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盲目乙女に溺れる剣士はとにかく早く移住したい

5.兄弟喧嘩と彼女の趣向

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 今日は風もなく、穏やかな陽光が優しく降り注ぐように森を照らしている。

 元々暑い日は涼やかな森で過ごすことが多いクロウだが、凌ぎやすい季節へと移行し始めている事もあって、最近は庭でキアラと共に過ごす事も多くなっている。

 朝食を終えたクロウが剣を手に持って外に出ると、キアラも当たり前のように後を追う。そうすると家の中にはシルヴィスとレオ、サアレの三人になった。

 初めての食事にどこか毒気を抜かれたシルヴィスがソファで何をすることもなくぼんやり過ごしていると、サアレと共に後片付けをしようと席を立ったレオに名前を呼ばれた。


「今日から早速キアラに魔法を教えてあげて」


 机を拭きながら軽く言うレオにソファから振り返ったシルヴィスが胡乱な目をする。

「本気で言ってるのか? また私があの女に攻撃を仕掛けたらどうする?」

「うーん。その時はもう、クロウを止めてあげられないかもしれないな」

「次は負けない」


 勝てないと宣言するような言い草に、苛つくシルヴィスは舌打ちをして睨み付けるが、レオはニコニコと笑顔を崩さない。


「どうだろうね? 次は三対一だよ。少なくともこの家にいる間は誰に挑もうと、君に勝ち目はない」

「なるほど……家族ごっこは監視するためか」

「それもあるけど、せっかく産まれて来たんだから君にもささやかな幸せを知ってほしいと思ってるよ」

「馬鹿らしい。そもそも魔法はお前が教えればいいだろう」


 シルヴィスの指摘にそれもそうなんだけどねとレオは話しながらもてきぱきと食器を洗い、それを渡されたサアレが水気を拭いていく。


「適材適所って知ってる? キアラが体術を学びたいのなら勿論僕が指導する」

「お前だって魔法……」

「シルヴィス。昨日お前の魔法を見たが中々の使い手だ。多分すぐにレオを追い越すだろう」


 黙っていたサアレが口を挟むとシルヴィスは睨んでいた目を更に忌々しげに険しく吊り上げた。


「馬鹿なことを言うな」


 研究所では、レオはもっと凄かった、お前なんか到底敵わないと毎日罵られていた。

 そんな事はないと反抗した挙句、研究者を葬ってここまでやってきた。シルヴィスにとって勇者レオとはこの世で一番強い存在である。だからこそ、この手で打ち勝ちたい。
 自分の存在を自分で認める為にレオの居場所を探して、やっと突き止めた。

 勝負を挑むはずがなぜかペースに巻き込まれて、毒気を抜かれている事はこの際置いておく。そんな彼の視線をものともせずに、レオは溜息をついてうんざりとした顔をする。


「みんな僕のこと買い被り過ぎなんだよね。剣はサアレとクロウが上だし、多分魔法は君の方が上だよ。僕は大抵のことは何でも出来るけど、全てにおいて最強なわけじゃない」 


 だからさ、と一旦言葉を切って、レオはどこか諦めたような笑顔を見せる。


「キアラにも最高の師匠をつけてあげたいんだよね。本当は攻撃魔法なんて無縁の世界で生きて欲しかったんだけど……またいつあんな事が起きるか、わからないし」

 いまいち納得出来ないシルヴィスだったが、ほら早く早くと、強引な笑顔に背を押されて渋々と庭へ出た。



◆◇



 外に出ると、木製のテーブルの上に分解した剣を並べているクロウと、慣れた手順を感心するように眺めているキアラがいる。

 そろそろ焦げるような陽射しから、少し柔らかで過ごしやすい気候へと移りつつある。ずっと研究所内だけで生きていたシルヴィスは、まだあまり慣れない日差しに目を細めた。

 気乗りはしないが、少し離れた場所からシルヴィスが、「おい」と声を掛けるとクロウは視線だけを寄越し、キアラはどこか繕うような笑顔で手を振った。


「そこの女、魔法……いや……? なんで従う必要がある?」


 声をかけられたかと思ったキアラだが、シルヴィスは考えるような仕草で何やら呟いている。彼女が首を傾げてクロウを見ると、「放っておけば?」と返される。

 そうは言っても気になるし、こちらから声を掛けるべきかとしばらく迷っていると、シルヴィスがゆっくりした足取りで近付いて来た。


「そこの馬鹿息子。勝負しないか? 勿論本気でな」

「懲りないな。次は真っ二つにしてやるつもりだけど」

 挑発するような目で持ちかけたシルヴィスに視線も向けず、抑揚のない声でクロウが返す。

「昨日はその女が小賢しい魔法で援護していたが、一対一なら負ける気はしない」

「一対一で死にかけたくせに」


 苛つきで微妙に目の表情が変わるシルヴィスに、側で見ているキアラがおろおろする。クロウは相手の表情などお構いなしだ。
 一見相手にしてないように見えるが、まだ手入れが十分に終わっていない剣を手際良く組み直していることに、キアラは気付く。


「初めからお前一人なら絶対に負けない。魔法は剣より強いからな」

「なんだと? 剣が強いに決まってるだろう」

 ゆらりと立ち上がり静かに睨むクロウを見たシルヴィスは、小馬鹿にしたように笑う。そうして、手のひらに発生させた光の玉を、見せつけるように差し出した。


「遠距離も近距離も変わらず威力を発揮できる魔法に、剣が敵うものか。なんと言っても、魔法は美しい」

「僕は確実に有利な距離へ持ち込むことが出来る。ナルシストは気持ち悪いな」

「……脳筋はこれだから困る」

「貧弱よりマシだろ」


 二人の間にバチバチと弾ける電流が見えるような気がして、キアラはその場から少し後ろに下がる。
 シルヴィスが挑発しているのかと思って、クロウの様子をはらはらと見ていたキアラだったが、どうやら普通に口喧嘩の様に見えてきた。


「えっと……魔法も剣もどっちも格好良いし、どっちも強いし、二人ともすごいよね~! うんうん、どっちも格好良いな~」


 何とかこの場を宥めようとわざと明るい声で言ってみるが、うるさいと二人同時に睨まれてキアラはまた一歩後ろに下がった。シルヴィスはともかくクロウにまで睨まれたショックで、あわあわと狼狽える。


「そんなに刻んで欲しいなら、望み通り僕の剣で細切れにしてやる。夕飯の材料にもならないのが残念だな」

「そっちこそ串刺し、丸焦げ、微塵切りどれがお好みだ? それともフルコースでもてなしてやろうか」


 手早く組み立てた剣を構えるクロウと、両手に光を纏わせたシルヴィスは今にも一触即発の状況だ。昨日の惨状を思い出したキアラはあわあわしている場合ではないと、自分を奮い立たせてクロウの服を引っ張る。


「だ、ダメだよ! 今度は本当に死んじゃう! ねえ、クロウやめよう?」

「危ないから離れてて」

「ダメだって! シルヴィス兄さんも馬鹿なことはやめて!」

「馬鹿はお前だ。先に消してやろうか」


 聞く耳持たない二人にキアラの焦りは募っていく。レオかサアレを呼びに行こうと考えるが、その間に一戦が始まってしまえば、どうなるかわからない。


「ねえ、本当にやめよう? こんなの嫌だよ。怖いよ」

「キアラ、危ないから」

「うるさいな、消えろ」



 傷を負えばあんなに痛いのに、だれにも怪我してほしくないのに。いくら言っても聞く気すらない二人に、キアラは段々と腹が立ってきた。 



「わかりました……もうお願いしません。しばらくぐっすりと頭を冷やして! もう知らない!」


 わっ! と叫んだキアラが両手をかざすと薄く淡い緑色がかった風が発生した。何も予測していなかったクロウとシルヴィスは、思いっきりその風を吸い込んでしまった。


「キア……」

「な……?」


 急激に意識の遠きを感じた二人は揺らぐ体が地面に激突しないように何とか膝を着く。けれども、そのままくらりと体勢を崩して、ゆっくり倒れ込んだ。


「わー……よかった、ちゃんと出来ちゃった。初めて使ったからドキドキした~」


 ふうと一息吐き、成功の安堵でどきどきと高鳴る胸を押さえたキアラは、しゃがみ込んで二人の様子を観察する。その様子に思わずにっこりと、笑みが漏れる。


「うんうん、よく寝てる。双子みたい……可愛い!」


 柔らかな草地の上。うつ伏せに寝転ぶような体勢で、気持ち良さそうな寝息を立て、すやすやと眠る二人をニマニマとキアラは眺める。



 ついでにクロウの頬や唇をそっと指で突いて「はぁっ……かわいいっ」と悶絶しては、一通り満足してから、起きてきた時の対策の為に、とりあえずレオとサアレの元へ向かった。







「えっ、もう? あの子たち早々にやっちゃったの?懲りないなぁ……」

 先程の状況を聞いて、呆れるレオとサアレを眠る二人の元に急ぎ足で連れて来たキアラだったが、彼らはまだすやすやと健やかな寝息を立てていて、起きる気配は全くない。


「こうやってると可愛らしさもあるのに……。それにしてもよく眠っているな。あとどれくらいで起きるんだ?」


 キアラの魔法に感心しつつも、呆れ返ったサアレがやれやれと手の掛かる息子二人を眺める。


「ええと……実は、初めて使ったからどれくらいで起きるかわからなくて……」


 少し気まずそうに言うキアラに、しゃがみ込んで様子を見ていたレオが、寝てるだけだから心配ないと伝え、うーんと立ち上がって伸びをする。


「いくらよく効いてても夜には目覚めるよ。とりあえず起きてすぐ暴れないように、別々にしとこうか」

「無理だな。意識を失っている男なんか、重くて運ぶ気にもならない」

「転がす?」

「……それならいけるか?」


 どう転がすかと話し合う両親に、キアラが慌てて両手を出しストップをかける。
 細かい事は気にしない主義のレオと、効率主義のサアレに任せるのは少し、いやかなり怖い。
 すぐに癒せるからか、二人ともなぜか自分たちと息子に限り、多少の傷は全く気にしない。


「ま、待って! 怪我しちゃうかもしれないよ!」

「クロウは頑丈だし、レオの血を引いてるなら、シルヴィスも頑丈なんじゃないか?」

「……回復魔法があればいける!」

「そういう問題じゃないと思うの……」


 要は目覚めた時に、すぐにバトル勃発にならなければ良いのでは? という結論になり、とりあえず両者とも後ろ手で縛ることにした。
 縄で縛り上げてる最中も全く起きず、気持ちよさそうに眠る息子にレオも感心をする。


「キアラも魔法の勉強、頑張ってるんだね」

「ああ、これなら四対一だな」

「ちょっとさ、目覚めた時シルヴィスがどんな顔するか見てみたいよね」


 シルヴィスは人を馬鹿にしたような笑みをよく浮かべるので一見憎たらしくもあるが、本人は知ってか知らずか意外と感情を素直に表す。

 まだ会ったばかりではあるが、そんなところはレオもサアレもつい可愛らしいと感じている。目覚めた彼の反応を想像して、二人は顔を見合わせて笑い出した。



 いつまでも眠る二人を眺めていても、時間の無駄でしかない。目が覚めれば騒ぎ出すだろうと、レオは近くの町へ情報収集に、サアレは念の為と家に残り剣の手入れを。キアラは双子のようなクロウとシルヴィスの側で、魔法書を読むことにした。



◆◇



 なかなか起きない二人を観察しながら勉強をしていたキアラだったが、空腹を感じ始めたので一度家に戻る。手早く作った野菜たっぷりのサンドイッチをサアレに渡し、それからまたクロウの側に戻る。寝顔を眺めながら、母と同じ軽い昼食をとることにした。


 勉強もひと段落ついて、心地よい日差しと緩やかな風にキアラが少し眠くなって来た頃。もぞもぞと銀色の頭が動くのが見えた。

 先に目覚めたのはシルヴィスで、状況が飲み込めていないらしい。違和感を覚えた腕を確認した彼は、目を見開いて辺りを見渡す。


「あ、おはよう。シルヴィス兄さん。よく寝てたね」


 シルヴィスが声の方角を見ると、クロウの側にいるキアラがにこにこと微笑んでいる。よく見るとクロウも腕を縛られている事に気付き、シルヴィスは不信感を込めた目でキアラを睨みつけた。


「何をしている……」

「えっ?! え、あの、クロウの寝顔が可愛くって一生見てたいとか思ってただけで、あの、軽く突いたりはしたけど何も! やましい事は!」


 シルヴィスが問うとわたわたと慌て出し、何やら頓珍漢に騒ぎ出すキアラに緊迫した不信感は一気に飛んでいった。
 彼は持ち上げていた頭を気が抜けたように再び地面につけてから、ずるずると身を起こす。


「真性のアホなんだな……」

「ひどい!」


 何やらショックを受けているキアラにシルヴィスはもう一度視線を向けて、意識を失う前の記憶を辿る。


「眠りの魔法か。まさかこんな馬鹿から不意打ちをくらうとは……」

「ひどい……寝てる時は可愛かったのに……」


 クロウはこんなに可愛いのに~、と眠るクロウの頬をキアラがふにふに弄ると僅かに声が漏れて、ゆっくりと気怠げな瞼が開かれた。


「う……ん?なんだ……?」

「クロウおはよう」

「キアラ……?ん?んん?」


 にこにこと見つめるキアラと、後ろに縛られた動かない自分の腕を交互に見るがクロウは状況が理解出来ない。
 そんな彼が地面に転がったまま訝しげな目をキアラに向けると、なぜか彼女は嬉しそうな顔をしている。

「はうっ! そ、その体勢でそんな目で見られると、なんかすごくえっち! 今日も彼氏が素敵すぎておかしくなっちゃうよ~! 好き!!」

「うわっ」


 またもやときめきが暴走し、転がるクロウに覆い被さるように抱きついたキアラが妙な視線を感じて顔を上げる。すると、心底軽蔑の視線を向けるシルヴィスと目が合った。


「わ! 違うの! 別に興奮したわけじゃ……!」

「馬鹿は黙ってろ」

「お前も縛られてたのか……。キアラ、これは一体……」


 腹筋を使って体を起こし、頭を軽く振ったクロウにどう説明しようかとキアラが悩んでいると、騒いでる声を聞きつけたサアレが家から出てきた。


「起きたか馬鹿息子ども」

「母さん、これは何……痛!」 

「くっ!?」


 ポカポカと一発ずつゲンコツを食らった息子二人は頭を押さえることも出来ず、ぐっと堪えて痛みが過ぎるのを待つ。


「馬鹿者どもめ。手合わせしたいのなら別に止めない。が、昨日みたいなのはなしだ。あくまで手合わせなら許可しよう。もし限度を超えたら、この私が時間をかけてゆっくり切り刻んでやる」

「ふん、やれるものなら……」


 望むところだと、歪んだ笑みを向けたシルヴィスの頬紙一重に、鋭い音と共にサアレの剣が振り下ろされて、はらりと銀の髪が数本舞う。
 一瞬の出来事に彼はぱちくりと瞬いて、何が起きたのか理解するまでに数秒を費やした。


「クロウは強かっただろう? だが私は更に強い」


 肝に銘じろと薄く笑い、髪を靡かせてまた家の中へ戻ったサアレに今まで感じたことがない程の恐怖を感じたシルヴィスは、大量の冷や汗が浮かぶのを自覚した。


「ここには化け物しかいないのか……? それとも外の人間は皆化け物なのか?」

「いや、うちは特殊だから……」


 母さん格好いい! とキラキラ目を輝かせるキアラを恐ろしく思いながらクロウはシルヴィスが今感じているだろう恐怖に共感してしまい、不本意ながらも少なからず親近感が湧いてしまった。

 初めて経験した恐怖にしばらくシルヴィスが固まっていると、再び家の扉が開き、サアレが顔だけを出す。
 

「縛り上げている縄はキアラに任せる。大丈夫だと判断したら外してやれ。解放した後、また馬鹿な事を始めたら私を呼びなさい」


 はぁいと返事をしたキアラは腰に手を当てて、座りこんだままの二人を交互に見る。


「もう喧嘩しない?」 

「さあな」

「陰険魔法使いが仕掛けて来たら、応戦する」


 またピリリと悪くなる空気に、キアラが大きな溜息と共にうんざりした顔をした。


「もうっ! そんなんじゃ解けないよ~。また母さんに叱ってもらわなきゃ……」

「しない」


 やたら真剣な目で声を重ねて返事をした二人に、キアラが思わず「息ぴったりだね!」と吹き出した。まるで昔からの兄弟かのように、やたらと反応が似ている。


「やっぱり双子みたい。本当によく似てるね」

「全然似てない!」 


 再び声が重なって、お互い忌々しげな顔で視線を合わす二人にまたキアラが笑う。


「シルヴィス兄さん、もう怖い顔しちゃダメだよ」


 レオから預かっていたナイフで、キアラはまずシルヴィスの縄を切って解放する。
 切れ味の良い刃は少し力を入れるだけで、頑丈な繊維を簡単に切ることができた。


「地顔だ」

「そんなことないよ~。今は怖くないもの」


 解放された腕をさすって舌打ちするシルヴィスの顔を見たキアラは一旦ナイフを鞘にしまう。憎めないなぁと微笑んでいるとクロウが「僕も」と催促してくる。


「えっと……」


 振り返ってクロウを観察したキアラはぽっと頬を紅潮させて言いにくそうに、もじもじと斜め下に視線を向けた。


「クロウは……もう少しそのままでいいんじゃないかな?」 

「なんで?!」

「だって! 最高に良いんだもの! はぁっ……いつも強くて余裕なクロウが手を、しかも後ろに縛られて! それに目覚めた時のあの心細い顔! こんな機会そうそうないよ?! 勿体ない!」

「キアラ落ち着いて……」


 何かが性癖にクリティカルヒットしてたらしく、また暴走し出したキアラは瞳を潤ませてクロウに顔を寄せる。


「もう少し眺めていたいの……今日だけだから。ね?」 

「や、あの、早く解いてほしいんだけど……」

「だめ! 解くか解かないかは私が決めます!」


 説得してみるが、なかなか折れないキアラにクロウは項垂れる。

 その様子を、椅子に座って心底馬鹿らしいと眺めていたシルヴィスだったが、この様子じゃ今日は魔法の特訓については有耶無耶に出来そうだと、さっきまでキアラが読んでいた魔法書を手に、自室へ向かった。
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