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1.サフィア

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彼はまだかしら。

 魔王城で待つサフィアは退屈な息をもらす。

 

 領土の端に人間が侵入したおかげで、愛しい弟クレイがここ三日ほど帰ってこない。本当は自ら出向き駆除したいところだが、クレイとの約束を破るわけにはいかないのだ。

 

 この部屋から出ないこと。

 それは弟の願いでもあり、サフィア自身の望みでもある。

 

 ゆったりとしたカウチソファにしなだれるサフィアは、たおやかな足をぷらりと持ち上げた。

 白く華奢な足首を動かせば、じゃらりと金属がこすれる音が響く。

 

 アンクレットのような銀の美しい輪からは、同じく銀色に輝く鎖が伸びている。

 つるんとした滑らかな足枷はクレイの魔力で強化されていて、たとえ女神が与えた聖剣を持ってしても決して切断することは出来ないだろう。

 

 月光に似たサフィアの銀髪と揃いの鎖は、部屋の中を行き来する程度の自由しか与えてくれない。

 だけどそれになんの不満もなかった。むしろ嬉しさが増すばかりである。



 高い窓から差し込む月あかりを反射する拘束具は、最愛の彼がサフィアにくれた執着の証だから。

 金属が奏でる音はまるで神聖な音楽のよう。鎖が擦れあう音色を聞くたびに、サフィアの胸はどうしようもないときめきで満たされるのだ。



 やっぱりあの日、彼を攫ってよかった。

 

「早く帰ってこないかな。レイ」

 

 ぽつりともらした言葉は一人きりの部屋にやたらと甘く響いて、溶けるように落ちていった。

 



 ***

 



 あれはもう数年前の夜。

 約束をやぶったこともそうだが、なにより最愛の弟が自分の手から離れてしまうことが許せなかった。

 だからやめにしようと思った。かりそめの姿を。

 

 そうして、姉になんの疑いも持たないクレイを眠らせ、本来サフィアがいるべき場所に帰ってきた。

 意のままに転移できるサフィアにとって、自分より背の高い弟を運ぶことなど造作もない。

 

 目覚めたクレイは状況を把握できず、しばらく混乱していたようだ。

 気づけば見たこともない部屋にいたのだから当然だろう。

 サフィアがいつものように微笑んで「これからはここで暮らすのよ。大丈夫、何も心配ないわ」と伝えても、彼は訝しがるばかりだった。



 せっかく、驚かせないようにまだ擬態は解かずにいるのに。

 クレイと同じ灰茶の髪に焦茶の瞳。慣れた容姿のほうが警戒心を抱かれないと思ったから。

 

 しかし弟はたやすく現状を受け入れてくれないようだ。

 サフィアが耳朶を、首にあるホクロを舐めるたび、彼は身をよじって逃げようとする。本来なら華奢なサフィアを振り解くことなどクレイにとっては容易だった。
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