたい気持ちも湧いてくる。

 そわそわ落ち着かない体を鎮めるため、枕元にあったクッションを抱きしめた。
 顔を埋めると蒼真の匂いがする。
 すんすん嗅いでいるとスプリングが軋み、ぎゅっとクッションを抱くミルカの横に蒼真が腰掛けた。
 いつの間に用意されたのか、手には飲み物もある。
 
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