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29.会いたかったの
しおりを挟む「どうしよう……来ちゃったけど……」
時刻はまだ夕方。
ちょうど放課後を狙ってやってきた。
蒼真の部屋の前にてインターホンを押すか否か……ミルカは何度も指を彷徨わせる。
会いに来ないでと告げられた身としては、どうしても躊躇してしまう。
以前はそんなこと考えもしなかったのに。
今は蒼真に嫌われるのが怖くて、出来ないことが少しずつ増えている気がする。
何度目かの指を伸ばしたその時、背後に同族の気配を察知した。
「なーにやってんの」
通りの良い低めの声と共に、背中にのしかかる重み。
ミルカはずしりとした重力で前屈みになった体を伸ばす。だが、じたじた暴れても背後から回された腕は緩まない。
こんなところを蒼真に目撃されてしまったら確実に誤解を生む。フーッと唸るミルカが纏う不穏な赤い魔力の光を見たナツは、慌てて両手を上げた。
「待って、落ち着けって! マジで危ないから!」
「なんであんたがここにいるのよ」
「ミルカの魔力を辿ってきちゃった♡」
くるりと体を向き合わせてもナツはケラケラ笑っている。わざとらしく両手を頬に当て、可愛こぶる仕草が最大にミルカをイラつかせた。
ギッと睨むミルカだが、放出した魔力はとりあえず落ち着かせることにする。
「この間からなんなの? ほんっとやめてほしいんですけど!」
「つれないなぁ。自分のだと思ってたものが他の奴に掻っ攫われて面白いわけねーじゃん」
サラッと言われた勝手なセリフにミルカはぽかんと口を開けた。
あまりにも予想外だが、ナツにふざけている様子もない。
「誰が誰のよ! ミルカはソウマ様のものなんですぅ!」
「フラれたくせに」
「違うもん! それはあんたよ、あ、ん、た!」
胸の魔法陣は健在だ。分厚いコートの上から手を当てても蒼真の存在を感じ取れる。これがある限り彼との縁は切れない。
大きなピンクの目を釣り上げるミルカに、ナツは面倒そうな視線を向ける。
「どうせ天使となんか長続きしないって。さっさと契約解いてもらおうぜ」
「ちょ……!」
ナツの指は迷わずインターホンを鳴らし、慌てふためくミルカの耳に蒼真の応答する声が響く。
カメラにはしっかりミルカの姿が映っているので逃げようもない。
「ミルカ?」
「ソウマ様……。ごめんなさい、あの、会いたくて……」
答える声に被さるよう慌ただしい音がして、すぐに扉が開く。
蒼真は驚いた顔をしていて、我慢できないミルカはひしとその胸に飛び込んだ。
拒絶されるかもしれない。そう覚悟したのに抱きしめる腕は予想外に力強い。
「俺こそごめん! 淫魔だとか、そんなのミルカは悪くないのに。八つ当たりで酷いことした……」
「ソウマ様ぁ……」
もういらない、なんて言われたらどうしよう。そう思っていたのに。
ここに来るまで何度も思い浮かんだ不安が安堵と反比例して溶けていく。久しぶりの蒼真の腕は温かい。
ふわりと香る匂いに瞼が熱くなって、ぐりぐり額を押し付けた。
その様子に安心したよう笑う気配を見せた蒼真だったが、ミルカの髪に置いた手がぴたりと止まる。
見上げれば不機嫌に目をすがめた表情が見えた。
「あ? なんでお前がここにいんの? 不法侵入で訴えるよ」
ミルカの背後にいるナツに視線を向けている蒼真は酷く嫌な顔している。
すぐ後ろにいるのに気づかなかったらしい。
不穏な視線にナツは怯みもしない。
頭の後ろで両手を組み、呑気な顔を蒼真に向けている。
彼にとって蒼真の機嫌など、どうでもいいからだろう。
「俺のことはお構いなく。勝手についてきただけだから。あのさ、さっさとミルカの契約解いてくんない?」
「解いちゃダメ! ソウマ様、なんでもするから契約だけは解かないで!」
無責任な明るい声に被せるよう訂正する。
見上げるミルカと背後のナツを交互に見た蒼真の目はいかにも不機嫌だ。
しばらく無言で睨み合っていた男二人だが、部屋の中から聞こえた声が蒼真の表情を変えた。
聞き覚えのある声と、彼の後ろに見えた人物にミルカも眉を顰める。その様子に蒼真は困った顔で頭を掻いた。
「んー……と。俺から会いに行くつもりだったんだけど、ちょっとタイミングが悪くて。ミルカごめん、ちゃんと話したいから今日は……」
「出たな淫魔」
「お兄様こんにちは♡」
「はい、こんにち……じゃない! ちょうどいい、俺から話してやろう。蒼真の事情をな」
愛嬌たっぷりな笑顔を惜しみなく向けるミルカに一瞬兄も笑顔を見せたが、完全につられてはくれなかった。
さすがソウマ様のお兄様だわ、なんて感心するミルカは続いたセリフに「ん?」と眉を寄せる。
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