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魔族で魔眼な妹と勇者な兄のそれからと

7.魔法の鍵はやっぱり君

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 家に着いても一向に理由を言わず、ただごめんなさいと繰り返すキアラに困り果てたクロウは、とりあえずソファで彼女を抱きしめている。

 まだあどけなさの残る眉を下げたクロウが背中を軽く叩いて宥めていると、程なくしてキアラが泣き止んだので、彼は顔に残る雫を再び袖で拭ってやる。

 キアラから腕を離し、涙を吸ってべしょべしょになった袖口を見て、思わずクロウは苦笑してしまった。

 ちなみにケイから貰った箱はなくさない様に、テーブルの上に置いてある。


「何かあったのか?」

「ごめんなさい……」

「悪いと思うなら理由を言ってくれ」

「ん……そうだね……」


 一旦体を離したクロウはソファに座り直し、キアラの話を待つことにする。どう言えばいいのかしばらく悩んでから、ゆっくりとキアラが口を開いた。


「あの、勿論どんなクロウだって好きだよ。今のクロウも大好き……。でも、もうあの……以前のクロウはいなくって……一緒に過ごした時間がなくなっちゃうみたいな気がして……。ごめんね。私、自分のことばっかり……」

「なるほどね……。そうだな……たしかに、僕には未来の記憶がない」




 確かにクロウには変わりないけども、空白の期間はどう埋めることもできない。

 もしこれが逆だったなら……と考えるとやるせないかもしれない。せめて記憶があればキアラの不安はなくしてやれたのだろうか。

 何を思って自分は時を戻したのか。

 推理するにはあまりにも情報が不足している。

 この一か月ほど、何度かキアラに付き合う前の事を聞いてみたが、その度にはぐらかされてあまり詳しいことは聞けていない。

 どうやらそれ程仲は良くなかったみたいだけど、理由が思い当たらない。


 妹になった直後のキアラに初めは嫌悪感を抱いたが、彼の記憶の中の最近では少し打ち解けてきていた気がする。

 このまま共に過ごしていれば、まさか恋仲になるとは思ってもいなかったが、普通に仲良くなれた気がするけども……。






「いつもはぐらかすけどさ、僕はキアラを避けてたのか? それともキアラが避けてたのか? どうして急に恋人になったんだ?」

「そ……れは……」

「僕が何を思ってたのか考える材料がほしい。教えてくれ」


 強く揺るぎない瞳でじっと見つめられて、キアラは少し戸惑いを見せる。

 というのも、この時のクロウはまだ聖剣を抜けない未来を知らない。

 未来に希望を持つ彼にその事実を告げるのをキアラは何となくためらって、今まで過去のことはやんわりとオブラートに包み、それとなく曖昧に話してきた。



「うん、そうだね。あの……。あ、もしかしてクロウもうすぐ十五歳になるのかな」

「あ、そう言えば……季節が違うから忘れてた。確か……そうだな、あと一か月もないかな」

「そっか……お祝いしなくっちゃね。何か食べたい物はある?」

「いいよ、必要ない。絶対に解いてみせる」


 だから早くと急かされて、キアラは自分を落ち着かせる為に小さく深呼吸をする。

 それでもなかなか話し出さないキアラに少し苛々としてきたクロウだったが、何かに気付いたかのように、ゆっくり考えていいから! とソファから立ち上がり二階へと急ぎ駆けて行った。

 残されたキアラが不思議に思っていると、しばらくしてパタパタと階段を駆け降りてくる音がした。
 
 見るとクロウは今の体にはまだ大きい、未来の彼の服を着ている。


「どうしたの?」

「絶対解くって言う願掛け。体が戻った時にさっきの服じゃ、小さくて格好つかないだろ」

「えっと……そうかな?」


 少し驚いているキアラだったが、少年のクロウもやっぱり彼女の前ではいつも格好を付けていたいらしく、そこは過去も未来も変わらないようだ。


「あのね、落ち着いて聞いてね? 十五歳の誕生日に父さんから聖剣を譲ってもらうんだよね?」

「ああ、すごく楽しみだ」

「あの……実はね……その剣、使えないの。クロウには」

「え……?」


 少年に戻ったクロウはこちらも完全に戻ってしまったらしく、また魔力が見当たらない。

 予想もしていなかった言葉に固まってしまったクロウにキアラは慌てて訂正する。


「あ! 本当は使えるんだけど!」

「……わかるように説明してほしい」

「うん……どこから話せばいいのかな……」


 あまり説明が上手くないキアラは時々止まりながら、それでも出来るだけ詳しく、十五歳の誕生日のこと、その日を境にクロウはキアラと距離を置くようになったこと、それから一緒に海辺の町へ行ったこと。

 さすがに言いにくいあれこれはぼやかしたけれど、彼が聖剣を使えるようになるまでを事細かにクロウに伝えてゆく。


 キアラを避けていた理由は簡単にクロウから謝罪と共に聞いただけなので、その辺はあまり深く話せなかったが、それでもやはり自分のことだからか、キアラよりもクロウは理解をしたらしい。

 聖剣の件にはやっぱりショックを受けていた彼だったが、結局扱えるようになると知って安堵の息を漏らした。

 そして抜刀出来なかった理由に呆れてしまったのは言うまでもない。





 それにしても、とクロウは考える。




 キアラを避けていた理由が我ながら馬鹿げていて、言葉もない。
 いや、多分……今の自分だって前情報がなければ同じ道を辿る気はする。でもこうやって客観的に聞くと呆れるしかない。

 キアラと二人で暮らす程には彼女に愛情を持っていた事は容易く伺える。それに不思議なほど出会った時からキアラに惹かれているのも、未来の記憶が深くにあるせいかもしれない。

 さっきの話と自分の性格を照らし合わせて、クロウはよくよく想像を働かせる。


 僕だったらどう思うか……。




 そんなの決まってる。





「馬鹿だな」

「ん?」

「未来の僕が間抜けすぎて落ち込む」

「どういうこと?」

「そんなの、後悔するに決まってる。避ける事に意味はないって気付いて、急にキアラに構い出した。それでやっと気持ちを自覚した。で、そんな僕をキアラは受け入れてくれて、しかもこんなに好きでいてくれる。キアラが逆だったらどう思う?」

「えっと……ちょっと想像できないかも……」


 まず自分がクロウを長年避けるだなんて、そこから有り得ないキアラは考え込んでしまう。

 それにクロウがどれだけ聖剣に執着していたのか側で見てきたキアラとしては、やっぱり仕方ない事なのかもしれないと思ってしまう。


「後悔しないか? あの頃に戻れたら絶対優しくするのに、って」

「え……それって、まさか」

「馬鹿だ。自分だけ戻っても意味ないし、記憶がなければまた同じ事を繰り返すだけなのに」


 きっと、ふと過った願望の欠片を魔法が拾ったんだろう。所詮、御伽噺級の魔法だ。

 完璧に扱える魔法使いなど、皆無に等しいのかもしれない。

 完璧でなくても、きちんと発動したことが既に奇跡だ。


「そんなに後悔してたの……?」

「多分ね」

「気にしなくていいのに……だって、優しくなかったけど、それでも困ってるときにはいつも助けてくれたよ。私の好きな味もちゃんと知ってた。それって本当はずっと気にしてくれてたんだなって、付き合ってから気付いたの」 




 そんなに気にかけてたのに、それでも距離を置くとか……。あまりにも唖然としてクロウはつい頭を抱えてしまう。




「……本当に僕が馬鹿すぎる」



 そう呟き、小さく唸るクロウのまだ幼さが残る肩に手を置いて、キアラが困ったように笑う。
 まさか、そんなことを気にしてただなんて、彼女は欠片も思いつかなかった。


「それなら……ねぇ、私はもういいんだよ。悲しいことも辛いことも沢山あったけど、でも一緒に重ねてきた時間だから。どんな過去だって大切だよ。それに今すっごく幸せなの。小さいクロウも大好きだけど、やっぱり戻ってきてほしいよ」

「うん、そうだな。ちょっと悔しい気もするけど……。まぁ戻っても僕なんだけど。好きだよ」


 何となくわかった。今なら戻れる気がする。

 そう言って少し大人びた顔で微笑んだクロウが名残惜しむようにゆっくりとキアラに口付けると、強い光が彼を包む。

 眩さに驚いて目を瞑ったキアラだったが、ふいに頬が大きな手で包まれた。


「キスで解除されたとか、まさに御伽噺みたいな魔法だな」


 和らいだ光にそっと瞼を開けると目の前のクロウはさっきまでブカブカだった服をぴったりと着こなし、少し懐かしい静かな声でそう呟く彼の顔は、キアラが見上げる位置にある。


「ごめん、また迷惑かけた……」


 時を遡った時は時間の流れに逆らった為か記憶がなかったのに、この一か月をちゃんとクロウは覚えている。

 恥ずかしそうにキアラの肩に額をつけて項垂れた彼は、小さく頼りない肩がふるふると震えてることに気が付いた。 

 クロウが顔を上げるともう見慣れたキアラの大粒の涙がとめどなく溢れていて、一度指で拭ってから左右の目尻に口付けるが、後から後から温かな雫が溢れてくる。


「お、おかえりなさい……」

「ああ、ただいま……? なのか?」

「馬鹿だよクロウ……変なお願い事しちゃって……」

「ごめん」


 ちっとも止みそうにない涙を流しながら、クロウの首に腕を回してしがみつくキアラを、彼は逞しい腕で強く抱きしめた。
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