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36.蒼真の幼馴染

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「あのね、そのソウマ様ってのと私、知り合いかもしれないよ?」
「……知り合いなの?」
 
 天使同士繋がりがあってもなにも不思議ではない。思わず身を乗り出したミルカに、藍音はニッと意地悪な笑顔を見せた。
 
「うーん。私が思う子と同じかどうか、ミルカちゃんの話聞いてみないとわかんないかな」
「なにそれ怪しい!」
 
 新手の詐欺に違いない。
 身構えるミルカだが、じっと見つめる瞳は楽しそうで、瞳の色は違うのにやっぱり蒼真を彷彿させた。

 思わずきゅうっと切なく痛む胸に手を置き、藍音に挑むような視線を向ける。
 今は少しの手掛かりであっても何としても手に入れたい。
 
「怪しいけど……。いいわ、話してあげる。その代わり、もしあんたの知る人がミルカのソウマ様だったら、彼に会わせて」
「ミルカのソウマ様ねぇ……。んふふ、いいよ。約束してあげる。はい、どうぞ」
 
 再度差し出された瓶を今度は戸惑いながらも受け取った。
 促すような視線に蓋を開け、くいっと喉に流し込む。
 爽やかな林檎の香りが鼻に抜けるシードルはミルカも割と好きだったりする。
 
「わー、いい飲みっぷりー! 恋バナ楽しみすぎるんだけど! 早く早くぅ」
 
 楽しそうに手を叩き、興味津々の瞳で覗き込んでくる藍音からは敵意や嘲りなど感じ取れない。
 むしろひしひし感じる好意的な視線に戸惑うばかりだ。
 もう一度、勢いよく瓶を傾けたミルカはやけくそとばかりに馴れ初めから話し出した。


 
 
「でね、その時のソウマ様ってばもうすっごく格好よくてー♡  いつも格好いいんだけどね♡ もうもう早く結婚してほしい! 尊みが過ぎて世界の宝だよぉ♡ あ、でもミルカのものなんだけどぉ♡」
 
 聞き上手、相槌上手、乗せ上手と三拍子揃った藍音にあれよあれよと続きを催促されるうちに、公園の一角で現在ミルカの惚気大会が開催されていた。

 頬を両手で包み、くねくね体を揺らす足元には空瓶が三本並んでいたりもする。
 けらけら笑う藍音もまた何本目かわからない酒をストローで飲んでいる。
 いまや彼女の手にあるのはアルコール度数が表示された赤い紙パックだったりする。
 
「えー、やるねぇソウマ様。淫魔のミルカちゃんをここまで骨抜きにするなんて逸材すぎるな。めっちゃ笑えるんだけど! 優勝!」
「優勝ー! ソウマ様は世界一なの♡ でも手を出したら処す♡」

「それは大丈夫! 私、ソウマ様にはそういう興味ないから」
「なら許す♡ ああん早くソウマ様と結婚したい! お姫様みたいな黒いドレスでね、魔王様に永遠の愛を誓うの♡ なのに……」
 
 一転して今度は泣き出したミルカの肩を藍音がよしよしと抱いて慰める。
 今日出会ったばかりなのに、まるで旧知の中のような二人は相性が良いらしい。

 藍音から漂う度の過ぎたアルコール臭は、もうこの際気にしないでおく。
 
「うんうん、ムカつく兄貴が邪魔したってわけね。こんなに可愛いミルカちゃんに酷いことするなんて、私も許せない! 天罰よ天罰」
「でしょお?! ソウマ様が困ってるならミルカだって出来ることはしたのに……。こんな急に、わけわかんないよ。ミルカが悪魔だからダメなの? 天使だったらずっと一緒にいられたの?」

「んー、そうだね。悲しいけどそれはイエスかな。でもミルカちゃんが天使だったら今とは価値観も違うだろうし、蒼真とは合わなかったかもしれないよ。あの子も相当頭おかしいでしょ」
 
 藍音の口調にミルカの動きがぴたりと止まる。
 今彼女が口にしたのは蒼真の口癖だ。困った時も、楽しい時も、彼はよく「んー」と間延びした相槌を打つ。

 それだけなら珍しくも何ともない。何気なく口にする人も多いはずだ。
 だけどその言い方、ふとした笑い方や醸し出す雰囲気が合わさって、ただの他人とは思えない。
 それに藍音の口ぶりは確実に本人を知っている。
 
「……雰囲気も仕草もよく似てるわ。アイネちゃん、もしかしてソウマ様のお姉様? それとも……元カノ?」
 
 語尾は低く、ピンクの目は死んだ魚のようになってしまった。
 その様子に、にんまり笑う藍音は楽しそうだ。
 
「んー、微妙に正解……かな。さすがミルカちゃん。わたくし藍音は『めちゃくちゃエッチなソウマ様』の幼馴染でーす。お姉ちゃんみたいなものね。改めてよろしくね♡ 」
 
 この言い方ウケるんだけど、蒼真どんだけよ! など笑い転げる藍音を思わずじっと見つめる。
 シードルの仄かな酔いなど一瞬で覚めてしまった。
 
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