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盲目乙女に溺れる剣士はとにかく早く移住したい

8.きみと過ごす森の中

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 キアラの暴走騒動の翌日。今日は特に予定もない。久しぶりにキアラと共に、慣れ親しんだ森の大木に体を預けて、クロウはゆっくりとした時間を過ごしていた。

 ふかふかの苔が覆う、どっしりと頼もしい大木はクロウが生まれた時からずっと変わらずここにあり、幼い彼はこの木を友人のように感じていた。
 今でもクロウは森に来た時は必ず、この木に会いに来る。

 とりとめのない話をしながら長閑のどかに流れる時間を楽しんでいたクロウだったが、ふと思い出したように、彼の肩に頭を預けて、繋いだ指を弄って遊んでいるキアラを見る。

 何が面白いのか、彼女は自分より長いクロウの指を、繋いだ手とは反対の指で楽しそうに触っている。   
 クロウがしばらくじっと見ていると、「なあに?」とキアラは可愛らしく首を傾げた。


「いや……キアラがあんなに僕の体が好きだとは知らなかった」


 突然の問題発言にキアラは吹き出して、すざざざざ! と派手な音を立てながら、座ったままにしてはなかなかの速さでクロウから距離を置いた。


「な、何?! 突然!」

「昨日すごく楽しそうにしてたから。正直かなり驚いた」


 昨日とは、暴走し発情したあの時のことだろう。すぐに理解したキアラは奇声をあげて、クロウに背を向けて丸くなる。



 昨日はまずかった。



 なぜあんなに暴走したのか、キアラは自分でも不思議で仕方ない。

 確かに彼に触りたいとは思っていた。

 思っていたけど暴走するつもりはなかった。

 乙女としては認めたくないけども、とにかく理性より何より、溜まり溜まった欲望が先走ってしまった。



「忘れて! あれは夢だったの! そんな、私が、あんな、わあああ恥ずかしいよぉ~!」

「恥ずかしがらなくてもいいのに。いいよ、触りたいんだろ?」


 いつの間にか背後に移動していたクロウが背中から覆い被さるようにキアラを抱いて、くるりと腕の中で小さな彼女の向きを変える。
 
 そのあまりのスムーズさに抵抗することも忘れたキアラが見上げていると、彼は片腕でキアラを抱いたまま、ゆっくりと見せつけるように自身のシャツのボタンを外していく。

 ボタンを外すだけだというのに、やたらと淫らに見えるクロウの指から目を離せず、まん丸に目を開いたキアラの喉がごくりと鳴った。



 ひえぇ……めちゃくちゃにえっち…… 

 何が起きてるの? 何が起きてるの?!


 
 状況が理解出来ず、キアラはただじっとクロウの様子を大きな猫目で凝視してしまう。
 ボタンを全て外し終わったクロウはキアラの手を取り、自分の心臓辺りにぺたりと触れさせた。

 規則正しい音を刻むクロウの鼓動より、明らかにキアラの鼓動が大きく速い。
 

「好きなだけ触っていいよ」

「ひぇ……え、えっち……」

「僕は何もしてないけど?」

「してるよ!」


 挑発するような、あまりにも艶っぽい瞳を直視できないキアラが、掴まれていない方の手で自分の目を覆いながら顔を背けると、耳に触れるほど近くに唇を寄せられる。
 ぞくりと震える背中に危うくキアラのスイッチが入りかけたが、そこは何とか頑張って持ち堪えた。
 
 素肌で抱き合う事はあるけれど、観察するように神経を集中して触ったことはない。

 昨日だって、ただ何とか翻弄したい意識が勝ってしまい、じっくりと全身を堪能するまではいかなかった。

 さっきから手のひらに感じる、自分とは全く違う胸を覆う筋肉の感触に、うずうずと煩悩が湧いてくる。欲望と戦っているキアラの耳に、トドメとばかりにクロウはいつもより少し低い声で囁いてくる。


「触りたくない?」

「はうぅっ! うぅ……触りたい、かも」


 目を覆っていた手をずらしてチラリとクロウの顔を覗くと、何やら楽しそうな表情が見える。
 近頃、特に二人っきりの時は、クロウから無の表情が少しずつ減って来ている。


「好きにしていいよ」

「だから言い方!」 




 重い剣を簡単に振り回し、頑丈な縄をぶっ千切るクロウの腕力を考えると、とんでもなく筋骨隆々のムキムキゴリゴリ体型であってもおかしくないのに、彼の体はすっきりと綺麗に引き締まっている。 

 今でこそ人間と平等に入り混じる魔族だが、昔は人間を魅了して使役する事が当たり前の時代もあった。

 その時の名残か魔族は見目麗しい者が多く、きっと人間に魅力的に見えるような構造になっていると考えられている。

 半分とはいえ魔族の血が混じるクロウは、筋肉の造りも違うのかもしれないと、日々こっそり観察しているキアラは思う。

 魔族であるキアラから見て、クロウが千点満点なことを考えると、種族に限定されないのかもしれないけど。そこは多分盲目フィルターの効果も相まっている。

 人の好みは様々なので、筋骨隆々の男らしい魅力に溢れるスーパーマッチョな魔族も恐らく、いや確実にいるだろうけど、そこはスレンダーなサアレの血筋かもしれない。

 少なくともキアラの好みど真ん中ストライクな彼の体型を目にする度に、思わず彼女はサアレに感謝したほどである。




 どうぞと惜しげなく引き締まった肉体を晒すクロウに、なぜか正座をして向き合ったキアラは恐る恐るぺたりと、厚めの胸筋に左右の手を当てた。

 一度深呼吸してペタペタと触り始めたキアラの様子を見たクロウは口元に手をやり、目を逸らして必死に笑いを堪える。


「うう……すごく好きぃ……シュッとしてすらっとして、すっきりしてるのに脱ぐとしっかり筋肉があるなんてえっちすぎるよぉ……あう……やばい、本当格好いい……無駄がない……もうダメ、くらくらしちゃう。これが脱ぐとすごいってやつだね……ずるい」


 目にハートを浮かべ、きゅんきゅん興奮しながら酷い語彙力でぶつぶつ呟くキアラに、堪えきれなくなったクロウが我慢出来ずに吹き出す。

 クロウはひとしきり肩を震わせて息を整えるが、いつもの捉え所のない表情ではない。まだどこか笑いを堪えるような視線をキアラから逸らしている。


「面白すぎるんだけど……」

「どこが?!」  

「全部」

「遊んでる……?」 
 
「うん」


 ばかぁー! とポカポカ叩いてくる子供っぽいキアラの表情が面白くて、クロウはその叩く腕ごと抱きしめて封印する。


「脱ぐとすごいのはキアラだろ」

「なっ?!」

「いや、違うな……服の上からでもしっかりわかるな」


 いつも通り表情を変えない彼に、自分では少し気になる豊満な胸を右手でもにもにと遠慮なく揉まれる。一瞬思考が停止したキアラの悲鳴が、静かな森に木霊した。
 自業自得とはいえ、至近距離で悲鳴を聞く羽目になったクロウは思わず顔を顰めて耳を押さえる。


「うるさ……」

「え、えっちー!」  

「キアラも触ってただろ。しかも直接」

「さ、触らせたのはクロウだよ!」

「僕も触りたくなった。いいだろ?」


 返事を待たずに、掬った胸をゆっくり揺らすようにして、指を食い込ませて来たクロウの手を、キアラは渾身の力を持って全力で引き剥がす。

 しばらく無言の攻防が続くが、今日のキアラは絶対に譲れない。なぜなら……


 ここは森……ここは森……!


「ダメ! ここ外だよ!」

「触るだけ」

「触り方がえっち! それに、そう言って絶対やめてくれないもの!」


 クロウから離れて両腕で胸を隠すように庇い、わかってるんだから! と警戒心マックスのキアラにクロウはチッと舌打ちをする。


「……舌打ちしたでしょう」 

「してない」

「嘘! もうっ、今日は流されないんだから」

「大丈夫。すぐに流されるところは、キアラの長所だから」

「馬鹿にされてる気がするぅ……。とにかく、ダメったらダメ!」


 以前のようにキアラに壁を作らなくなったクロウは少し幼さを感じさせるようになり、さっきまで並んで背を預けていた大木にもたれて、つまらなそうに拗ねている。
 それほど歳は変わらないけれど、ずっと大人だと思ってたのに、重症なキアラはそんな彼を見ると可愛くて仕方ない。

 ちょろい彼女はまたもや、きゅんきゅんと胸をときめかせながらクロウの隣に座り、誰に聞かれるわけでもないのに手を添えて、こっそり顔を耳元に寄せた。


「あのね、引越したら、いつでも触らせてあげるから……」


 まだまだ自分から誘うことに慣れないキアラはまた顔を逸らして、はにかんでしまうが、やっぱりその様子はクロウに会心の一撃を与え、彼は左手を額に当てて必死に欲望と戦う。


「……やっぱりちょっとだけ」

「ダメ」


 今日は頑なに許してくれないキアラを説得するのは難しいと諦める。ますます早く移住したい気持ちが強まったクロウは、今更ながら新築を提案した町長を恨めしく思い、悶々とした気持ちを吐き出すように、大きな溜息をついた。
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