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30.これがかの有名な
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「兄さん、いいから……。ミルカもまたあとで連絡……」
「事情って、どういうこと?」
兄の見下した視線と馬鹿にした態度より、不穏な声音に不安が込み上げる。
帰そうとする蒼真はにこやかだけど、いつもの余裕さが感じられなかった。
「何? 大切なことなんだよね? お願い、聞かせて」
「兄さんは大袈裟なだけだから」
やけに胸騒ぎがする。蒼真は聞かせたくないようだが、ここで帰ってはいけない気がした。
がっちり腕にしがみつくミルカに彼は困った顔で視線を彷徨わせる。
その様子に、腕組みした鷹夜が呆れた声を蒼真に向けた。
「理由を教えず強制解除してもいいんだぞ。俺はやると言ったらやる。お前では俺に敵わないだろ、蒼真。特に今は」
「……例え万全でも敵うわけないだろ。無理に解除したら、絶対に許さない」
反発するような強い視線とは裏腹に言い返す声音は静かだ。諦めのため息を吐いた蒼真に引かれ、ミルカは狭い玄関に足を踏み入れた。
蒼真の部屋は彼の匂いがする。
何気なく置かれたガチャのマスコット。適当に掛けられた制服。テレビボードに並べられたゲーム機。
全てが蒼真を形成する要素で、ミルカにとってこの部屋は聖域である。
いつもならマイナスイオンのごとく癒しの空間なのに、今日はブリザードのような冷気を感じるのが残念でならない。
ベッドに腰掛ける蒼真の腕にしがみつき、体を寄せるミルカを鷹夜が射るような視線で眺めているからだ。
否応なく感じる威圧感はミルカにとって不快でしかなく、負けじと蒼真へ身を寄せた。
ちなみにナツは断固拒否の姿勢を見せる蒼真によって部屋へは入れてもらえなかった。
待ってる、と呑気に笑った彼だが、すぐにでも飽きてどこかに行くだろうとミルカは思っている。
「あの、お兄様。ソウマ様の事情って?」
誰に疎まれようが気にならないが、さすがのミルカも蒼真の身内にだけは嫌われたくはない。
いたたまれずに、作った笑顔で自分から声をかけてみる。だが兄の視線は少しも緩みはしない。
「長年こちらにいた弊害だろう。蒼真の理力は年々衰えている。今期の終了を待つつもりだったが準備が整い次第、天界へ連れ戻すことにした。よってお前との契約は破棄とする」
「なんですって?! こ、これが婚約破棄?!」
「契約だ! 契約! 図々しい淫魔だな……」
「だってミルカはソウマ様の恋人兼婚約者だもん♡ ね? ソウマ様♡」
「んー、婚約者は初耳だけど……。まぁ、いっか」
「嬉しいっ♡」
すっかり調子を取り戻し、きゃあと歓喜の声を上げたミルカはしがみついていた腕を離した。
蒼真に好かれているかどうか、ミルカのメンタルを左右するのはそれだけだ。
蒼真からは少しぎこちなさを感じるけど気にせず全力で抱きついた。
そのままキスしようとしたところで鷹夜のわざとらしい咳払いが聞こえた。
「どう思おうが勝手だが、もう二度と会うことはない。お前たちは住む世界が違う。本来なら相容れない種族だ」
ムッと眉を顰めるミルカだが、鷹夜の言葉にびくりと肩を震わせた蒼真は苦い顔をするだけで何も言わない。
視線はミルカとは反対に向けられている。
「そんなわけないもん! ソウマ様、ミルカも天界に連れて行ってくれるんでしょ? ミルカ、ソウマ様がいるならどこでも行くわ。ずっと一緒だよね? だって使い魔だもん」
「ごめん……。ミルカを連れていけない」
きっと天界では悪魔であるミルカは受け入れられない。それは理解できる。
でも蒼真なら当たり前のように連れて行ってくれると思っていたのに。
苦しそうに告げられた言葉はミルカの表情も思考もぴたりと固まらせた。
「基本的に天使はみんな悪魔を見下してるし、悪魔相手なら何をしても良いと思ってる奴だっている。そんなところにミルカを連れて行けるわけないよ……。俺には君を守れる力なんかないんだ」
「ミルカ強いから大丈夫! 自分で自分の身は守れるわ。あのね、ミルカは……」
「そのお前の力が厄介なんだ。強すぎる魔力を持つお前を縛りつけるために、蒼真がどれほどの理力を消費したのかわかるか?」
ミルカの話など聞く気はないような鷹夜に少しムッとするが、彼の説明はミルカにはよくわからない。
だって寄り添う蒼真から感じる精気はいつも通りだからだ。
「事情って、どういうこと?」
兄の見下した視線と馬鹿にした態度より、不穏な声音に不安が込み上げる。
帰そうとする蒼真はにこやかだけど、いつもの余裕さが感じられなかった。
「何? 大切なことなんだよね? お願い、聞かせて」
「兄さんは大袈裟なだけだから」
やけに胸騒ぎがする。蒼真は聞かせたくないようだが、ここで帰ってはいけない気がした。
がっちり腕にしがみつくミルカに彼は困った顔で視線を彷徨わせる。
その様子に、腕組みした鷹夜が呆れた声を蒼真に向けた。
「理由を教えず強制解除してもいいんだぞ。俺はやると言ったらやる。お前では俺に敵わないだろ、蒼真。特に今は」
「……例え万全でも敵うわけないだろ。無理に解除したら、絶対に許さない」
反発するような強い視線とは裏腹に言い返す声音は静かだ。諦めのため息を吐いた蒼真に引かれ、ミルカは狭い玄関に足を踏み入れた。
蒼真の部屋は彼の匂いがする。
何気なく置かれたガチャのマスコット。適当に掛けられた制服。テレビボードに並べられたゲーム機。
全てが蒼真を形成する要素で、ミルカにとってこの部屋は聖域である。
いつもならマイナスイオンのごとく癒しの空間なのに、今日はブリザードのような冷気を感じるのが残念でならない。
ベッドに腰掛ける蒼真の腕にしがみつき、体を寄せるミルカを鷹夜が射るような視線で眺めているからだ。
否応なく感じる威圧感はミルカにとって不快でしかなく、負けじと蒼真へ身を寄せた。
ちなみにナツは断固拒否の姿勢を見せる蒼真によって部屋へは入れてもらえなかった。
待ってる、と呑気に笑った彼だが、すぐにでも飽きてどこかに行くだろうとミルカは思っている。
「あの、お兄様。ソウマ様の事情って?」
誰に疎まれようが気にならないが、さすがのミルカも蒼真の身内にだけは嫌われたくはない。
いたたまれずに、作った笑顔で自分から声をかけてみる。だが兄の視線は少しも緩みはしない。
「長年こちらにいた弊害だろう。蒼真の理力は年々衰えている。今期の終了を待つつもりだったが準備が整い次第、天界へ連れ戻すことにした。よってお前との契約は破棄とする」
「なんですって?! こ、これが婚約破棄?!」
「契約だ! 契約! 図々しい淫魔だな……」
「だってミルカはソウマ様の恋人兼婚約者だもん♡ ね? ソウマ様♡」
「んー、婚約者は初耳だけど……。まぁ、いっか」
「嬉しいっ♡」
すっかり調子を取り戻し、きゃあと歓喜の声を上げたミルカはしがみついていた腕を離した。
蒼真に好かれているかどうか、ミルカのメンタルを左右するのはそれだけだ。
蒼真からは少しぎこちなさを感じるけど気にせず全力で抱きついた。
そのままキスしようとしたところで鷹夜のわざとらしい咳払いが聞こえた。
「どう思おうが勝手だが、もう二度と会うことはない。お前たちは住む世界が違う。本来なら相容れない種族だ」
ムッと眉を顰めるミルカだが、鷹夜の言葉にびくりと肩を震わせた蒼真は苦い顔をするだけで何も言わない。
視線はミルカとは反対に向けられている。
「そんなわけないもん! ソウマ様、ミルカも天界に連れて行ってくれるんでしょ? ミルカ、ソウマ様がいるならどこでも行くわ。ずっと一緒だよね? だって使い魔だもん」
「ごめん……。ミルカを連れていけない」
きっと天界では悪魔であるミルカは受け入れられない。それは理解できる。
でも蒼真なら当たり前のように連れて行ってくれると思っていたのに。
苦しそうに告げられた言葉はミルカの表情も思考もぴたりと固まらせた。
「基本的に天使はみんな悪魔を見下してるし、悪魔相手なら何をしても良いと思ってる奴だっている。そんなところにミルカを連れて行けるわけないよ……。俺には君を守れる力なんかないんだ」
「ミルカ強いから大丈夫! 自分で自分の身は守れるわ。あのね、ミルカは……」
「そのお前の力が厄介なんだ。強すぎる魔力を持つお前を縛りつけるために、蒼真がどれほどの理力を消費したのかわかるか?」
ミルカの話など聞く気はないような鷹夜に少しムッとするが、彼の説明はミルカにはよくわからない。
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