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盲目乙女に溺れる剣士はとにかく早く移住したい

7.変わる距離感

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 二人で思う存分に情事後のいちゃいちゃを過ごし、うとうと微睡んでいるとあっという間に、空は明るい青から暖かな蜜柑色に変化していた。そろそろ夕食の時間帯だ。

 欠伸を零しながら手を繋いでキッチンへ向かう。クロウは保存してある魚と野菜を手に、脳内で食べたい料理をピックアップしながら調理へ取り掛かる。

 今日は特に手伝えることはなさそうだと、キアラは調理の邪魔にならないよう家の裏手に出て、こじんまりとした簡単な畑へと向かった。
 サラダに使える野菜を収穫し、採れたての小さなトマトを一つ、持っていたハンカチで拭って口に入れる。少し皮が硬めの甘酸っぱいトマトが、プチッと口中で弾けた。


「うん、今日もおいしい!」


 早くクロウにも食べさせたくて上機嫌でキッチンに戻る。よく食べる彼は昼食抜きのおかげでよっぽど空腹だったらしい。トマト以外の生野菜もキアラの手からそのまま齧り、手早く一品二品と並べていく。

 まだレオは帰っていない。この時間まで帰らないと言う事はおそらく町で話が弾み、そのまま夕食を済ませて来るだろう。今日の食事は四人分だ。一人分はスープのみだが。

 シルヴィスが食べやすいよう、スープはあっさりとした野菜のポタージュにした。

 初めて会った瞬間からこいつは無理、と感じているクロウだが、そこは常日頃栄養第一の料理を心がけている事もあり、必ず食べさせると言う変なプライドが打ち勝っている。

 そろそろメニューが完成しそうだ。キアラはサアレとシルヴィスに声を掛けようと、キッチンを離れた。


 昼以降はじめて会ったサアレには一瞬複雑な顔をされた気がしたけど、キアラは敢えて触れずに、そそくさとシルヴィスの部屋へ向かう。

 部屋の前で名前を呼び、ノックをしてみるが返事がない。キアラは静かにドアを開けてみる。
 中を覗くと、ベッドの上で魔法書を広げて寝転んでいるシルヴィスがいた。


「もう、返事くらいしてよ~。ご飯だよ」


 再度声を掛けてみるが、一瞥されただけで返事がない。キアラは部屋の中に入り、ベッドの空いている箇所に腰を下ろして魔法書を没収する。


「おい」

「呼ばれたらちゃんと返事する!」

「面倒くさい」

「面倒くさくない! 無視するのは良くないよ。あれ? これ私の魔法書……消えたと思ったらシルヴィス兄さんが持って帰ってたんだね」


 なくしたんじゃなくて良かった~とキアラが魔法書を胸に抱いていると、じっと見つめるシルヴィスの視線を感じて、目線を合わせる。


「お前は、私を恐れていると思ってた」

「んー……怖かったよ。すっごく。あんなに怖い人、初めて会ったもの」

「今は平気なのか?」

「全く怖くないわけじゃないけど……やっぱり父さんに似てるし……それにクロウにも似てるし……親近感湧いちゃう」

「つくづく嫌な顔面だ」 


 心の底から嫌そうに肘をついて目を細め、息を吐くシルヴィスにキアラが不思議な顔をする。


「どうして? 父さんも格好良いし、クロウは世界一格好良いでしょ。シルヴィス兄さんだって、すごく格好良いのに」


 同じく整った顔立ちではあるが、クロウとは少し違って線が細く、美しい白銀の髪に宝石のような赤い瞳のシルヴィスは、町に出ればきっとミステリアスだのなんだので、女の子からきゃあきゃあ騒がれるに違いない。


「その兄さんてやめろ。虫唾が走る」

「酷い……。うーん、じゃあシルヴィス……あ!」

「なんだ?」

「私のこともちゃんと名前で呼んでね。お前とかそこの女、とかじゃなくて。キアラだよ」

「……キアラ」


 シルヴィスが面倒そうに名前を呼ぶと、キアラは楽しそうにくすくす笑い出した。


「気持ち悪いな」

「だって、こんな風に普通に会話できるなんて思ってなかったんだもの。なんか変な感じだけど、ちょっと嬉しいな~って」


 にこやかに笑ったままのキアラはベッドから立ち上がる。シルヴィスの手を引いて起き上がらせようと引っ張るが、彼はなかなか立ち上がろうとしてくれない。


「ご飯冷めると勿体ないよ。クロウの料理は世界一なんだから! ほら、行こう。お腹空いてるでしょう?」

「わからん」

「え?」

「一日一回薬剤を飲めば体は持つ」

「え……それは……ダメ!!」


 シルヴィスの発言は、クロウの作るおいしいご飯が日々の楽しみであるキアラにとって、あまりにも衝撃的過ぎた。文句を言う彼を渾身の力で引っ張って食卓まで連れて行く。


「クロウ! ここに不健康な人がいます! ご飯を食べさせて!」 

「おい……」


 引きずられ無理に座らされたシルヴィスの前に、不機嫌なクロウが雑にスープの器を置いた。
 湯気の立つあたたかな薄い緑色のポタージュからは、優しくほのかに甘い香りが漂っている。


「ビタミンミネラルカルシウム蛋白質マグネシウムその他諸々、栄養たっぷり五種の野菜ポタージュだ。さっさと飲め」

「な、なんの呪文だ……」


 席に着いていたサアレは二人のやり取りを白けた目で見つめ、先に食べるぞと手を合わせる。

 数種のスパイスで味付けして、ハーブを乗せた白身魚を口に入れたサアレは、至福の表情で食を進める。淡白な味の魚にハーブの穏やかな香りが漂う、サアレの好物でもある。

 私も食べちゃお~と、続いてキアラも手を合わせて、収穫したてのサラダから口に運ぶ。  
 もぐもぐ幸せそうに食べる母と、可愛い恋人に少し口元を綻ばせてクロウも食事を始めるが、シルヴィスはまだポタージュを眺めている。

 今朝のスープはとても気に入った様子だったが、見慣れない不透明な液体に少し躊躇しているようだった。  


「おいしいよ? はい、あーん」


 隣に座る動かないシルヴィスを気遣って、彼の前からスプーンを取ったキアラがポタージュを掬う。そしてそのままシルヴィスの口元に持っていく。

 何度か悶々と苦しめられたクロウもよく知ってる通り、キアラは一度気を許した者には距離が近い。

 しかも良くも悪くもすぐに人を信用するところは、彼女の長所でもあり、短所でもある。
 サアレも少し驚いているが、特に口出しはせず見守っている。


(こんな事で嫉妬するのはみっともない。そう、ただ距離が近いだけ……キアラはシルヴィスを家族として接してるだけだ。そう、家族だから問題ない。いや、問題ないのか?)


 ポーカーフェイスの下でクロウが一人もやもやと悶えていると、捻くれてるくせに変なところで素直なシルヴィスが、キアラの持つスプーンからポタージュを飲み込む。


「問題ない……わけあるかー!!」

「きゃあ?!」


 音を立てて急に立ち上がったクロウに隣のキアラが飛び退き、驚きでドキドキと鳴る心臓を押さえる。


「ど、どうしたの?」

「何だ急に仲良くなって! おかしいだろ! お前もなんで素直にキアラに懐いてんだ!」


 馬鹿力のクロウに肩を掴まれて、ガクガクと揺らされたキアラは頭がぐるぐると回り、頭上に星を飛ばして椅子にへたり込んでしまった。


「クロウやかましい」


 サアレは呆れ返った声で食事を続け、シルヴィスにも馬鹿にしたような冷めた目で見られて、更にクロウの苛々が募っていく。


「おかしな言い方をするな。懐いていない」

「そうだよ~シルヴィスはお兄ちゃんなんだからおかしくないよ~。クロウにもよくしてたじゃない~」
 
 その時は一度も食べてもらえなかったけど。

 まだ揺らされた衝撃でへろへろ揺れるキアラは、同じくへろへろとした口調で答える。


「な、に、が、お兄ちゃんだ! そういう奴に限ってやましい目で見てたりするんだからな!」

「お前が言うと説得力あるな」


 水を飲みながら鋭く突っ込むサアレの言葉を、クロウは敢えて聞こえないふりでスルーする。


 わかっている、わかってはいる。


「ただいま~。何々? クロウ荒ぶってるねえ。焼きもちはみっともないよ」



 玄関の扉が開き、少し酔っている様子のレオがダイニングに笑いながら入ってきて、陽気に手を振った。


「おかえりレオ」
「ただいまハニー!」 


 サアレに抱きついて、嬉しそうにニコニコしているレオに、クロウがうんざりした顔を向けるが、父はすこぶるご機嫌らしい。
 

「ご機嫌だな、父さん」


 普段飲まないくせに酒豪な父が酔うとは、よっぽどの量を飲んだと思われる。


「まあね~暇だから子どもたちと遊んでたらさあ、どこから来たのかすっごい巨大ムカデが出てね、軽く退治したらすごく感謝されて、飲めや踊れやでさ~」


 こーんなに大きかったんだよ~と手を広げてはしゃぐレオを見ていると、さっきまでの怒りが馬鹿らしくなる。クロウは静かに席に着いて、食事を再開することにした。

 ふと見ると、シルヴィスはポタージュを気に入ったらしい。へろへろから復活したキアラがまたおかわりをよそっている。
 スープを運ぶ途中でクロウと目が合うと、何やら照れたように笑うキアラの様子が気になったが、また何か妄想しているんだろうと、特に追求しないでおいた。


 キアラとシルヴィスが兄妹として仲良くするのであれば、そこはもうクロウがどうこう言っても仕方がない。自分の事例があるのでついムキになってしまったが、キアラはたまに理解を超えるくらいの愛で迫って来るし、何も心配する事はないと、クロウは自分に言い聞かせる。


 クロウが一度フォークを置いて水を飲もうとすると、横から唇に小さなトマトを押し付けられた。目だけ動かして見ると、トマトの先には蕩けた瞳をしているキアラの指がある。


「焼きもち妬いたの? 嬉しいな。クロウにも食べさせてあげるのに……遠慮しないで。全部私が食べさせてあげる。朝も昼も夜もずーっと」


またキアラの変なスイッチを押してしまったらしく、一瞬固まってしまったクロウだったが、


「そうだな……たまにはいいね、最高」


 とキアラの指ごと口に含み、目を合わせたままぺろりと指先を舐めてみせれば、彼女は真っ赤に撃沈する。


「か、勝てない…」


 煙が出そうに熱い頬を押さえるキアラを見て、クロウは小さく笑う。
 そして、信じられないものを見るような目をしているサアレに、またもや気付かない振りをして、平然と食事を終えた。
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