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魔族で魔眼な妹と勇者な兄のそれからと
【番外編】きみへの想い
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クロウとの待ちに待った結婚式も終えて、すっかり新婚さんとなったキアラは、更に充実した日々を送っている。
以前から食べてしまいたいほどの、いっそ恐ろしく重い愛情でキアラを溺愛していたクロウだったが、やっぱり新婚となると彼もソワソワうきうきが隠せないようで。触れる手は今まで以上に優しく、甘い。
身も心もたっぷりと愛されて不満など何ひとつない毎日だけども、キアラの心に唯一、気掛かりなものがあった。
彼女はまさに今。寝室で一人、その原因と向き合っている。
「どうしようかな……これ……」
小さな箱の中にぎっしりと詰まった紙の束を眺めながら、困惑気味に眉を下げたキアラは頬に手を当てた。
今日はクロウが用事で出掛けている。愛する夫を見送った後、特に予定がなかったキアラはずっと処分を迷っていた思い出の品と向き合っている。
処分をするのであれば、クロウの目がない今がチャンス! と思い立って引っ張り出してきたが、やっぱり踏ん切りがつかない。
長年過ごした家に置いてきても良かった物だが、なんとなく、もしなにかしらのアクシデントで養父母が発見してしまったら……と思うと落ち着かなくて、引越しの荷物にこっそり入れておいたものだ。
見返すことなんてなかったし、さっさと捨てても問題はないのだけど。
なんとなく捨てられずに長年ずっと溜め込んできた、キアラの文字が沢山したためられている紙の束。
クロウにだって、いや、クロウにだけはどうしても見つかるわけにいかなくて、引っ越してからもうずっと、衣装棚の一番下に隠してあった。
でも、そろそろ……そろそろ、処分するタイミングかもしれない。
「だよねえ……こんなのもし誰かに発見されたら、恥ずかしくて死んじゃう……」
今まで一度も読み返したことのない紙をキアラはおそるおそるといった風に、一枚手に取ってみる。
一度ぎゅっと目を瞑り、なんとなく覚悟を決め、薄く開いた目で文字を追うと、もうその一文目から転げ回るほどに恥ずかしくなってくる。
絶対、絶対に、これは処分しないといけない……!!この破壊力は危ない!!!
ぐるぐるに巻いて捨てる? それとも燃やす?
絶対、誰にもバレずに手放したい!!
そうキアラは決意を固め、持っていた紙を再び箱に押し込んで蓋をする。
処分方法を考えながら大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとしたその時。
「キアラ?」
「はいいいいいぃっ?!」
突然声を掛けられて、十センチほど飛び上がったキアラが箱を胸に抱き、ギクシャクした動作で後ろを振り返る。そこには、いつの間にか帰ってきたクロウがいて、どこかホッとしたような顔をしていた。
「あ、か、帰ってたの……。ごめんね、気付かなくて」
「よかった。返事がないから、どうしたのかと思った」
いつもならクロウの帰りを笑顔で出迎えるキアラの姿がなく、ただいまの声に何の反応もなかった。
まさか何かあったのかもしれないと、彼は少し焦りながら、二階へと駆け上がってきたところだった。
「ごめんね。ちょっと考えごとしちゃってた……。おかえりなさい」
「ただいま」
箱を抱いたままのキアラが逞しい胸に飛び込むと、力強い腕でぎゅうと抱きしめられて、彼女はぐりぐりと桜色の頭を押し付ける。
すんすんと匂いを堪能するキアラをいつものように好きにさせていたクロウだったが、大事そうにキアラの胸に抱かれている箱の存在が、やたらと気になった。
「それ、何が入ってるんだ?」
「へっ?! な、なにも?!」
「空の箱をそんなに大事そうに?」
「えっと、もう捨てちゃうものだから……」
隠し事や嘘が苦手なキアラは、すぐにしどろもどろと目線を彷徨わすので、何か特別なものであることをクロウは即察知する。
毎回すぐにバレるのにどうして懲りないのかクロウには不思議だが、それもキアラの可愛いところだと、彼は相も変わらず盲目的に彼女を愛している。
「怪しいな」
「あ、怪しくないよ~!」
じっと目を細めたクロウに見つめられて、キアラはつい笑顔が引き攣ってしまう。
細い背中に変な汗を感じるのは、きっと気のせいではない。
「見たい」
「だ、ダメダメダメっ!!」
ひしと箱を一層強く胸に抱いて、絶対に離すまいとするキアラに、クロウの好奇心が更に膨れ上がる。
ここまで隠されると、余計に見たくなるのが人の性というものだ。
しばらく目だけで攻防していた二人だったが、不意にクロウが身をかがめてキアラの耳に緩く噛み付いた。
「きゃうっ……!」
「見せて」
こうやって耳元で囁くとキアラはすぐに流されることを知っている彼は、誘惑するような、わざと少し低めの声を意識する。
ふたつのピアスが光る耳朶をカチリと緩く噛むと、キアラは彼の期待通り、肩を震わせて逞しい胸板に体重を預けてしまう。
「やっ、ずるいぃ……でも、だめ……」
頑なに箱を強く抱きしめるキアラの顎をクロウは指で掬い上げて、吐息を合わせる。そうすると、相変わらず隙だらけの彼女は催促するように薄く唇を開いて、クロウを求める。
何度交わしても飽きることない瑞々しい唇を啄み、小さな口内にじっくりと舌を這わせていると、段々とクロウの頭から箱のことは後回しになってくる。
それはキアラも同じで、優しいキスと髪を撫でる彼の大きな手にうっとりして、少し背伸びしながら更に体を寄せるように、つい片腕をクロウの首に回してしまった。
「キアラ……」
甘い声で名前を呼ばれるだけできゅんとキアラの体の中心から快感が溢れて、全身の力が抜けていくようで。このまま優しく愛されたくてクロウを見上げると、たおやかな体が更にきつく抱きしめられる。
もうお互いしか見えない。なのに、腰から背中へと、優しく這わされる手のひらにキアラが身を震わせたと同時に、カタリと音がして、二人の視線と意識が床に向いた。
「紙……?」
「きゃああああっ?!」
先程までの甘ったるい雰囲気は一瞬で消え失せてしまい、落ちた箱から溢れた大量の紙にクロウは首を傾げ、キアラは素早くしゃがみこんで、広範囲に散らばった紙をかき集めている。
「なんだこれ」
「あっ! だ、だだだだめっ!!」
足元に散らばる紙を一枚拾い上げたクロウは純粋な好奇心で、したためられた文字になんとなく目を通す。
そして、内容を理解した彼は、僅かに目を見開いた。
「これ…………」
書かれてあるのは、溢れる恋の言葉。
いっそ病的なほどびっしりと書き込まれた、とりとめのない文字の列を、クロウは驚いた顔で見つめている。
「あああ……もう、死んじゃうううぅ……」
絶望的な顔で頭を抱えるキアラの様子すら目に入らないクロウは、手にある紙と、キアラが抱える大量の紙、そしてまだ床に散らばる紙を、どこかゆっくりした動作で順に眺めていく。
ずっとずっと。出会ってからの想いを発散させるために、受け取ってもらえない気持ちが溢れて、おかしくなりそうな時に、そのままの気持ちを書き綴ることがいつの間にかキアラのストレス発散の手段となっていた。
もちろん渡すつもりなんてこれっぽっちもなかったけれど。したためた想いをなんとなく捨てることが出来なくて、ずっと大切にしまい込んできた。
キアラは羞恥のあまり涙を滲ませながら蹲り、言い訳やら奇声をあげているが、クロウは一枚二枚と拾い上げては、次々に目を通していく。
もうどうにでもして……とやけっぱち気味のキアラが彼を見上げると、ずっしりと重いほどのキアラの想いがこもった手紙を数枚拾い上げたクロウは、片手で顔を隠すように覆っている。
「うう……もういいでしょう? かえしてぇ……恥ずかしいよぉ……」
「いやだ」
「いや……えっ!? いやだ?!」
私だっていやだよ! と抗議しようとしたキアラは、しゃがみ込んだクロウに力任せに抱かれて、目を白黒させた。いつもの比ではない。感情のままに強い力をかけられて、彼女はその圧迫感に恐怖すら感じてしまった。
「ぐ、ぐるしいよぉ~!」
ちょっとこの力は洒落にならないかもしれないと、生命の危機を感じたキアラが必死にもがくと、すぐに腕を緩められたが、次は噛み付くような、いや、実際噛み付きながらのキスを与えられて、またキアラはジタバタと暴れ出す。
「ぷはっ! な、何?! ちょっと怖いよ!」
「ありがとう……。嬉しすぎて、泣きそう」
なにがなんだかわからなくて、肩で息をするキアラがはたと見ると、クロウの赤くなった目元にうっすらと、今にも溢れそうな透明な膜が張られている。
「嘘……クロウ、泣いちゃった……?」
「キアラのせいだ」
顔を隠すように俯かせたクロウは、今度はちゃんと力の加減をして、驚いている小さな体をしっかりと抱きしめた。
とりとめなく綴られた想いは、ちっとも詩的じゃなくて。ただ好きの一言だったり、どこが好きとか、小さな不満、もしもの希望、そんなことが何度も書かれてあるだけの、まるで文章にもなっていないような。どれを読んでも、ただただ同じようなことが書き綴られていた。
だからこそ、キアラの強い想いをより感じることが出来て、どうしようも堪らないほどにクロウの琴線に触れた。
更に、文字の変化や紙の劣化具合で、何年にも渡って書かれたことが、ありありと伝わってしまった。
「好きだ、好きだ、好きだ……ずっと、僕を好きでいてくれて、ありがとう」
「うん……ずっと、ずっと好きだよ……」
抱きしめる強い腕も、静かな声も少し震えていて、キアラはそっと広い背中に腕を回して、クロウを抱きしめ返す。
「素直でよく変わる表情が好きだ。可愛い声が好きだ。澄んだ瞳が好きだ。華奢な肩も、綺麗な髪も、優しい笑顔も、すぐ泣くところも、何もかも好きだ」
「ど、どうしたの?恥ずかしいよ……」
「僕からの返事だと思ってくれ」
遅くなってごめん、と顔を伏せるクロウの頬に触れると彼は少し躊躇したけども、凛々しい頬に添えた手に少し力を入れて、キアラは大好きな顔を見上げる。
「見るなよ……」
恥ずかしそうに目線を逸らすクロウの頬に伝う雫を、いつも彼がしてくれるように、キアラは小さな舌で丁寧に掬い取って、目尻に口付ける。
「ふふっ、そんな風に泣いてるとこ、初めて見ちゃった。嬉しいな」
「情けないだろ」
「そんなことないよ~。もっと大好きになっちゃう!」
「なんだそれ……」
力が抜けたように、眉を下げて笑うクロウを再び頼りない腕で抱きしめて、今度はキアラから優しいキスを送った。
しばらく、合わせては離し、繰り返し。慈しむような口付けを、何度も交わしては見つめ合う。
「この手紙、全部僕にくれないか? 宝物にする」
「えっ?! そ、それは、さすがに恥ずかしいな……」
「欲しい。絶対に捨てさせない」
こうやって頑なに譲ろうとしないクロウに、何を言っても無駄だということは、もうキアラは十分にわかってしまっている。どうしたものかと頭を悩ませるが、やっぱりクロウに甘いキアラは彼の要求を飲むしかないだろう。
でも、行き場のなかった沢山の好きを、クロウが全て受け取ってくれるなら……こんなに嬉しいことはないかもしれない。
「いいよ……。でも、私もほしいな。クロウからのお手紙」
「……難しいな」
クロウが書く手紙は全て報告のようなもので、想いを込めて書いたことなど、一度もない。少し考える素振りを見せた彼だったが、諦めたように首を振る。
「こんなに最高な手紙は、僕には書けそうにない……キアラは天才だな」
心底困った顔をするクロウがなんだか可愛くて、キアラは小さく吹き出した。
「そんなことないよ。思ってることを書いてくれるだけでいいの。さっきみたいに……私への気持ちを教えてほしいな」
「無理だ」
「即答しちゃった! どうして~?!」
「そんなの、書ききれない。巻物になってしまう」
思いもしなかった理由にぱちくりと瞬いたキアラが見上げると、クロウは照れ臭そうに赤く染まった目を逸らす。
「好きだ。毎日、百回でも千回でも言うから。それで勘弁してくれ」
「もう、仕方ないなぁ……でも、いつか書いてね? ずっと待ってるから」
「そうだな……キアラが改めて手本を書いてくれたら、僕にも書けるかもしれない」
しれっと図々しくも、新たな恋文をリクエストするクロウに少し驚き、呆気に取られたキアラだったけれど、想いを受け止めてもらえる当たり前が嬉しくて、返事の代わりにもう一度、甘やかな口付けを送った。
----------
この後、TPOを弁えないマイペースなクロウは、街中でもどこでも所構わず、更に愛を囁くようになり、何度もキアラが彼の口を塞ぐことになる。
-おしまい。
次回作はシルヴィスの全年齢ラブコメです。
クロキアも出ているので、またお付き合い頂けると嬉しいです!
本当にありがとうございました!
読んでくれるあなたが、大好きです(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
お気に入り&感想で応援してもらえると嬉しいです(*´◒`*)
以前から食べてしまいたいほどの、いっそ恐ろしく重い愛情でキアラを溺愛していたクロウだったが、やっぱり新婚となると彼もソワソワうきうきが隠せないようで。触れる手は今まで以上に優しく、甘い。
身も心もたっぷりと愛されて不満など何ひとつない毎日だけども、キアラの心に唯一、気掛かりなものがあった。
彼女はまさに今。寝室で一人、その原因と向き合っている。
「どうしようかな……これ……」
小さな箱の中にぎっしりと詰まった紙の束を眺めながら、困惑気味に眉を下げたキアラは頬に手を当てた。
今日はクロウが用事で出掛けている。愛する夫を見送った後、特に予定がなかったキアラはずっと処分を迷っていた思い出の品と向き合っている。
処分をするのであれば、クロウの目がない今がチャンス! と思い立って引っ張り出してきたが、やっぱり踏ん切りがつかない。
長年過ごした家に置いてきても良かった物だが、なんとなく、もしなにかしらのアクシデントで養父母が発見してしまったら……と思うと落ち着かなくて、引越しの荷物にこっそり入れておいたものだ。
見返すことなんてなかったし、さっさと捨てても問題はないのだけど。
なんとなく捨てられずに長年ずっと溜め込んできた、キアラの文字が沢山したためられている紙の束。
クロウにだって、いや、クロウにだけはどうしても見つかるわけにいかなくて、引っ越してからもうずっと、衣装棚の一番下に隠してあった。
でも、そろそろ……そろそろ、処分するタイミングかもしれない。
「だよねえ……こんなのもし誰かに発見されたら、恥ずかしくて死んじゃう……」
今まで一度も読み返したことのない紙をキアラはおそるおそるといった風に、一枚手に取ってみる。
一度ぎゅっと目を瞑り、なんとなく覚悟を決め、薄く開いた目で文字を追うと、もうその一文目から転げ回るほどに恥ずかしくなってくる。
絶対、絶対に、これは処分しないといけない……!!この破壊力は危ない!!!
ぐるぐるに巻いて捨てる? それとも燃やす?
絶対、誰にもバレずに手放したい!!
そうキアラは決意を固め、持っていた紙を再び箱に押し込んで蓋をする。
処分方法を考えながら大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせようとしたその時。
「キアラ?」
「はいいいいいぃっ?!」
突然声を掛けられて、十センチほど飛び上がったキアラが箱を胸に抱き、ギクシャクした動作で後ろを振り返る。そこには、いつの間にか帰ってきたクロウがいて、どこかホッとしたような顔をしていた。
「あ、か、帰ってたの……。ごめんね、気付かなくて」
「よかった。返事がないから、どうしたのかと思った」
いつもならクロウの帰りを笑顔で出迎えるキアラの姿がなく、ただいまの声に何の反応もなかった。
まさか何かあったのかもしれないと、彼は少し焦りながら、二階へと駆け上がってきたところだった。
「ごめんね。ちょっと考えごとしちゃってた……。おかえりなさい」
「ただいま」
箱を抱いたままのキアラが逞しい胸に飛び込むと、力強い腕でぎゅうと抱きしめられて、彼女はぐりぐりと桜色の頭を押し付ける。
すんすんと匂いを堪能するキアラをいつものように好きにさせていたクロウだったが、大事そうにキアラの胸に抱かれている箱の存在が、やたらと気になった。
「それ、何が入ってるんだ?」
「へっ?! な、なにも?!」
「空の箱をそんなに大事そうに?」
「えっと、もう捨てちゃうものだから……」
隠し事や嘘が苦手なキアラは、すぐにしどろもどろと目線を彷徨わすので、何か特別なものであることをクロウは即察知する。
毎回すぐにバレるのにどうして懲りないのかクロウには不思議だが、それもキアラの可愛いところだと、彼は相も変わらず盲目的に彼女を愛している。
「怪しいな」
「あ、怪しくないよ~!」
じっと目を細めたクロウに見つめられて、キアラはつい笑顔が引き攣ってしまう。
細い背中に変な汗を感じるのは、きっと気のせいではない。
「見たい」
「だ、ダメダメダメっ!!」
ひしと箱を一層強く胸に抱いて、絶対に離すまいとするキアラに、クロウの好奇心が更に膨れ上がる。
ここまで隠されると、余計に見たくなるのが人の性というものだ。
しばらく目だけで攻防していた二人だったが、不意にクロウが身をかがめてキアラの耳に緩く噛み付いた。
「きゃうっ……!」
「見せて」
こうやって耳元で囁くとキアラはすぐに流されることを知っている彼は、誘惑するような、わざと少し低めの声を意識する。
ふたつのピアスが光る耳朶をカチリと緩く噛むと、キアラは彼の期待通り、肩を震わせて逞しい胸板に体重を預けてしまう。
「やっ、ずるいぃ……でも、だめ……」
頑なに箱を強く抱きしめるキアラの顎をクロウは指で掬い上げて、吐息を合わせる。そうすると、相変わらず隙だらけの彼女は催促するように薄く唇を開いて、クロウを求める。
何度交わしても飽きることない瑞々しい唇を啄み、小さな口内にじっくりと舌を這わせていると、段々とクロウの頭から箱のことは後回しになってくる。
それはキアラも同じで、優しいキスと髪を撫でる彼の大きな手にうっとりして、少し背伸びしながら更に体を寄せるように、つい片腕をクロウの首に回してしまった。
「キアラ……」
甘い声で名前を呼ばれるだけできゅんとキアラの体の中心から快感が溢れて、全身の力が抜けていくようで。このまま優しく愛されたくてクロウを見上げると、たおやかな体が更にきつく抱きしめられる。
もうお互いしか見えない。なのに、腰から背中へと、優しく這わされる手のひらにキアラが身を震わせたと同時に、カタリと音がして、二人の視線と意識が床に向いた。
「紙……?」
「きゃああああっ?!」
先程までの甘ったるい雰囲気は一瞬で消え失せてしまい、落ちた箱から溢れた大量の紙にクロウは首を傾げ、キアラは素早くしゃがみこんで、広範囲に散らばった紙をかき集めている。
「なんだこれ」
「あっ! だ、だだだだめっ!!」
足元に散らばる紙を一枚拾い上げたクロウは純粋な好奇心で、したためられた文字になんとなく目を通す。
そして、内容を理解した彼は、僅かに目を見開いた。
「これ…………」
書かれてあるのは、溢れる恋の言葉。
いっそ病的なほどびっしりと書き込まれた、とりとめのない文字の列を、クロウは驚いた顔で見つめている。
「あああ……もう、死んじゃうううぅ……」
絶望的な顔で頭を抱えるキアラの様子すら目に入らないクロウは、手にある紙と、キアラが抱える大量の紙、そしてまだ床に散らばる紙を、どこかゆっくりした動作で順に眺めていく。
ずっとずっと。出会ってからの想いを発散させるために、受け取ってもらえない気持ちが溢れて、おかしくなりそうな時に、そのままの気持ちを書き綴ることがいつの間にかキアラのストレス発散の手段となっていた。
もちろん渡すつもりなんてこれっぽっちもなかったけれど。したためた想いをなんとなく捨てることが出来なくて、ずっと大切にしまい込んできた。
キアラは羞恥のあまり涙を滲ませながら蹲り、言い訳やら奇声をあげているが、クロウは一枚二枚と拾い上げては、次々に目を通していく。
もうどうにでもして……とやけっぱち気味のキアラが彼を見上げると、ずっしりと重いほどのキアラの想いがこもった手紙を数枚拾い上げたクロウは、片手で顔を隠すように覆っている。
「うう……もういいでしょう? かえしてぇ……恥ずかしいよぉ……」
「いやだ」
「いや……えっ!? いやだ?!」
私だっていやだよ! と抗議しようとしたキアラは、しゃがみ込んだクロウに力任せに抱かれて、目を白黒させた。いつもの比ではない。感情のままに強い力をかけられて、彼女はその圧迫感に恐怖すら感じてしまった。
「ぐ、ぐるしいよぉ~!」
ちょっとこの力は洒落にならないかもしれないと、生命の危機を感じたキアラが必死にもがくと、すぐに腕を緩められたが、次は噛み付くような、いや、実際噛み付きながらのキスを与えられて、またキアラはジタバタと暴れ出す。
「ぷはっ! な、何?! ちょっと怖いよ!」
「ありがとう……。嬉しすぎて、泣きそう」
なにがなんだかわからなくて、肩で息をするキアラがはたと見ると、クロウの赤くなった目元にうっすらと、今にも溢れそうな透明な膜が張られている。
「嘘……クロウ、泣いちゃった……?」
「キアラのせいだ」
顔を隠すように俯かせたクロウは、今度はちゃんと力の加減をして、驚いている小さな体をしっかりと抱きしめた。
とりとめなく綴られた想いは、ちっとも詩的じゃなくて。ただ好きの一言だったり、どこが好きとか、小さな不満、もしもの希望、そんなことが何度も書かれてあるだけの、まるで文章にもなっていないような。どれを読んでも、ただただ同じようなことが書き綴られていた。
だからこそ、キアラの強い想いをより感じることが出来て、どうしようも堪らないほどにクロウの琴線に触れた。
更に、文字の変化や紙の劣化具合で、何年にも渡って書かれたことが、ありありと伝わってしまった。
「好きだ、好きだ、好きだ……ずっと、僕を好きでいてくれて、ありがとう」
「うん……ずっと、ずっと好きだよ……」
抱きしめる強い腕も、静かな声も少し震えていて、キアラはそっと広い背中に腕を回して、クロウを抱きしめ返す。
「素直でよく変わる表情が好きだ。可愛い声が好きだ。澄んだ瞳が好きだ。華奢な肩も、綺麗な髪も、優しい笑顔も、すぐ泣くところも、何もかも好きだ」
「ど、どうしたの?恥ずかしいよ……」
「僕からの返事だと思ってくれ」
遅くなってごめん、と顔を伏せるクロウの頬に触れると彼は少し躊躇したけども、凛々しい頬に添えた手に少し力を入れて、キアラは大好きな顔を見上げる。
「見るなよ……」
恥ずかしそうに目線を逸らすクロウの頬に伝う雫を、いつも彼がしてくれるように、キアラは小さな舌で丁寧に掬い取って、目尻に口付ける。
「ふふっ、そんな風に泣いてるとこ、初めて見ちゃった。嬉しいな」
「情けないだろ」
「そんなことないよ~。もっと大好きになっちゃう!」
「なんだそれ……」
力が抜けたように、眉を下げて笑うクロウを再び頼りない腕で抱きしめて、今度はキアラから優しいキスを送った。
しばらく、合わせては離し、繰り返し。慈しむような口付けを、何度も交わしては見つめ合う。
「この手紙、全部僕にくれないか? 宝物にする」
「えっ?! そ、それは、さすがに恥ずかしいな……」
「欲しい。絶対に捨てさせない」
こうやって頑なに譲ろうとしないクロウに、何を言っても無駄だということは、もうキアラは十分にわかってしまっている。どうしたものかと頭を悩ませるが、やっぱりクロウに甘いキアラは彼の要求を飲むしかないだろう。
でも、行き場のなかった沢山の好きを、クロウが全て受け取ってくれるなら……こんなに嬉しいことはないかもしれない。
「いいよ……。でも、私もほしいな。クロウからのお手紙」
「……難しいな」
クロウが書く手紙は全て報告のようなもので、想いを込めて書いたことなど、一度もない。少し考える素振りを見せた彼だったが、諦めたように首を振る。
「こんなに最高な手紙は、僕には書けそうにない……キアラは天才だな」
心底困った顔をするクロウがなんだか可愛くて、キアラは小さく吹き出した。
「そんなことないよ。思ってることを書いてくれるだけでいいの。さっきみたいに……私への気持ちを教えてほしいな」
「無理だ」
「即答しちゃった! どうして~?!」
「そんなの、書ききれない。巻物になってしまう」
思いもしなかった理由にぱちくりと瞬いたキアラが見上げると、クロウは照れ臭そうに赤く染まった目を逸らす。
「好きだ。毎日、百回でも千回でも言うから。それで勘弁してくれ」
「もう、仕方ないなぁ……でも、いつか書いてね? ずっと待ってるから」
「そうだな……キアラが改めて手本を書いてくれたら、僕にも書けるかもしれない」
しれっと図々しくも、新たな恋文をリクエストするクロウに少し驚き、呆気に取られたキアラだったけれど、想いを受け止めてもらえる当たり前が嬉しくて、返事の代わりにもう一度、甘やかな口付けを送った。
----------
この後、TPOを弁えないマイペースなクロウは、街中でもどこでも所構わず、更に愛を囁くようになり、何度もキアラが彼の口を塞ぐことになる。
-おしまい。
次回作はシルヴィスの全年齢ラブコメです。
クロキアも出ているので、またお付き合い頂けると嬉しいです!
本当にありがとうございました!
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「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」
――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。
今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって……
気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?
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おお!レイラさんありがとうございます〜!
しかも最後までありがとう!( ;∀;)
クロウはもうほんとどうしようもないヘタレで…w
魔力はまさかのパッパでした( ˘ω˘ )b
実はレオとサアレのほうが早く出来たキャラなのでめちゃくちゃ勝手に動いてくれたというw
昔の手紙は黒歴史しかないよねぇꉂꉂ(๑ノ∀˂)ʷʷʷ
激重感情な二人が幸せそうで、うれしい!
書ききれないで巻物になってしまうと言うクロウの返事も素敵でした✨
月子さんありがとうございます〜!
うちの元祖激重感情カップルでした🤣
巻物並の気持ちはあれど、いざ書くとなると一言で終わりそうな気もしますw
最後まで見守ってもらえて嬉しいです!ありがとうございました♡
1話から面白くて、面白くて読む手が止まりませんでした!愛が重いの最高、こんな相思相愛が読みたかったんです(^^)
そして..........最終話までスクロールしてからの作者様の「読んでくれるあなたが大好きです。」の一文に胸を撃ち抜かれました!
私も大好きです!ありがとうございました!
ノッキさんありがとうございますー!!
めちゃくちゃ嬉しいお言葉ありがとうございます!重めの愛、良いですよね♪
リアルに泣きそうです( ;∀;)
わーん嬉しい〜!!ノッキさん大好きです♡♡
最後までお読み頂き&感想ありがとうございます♡