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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい
1.こんなに好きなのに(7/21挿絵追加)
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第一印象は怖いと思った。
全力で歓迎されるとは思っていなかったけど、にこりともしないし、向けられる視線に嫌悪の色が浮かんでいたから。
なのに、その少し冷たい印象を与える錆色の瞳も、癖のつきやすい鳶色の髪も。少し気怠げな声も好き。あとは感情表現が下手なところ。更にはふとした癖や仕草さえ……こうやって挙げるとキリがないくらい。
いつからか自分でもわからないけれど、とにかく彼を作り上げる全てが恋しくて、キアラは気がつけばいつも、彼の姿を探している。
「やっぱりここにいた」
家の裏にある森が、小さい頃から彼のお気に入りで。特に用がない日は、あらかた森で過ごす彼を見つけるのは簡単だ。
大きな木にもたれかかる彼は無造作に手足を投げ出し、瞼を閉じている。そんな無防備な姿にキアラはつい頬が緩む。
木漏れ日に彩られて、どちらかと言えば暗色の彼が、柔らかな色合いに見える。この景色がとても好き。腰まである長い桜色の髪が、ゆるやかな風にふわりと揺れて、キアラは気持ち良さげに目を細めた。
そろそろ、春から夏へと匂いが変わってきた。けれど森の中はまだ少しひやりとしていて、キアラも彼に劣らずこの森が大好きだ。起こさないようにそっと近付き、重なる柔らかな葉の上に腰を下ろす。肩を寄せるとシャツ越しにほんのりと体温を感じて、キアラの胸は心地良いときめきで満たされていく。
「くっつくなって」
「起きてたんだ」
「起こされた」
もっと体温を堪能したかったのに。キアラが肩を寄せると彼は目を開けて、いつものように距離を置いてしまった。
「肩貸してあげるよ。あ、膝枕してあげる!」
相手にされないのはいつもの事だ。キアラは懲りずにポンポンと伸ばした膝を叩いて見せるけども、これまたいつも通り冷ややかな目で一瞥されるだけだった。
だけどこんな視線だって、もう慣れっこになっている。感情表現が下手な彼は出会った時からずっと素っ気ない。一時期、少しだけ気を許してくれた期間もあったけど、そんなの本当にただの数ヶ月だった。
「いい」
「冷たいよね、クロウ兄さんは! 私はこんなに大好きなのに」
これ見よがしにキアラが大きなため息をついても、気にせず腰を上げようとするクロウの涼しい顔が恨めしい。キアラの「好き」はもう、挨拶のようなものになっている。
「いい加減、そういうのはやめてくれ。兄妹でベタベタするような歳じゃないだろ」
名残惜しいキアラの視線を気にも止めず、クロウは木から離れて立ち上がり軽く伸び上がる。悔しいけれど、そんな何気ない仕草も全部が大好き。たまに自分は病気なんじゃないかと、キアラはモヤモヤと不安になってしまう。どれだけ好意を示してもこれっぽっちも通用しないクロウに少しがっかりしていると、不意に手を差し伸べられた。一瞬理解が出来なくて、キアラはぱちくりとペリドット色の大きな目を瞬く。自分とは違う大きな手に、剣を扱う硬く長い指。いつも触れてみたいと思うその手がキアラに向かって差し出されている。
「立たないのか? 僕は帰るけど」
「あ、ううん! 私も帰る!」
キアラが珍しさに戸惑いつつも手を重ねると、引っ張り上げられた勢いでクロウに抱きつく形になってしまった。小柄なキアラは簡単に長身のクロウの腕に閉じ込められてしまい、ばくばくと跳ねる心臓がうるさい。
「……何してんの」
「ひゃ! ご、ごめん! ちょっとびっくりしちゃって! あの、兄さんが、珍しく、優しいから」
「悪かったな、優しくなくて。他の男に手を貸された時は気をつけろよ」
「に、兄さん以外の男の人の手なんか、とらないよ……」
ごにょごにょと再びさり気なく好意を伝えても、クロウは動揺も照れもしない。
「そう。まぁ僕には関係ないか」
興味なさげに呟いたクロウは体を離し、一人で歩き出してしまった。そんな兄とは対照的に、キアラはその場にもう一度その場にへたり込む。ひやりとした土が短いスカートから覗く足に触れて、火照った体に心地良い。
「声……耳が……反則……」
抱き止められた体勢で囁かれたせいで、顔も体もあますところなく熱くなっている。クロウは普段冷たいくせに、たまに気まぐれで優しさを見せるのでとてもタチが悪い。不可抗力とはいえ抱き止められた感触に体が震えてしまい、キアラは両腕で自分を抱きしめた。
「一瞬抱きしめたよね? 気のせい? 願望? うん、そうだよね……」
あの血の繋がらない兄がまさかキアラを抱きしめるなんて、あり得ないのだ。
キアラは魔眼と呼ばれる魅了の瞳を持つ魔族で、クロウは勇者と呼ばれる人間の父と、魔族の母から産まれた混血だ。昔は対立していた時代もあったが、最近は異種族婚も増えつつある。珍しくはあるが、そこまで希有と言うほどでもない。
五年ほど前、母一人子一人で暮らしていたキアラの母が他界した。行くあてのないところを遠い親戚だったクロウの母であるサアレに拾われ、兄妹として過ごすことになった。クロウは父のような人々を守る強く正しい剣士を目指し、実際十二を過ぎた頃から両親と共に、魔物の被害から近隣の町や村を守る事を生業としている。
幼い頃は、
「父さんみたいな勇者になる」
と目を輝かせていた彼だが、あまりにも勇者勇者と連呼するのを見かねた母に、
「勇者とは職業ではなく、功績により人々から呼ばれる称号」
という事を知らされた以後、
「父さんみたいな強い剣士になる」
と、宣言するようになった。
クロウは優しく頼もしい父も、賢く強い母の事も尊敬している。けれども母以外の魔族には、あまり好意的ではない。特に、人の心に干渉する魔法や術は大嫌いで、出会った当初はキアラの能力を大変に毛嫌いしていた。自分の身を守る時以外に絶対この力は使わないと約束し、一度も力を使わないキアラと共に過ごしているうちに嫌悪の対象ではなくなったものの、クロウは極力キアラの目を見ようとはしない。
悲しいけれどきっと信頼されてないんだろうと、キアラはもう諦めている。だから、そんなキアラがクロウから好意を寄せられるなんてあり得ないことだった。
「」
全力で歓迎されるとは思っていなかったけど、にこりともしないし、向けられる視線に嫌悪の色が浮かんでいたから。
なのに、その少し冷たい印象を与える錆色の瞳も、癖のつきやすい鳶色の髪も。少し気怠げな声も好き。あとは感情表現が下手なところ。更にはふとした癖や仕草さえ……こうやって挙げるとキリがないくらい。
いつからか自分でもわからないけれど、とにかく彼を作り上げる全てが恋しくて、キアラは気がつけばいつも、彼の姿を探している。
「やっぱりここにいた」
家の裏にある森が、小さい頃から彼のお気に入りで。特に用がない日は、あらかた森で過ごす彼を見つけるのは簡単だ。
大きな木にもたれかかる彼は無造作に手足を投げ出し、瞼を閉じている。そんな無防備な姿にキアラはつい頬が緩む。
木漏れ日に彩られて、どちらかと言えば暗色の彼が、柔らかな色合いに見える。この景色がとても好き。腰まである長い桜色の髪が、ゆるやかな風にふわりと揺れて、キアラは気持ち良さげに目を細めた。
そろそろ、春から夏へと匂いが変わってきた。けれど森の中はまだ少しひやりとしていて、キアラも彼に劣らずこの森が大好きだ。起こさないようにそっと近付き、重なる柔らかな葉の上に腰を下ろす。肩を寄せるとシャツ越しにほんのりと体温を感じて、キアラの胸は心地良いときめきで満たされていく。
「くっつくなって」
「起きてたんだ」
「起こされた」
もっと体温を堪能したかったのに。キアラが肩を寄せると彼は目を開けて、いつものように距離を置いてしまった。
「肩貸してあげるよ。あ、膝枕してあげる!」
相手にされないのはいつもの事だ。キアラは懲りずにポンポンと伸ばした膝を叩いて見せるけども、これまたいつも通り冷ややかな目で一瞥されるだけだった。
だけどこんな視線だって、もう慣れっこになっている。感情表現が下手な彼は出会った時からずっと素っ気ない。一時期、少しだけ気を許してくれた期間もあったけど、そんなの本当にただの数ヶ月だった。
「いい」
「冷たいよね、クロウ兄さんは! 私はこんなに大好きなのに」
これ見よがしにキアラが大きなため息をついても、気にせず腰を上げようとするクロウの涼しい顔が恨めしい。キアラの「好き」はもう、挨拶のようなものになっている。
「いい加減、そういうのはやめてくれ。兄妹でベタベタするような歳じゃないだろ」
名残惜しいキアラの視線を気にも止めず、クロウは木から離れて立ち上がり軽く伸び上がる。悔しいけれど、そんな何気ない仕草も全部が大好き。たまに自分は病気なんじゃないかと、キアラはモヤモヤと不安になってしまう。どれだけ好意を示してもこれっぽっちも通用しないクロウに少しがっかりしていると、不意に手を差し伸べられた。一瞬理解が出来なくて、キアラはぱちくりとペリドット色の大きな目を瞬く。自分とは違う大きな手に、剣を扱う硬く長い指。いつも触れてみたいと思うその手がキアラに向かって差し出されている。
「立たないのか? 僕は帰るけど」
「あ、ううん! 私も帰る!」
キアラが珍しさに戸惑いつつも手を重ねると、引っ張り上げられた勢いでクロウに抱きつく形になってしまった。小柄なキアラは簡単に長身のクロウの腕に閉じ込められてしまい、ばくばくと跳ねる心臓がうるさい。
「……何してんの」
「ひゃ! ご、ごめん! ちょっとびっくりしちゃって! あの、兄さんが、珍しく、優しいから」
「悪かったな、優しくなくて。他の男に手を貸された時は気をつけろよ」
「に、兄さん以外の男の人の手なんか、とらないよ……」
ごにょごにょと再びさり気なく好意を伝えても、クロウは動揺も照れもしない。
「そう。まぁ僕には関係ないか」
興味なさげに呟いたクロウは体を離し、一人で歩き出してしまった。そんな兄とは対照的に、キアラはその場にもう一度その場にへたり込む。ひやりとした土が短いスカートから覗く足に触れて、火照った体に心地良い。
「声……耳が……反則……」
抱き止められた体勢で囁かれたせいで、顔も体もあますところなく熱くなっている。クロウは普段冷たいくせに、たまに気まぐれで優しさを見せるのでとてもタチが悪い。不可抗力とはいえ抱き止められた感触に体が震えてしまい、キアラは両腕で自分を抱きしめた。
「一瞬抱きしめたよね? 気のせい? 願望? うん、そうだよね……」
あの血の繋がらない兄がまさかキアラを抱きしめるなんて、あり得ないのだ。
キアラは魔眼と呼ばれる魅了の瞳を持つ魔族で、クロウは勇者と呼ばれる人間の父と、魔族の母から産まれた混血だ。昔は対立していた時代もあったが、最近は異種族婚も増えつつある。珍しくはあるが、そこまで希有と言うほどでもない。
五年ほど前、母一人子一人で暮らしていたキアラの母が他界した。行くあてのないところを遠い親戚だったクロウの母であるサアレに拾われ、兄妹として過ごすことになった。クロウは父のような人々を守る強く正しい剣士を目指し、実際十二を過ぎた頃から両親と共に、魔物の被害から近隣の町や村を守る事を生業としている。
幼い頃は、
「父さんみたいな勇者になる」
と目を輝かせていた彼だが、あまりにも勇者勇者と連呼するのを見かねた母に、
「勇者とは職業ではなく、功績により人々から呼ばれる称号」
という事を知らされた以後、
「父さんみたいな強い剣士になる」
と、宣言するようになった。
クロウは優しく頼もしい父も、賢く強い母の事も尊敬している。けれども母以外の魔族には、あまり好意的ではない。特に、人の心に干渉する魔法や術は大嫌いで、出会った当初はキアラの能力を大変に毛嫌いしていた。自分の身を守る時以外に絶対この力は使わないと約束し、一度も力を使わないキアラと共に過ごしているうちに嫌悪の対象ではなくなったものの、クロウは極力キアラの目を見ようとはしない。
悲しいけれどきっと信頼されてないんだろうと、キアラはもう諦めている。だから、そんなキアラがクロウから好意を寄せられるなんてあり得ないことだった。
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