【完結】引き篭もり娘は、白銀の天使様を崇めたい

ドゴイエちまき

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番外編 引き篭もらない私と白銀の天使様②

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 キアラの提案に喜んだアシュリーは、早速シルヴィスを急かすようにして宿に向かう。旅に出て、はじめは見学するだけだった宿泊手続きにもすっかり慣れた。お勧めの位置にある部屋はシングルだったので、あまり変わらないと言う宿主の言葉を信じて隣のツインを選択する。

 一旦荷物を置くために、この宿に慣れたキアラに案内されて二階にある部屋へ向かう。期待に胸を膨らませてドアを開けると、明るい色の木材で統一した質の良い家具と、白いふかふかのラグが目に入った。
 壁に飾られた馴染みのない花も、美しく目を引く。それほど広い部屋ではないが、正面に大きな窓がある。遮るものもないので、レースのカーテンを引くと、開けた景色と広い空が見渡せた。

「実はね、ここに引っ越す前に、隣の部屋からクロウと花火を見たの。すっごく綺麗だったよ。またお祭りの時に来てほしいな」
「花火ですか。良いですね! 是非見たいです」
「いっそここに住んじゃえばいいのに」

 それは、すごく良いかもしれない。キアラはアシュリーの数少ない友人で、この町は景色もよく、何より食が素晴らしい。今現在、旅暮らしの身としては、とても魅力的なお誘いだ。

「それは素敵な提案です!」
「……考えておく」

 アシュリーとは反比例してあまり乗り気ではない顔のシルヴィスに、なんとなく心当たりを感じたらしいキアラは苦く笑った。

「本当に仲悪いよね。とってもよく似てるのに」
「顔は多少似ているかもしれないが、それ以外は似ていない」
「クロウも同じこと言うんだよ」

 似てるよね? とアシュリーに同意を求めるが、クロウの人となりを知らない身なので、こちらも首を傾げるしかない。

「きっとアシュリーちゃんも見てたらわかるよ」

 ふふっと笑ったキアラをシルヴィスは理解できない目で見ているが、そういえば以前のクロウの態度を思い返すと、確かに同じ反応を返しそうだ。それだけはアシュリーにも、なんとなく想像することが出来た。


「さてと、そろそろクロウも終わる頃かな。とりあえずうちに来ない? せめてご飯だけでも一緒に食べよ?」
「いいんですか?」

 ただでさえ、ご飯という単語に弱いアシュリーはキアラの提案に素早く反応した。「友人」と「ご飯」。もうこの二点で心は浮き足立ってしまう。

「もちろんだよ~! クロウの料理は世界一だから楽しみにしててね!」
「クロウさんが作るんですか?」
「えへ、私も作るんだけど……クロウの方が上手なんだよね」

 あの、キアラ以外に興味がないといった顔の青年がキッチンに立っているところはイマイチ想像できないが、隣でシルヴィスも頷いている。

「料理はあいつの唯一の長所だな」

 シルヴィスの顔が心なしか少し嬉しそうに見えるので、アシュリーはぱちくりと眺めてしまった。まさかクロウは剣士ではなく一流の料理人なのだろうか。腰に携帯している剣は包丁かもしれないと、そんな事を想像してしまう。


 アシュリーが馬鹿な想像に耽っている間にシルヴィスが荷物を置き、ひとまず宿を出ることになった。広場を抜けて、さっきクロウがいた場所に行くと、稽古を終えた子供たちと共に石段に座るクロウがいた。キアラが手を挙げて名を呼ぶと、無表情に近かったクロウが軽く微笑む。その無からの切り替えは、何度見ても思わず感心してしまうほどだ。

 今度はキアラに集合した子供たちに、クロウが家に帰るよう促している。「また今度ね」と言うキアラの言葉に賑やかな子供たちは少し不満を表したが、それでも素直に散らばっていった。キアラの隣で見えなくなるまで小さな影を見送るクロウは、やはり面倒見が良いのだろう。

「お待たせ! 行こう!」

 子どもたちを見送り、アシュリーの腕に絡んだキアラが嬉しそうに歩き出す。女子二人は久しぶりの再会を喜び、にこやかに話しながら道を行くが、相変わらずシルヴィスとクロウは互いの距離を置いて一言も交わさず、大人しく後ろをついてくる。

 喧嘩を始める気配もないので特に気にせず歩いていると、途中で食材を買ってくるとクロウは一人で商店の通りへと向かった。少し着いて行きたそうなキアラだったが、案内を放棄するわけにもいかず「また後で」と手を振り、三人で家を目指すことになった。


 辿り着くまでは少し遠かったが、話しながらやってきたので体感時間はあっという間だった。
 家は漆喰の白い壁に青い木製のドアが映える、この街特有の建築になっている。

 木製の家で長い間すごしたアシュリーには、とても珍しく目に映り、その可愛らしい外観に胸をときめかせる。しかも高台にあるおかげで美しく輝く海が見渡せて、その景色を眺めるだけで一日過ごせそうだ。

「素敵なおうちですね!」
「ありがとう~。私も大好きなの」


 ミャーオと低く海鳥が鳴き、潮風が吹き抜ける。その珍しい光景に、そろそろ中に入ろうかとキアラが提案するまで、エメラルドがかった海を一通り高い位置から満喫した。旅慣れたシルヴィスには特に珍しくはない景色だったが、海の美しい色に感激するアシュリーに文句を言わず付き合ってくれた。

 玄関を入るとすぐにリビングがあり、そう広くはないが落ち着く雰囲気の部屋へ通される。隣接したダイニングにはキッチンが併設されている。外観同様に白を基調としたシンプルな造りだが、所々にパステルカラーが散りばめられているのはキアラの趣味だろうか。

 中に踏み入れたものの、きょろきょろ落ち着きなく見渡していると、ダイニングのテーブルを勧められる。人様の家というものに馴染みがないアシュリーがいつまでも落ち着きなくソワソワしていると、キアラがこれまた馴染みのない香りのお茶を出してくれた。
 繊細な柄と鮮やかな色彩が映えるグラスは、見ているだけで心が癒される。

 注がれた青く透明な液体を見たシルヴィスとアシュリーは少し戸惑うが、「綺麗でしょう?」とキアラの微笑みに促されるように、恐る恐る口に含んだ。少し薄く、爽やかな草の香りがする茶は思っていたよりも飲みやすく、すぐにキアラがおかわりを注いでくれた。

「ここまで遠かったでしょう? 来てくれてありがとう。とっても嬉しいな」
「そうですね、結構な距離があって驚きました! でも今、私たち旅して暮らしているんです。なので色んな場所に行ってるんですよ」
「そうなの? もうここに住んじゃえばいいのに! クロウが町長さんに言ってくれればすぐに住めるよ」

 笑顔で提案するキアラに、この町に着いてはじめに思った疑問がまた浮かんでくる。

「クロウさんはこの町の有名人なんですか?」
「有名人というか……クロウはこの町の勇者様なの。みんなにとっても頼りにされてるんだよ」 

 そう答えるキアラは、自分のことのように本当に嬉しそうだ。大好きな人が認められて嬉しい気持ちは、何となくアシュリーにも理解が出来る。

「勇者様ですか……すごいですね」
「レオの跡を継いだだけだろう。特にどうってことない」
「シルヴィスさん、失礼ですよ!」

 面白くなさそうに言い切るシルヴィスは、どうしてもクロウを認めたくないらしい。頑なに嫌い合う二人は確かによく似ているかもしれないと、またもやアシュリーは頷いてしまった。

「もう! 父さんは関係ないよ。だってとっても強いんだよ。剣を持つとすっごく格好良いの! あ、いつもなんだけど!」

 生き生きと惚気だすキアラに、また始まったと辟易としているシルヴィスだが、アシュリーは嬉しそうに相槌を打っている。これが憧れた「友人との恋の話!」と少し興奮気味のアシュリーとキアラは良いコンビのようだ。

 惚気の聞き合い、言い合いから、しばらくお互いの近況を話していると、しばらくして食材を下げたクロウが帰ってきた。ちなみにその間、暇を持て余したシルヴィスは、リビングのソファでキアラの所持する本を読みながら寛いでいたのだった。
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