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23.どうして

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 目が覚めた時にはもちろん蒼真の姿はなく、思わず飛び起きたミルカは真っ先に胸の魔法陣を確認した。

 主従の証は変わらず淡い赤を発光していて、安堵でホッと息が漏れる。へなへな力の抜けた体は再びぱたりとシーツに倒れ込んだ。

 丁寧にブランケットを肩まで掛けられていたけど、それ以外部屋の中に蒼真の気配は何もなかった。
 もぞもぞと包まり直しても彼の匂いはしない。
 
 どうしてこんなことになっているんだろう。
 昨夜のことをぼんやり思い出す。そういえば初めて抱かれた時だって蒼真は酷く怒っていた。

 でもあの時とは全く違う。キスは強引だったけど、それはいつものことだ。
 触れる手は優しかったし、何度も可愛いと囁いてくれた声も覚えている。
 
 あんなに感情をぶつけられたのは初めてだった。
 いつもはぐらかす蒼真が気持ちを包み隠さないことは嬉しいはずなのに、今は喜ぶなんてできない。

 せめてきちんと話してくれたなら……なんて思いと、それでも解決することなんか出来ないモヤモヤが交互に押し寄せる。
 
「だって……ミルカは淫魔だもん……」

 ぽつりと呟いた言葉は思っていたより深々と心に突き刺さる。でもそれも蒼真は理解してくれていると思っていた。

「どうしてソウマ様とミルカは違うのかな……」
 
 淫魔であることに何も疑問なんてなかったし、優秀な自分が誇らしかったのに。
 ミルカの胸に感じたことのない虚しさがじわじわと広がっていく。

 不意に漏れる大きなため息と共に、こてりと寝返りを打つ。
 肌に当たる空気は相変わらず冷たいけど、窓の外はもうすっかり明るい。
 街の人々はそれぞれの生活を開始している時間だろう。

 ソウマ様は学校かな……、なんてぼんやり思うミルカの耳に着信音が鳴り響いた。

 ディスプレイにはナツの名前が表示されている。気怠い指で通話ボタンを押せば、蒼真より長い付き合いの声が聞こえた。
  


***


 
「よかった、生きてた。あいつどう見てもヤバめだろ? 心配してたんだぜ」

 沈んだミルカの声を察知したナツは「すぐに行くから」と通話を切り、ものの数分でインターホンを押した。
 きっとマンション下にいたのだろう。

 厳重なセキュリティを誇るこの建物は過保護な両親が選んだ物件で、ちなみにコンシェルジュは同族だ。
 ミルカが連絡をしないと、彼と顔見知りのナツでさえエントランスは抜けられない。

 事後の様子を隠しもせず気怠く出迎えたミルカに少し眉を顰めはしたが、それでもナツの様子はいつもと変わらなかった。

「生きてるわよ……。ソウマ様は天使なんだから変なことしないもん」
「どうだか。あいつら、俺らには平気でえげついことするし。悪魔よりよっぽど極悪だと思うけど」
「ソウマ様は別なの。ミルカにはすっごく優しいんだから」

 意地悪に揶揄ったりするけど、それでもいつもミルカの希望を叶えてくれる彼は優しい。
 だけどふと昨夜の蒼真を思い出して、つきりと胸が傷む。

 ぷいと拗ねるように顔を逸らし、リビングへ向かうミルカの肩に後ろから指が伸びた。
 思えばナツとの距離は昔から近い。仲の良い兄妹のような感覚でずっと一緒に過ごしてきた。

 でも今は話が違う。蒼真以外に触れられることは裏切りにしかならない。
 抵抗しても抱き込む腕はミルカの腕力では解けなかった。
 身を捩っても離してくれないことなんか、今までなかったのに。
 
「もう! なんなの? 離して。こういうの困るの。ミルカに触ってもいいのはソウマ様だけなの!」
「いやだね。酷い顔してる。すっげー泣いたんだろ。ミルカにこんな顔させて、そのソウマ様は今どこにいんの?」

「ソウマ様は学校があるもの」
「マジでガキじゃん! ……て、そういや制服着てたっけ」
「制服格好いいよねぇ♡ 何着ても似合うんだけど♡」

 盛大に顔を顰めるナツだが、ミルカは頬を染めてうっとり瞳を閉じる。
 彼女にとって蒼真は世界一学ランが似合う人物だ。
 そもそも学生になんか興味がなかったのはこの際置いておく。

 昼に買い物に出かけるのも好きだけど、基本的にミルカの行動は夜がメインだったからだ。
 ほわほわと蒼真の姿を思い浮かべるミルカにナツは面白くなさそうな声を出す。
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