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3.聖女様は観察したい

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「まあ! なんてことを言うの、失礼よリオン。こんなに素晴らしい宿にたくさん空きがあるわけないでしょ。さあ、行くわよ」
「ちょ……っ! アンジェリカ様!」

 問答無用でアンジェリカより背丈の低いリオンの腕を取り、引きずるように二階へと進む。
 リオンはなにやら不服な顔をしているが、お付きの立場である彼が逆らえるはずもない。
 困り果てた顔をするリオンをこっそり盗み見、アンジェリカは意気揚々と部屋の扉に手をかけた。

「まあ、素敵なお部屋! 無駄なものがなくて落ち着くわね」

 特に華美な調度品もない、まさに宿泊するためといった部屋にアンジェリカはわざとらしい賞賛を送る。
 なんといっても初めてリオンの寝顔を拝めるチャンスなのだ。部屋の装飾など全くもって必要ない。

 当たり前のことだがリオンはアンジェリカと相部屋などという選択はしない。
 よって今日はついに「可愛い寝顔を観察する会」実現の日となる。

 出来ることなら一晩中、あどけない寝顔をただ眺めたい。
 是非ともスケッチしたいところだが、残念ながらアンジェリカの絵心は壊滅的だった。

 それならば脳に焼き付けるくらい凝視すればいい。
 推しに萌ゆるアンジェリカの欲望は強い。

 だけどゆったりした、ひとつだけしかないベッドを見たリオンは片手で顔を覆い、大きく息を吐いた。
 
「アンジェリカ様のお気に召してなによりです。俺はもう一部屋取り直してきます。アンジェリカ様はごゆっくり休んで下さい」
「取り直す? なにを言ってるの? せっかくのチャンスを!」

 うっかり堂々と欲望を主張するアンジェリカに負けず、リオンも眉を釣り上げる。
 
「なんで同室なんですか! しかもベッドがひとつとか! てゆーかチャンスってなに?!」
「こ、言葉のあやよ! ベッドがひとつでもリオンは真面目で優秀な騎士だもの。なにも問題ないわ」

 これみよがしなダブルの部屋を選んだのは、限界までリオンの寝顔を眺めながら寝落ちたい、そんな純粋な欲望ゆえだった。

 「ね?」と、にっこり無垢を装った顔で微笑んでも、リオンは眉を吊り上げてビシッと抗議の目を向ける。
 
「ダメに決まってます! アンジェリカ様は聖女様なんですよ! ちゃんと自覚してください」
「そ、そんなぁ……。元聖女だし……それに、えっと……そう、ほら、私って家族がいないでしょ? だから弟みたいなリオンと、もっと一緒にいたいの」

 次は警戒されるかもしれないし、今日はなんとしても寝顔を見る!
 固い決意の元しゅんと俯いてみせると、リオンは目に見えて狼狽うろたえ出した。効果は抜群のようだ。

 よっしゃあ! と心の中で拳を握りしめたアンジェリカに気づかないリオンは、しばし考えるように視線を逸らす。
 
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