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盲目乙女に溺れる剣士はとにかく早く移住したい
4.はじめての朝ごはん
しおりを挟む「おはよう!僕の息子!」
宛てがわれた客室で眠る青年の部屋。朝早くからやたらとバイタリティー溢れる声と共に、レオが扉を開けた。まだカーテンが閉められている為、部屋はほんのり薄暗い。無理やり覚醒させられた青年は、最悪な目覚めだと、朝一番の舌打ちをする。
「朝だよ。ほらそろそろ起きよう」
強制的にカーテンを開けられ、部屋に溢れる明るい光に思いっきり嫌な顔をした青年は、薄手のブランケットを頭まで被る。彼はまだ、起床する予定ではない。
「……うるさい」
「はいはい、とりあえず回復魔法かけたら、ご飯食べようね。君、昨日食べずに寝たからお腹空いてるでしょ?」
昨夜は食事を勧めたものの、いらないと青年は部屋に籠ってしまった。大きな怪我もしたし今日は食欲がないんだろうと、レオは特に気にせず、そのまま放置しておいた。
いくら声を掛けても、頑なに起き上がらない青年から無理矢理にブランケットを剥がし、彼の胸に手を当てたレオは一定の魔力を送る。
「うん、こんなもんか。明日には完治するよ。あまり一気に送ると体がびっくりするからね」
さて、ご飯ご飯と、青年を引っ張り起こすレオだったが、いらないと手を払われた。それでもめげずに、無理やり引き起こした。半ば抱えるように持ち上げようとするが、青年も負けじと抵抗する。しばらく粘ってみたが、馬鹿力のレオがどうしても優勢になってくる。
「クロウのご飯はおいしいから、そう言わずに」
「いらない。私の栄養源はこれだ」
引き下がらないレオに鬱陶しそうなため息をついて、青年はベッド脇にかけてあった鞄から透明の青い液体が入った試験管を取り出す。見せつけるように掴んだ手を前に出すが、その見た目からして何かの薬品のようだった。
「生まれてこの方、ずっとこれしか口にした事がない」
「え……消化器官とかない感じ……?」
「さあ? その辺は人間と変わらないんじゃないか。なんせ私の製作者は、人間であるお前を作る事にご執着だったからな。恐らく食事は可能だが、必要がない」
「そんな……それは、それはダメだ!」
「うわっ?!」
ガバッと青年を勢いよく抱えたレオは、驚くほどのスピードでダイニングまで駆けた。ぎゃあぎゃあと喚く青年を抱えたレオに家族全員が目を見開いて驚愕する。けれど気にせず、用意してあった五つ目の椅子、いわゆるお誕生日席に彼を降ろしたレオは、食の大切さを懇々と語り始める。
「生き物はみんな摂取したもので体が出来ているんだ。だからこんなに軽く……うっ、これからは父さんがたくさん肉を食べさせてあげるから! クロウ! ここに栄養失調の人がいます!」
げんなりと肘をついた青年の前に、無表情のクロウがやや荒い動作で朝食のプレートを置く。表情は乏しくとも、感情の動きが分かりやすいクロウの発する気配はピリピリとして、明らかに機嫌が悪い。
「不本意だが、食べろ」
「いら……むぐっ?!」
席を立とうと少し腰を浮かすと、分厚く切って少量の油で焼いたハムを、正面から容赦なく口に突っ込まれた。被害者である青年は何が起こったのか、目を白黒させる。
「やっぱり元気と言えば肉だよね!」
突っ込んだ当の本人であるレオはニコニコとしているが、青年は青い顔で口を押さえて、口内に残るハムと格闘している。あまりにも具合の悪そうな顔色を見て隣に座っていたキアラが気遣わしげに背中をさするが、彼はその手を払う。
咄嗟に立ち上がった彼は、昨日場所を把握した洗面台で口に残る肉と、僅かに飲み込んでしまった欠片を吐き出した。
「大丈夫?」
苦しげに肩で息をしている青年に追いかけてきたキアラがタオルを差し出す。彼は素直にそれを受取り、ついでに顔と口を濯いで水を拭った。
それほど広くはない家なので、どうやら青年の食事情を話したらしいレオが、ダイニングでサアレとクロウに「固形物に慣れていない胃に、油で調理した肉を入れるなんて言語道断」と叱られる声と「だって栄養と言えば肉かなって……」と何やら言い訳をする声が聞こえてくる。
「……変な奴ばかりだな。外の人間は皆こうなのか?」
呆れたような目をしている青年に話しかけられて、少し驚いたキアラは一瞬ぽかんと彼を見つめてしまい、慌てて会話を続ける。咄嗟に体調を心配してついてきてしまったキアラだったが、その後のことは特に考えていなかったし、まさか話しかけられるとは思っていなかった。
「えっと、どうかな……あまりよそのことは知らないけど、うちはちょっと特殊かも? でもみんな優しいよ」
ちなみに母さんと私は魔族だよ、と付け加えてみるが、そもそも青年自身が特殊な生まれなのでそれ程興味もないらしく、一瞥されただけで、特に何の反応もなかった。
キアラに引っ張られるようにダイニングに戻ると、青年が座っていた席には具材を除いたスープと水だけが置かれてある。彼はその光景に怪訝な顔をしながら席に着いた。
「薄めてあるし、それなら大丈夫だろ」
スープに手を伸ばそうとしない彼に素気なく言い放ったクロウだったが、やたらと迫力のある目で青年をじっと見据える。
「僕が台所を預かってる間は、栄養失調なんて絶対に許さない」
謎の迫力に少し気圧されている青年にキアラが、クロウの作るご飯は本当においしいからと促し、なんとなく気まずい顔のレオと、気遣わしげなサアレの視線を受けて、彼は渋々とスープに口を付けた。
全員の視線に見守られる中、顔色の悪い青年の目が一瞬見てわかる程にキラキラと輝く。昨日のギラギラした殺気とのギャップに、思わずクロウを除く三人は和んだ顔をしてしまう。
「ね、おいしいでしょ?」
彼は嬉しそうに話しかけてくるキアラに返事もせずに、無言でスープを飲みこんでいく。テーブルにカップを置くと、レオとサアレが安心したようにホッと息を吐いた。ちなみにクロウは、当然だとでも言いたげな顔をしている。
早いペースで飲み終えた青年に、ニコニコしたキアラが、おかわりする? と聞くと、少し気まずい顔をしながらもカップを渡されたので、さっき沸かした湯でスープを少し薄めて持っていく。
そっと手渡されたシルヴィスは、今度はゆっくりカップの中身を飲み始めた。静かに食事をしている彼はやっぱりどこかクロウに似ている事もあり、兄というより弟のようだ。キアラの目に不思議と可愛らしく映る。
頬を緩めるキアラを横目で見るクロウは、何となく面白くない。けれど、ここで騒ぐのも格好悪い気がして、とりあえず食事に集中する事にした。が、それでも少し悔しいので、キアラの唇を横から指で拭ってやる。
「付いてた」
「あれ? まだ食べてない……」
「ああ、嘘」
「なにそれぇ……」
よくわからない思い付きで、キアラの視線をシルヴィスから離した事に満足したクロウは、再び食事に戻る。ケイが言った「構って欲しがり」は的を得ているようだ。
クロウのよくわからない行動をきっかけに、キアラもスプーンを手にしてスープを食べ始めた。大きめに切ってある野菜を小さな口で食べる姿は、いつもクロウに小動物を彷彿させる。
「おいしいね。いつもありがとう」
「キアラがそう言ってくれると、作り甲斐ある」
元々食べる事が好きで料理を始めたクロウだったが、可愛い恋人が喜ぶ姿を見ていると、前にも増してメニューを考えるのが楽しくなっている。
というより気付けば今までずっと、キアラが喜ぶものを作っていた気がする。
出会ってすぐに、初めてクロウの料理を食べた彼女は、それはもう瞳を輝かせてすごく喜んだ。
その時に大袈裟に褒めてくれた事が嬉しくて、わざわざ言ったことはないけれど、なんとなく食卓にはキアラの好物を並べることが多かった。今日はキアラの好きなものだからと、一言告げればきっと喜んでくれただろうなと、今更思う。
妹として大切にすることも出来たはずなのに、一途に慕ってくれるキアラに踏み込むことが怖かった。どうしてもっと大事に出来なかったのかと、今になってクロウは大いに悔やんでいる。せめてこれからはずっと大切にしようと、キアラの髪にいつもある橄欖石の飾りについ目をやった。
そうして各々好きなように食事を摂っていると、突然レオが思い出したようにそうだ! と声を上げた。
「そうそう、名前なんだけどシルヴィスってどうかな? Siだからシから始まるのが良いと思ってさ。綺麗な銀髪だからシルバーも良いと思ったんだけど捻りがないし、そのまんま過ぎるかなと……うん、我ながらめちゃくちゃ格好良いと思うんだけど」
レオは自分でうんうんと頷きながらドヤっと提案して、サアレに同意を求める。
「いいんじゃないか? 何となく似合う気はする」
「だよね! シルヴィスはどう思う?」
どう思うも何も、もう既に名前で呼ぶレオに拒否する事も面倒だとばかりに、青年は呆れた目で返す。
「……好きにしろ」
「僕はどうでもいい」
対するクロウは全く興味がないと、目線すら動かさない。
「二人とも冷めてるねー」
似てないようでそっくりだと密かに思いながらレオがテーブルに肘をつくと、キアラと目が合い、こくこくと頷かれた。
「私も良いと思う。えっと、シルヴィス兄さん。よろしくね」
緊張したような笑顔を向けるキアラに少し意外な顔をしたシルヴィスは、何も言わずに目を逸らした。
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