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1.魔王リィラと勇者シリウス
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ここは魔族の国メラン。広大で豊かな国土を治めるうら若き娘リィラは、階下にいる銀髪の青年を冷ややかな目で眺めていた。
漆黒を思わせる長く艶やかな黒髪。鮮血のような真っ赤な瞳。魔族の頂点に立つ彼女は、海を挟んだ国々から魔王と称される人物である。
小柄で人形のような顔立ちであるものの、ひと睨みすればどんな魔族でも平伏し従う実力を持つ。
しかし先ほど捕えた青年には、怯えている様子など微塵も感じられない。
国境付近をうろついていたところを部下が見つけ、そのまま連行されてきたというわけである。名はシリウスというらしい。
メランには正義だとか名声だとか、そんなものを理由として勇者と名乗る者が十数年に一度訪れる。
こちらとしては迷惑極まりないのだが、ありがたいことに魔族と人間の力量は比べるまでもなく圧倒的な差があった。というのも、魔法を意のままに操る高位魔族にとって、武器しか持たない人間などそれほど脅威ではない。
よって鬱陶しい虫くらいの認識を持っているのだが、父の代を見てきた身としては飽き飽きしてきたところだ。
冷たい目線を崩さないリィラは玉座にて、うんざりとした息を吐いた。
「二度と国境を越えぬと約束するのなら帰してやらんこともない。そして貴国の王に伝えよ、次に侵入する者があれば容赦はせぬと」
しかしリィラの提案に頷くわけでもなく、彼はただぽかんとこちらを眺めている。
月光に似たやや短めの銀髪も、褐色の肌も近国セフィドの民である証。
スミレ色の澄んだ瞳は驚きに溢れ、大きく見開かれている。
「君が、魔王……?」
緊張のためだろうか、尋ねる声は少し掠れていた。
「いかにも」と短く答えると彼は胸に手を当て、恍惚とした息を吐いた。
「なんて愛らしいんだ……。それに澄み切った鈴のような可愛らしい声……。俺はこんなに美しい音色を聞いたことがない」
「は?」
今度はリィラが大きな目を瞬く。
なにを言っているのだろう。言葉の意味をすぐには理解できなかった。
まさか幻聴? と疑いはしたが、シリウスの視線は引くほどに熱っぽい。つぶやかれた声は幻ではないらしい。
たじろぐリィラを気にせず、玉座への階段を登るシリウスの足取りには迷いがなかった。
もちろん控えていた側近が行く手を阻もうと魔法を放つ。リィラの方針で手加減はしているはずだが、それでも食らえば無事ではいられないだろう。
しかし光の玉はシリウスに触れる前に霧散してしまった。
愕然とした側近が再び手をかざしてみても、おなじように魔力は散って消える。
しかも真っ直ぐとリィラの元へ近づくシリウスの表情は、どうにも冗談を言っているようには見えなかった。
「好きだ。一目惚れした。俺と結婚してくれ」
「え、ちょ、近寄るな!」
突然の展開に狼狽えるリィラから冷静さは失われている。放った魔法が次々とかき消されている周りの部下たちも混乱し見守るばかりだ。
魔法が効かない。それは魔力の強さが序列を決定する魔族にとって、あまりにも絶望的な状況だった。
慌てふためくリィラは、とっさに伸ばした腕から防御魔法を展開する。発光するガラスのような透明な壁は魔力だけでなく、物理的な接触も拒否するものだ。
だが次の瞬間、リィラは思わず悲鳴をあげた。
漆黒を思わせる長く艶やかな黒髪。鮮血のような真っ赤な瞳。魔族の頂点に立つ彼女は、海を挟んだ国々から魔王と称される人物である。
小柄で人形のような顔立ちであるものの、ひと睨みすればどんな魔族でも平伏し従う実力を持つ。
しかし先ほど捕えた青年には、怯えている様子など微塵も感じられない。
国境付近をうろついていたところを部下が見つけ、そのまま連行されてきたというわけである。名はシリウスというらしい。
メランには正義だとか名声だとか、そんなものを理由として勇者と名乗る者が十数年に一度訪れる。
こちらとしては迷惑極まりないのだが、ありがたいことに魔族と人間の力量は比べるまでもなく圧倒的な差があった。というのも、魔法を意のままに操る高位魔族にとって、武器しか持たない人間などそれほど脅威ではない。
よって鬱陶しい虫くらいの認識を持っているのだが、父の代を見てきた身としては飽き飽きしてきたところだ。
冷たい目線を崩さないリィラは玉座にて、うんざりとした息を吐いた。
「二度と国境を越えぬと約束するのなら帰してやらんこともない。そして貴国の王に伝えよ、次に侵入する者があれば容赦はせぬと」
しかしリィラの提案に頷くわけでもなく、彼はただぽかんとこちらを眺めている。
月光に似たやや短めの銀髪も、褐色の肌も近国セフィドの民である証。
スミレ色の澄んだ瞳は驚きに溢れ、大きく見開かれている。
「君が、魔王……?」
緊張のためだろうか、尋ねる声は少し掠れていた。
「いかにも」と短く答えると彼は胸に手を当て、恍惚とした息を吐いた。
「なんて愛らしいんだ……。それに澄み切った鈴のような可愛らしい声……。俺はこんなに美しい音色を聞いたことがない」
「は?」
今度はリィラが大きな目を瞬く。
なにを言っているのだろう。言葉の意味をすぐには理解できなかった。
まさか幻聴? と疑いはしたが、シリウスの視線は引くほどに熱っぽい。つぶやかれた声は幻ではないらしい。
たじろぐリィラを気にせず、玉座への階段を登るシリウスの足取りには迷いがなかった。
もちろん控えていた側近が行く手を阻もうと魔法を放つ。リィラの方針で手加減はしているはずだが、それでも食らえば無事ではいられないだろう。
しかし光の玉はシリウスに触れる前に霧散してしまった。
愕然とした側近が再び手をかざしてみても、おなじように魔力は散って消える。
しかも真っ直ぐとリィラの元へ近づくシリウスの表情は、どうにも冗談を言っているようには見えなかった。
「好きだ。一目惚れした。俺と結婚してくれ」
「え、ちょ、近寄るな!」
突然の展開に狼狽えるリィラから冷静さは失われている。放った魔法が次々とかき消されている周りの部下たちも混乱し見守るばかりだ。
魔法が効かない。それは魔力の強さが序列を決定する魔族にとって、あまりにも絶望的な状況だった。
慌てふためくリィラは、とっさに伸ばした腕から防御魔法を展開する。発光するガラスのような透明な壁は魔力だけでなく、物理的な接触も拒否するものだ。
だが次の瞬間、リィラは思わず悲鳴をあげた。
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