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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい

番外編 勇者な兄とお付き合いしました

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  ケイに明日帰ると告げた翌日。すぐに町を出るつもりだったが、朝早くに町長宅へ挨拶に行くと、
『今年はなぜか一段と凶暴だった森の魔物と壮絶な戦いの末に帰還した英雄』(何故かそういうことになっていた)
 を何もせずに帰すわけには行かない、せめて町の皆でもてなしたいと訴えられ、結局もう一日だけ滞在する事になった。

「クロウ、この町の人にすごく愛されてるんだね」
「多分、何だかんだ理由をつけて、騒ぎたいだけだと思うけど……」

 海沿いという立地もあり、裕福なこの町に住む人々は心にも余裕がある。急遽開かれた海の幸祭りに人々はそれぞれ、少しずつ持ち寄った食材や酒の用意を楽しそうに準備していた。
 何か手伝いたいと申し出てみたが、昨夜命懸けで帰ってきたばかりのクロウとキアラに雑用をさせる訳には! と手伝いを拒否され、二人は宿の共用バルコニーから町の様子を眺めている。

 今日も天気が良く、少し日差しが強い。最近愛用している薄手の白いフード付きマントが手放せない。いつもと変わらない表情で手摺りに頬杖をつき、町を見下ろすクロウの横顔をキアラはそっと盗み見て、昨日からの事を思い出す。

 好きだと、名前で呼んでと言われた事が、まだ夢のようだ。こうやって隣にいるだけで鳴り止まない胸の鼓動がクロウに聞こえてしまうんじゃないかと、なんだかソワソワしてしまう。ずっと、いつからか本当にわからないけど、気づいた時にはもう止められないくらい大好きになってしまっていたクロウが、私を選んでくれたなんて……。

 周りの音も聞こえないくらいぼんやりとクロウに目を奪われていると、一見冷たそうにも見える涼しげな瞳がキアラを捉えて、その距離が近付いてくる。

「へ?」

 間抜けな声を出して瞬きも出来ないキアラに、クロウはそのまま薄く開いた唇をゆっくりと重ね、少し食むような動きで解放した。

「どうかした?」

 突然のキスに対処出来ず赤くなっていると、キアラの顎に手を添えて上を向かせたクロウは、やたらと甘い眼差しでじっと見つめて離さない。
 静かに見つめるクロウとは対照的に、強制的に視線を合わされたおかげでキアラは林檎と見間違う程に真っ赤になる。鼓動はてんてこ舞いの大音量であわあわと目が回ってしまう。

「あ……あの、その……」
「ん?」
「そういうとこなんだってば~!」

 ぴゃっと後ろに飛びのいて心臓を押さえるキアラが呼吸を整えて振り返ると、まるで尻尾と耳が垂れた大型犬のようなクロウが佇んでいる様が目に入った。

「はうっ! 可愛い!!」

 ときめきで直視できないながらも罪悪感に駆られてしまい、よろりと立ち上がったキアラは背伸びをして、よしよしと自分より背の高いクロウの頭をつい撫でてしまう。

「可愛いのはキアラだ」

 油断してたところを口説き文句と共にむぎゅっと抱きしめられて、またキアラの鼓動が最高潮に跳ね上がった。

「あっ、あのっ、クロウ……?」
「逃げられると傷付く」

 少し前のクロウ言ってやりたいセリフだが、更にぎゅうっと強く抱きしめられ、圧迫されたキアラの胸から吐息が溢れる。ときめきでくらくらと感じる目眩でしがみつくと、また甘い瞳で見下ろされて頬に手が添えられた。

「あ……クロウ……」

 近付いてくる端正な顔にキアラの胸は再びうるさいほどに高鳴ってしまい、誘われるように目を閉じる。

「おーい、ここ共用スペースなんですけどー。下からも丸見えってこと知ってた?」

 そんな二人の後方から、バルコニーの出入り口で必死で笑いを堪えているケイが声を掛けた。突如我に帰ったキアラがバルコニー下を恐る恐る覗くと、見守っていた幾人かの町人たちに手を振られ、声にならない叫びを上げて羞恥に身を震わせている。

「お前なー、少しは周りの目を考えろよ」
「そっちこそ、気を利かせろ」

 対してクロウは平気な顔でバルコニー下から振られる手や揶揄からかう声に、いつもの無感動な顔で応えている。恐ろしいメンタルである。

「まあいいや。そろそろ準備も終わるし、食べに行こうぜ」

 クロウとキアラの肩を左右の腕でがしっと組んだケイに連れられて、準備の整った会場へと到着する。祭は町長の挨拶から始まり、なぜかクロウも挨拶をさせられた。口下手で面倒くさがりなクロウは大層嫌がったが、皆からやたらと賛辞をもらい、乾杯の音頭を合図に好き好きに食事が始まった。

「賑やかだね……」
「だから騒ぎたいだけだって言っただろ?」

 ちょうど時刻は昼時。お腹が空いていた事もあり、所狭しと並ぶ色鮮やかな料理に食欲を刺激される。あまり目立たない場所を探して、大人しく海の幸を堪能する事にした。

 もそもそと塩焼きした巨大な海老を両手で持って食べるキアラを見たクロウは、少し可笑しそうな目をして、親指でキアラの頬に付いた欠片を拭う。そうして何の躊躇もなく、その指を自分の口元に持っていく。ぺろりと親指を舐める仕草に時が止まったキアラは、口内に残る大きな身をごくりと飲み込んでしまい、慌てて水で流し込んだ。

 昨日想いを伝え合ってからというもの、この短時間でクロウの様子があまりにも変わり過ぎて、キアラは頭も心臓も追いつかない。何をするにもキアラを気にするし、隙あらばすぐに触れて、前触れなく甘噛みしたりキスをしてくる。

 しかもその触れる手は驚くほど優しくて、少し触れられるだけでキアラは頭が蕩けそうになってしまう。昨夜だって昼間の激しさが嘘のように、ものすごく丁寧に、まるで壊れ物を扱うかの様に、これでもかというほど優しく抱かれ、蕩ける様な快感をキアラは何度も味わった。

「また見てる」

 こつんと額を合わされたキアラがあわあわしていると、そのまま少し薄い唇が近付いて完全に触れるまであと少し……。

「だからここ外なんですけど」

 突然の第三者の声にキアラが慌てて顔を離すと、手に数種の大きな焼貝が刺さる串を持つケイが、半ば閉じた目で前に立っていた。またもや声にならない叫びを上げて恥ずかしさに悶絶しているキアラの横で、メンタル強者のクロウが友人に向かって舌打ちをする。

「そんな顔すんなよ。アドバイスもして応援した俺には報告くらいあってもいいのに、冷たいよなぁ」

 クロウの横に腰を下ろしたケイは貝串をそれぞれ一本ずつ、更にクロウには控えめに炭酸が弾ける飲み物を、ほいと手渡した。ケイの言葉に、クロウもそういえばそうだと思いながら貝を一つ口に入れたる。けれどやたらと塩が効いていたらしく、眉を顰めてピタリと口の動きを停止させた。

 なんとなく吐き出すのも悪い気がしたクロウは、塩辛い身を適当に噛んですぐに飲み込む。間を置かず、微炭酸の飲料で一気に流し込む姿をケイがやたらと楽しそうに眺めているのを何となく気付いてはいた。ぷはっとグラスから顔を離したクロウが口元を雑に拭ってケイに向き直ると、何やら覚えのある喉の違和感が少し引っかかる。

「そうだな。お前のおかげで吹っ切れたし感謝はしてる。でも邪魔はするな」
「酷い……何の感謝も伝わってこねえ」
「感謝はして……ん?」

 ケイは大袈裟に悲しそうな顔をして見せるが、キアラはクロウの様子が少しおかしい事に気付いた。不安げな顔のキアラが精悍な腕をさすると、安心させるように手を重ねられる。

「どうしたの? クロウ大丈夫?」
「ああ、まさか…」

 くらりと覚えのある酩酊感になんとなく嫌な予感がして、クロウは空になったグラスを見るがもう今更どうしようもない。

「ところでアドバイスって何なの?」

 クロウを面白そうに見ているケイにキアラが首を傾げると、待ってましたとばかりの笑顔でケイが華奢な肩を抱いた。昨日抱きしめられた時も不思議だったが、全く下心を感じない。キアラはされるままに大人しくしている。

「そうそう。こいつ、ぐちぐちぐちぐち煩くてさー。本当うざくない? 本気でこんなのがいいの? 俺の方がモテるよ?」
「うるさい……モテるならそっちへ行け」

 肩に巻きつくケイを押しやったクロウに抱き寄せられたキアラは、また頬が赤く色付いて、ドキドキとすぐにときめきでいっぱいに溢れてしまう。

「お前こそうるせーよ。ほらもっと飲むか?」
「お前……やっぱり……」
「飲みやすいだろ? これ。めでたい席には酒だよな」

 にっと笑うケイは、さっきクロウに渡したものと同じ炭酸が弾けるグラスを見せつける。やられたと頭を抱えて水を飲んだクロウは程なくしていつものように眠ってしまった。心配そうに介抱しているキアラにいつもの事だから大丈夫と、ケイは正真正銘ジュースの入った瓶をキアラのグラスに注ぐ。

「何か困ってる事あったら相談に乗るよ。こいつ意外と馬鹿だろ?」
「昨日の今日だし……特に……」

 この町には一か月以上滞在したが、元々あまり異性と会話をする習慣がないキアラは、ほぼ女性と過ごしていた。なかなかゆっくり話す機会もなく、挨拶と軽い世間話をする程度のケイに、全てを曝け出すには少し抵抗がある。キアラが軽く目を逸らして答えると、ケイはうんうんと頷いた。

「そうだよな、俺たちそこまで親しくないし……キアラちゃんが警戒するの、当たり前だよなぁ」
「あ! そういうわけじゃ……ごめんなさい」

 なんとなく気まずさを感じてキアラは慌てて訂正するが、ケイは特に気にする様子もない。

「いいって。でもさ、親友の彼女であるキアラちゃんとは仲良くなりたくて。俺で良かったらキアラちゃんが知らないクロウの話するけど、どう?」

 要は無事成就した親友の恋がどうなっているのか、つまりクロウを揶揄からかうネタが欲しいケイがにっこりと笑う。良くも悪くも人を疑うことを知らない単純なキアラは、クロウに親友が! そして私がクロウの彼女! と何だか嬉しくなり、それだけで心が動かされた。

「聞きたい!」
「そうこなくっちゃ!」

 クロウを貶める事が目的ではないので、ケイは当たり障りのないエピソードを話していく。なんてことない話にキアラは本当に楽しそうに聞き入って、ほんの短時間ですっかり心を開いてしまった。

「そんな出会いだったんだね。私が言うのも変だけど……クロウとお友達になってくれて、ありがとうケイさん」
「そう来る?」
「うん。こんなにクロウを大事に思ってくれてる人がいてくれて、すっごく嬉しい」

 少し照れたように笑うキアラにケイの方こそ、こんな真っ直ぐな子が、よくあの面倒なクロウを好きでいてくれたものだと、友人としてやや感動してしまった。

「良い子だなぁ……何か俺に力になれる事があったら何でも言って。全力で協力するから」
「あ……うん……あの……」

どうしよう。ずっとクロウしか追いかけてこなかった事もあり、キアラには特別親しい男友達がいない。
 ケイに相談してみるべきか、こんな事相談するなんてはしたないだろうか、でもこの機会を逃せばいつ誰に相談できるかわからない。

 キアラはジュースをひとくちふたくちと飲んで、おずおずと口を開いた。

「あの……クロウが……急に態度が変わっちゃって……」
「え、何? こいつ何か酷いことしてるの?」
「ううん! そうじゃなくて! 反対と言うか……急にすごく優しくなっちゃったし、視線も声も立っていられないくらい甘くて……付き合うってすごいね……」

 頬を赤らめながらの乙女の告白に、突然ケイが飲んでいたグラスを置いて盛大にむせ始めた。

「あ、甘っ?!こいつが?!」

 大笑いしたいところを必死で抑えている為、変な息が漏れる。だけどキアラが心配してくるので、ケイはなんとか呼吸を持ち直した。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫。それは……多分……今まで抑えに抑えまくってたけど、キアラちゃんが可愛いすぎて抑えられなくなったとか?」

 期待以上の衝撃を受けたケイは心の中で「知らんけど」と付け足して、適当に答えておく。正直クロウの心境の変化などケイにもわからない。ただ何となく、今まで馬鹿みたいに抑えていた反動ということは想像できる。

「そ、そうなのかな……だと嬉しいんだけど。でも今まで全然好かれてる気がしなかったから、すごくびっくりして……」
「あー、拗らせてたからなぁ。でもこいつ、結構前から好きだったと思うよ」
「え……それはないよ~。すっごく素っ気なかったもの」

 あっけらかんと言うキアラは本当にどうしてずっと一途にクロウを好きでいたのか、ケイは不思議で仕方ない。でも多分それはキアラにもわからない。

「……不憫だなキアラちゃん。よくずっと好きでいられたね」

 ケイは、よしよしと頭を撫でて、キアラのグラスに再度ジュースを注いだ。ケイにも妹がいるので、何となく兄心が顔を出してしまう。

「本っっっ当に! 俺、応援してるからさ。何でも頼ってくれていいから。他に困ってることはない?」
「あ、あの……実はこっちが本題なんだけど……恥ずかしいから、絶対内緒にしてね……?」
「うん」
「ケイさんも、……彼女に噛み付いたりする?」

 顔を赤らめてやたら真剣な顔で聞いてくるキアラに、ケイは今度は飲んでいた酒を勢いよく噴き出して、激しく咳き込み出した。

「だ、大丈夫?」
「うん、ごめん大丈夫。何? こいつ噛むの? 駄犬? いやDV?」
「あ、そういうのじゃなくて……痛くはないんだけど……そのガブって……こういうのって普通なの?」

 頬を染めてごにょごにょと視線を逸らすキアラに、ケイは今すぐ穴を掘って叫びたいほどの衝撃を受ける。てっきりごく一般的な惚気を期待してたのに、立て続けに想像以上の濃い惚気を聞くことになるとは思ってもいなかった。

 キアラは恋愛小説が好きで、たまに知り合いに借りたり、町の図書館で読んだりするが、物語の恋人たちは甘いキスを交わすだけで、噛みつく描写など見たことがなかった。だから甘噛みとは言え、やたらと噛みついてくるクロウの行動が不思議で仕方ない。

「噛む…噛むって…」

 耐えきれなくなり大爆笑し出したケイだったが、目を丸くして驚いているキアラが見ているので、安心させるように背中を軽く叩く。

「それってもう、マーキングというか独占欲の塊というか、まさに食べたいくらい可愛いってやつじゃねーの。愛されてるねぇ」
「え、ええ~、そうなのかな……」

 笑いの止まらないケイは、ボンと音がしそうな程赤くなって頬を押さえるキアラに顔を寄せ、こそっと「本当かどうか知らないけど」と面白そうに告げる。

「噛み癖がある子は構って欲しがり、って聞いたことあるよ」

 そう囁いたケイの言葉にキアラの脳が一瞬停止し、おかしな方向にフル回転する。恋する乙女回路は両想いを迎えても、なお健在しているようだ。

「かまっ……え? いつもあんなにクールな顔してるのに? 構って? え? 嘘でしょ? 可愛くない? 最高に格好良いのに可愛すぎない? やばい! クロウが完璧過ぎて怖い!!」

 急にはぁはぁと息を荒げるキアラにケイは軽く引きつつも、さすがあのクロウの恋人だと妙に感心してしまった。何より面白いことが好きなケイは、これはいいものを見つけてしまったと、感動すら覚えたのだった。

「やっべ……普通に良い子だと思ってたけど、めっちゃ面白い……一生応援しよ」


 そんな呟きに気付かないキアラは、ケイ以外にもクロウと話しに来た色んな人と会話をする事ができた。それぞれの持ち寄ったエピソードで大いに盛り上がり、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。

◆◇

 アルコールから醒めたクロウが賑やかな声に瞼を開くと、女の子たちに囲まれて、楽しそうに話すキアラが目に入る。

「あ、起きたんだね」

 目覚めたクロウをキアラが少し照れたような表情で嬉しそうに覗き込む。まだ少し夢うつつなのか、腕を伸ばしてキアラを抱き込んだ。予想外の抱擁にわたわたと慌てて赤くなっているキアラを、周りの女の子たちがきゃあきゃあと嬉しそうに囃し立てる。

「がんばって!」
「また聞かせてね!」 

 など口々にキアラに激励を送り、気を利かせた彼女たちは、またねと行ってしまって、周りは急激にさみしくなってしまった。 

「クロウ……あの、離して……恥ずかしいよ」
「嫌だ」 
「お、起きてるでしょう?」
「寝てる」
「嘘ばっかり! も~!」

 甘えるように胸に擦り寄ってくる無防備な恋人の姿に、悶えるほどのときめきでどうにかなりそうな頭をキアラは必死で振り払って、クロウの頭をぎゅっと抱きしめる。

「はぁ……もう心臓がもたないかも……」

 思わず口から出たキアラの呟きに、それは困るとクロウが起き上がる。と、同時に頬に手を添えて、真っ直ぐに若草色の大きな瞳を見つめた。その真剣な視線についキアラの喉がこくりと鳴って、目線を合わせたままクロウの言葉を待つ。

「恥ずかしがってるキアラも可愛いけど、沢山触りたいから、早く慣れてくれると嬉しい」
「だ、だからっ! そういうとこなんだってば!」

 何を告げられるのかと期待への肩透かしを食らい、真っ赤になって涙を浮かべるキアラをしばらく揶揄からかって遊んでいたクロウだったが、ふと賑わっている方角が気になった。

「この宴会、いつまで続くんだ?」
「えっと、花火で終わりだって言ってたよ」
「そこまでするのか……」

 まだ夕方に少し差し掛かったところだが、急遽の開催だった事もあり、今日は露店は出ていない。日が暮れるまで食事以外に時間を潰せるものもない。一旦宿に帰ろうと提案するクロウに、キアラも賛成と頷いた。それほど食べずに寝てしまったクロウは途中でまだ残っている食料を確保し、食べ歩きながらゆっくり宿へと向う。

「ケイさんがくれた貝、すっごくおいしかったね」
「そうか? めちゃくちゃ塩辛かったけど……」
「あれ? 私のはそうでもなかったよ」

 おかしいねと首を傾げるキアラだったが、最初から一気に飲ませる気だったのか……と今更ながら気付いたクロウは、どう仕返ししてやろうかと企んで、目が凶悪になっていく。
 幸いな事にクロウと一緒に花火を見れるとご機嫌なキアラは、その変化に気付かなかった。

◆◇

 花火は浜から上がると聞いたクロウは、宿に着くと共にキアラの部屋へ向かい、大きな窓のカーテンを開けた。

「多分、ここから見えるんじゃないか?」
「本当?! 特等席だね!」

 わーいと喜んでベッドに勢いよく倒れ込んだキアラの単純さに僅かにクロウは目元を緩める。静かに横に腰掛けて、橄欖かんらん石の髪飾りに触れた。そうして、滑らかな長い桜色の髪を梳いて持ち上げ、艶やかな一房に口付ける。

 そんなクロウのどこか色気のある仕草に、何も考えなしに、子どもの様にはしゃいでベッドに飛び込んだ自分が恥ずかしさが込み上げてくる。キアラは顔を覆ってじたじた足を動かし、小さく暴れ出した。

「何?」
「だって私、すごく子どもっぽくて……クロウはいつでも素敵なのに」

 いきなりの賛辞にクロウは小さく吹き出して、珍しく肩を震わせて笑いを堪えている。その様子に少し驚いたキアラはまじまじと見つめてしまう。
 
「そんな風に言うのキアラだけだって」
「そんなことないよ~! 知らないだけだよ! クロウはいつでも格好良くて、何でも出来て、本当はすごく優しいし……大好き」

 ついぽろりと溢れたキアラの言葉にクロウがぴたりと止まる。そして数秒キアラを見つめて、自分の額に手を当てた。その悩むような仕草に一瞬悲しくなったキアラだったが、覆い被さって来たクロウに痛いほど強く抱きしめられて、物理的にも精神的にも呼吸が詰まってしまう。小柄なキアラが苦しいと声を上げようとすると唇を塞がれて、何度もゆっくり啄ばまれた。

「……やっぱりダメだ。優しくしたいのに、可愛すぎてめちゃくちゃにしたい」

 突然熱っぽい瞳で物騒な事を言われて、喜べば良いのか、素直に怖がるべきか。判断のつかないパンク寸前の頭でキアラは必死に意識を保たせる。

「怖がらせたくなかったから昨夜は必死に優しくしてみたけど、持ちそうにない」

 つい流されてしまいそうな熱く甘い視線をキアラはなるべく見ないように、なんとか理性を保ちつつ、必死で言葉を選ぼうと脳をフル回転させた。

 今、今流されてはいけない。

「え、えーと……出来れば優しく……してほしいな、なんて……」
「激しいのは嫌?」
「そ、そういう事聞かないで!」

 何もかもが初めてのキアラには、顔色一つ変えずに聞いてくるクロウが未知の生物のように思えてくる。

「嫌ならしない。嫌われたら生きていけない」 

 またしゅんとした大型犬の雰囲気を醸し出す、なんとも情けないクロウに厄介な母性本能がくすぐられて、思わずキアラは目を覆う。 

「くぅっ! そのギャップは卑怯だよ!」

 突如悶え出したキアラを訳がわからないながらも、とりあえず見つめているクロウから顔を背けて息を整えるが、無意識に心を引っ掻き回すクロウは盲目的なキアラにとって心臓に悪過ぎる。

「あのね。クロウの事、嫌いになんて絶対にならないから」

 めちゃくちゃにして! とは怖くて言えないし、何が正解なのかわからなくて、とりあえずキアラは確かな事だけ口にしてみた。

「だってこんなに大好きなんだもの」

 首に腕を回したキアラがぎゅっと抱きしめると、僕も、と強く抱き返される。目を閉じて大好きなクロウの匂いに胸をときめかせていると、やたらと熱っぽい吐息を感じて、キアラは恐る恐る瞼を上げた。

「良かった……。止められなくなるかもしれないけど、これで心置きなく抱ける」
「ん?」
「好きだ」
「え、うん、嬉しい……けど何かちょっと、あの、クロウさん……?」

 なにやら危機感を覚えたキアラは手早く襟元のリボンを解かれ、手慣れたクロウによってブラウスを脱がされる。見下ろし熱い瞳で舌舐めずりするクロウに、早くも間違った答えを言ってしまったかもしれないと慌てるものの、たちまちのうちに身も心も溶かされて、気付けば花火の音が響き出した。


「ああ~、始まっちゃった……」
「本当だ」

 ぐったりとベッドに横たわり窓を見上げるキアラを、ズボンだけ身につけていたクロウがシーツで包んで抱き上げ、窓際に連れて行ってくれる。

「あ、ありがとう…。わぁ、綺麗…」

 さっきまでのクロウを思い出してまともに顔を見れず、花火に視線を移す。色とりどりの雫を散らしながら開いては残像を残して、儚く消える大輪に、思わず吐息を零して見惚れてしまう。

 花火を見るのは初めてではないけれど、こうやって二人で一緒に見るのは初めてで、余計に景色が鮮やかに見えた。ふとクロウを見上げるとキアラの視線に気づいた彼と目が合う。ごく自然な動作で額に口付けられて、またとくりと乙女の胸が高鳴ってくる。

 ずっと好きで、そもそも諦め方なんてわからなかったけど……わき目も振らず好きでいて良かった。キアラが想いを込めてもう一度「大好き」と告げると、一瞬目を開いてから、嬉しそうな顔をしたクロウが優しく微笑んで、またキアラの頭がくらくらとする。慣れるまでまだあと少しかかるかもしれない。キアラは落ち着かない心臓を押さえる。

 そうして心地良いクロウの鼓動を感じながら、また舞い落ちる花火へと意識を向けた。

_________________________

これにて一部完です。
 お読みいただき&ブクマ、評価ありがとうございます。本当に励みになりました。

 実はおまけは予定してなかったんですが、感想を頂いて、私ももっと初々しいキアラが見たい!と思い執筆しました。

 めっちゃくちゃ楽しく書けて、本当にありがとうございました!
二章も楽しんで頂けると嬉しいです。
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