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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい

21.ありがとうとこれからと

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 レオに解除の礼を告げて、腹減ったし少し早いけど夕飯作るよと、まるで何事もなかったかのように、手慣れた夕飯の支度にクロウは取り掛かった。
 そんな息子をレオとサアレは少し離れたダイニングテーブルから、信じられない気持ちで観察する。

 十五の頃のように、いやそれ以上に荒れ狂って手も付けられない息子を想像していたので安堵はした。けれど聖剣に固執してたクロウを知っているだけに、いつも通りの日常を送っている姿が二人には不気味なものに映る。

「無理してる……?」
「いや、そんな雰囲気でもなさそうな……」

 首を捻る二人とは反対に、キアラは夕飯の支度を手伝いながら、聖剣を構えたクロウも格好良かったと頬を染めて嬉しそうに話し、当のクロウも満更でもない様子で会話を返している。始終不可解な面持ちで眺めている間に久しぶりの色鮮やかな料理が食卓に並び、レオとサアレはしばらくぶりの息子の手料理に目を輝かせた。

 荒く茹でたポテトサラダに庭から収穫したトマト、丁寧に焼いた鶏肉の香草焼きからはスパイスの香りがして、細かく刻んだ野菜のスープと常備しているパンが並ぶ。

「はああ~、久しぶりのクロウのご飯だー!」
「輝いて見えるな……」

 感激する両親に、支度を手伝ったキアラが皿を並べながら自慢げな顔をした。

「クロウがね、海辺の町で調味料を買ってきてくれたの」
「レパートリー増やそうと思って」
 水差しをテーブルに置いて席に着いたクロウの横に、待ちきれない顔のキアラが座る。いただきますと手を合わせて揃って食べ始めると、ここのところ豪快料理しか食べていなかったレオは感動して褒めちぎり、サアレも頬を紅潮させて黙々と料理を口に運んだ。

「本当においしい~。クロウは何でも出来ちゃうね。私すっごく幸せ……」 
「キアラが手伝ってくれたからな」

 お互いを褒めながら楽しそうに食事をする二人を見て、
「うう、めっちゃおいしい……二人がそのうち家を出て行くのが色んな意味でつらい」
とレオが未来を想像して本音をこぼしたが、 
「いい大人なんだから、料理くらいどうにかしてくれ」
 そう、クロウに冷ややかな目で返された。これもまた父と子の日常である。


 やり取りに加わらず一通り満足いくまで食事したサアレがさてと、クロウに視線を移す。
「何? 母さん」
「ああ……その、もっと荒れるかと思ったが、無理はしていないか?」 

 一瞬何のことか分からず少し考えたクロウは、ああと頷いた。

「聖剣のこと?」

 レオも一旦手を止めて探るようにクロウを見る。息子がこれだけ穏やかな理由がわからない。

「本当に悪かったと思ってる……でも何か心境の変化でもあった?」

 一口水を飲んでうーんと言葉を探すクロウはとても落ち着いていて、反対に息子の言葉を待つレオとサアレはそわそわと落ちつかない。

「そうだな。本音を言うと、父さんには聖剣の試し斬りに付き合ってもらいたいくらいだけど」
「めっちゃ怒ってるよね?!」
「なんか……刀身は確かに綺麗だったけど、思ってたより普通だなと思って。意地で固執してたけどさ、どんな剣を使おうが僕は僕でしかないんだと最近言われて、その通りだと思ったし、実際いつもの剣の方が馴染みが良い」

 思っていたことを素直に口にすると、隣でうんうんとキアラが頷いている。

「そうだよ、クロウが強いのは今まで頑張って来たからだもの。雨の日も風の日も、休まず鍛錬してたこと私知ってるよ」

 頬を染めて見上げるキアラをクロウが照れ臭そうに礼を言って見つめると、場の空気を読まないレオが勢いよく立ち上がった。

「えらい!」
「は?」 
  
 急に音を立てて、椅子から立ち上がり大声を出した父に、一体なんだとクロウが訝しげな視線を送る。レオの隣を見ればサアレも同意だと頷いている。 

「うん、その通りだクロウ。聖剣なんて言葉が大層なものに感じるだけで、そんなものなくても大事なものは守れる」 
「母さん……」
「そうだよ。僕だって実は聖剣なんかほとんど使ってないし」
「……今なんて?」  

 サアレの言葉に少し感動したクロウだったが、続くレオの言葉にその感動がいち早く引っ込んだ。

「小さいクロウがあまりにも僕の聖剣を格好良い恰好良いって、キラキラした目で見るから言い出せなかったんだけど、僕は剣よりこぶしが得意なんだ」
「え……」

 だから剣術はサアレが君に教えたんだと、ぐっと握った拳を見せられて、クロウは一瞬頭が呆ける。
 母が父以上の剣士だという事は昔聞いたことがある。それに手合わせをした事があるので、レオが体術も得意な事は知っている。だがクロウにとって体術「も」得意であり、体術「が」得意だとは思ってもいなかった。かと言って、レオの強さが変わるわけでもない。

「まあ……知らなかったけど、それはそれですごいと思う」
「本当に?! よかった……。剣もそれなりには使えるからさ、クロウが一緒の時は剣を使うようにしてたんだよね」

 格好良い父でいたかったからね~、と少し照れるように言うレオをクロウは冷めた目で眺める。

「体術でもよかったのに」
「クロウは僕が聖剣を構えるとめっちゃ可愛く目を輝かせてたんだよ?! 覚えてない?!」
「……覚えてるけど」

 クロウが討伐に出向いたのは十二才の頃で、その頃はレオかサアレに連れられて、一緒に魔物を狩っていた。

「でも、聖剣を使わなかったわけじゃないんだろ?」

 レオが聖剣を使うというのは、この国では当たり前に語られている。幼い頃は聖剣を携える僕の父はすごい人なんだと純粋に憧れた。町の人が語る父のエピソードを聞く時間がとても楽しかったのをクロウは思い出す。だがレオは爽やかな笑顔で首を横に振った。

「最後の戦いも、どの敵も全員拳で沈めたんだよね」
「ああ、特にあの敵本拠地での勝負は凄かったな。あれは見事な右ストレートだった」

 サアレが当時を懐かしむような目で誇らしげに語り出すが、クロウの中で何かが音を立てて崩れていく。

 いや、すごい。拳一本で戦場を渡り歩いたレオは、本当に伝説級の人だと思う。だけれども……聖剣を持てば父のようになれると固執してた自分が情けなくて、クロウは恥ずかしさのあまり頭を抱えてしまった。

 取るに足らない自分に目眩を覚えて椅子に深く座り直したクロウは、この夏は本当に色々あったと頭の中で記憶を反芻させる。海沿いの町へ行ったこと、ケイの助言、森の魔物、キアラと結ばれたこと、そしてこの顛末である。

 あの時は大変だったねと、二人で昔話に花を咲かせ始めた両親を視界から切り離す。隣に座るキアラを見ると、クロウの視線に気付いた彼女は、いつもと変わらない愛しさを込めた瞳で微笑み、顔を近付けてきた。

「あのね、聖剣でもそうじゃなくても、クロウは強くて格好良い勇者様だよ」

 こそっと耳元で囁いて照れたように笑うキアラだったが、クロウに無言でじっと見つめられて、恥ずかしそうに首を傾げる。そんなキアラを見てから横目で両親を一瞥したクロウはテーブルに肘を付き、額を押さえて溜め息を吐いた。何かまずいことを言ったのかと焦るキアラに視線を移して、次はクロウから顔を近付けて囁く。

「二人で暮らそうか」

 突然の提案にびっくりしたものの、キアラの胸は嬉しさでいっぱいになり、微かに紅潮した頬が更に赤くなっていく。

「えっと……海沿いの町とか?」

 ちらりと見上げたキアラが提案すると、テーブルの下で指を絡ませたクロウの目が緩む。

「いいね、最高」

 また来年と別れたケイとの再会も、きっとそう遠くはない。思えば聖剣への執着が薄れたきっかけも、今こうやってクロウが幸せな気持ちになるのも、全部キアラがどうしようもない彼をずっと好きでいてくれたからだ。

 絶対幸せにすると告げると、キアラはまた髪飾りと同じ色の大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。気付いたサアレがクロウに厳しい視線を向け、レオはおろおろとキアラにハンカチを差し出す。
 こうやって四人で食卓を囲むのもあと少しの間かもしれない。次に会う時はケイに聖剣を見せてやろうと、クロウは少し浮かれた気持ちで、澄んだ若葉色の瞳から溢れる涙を片手で掬う。

 沢山のありがとうと愛しさをキアラに伝えたくて、テーブルの下で緩やかに絡めた指を更に深く絡ませた。


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ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
自分の為に書いたものなので、読んでもらえてめちゃくちゃ嬉しいです(*´꒳`*)
あと一本おまけの番外編で一旦終了ですが、ありがたい事に友人からリクエストを貰ったのでまだ続きます。

無事お付き合い出来たのでタイトル変更しようと思っていましたが、章分けというものを知ったのでこのまま続けます。

よかったらまたお付き合い頂けると嬉しいです。

ありがとうございました!
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