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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい
18.ただいま
しおりを挟む海辺の町ほどではないが、賑わう街道沿いの町を抜けて更に東へ進むと、申し訳程度に舗装された道がある。そこを少し歩けば、クロウの育った家に辿り着く。騒がれることに飽き飽きしたレオが静かな環境を探してこの場所に決めたらしく、自然に囲まれた(自然しかない)立地をクロウもキアラも、とても気に入っている。家の裏の森もお気に入りで……というか、ほぼ森の中にあるとクロウは思っている。
小さい頃は両親のどちらかはクロウと共にいてくれたが、最近はレオもサアレも定期的な予定の他に、知らせや要請があればすぐに討伐へ向かう。なので家に誰もいない時も少なくない。帰る前にキアラが手紙を送っていたので、恐らく滞在してくれているはずだが、少しそわそわとした気持ちで家路を急ぐ。
日除けのフードを少し煩わしく感じながら、キアラの手を引いてやや傾斜の野道を歩いて行く。家の前でレオが森に住む鳥たちに餌をやっていて、クロウ達の姿を発見すると嬉しそうに手を振った。
「おかえり! 僕の可愛いクロウとキアラ!」
目を見張るスピードで駆け寄ったレオが暑さも気にせず、二人同時に抱きしめて来た。クロウは鬱陶しそうに、キアラは嬉しそうに、されるがままにしていると、レオの声を聞いた妻のサアレも家から出てきて、二人を迎える。
流れるような赤く長い髪に、鮮やかな緑の瞳と真っ赤な口紅が印象的なサアレは、スレンダーな長身美女だ。レオと共に戦場を駆け抜けた時には「真紅の魔女」と二つ名で恐れられた剣士だった。ちなみに本人は当時から二つ名が恥ずかしく、うっかりレオが人前で口を滑らそうものなら、本気のエルボーをぶちかまして来た。
「おかえり。お疲れクロウ。キアラもよく頑張ったな」
レオから解放されたクロウとキアラの頭を順番に撫で、今度はサアレがキアラを抱きしめる。
「怪我はしていないか? 何か辛い事はないか? クロウにいじめられなかったか? 私はもう心配で……」
「大丈夫だよ~。ありがとう母さん。何ともないよ」
ぎゅうと抱きしめて、よしよしとキアラの頭を撫でるサアレを呆れた顔でクロウが見下ろしている。見慣れた景色とはいえ、もう十八のキアラにいつまで過保護を貫く気だと、いつものことながら唖然としてしまう。
「そろそろ、その過保護やめたら?」
「キアラはお前と違って、小さくて素直で可愛いからな」
クロウはパッと見はレオに似ているが、よく見るとパーツはサアレ似で、長身なところも母から譲り受けたと思われる。何より太陽のように明るい父とは違い、少し近寄り難い雰囲気が母とよく似ている。いつの間にか自分の背丈を追い越していた息子を見上げては、昔は可愛いかったのに……と漏らすサアレは、よく笑いよく泣く小柄な養女が大層可愛いらしく、いつまでも過保護でいる。
「大丈夫! クロウも可愛いよ!」
ちなみにレオも基本的に過保護である。
「父さん、そういうのいいから」
「うん、私もそう思う! クロウは格好良いし、可愛い! まさに完璧だよ!」
自分より背の高い息子の頭を撫で回すレオをクロウが鬱陶しそうに払っていると、キアラが謎の援護をしてきた。ねー、と父娘仲良く顔を見合わせてから、はたとレオとサアレが顔を見合わす。
「キアラ、兄さんじゃなくて名前で呼ぶようになったんだね」
「あ、そうなの……えっとね」
ちらりと、キアラが少し照れたようにクロウを見上げたので、レオとサアレの視線もそちらへ向く。全員の視線を集めたクロウは、微妙に気まずさと照れが混じったように目線をそらした。
「あー、うん。今更だけど、付き合うことになった……」
そうなの、とぴょんと腕に抱きついたキアラが嬉しそうな顔をしているので、自然とクロウの目元も緩むけれど、反応がない両親が気になる。見ると、クロウより少し明るい栗色の目に涙を浮かべたレオと、顔を引き攣らせたサアレが目に入った。
「予想はしていたけど、こうやってクロウの口から聞くと急に現実感が……うっ……息子に娘を嫁がせるなんて複雑な気持ちだよ……キアラを……よろしく……お幸せに……うぅっ……」
「レオ! 気が早い! キアラが不憫で同行を許したが……本当にこうなるとは……」
早くも未来を想像して涙ぐむレオの背中をさすり、どこか不本意な顔で宥めていたサアレがクロウに胡乱な目を向ける。
「お前……まさかもう手を出していないだろうな」
「は?」
母の視線が恐ろしく、ビクリと肩を震わせて明後日の方向を見たクロウの側で、風を切る鋭い音がした。恐る恐る顔を正面に向けると、帯刀していた愛剣を構えたサアレが剣呑な笑みを浮かべているのが見える。
「情けない……何という不誠実さ。ちょうど良い、今日は久しぶりに足腰立たなくなるまで、稽古を付けてやろう」
「ちょ、母さん落ち着いて……」
クロウが構えるのを待たずに振り下ろされるサアレの愛剣を、慌てて抜刀した刃で受け止め弾き返す。顔色を変えず、一旦後ろに飛んで間合いを取ったサアレが姿勢を低くして駆け、横に斬りかかってくる。咄嗟にクロウが後方に飛び退くと、サアレはそのまま体を回転させて、また上から刃を振り下ろした。
「防戦一方か? 少しは成長したと思ってたのに」
じりじりと刃を受け止めていると、サアレがつまらないとでも言いたげな目を向ける。僅かに苛立ったクロウは視線を返した。
「全力でお相手しますよ、師匠!」
宣言通り、全力で剣を振り払ってサアレとの距離を取り、次はクロウから踏み込んでいく。久々に唯一の弟子から向けられる剣技をサアレは楽しそうに受けて流す。
本気で剣を交え出した母と息子はもう見慣れた景色になっている。キアラはハラハラした気持ちで、レオはまたやってるとばかりに呆れた風に見守る。
「いつも思うけど、大怪我しないか心配だよ……」
「大丈夫、二人ともちゃんと、どこをどうやったら相手が死ぬかわかってるからね。致命傷や大事になるような場所は狙わないよ」
あっけらかんと言うレオに恐ろしさを感じつつ、キアラは大人しく離れた場所にある大きな切株に共に座って観戦することにした。
「楽しかった?」
「え? あ、うん。町の人もみんな優しくて、ご飯もおいしくて、行ってよかった! 魔法の特訓してくれてありがとう。すごく感謝してる」
キアラがしばらく観戦しているとふいにレオに話しかけられて、町人と仲良くなったことを報告する。旅の話をするキアラはとても楽しそうで、嬉しそうに笑う娘に超絶過保護のレオの頬が緩んでいく。真剣を交える師弟と同じ空間にいるとは思えないほのぼのとした父と娘は、しばらくニコニコとお互いの近況を話していたが、ふと思い出したようにレオが尋ねた。
「そういえば予定より早く帰ってきたけど、何かあった?」
「そうなの!」
ハッと思い出したキアラが立ち上がり、レオの手を両手で握る。
「父さん……もしかして、私の魔眼、封じることって出来る? その、魅了の力だけ……」
「視力を保ったまま魔力だけ封じるの? うーん……」
少し考えるような仕草をしたレオを見て、キアラの期待が少しずつ萎んでいく。
「そうだよね、まさかそんな都合の良いこと……」
やっぱりそんな都合の良い事があるわけない。けれどレオは穏やかに笑っている。
「多分、出来るよ」
「出来……ええっ?!」
キアラは胸を張るレオを、信じられない気持ちで眺めてしまう。クロウの思い付きがまさか実現するなんて。
「本当に……?」
「まあね、だけど突然どうしたの?何かあった?」
「あのね……」
優しい目で促されたキアラは、クロウに魔眼を使ってしまったこと、無意識だったのでこれからも使ってしまうかもしれないこと、しばらく誰の目を見るのも怖かったこと。この夏にあったことを俯いてぽつりぽつりとレオに打ち明ける。ゆっくり話終えると、よく頑張ったねとレオに肩を抱かれて、桜色の頭を撫でられた。
「ごめんね、キアラがそんなに悩んでたなんて知らなかったよ。何かあった時に身を守れるようにと思ってたんだけど……。もう魔法も上手になったし、封印してしまおうか」
「うん……うん!」
感激でこぼれる涙を手で拭いながら何度も頷くと、レオが持っていたハンカチで拭ってくれる。父も母もキアラには相当甘い。この家に迎えられて本当に良かったとキアラが顔を上げれば、なぜかレオは不穏な笑顔になっていた。
「そうかー……クロウはキアラが一番辛かった時に突き放したんだね。もし、そのままの状態で帰って来てたら、僕からも鉄拳指導するところだったよ」
ニコニコしながらも未だ剣を交えている息子を一瞥し、ぼそりと呟いたレオにキアラの体温が下がる。
「父さん? 大丈夫だよ……? クロウは私のこと守ってくれたし、優しくしてくれるし、ね? ね?」
「あはは~、キアラはいい子だね~」
キアラはさらりと、それはもう軽くオブラートに包んで、少し怒らせたとだけ伝えただけだった。この調子だと魔物に攫われたなんて言ったら、クロウがどんな教育的指導を受けるかわからない。海辺の町であった事はこの先極力話さないでおこうとキアラは話題を変えて、細かく突っ込まれる前に早くサアレの指導が終わることを願った。
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