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33.誰かと幸せになんかならないで

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 何もない空間に光で描かれた魔法陣が浮かび、そこに炎が灯る。
 見たことのない魔法式に嫌な予感がした瞬間、胸部が焼けるように熱くなり、経験したことのない痛みがミルカを襲った。
 
「うああっ……!」
 
 胸元を押さえ、体を縮こませるミルカに意識を取り戻した蒼真がハッと顔を上げる。
 こんな苦痛は味わったことがない。
 心臓を鷲掴みされるような激痛と、魂から無理に何かを引き剥がされる感覚。
 これはきっと束縛の鎖だ。

 これだけは絶対に離さない。抗うミルカの力で押さえつけても、解除の術式は制御出来ない。
 目には見えない鎖が少しずつ解けるたび激しい苦痛が押し寄せる。
 熱いのか寒いのかわからないけど、異常な汗が全身を伝った。

 魔法陣のある位置を押さえ、倒れ込んだミルカの肩を揺らす蒼真は何度も名を叫ぶ。
 
「ミルカ! 兄さんダメだ! やめろ!」
「ソ、ウマ様……っ」
「苦しみは伴うが命に別状はないはずだ。抗うのはよせ。もう解除の術は発動している」

 あくまで冷静な鷹夜の声はどこか他人事のようだ。命に別状がないなんて信じられない。
 今すぐにでも事切れてしまいそうなのに。全身が痛みに震え、もう苦痛の声も出ない。
 あまりの激痛に視界は霞んで意識が朦朧とする。
 
「ダメだ! ミルカの魔法陣は心臓に埋め込んである!」
「なんだと……? 心臓?」
 
 ぐったりするミルカを掻き抱き、悲痛に叫んだ蒼真の声が響く。
 それを聞いた鷹夜は明らかに動揺を見せた。
 
「よりによって心臓……。一番理力を要する急所だ。それを承知でやったのか? 完全に尽きてしまえば天界に戻れないのは知っているだろう!」
「そんなことどうでもいい! 無理に引き剥がせば死んでしまう!」

「どうでもいいだと? 馬鹿なことを……! 可哀想だが俺には止める術はない。とにかく早く契約を解け蒼真。正式な契約者なら介入は可能だろう。悪魔とはいえ、命まで奪う必要はないからな」

 冷たく言い放つ鷹夜の声に、蒼真の動きが止まった。
 呆然とミルカを見下ろす目は不安に揺れている。
 
「俺が、契約を……解く……?」
「そ……ぉま様……っ、だめ……っ……!」
 
 おそらく再度契約をする理力は今の蒼真には残っていない。
 それなら解かないでほしい。解放されるくらいなら死んだほうがマシだ。

 もちろん天界へ一度戻る彼を待つ気持ちに嘘はない。
 約束してくれるなら何年だって、何十年だってかまわない。
 だけどそれは蒼真と繋がる魔法陣があれば、の話だ。

 ミルカの体は精気を得なければ生きていけない。長い時間を待つとしたら、定期的に栄養を摂取しなければならない。
 それを蒼真が許すとは思えないし、ミルカだって彼以外に触れられるなんて二度とごめんだ。

 でも本能はきっと抗えない。だからこのまま契約を解かないで。
 弱々しく拒絶を繰り返すミルカの意識は徐々に霞んでいく。シーツに沈む体は指先すら動かせない。

「ミルカ!」
「そーまさま……、絶対に、解かないで……」

 ぼやけた視界に映る蒼真の表情はよく見えない。
 ミルカを呼ぶ声は震えていて、温い雫がぽたぽた降り注ぐ感覚がする。
 
 死んじゃうのかなぁ……、そしたらソウマ様が迎えに来てくれるのかしら。ミルカ、悪魔だから無理かな。

 願わくば彼がこの先も一生ミルカのことを想い続けてくれますように。誰かと幸せになんかならないで。
 
 そんなことを思いながら覚悟を決めたのに。
 次に瞼を開いたミルカの目に映ったのは、見慣れた自室の天井だった。
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