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1.ある金曜の夜
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何が起きているのかわからない。
小春の大きな目は、少し離れた先で繰り広げられている光景をぼんやりと眺めている。
事態はわかる。ただ頭が拒否をしているだけなのだ。
一人で駅のホームを歩くバイトの帰り道。季節柄、空はまだ明るいけどもう夕飯時だ。
更に金曜の夜ゆえに、いつもより人が多い。
腰まである長いミルクティー色の髪はヘアクリップでまとめられていて、うなじをぬるい夜風が撫でる。
昼の焼けるような暑さはないけど、それでも湿度の高い空気はあまり好きではない。
旅行に出かけた両親が留守ということもあり、今日は小春が夕飯当番だ。
食材はあるから、まっすぐ家に帰るだけ。
何を作ろうかぼんやり考えながら改札を抜ける。そこで最愛の弟、秋斗を見つけたまでは良かった。
だけど彼の隣には、一人の可愛らしい少女がいる。
あれは秋斗と同じ高校の制服だ。
爽やかな白い夏服。彼女が笑うたび、肩までの髪が軽やかに揺れた。
半袖の制服から覗く秋斗の腕をぺちぺち叩く仕草は、親しい仲を示しているようだ。
(え? は? なんで触ってるの? ちょっと意味がわからないんですけど。私がスナイパーだったら大惨事になってるわよ?)
物騒な思考は小春の通常運転だ。
可愛い弟に近寄る女、許すまじ。
声をかけて邪魔したいところだけど、少し困ったような秋斗も無防備に笑っている。
その笑顔が苦しくて、離れた場所からただ眺めることしか出来なかった。
前から歩いてきた女性が一瞬ぎょっと目を剥いたので、表情は大変なことになっていたのだろうけど。
二つ下の秋斗は小春が五歳の時に、父の再婚で家族になった。
つまり血の繋がりはない。
三歳の秋斗は小さくて、泣き虫で、可愛くて。初めて会ったその日に「私がこの子を一生守る!」と決めて以来、小春なりに弟を可愛がり、守ってきた。
今となっては小春よりずっと背も高く、女の子みたいに可愛かった丸顔はすっきり涼やかで整った顔立ちに変化してしまったものだけど。
おまけに自由な校風である高校に入ってからは髪色もくすんだ茶系になった。いつの間にかピアスだって一つ二つ三つと増え続け、今ではすっかり垢抜けている。
その上、秋斗は要領がよく、人との距離の取り方も上手だ。
だから守るといっても幼少期に転んで泣く弟を宥めたり、暗がりや雷を怖がる小さな手を握って抱きしめたり。
そんなことをしていたくらいで、もちろん今現在はそういった慰めなど全くの不要である。
しかも年々魅力的に成長していく弟は当然ながら異性を惹きつける。それが実に面白くない。
なぜなら幼いあの日、「私が一生そばにいて守ってあげるからね」と言った小春はその時すでに「一生=結婚」というとんでも結論に一人でたどり着いたからだ。
絶対他の女に渡してたまるものか。今までずっと監視してきたのに。
大学とバイトの両立は思っていた以上に大変で、ライフワークを怠ってしまっていたようだ。
(由々しき事態だわ……。共学なんてやっぱりダメだったのよ! ああ、でもそしたら一緒に登校できなかったし、それはそれでしんどい……。楽しかったなぁ文化祭……)
正直これはまずい。今までことごとく見知らぬ女とのフラグをへし折ってきたのに。四六時中監視できない現実がつらすぎる。
このままでは可愛い秋斗がどこぞの女と付き合って、食べられてしまう日もそう遠くはない気がする。
それだけは断固阻止せねばならない。
(彼女なんかいらないもん。だってアキを一番好きなのは私なのに。そうよ、お姉ちゃんが一生面倒見てあげるんだから! こうなったら実力行使あるのみ!)
そうと決まれば話は早い。小春は良くも悪くも思い込みが激しく、猪突猛進な性格である。
自他共に認める愛らしい容姿を隙なく保っているのだって、秋斗に世界一可愛いと思って欲しいから。
秋斗に相応しい女は自分だけ。これだけは絶対に譲れない。
咄嗟に頭の中で組み立てたプランを実行すべく、人の間を縫って颯爽とその場をあとにする。
途中にあるコンビニへ寄った小春は急ぎ足で帰宅した。
小春の大きな目は、少し離れた先で繰り広げられている光景をぼんやりと眺めている。
事態はわかる。ただ頭が拒否をしているだけなのだ。
一人で駅のホームを歩くバイトの帰り道。季節柄、空はまだ明るいけどもう夕飯時だ。
更に金曜の夜ゆえに、いつもより人が多い。
腰まである長いミルクティー色の髪はヘアクリップでまとめられていて、うなじをぬるい夜風が撫でる。
昼の焼けるような暑さはないけど、それでも湿度の高い空気はあまり好きではない。
旅行に出かけた両親が留守ということもあり、今日は小春が夕飯当番だ。
食材はあるから、まっすぐ家に帰るだけ。
何を作ろうかぼんやり考えながら改札を抜ける。そこで最愛の弟、秋斗を見つけたまでは良かった。
だけど彼の隣には、一人の可愛らしい少女がいる。
あれは秋斗と同じ高校の制服だ。
爽やかな白い夏服。彼女が笑うたび、肩までの髪が軽やかに揺れた。
半袖の制服から覗く秋斗の腕をぺちぺち叩く仕草は、親しい仲を示しているようだ。
(え? は? なんで触ってるの? ちょっと意味がわからないんですけど。私がスナイパーだったら大惨事になってるわよ?)
物騒な思考は小春の通常運転だ。
可愛い弟に近寄る女、許すまじ。
声をかけて邪魔したいところだけど、少し困ったような秋斗も無防備に笑っている。
その笑顔が苦しくて、離れた場所からただ眺めることしか出来なかった。
前から歩いてきた女性が一瞬ぎょっと目を剥いたので、表情は大変なことになっていたのだろうけど。
二つ下の秋斗は小春が五歳の時に、父の再婚で家族になった。
つまり血の繋がりはない。
三歳の秋斗は小さくて、泣き虫で、可愛くて。初めて会ったその日に「私がこの子を一生守る!」と決めて以来、小春なりに弟を可愛がり、守ってきた。
今となっては小春よりずっと背も高く、女の子みたいに可愛かった丸顔はすっきり涼やかで整った顔立ちに変化してしまったものだけど。
おまけに自由な校風である高校に入ってからは髪色もくすんだ茶系になった。いつの間にかピアスだって一つ二つ三つと増え続け、今ではすっかり垢抜けている。
その上、秋斗は要領がよく、人との距離の取り方も上手だ。
だから守るといっても幼少期に転んで泣く弟を宥めたり、暗がりや雷を怖がる小さな手を握って抱きしめたり。
そんなことをしていたくらいで、もちろん今現在はそういった慰めなど全くの不要である。
しかも年々魅力的に成長していく弟は当然ながら異性を惹きつける。それが実に面白くない。
なぜなら幼いあの日、「私が一生そばにいて守ってあげるからね」と言った小春はその時すでに「一生=結婚」というとんでも結論に一人でたどり着いたからだ。
絶対他の女に渡してたまるものか。今までずっと監視してきたのに。
大学とバイトの両立は思っていた以上に大変で、ライフワークを怠ってしまっていたようだ。
(由々しき事態だわ……。共学なんてやっぱりダメだったのよ! ああ、でもそしたら一緒に登校できなかったし、それはそれでしんどい……。楽しかったなぁ文化祭……)
正直これはまずい。今までことごとく見知らぬ女とのフラグをへし折ってきたのに。四六時中監視できない現実がつらすぎる。
このままでは可愛い秋斗がどこぞの女と付き合って、食べられてしまう日もそう遠くはない気がする。
それだけは断固阻止せねばならない。
(彼女なんかいらないもん。だってアキを一番好きなのは私なのに。そうよ、お姉ちゃんが一生面倒見てあげるんだから! こうなったら実力行使あるのみ!)
そうと決まれば話は早い。小春は良くも悪くも思い込みが激しく、猪突猛進な性格である。
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秋斗に相応しい女は自分だけ。これだけは絶対に譲れない。
咄嗟に頭の中で組み立てたプランを実行すべく、人の間を縫って颯爽とその場をあとにする。
途中にあるコンビニへ寄った小春は急ぎ足で帰宅した。
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