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転生令嬢(仮)な俺は変態どもの魔の手からヒロインを守ることにした
しおりを挟む――思い出した。
なぜだかわからないけど、唐突に思い出した。
教室で手鏡を見ていた俺は、なぜか自分の顔に突然違和感を覚えた。
俺、こんな顔だっけ?
吊り目がちな菫色の瞳に水色がかった銀髪ストレート。
なかなかの美人だけど、鏡に映ってるの女じゃん?
いや、違う。これは女装した今の俺だ。
レイス・ブリーズ。男。
家の決まりで学園を卒業するまでは女として過ごす、ちょっと訳ありな家系だ。
ちなみに表ではレイアと名乗っている。そういう設定。
というか、なにこれ。
まさかの異世界転生? 生前(多分)、それなりにオタクだった俺の得意科目だ。
「レイアどうしたの? 目にゴミでも入った?」
そして俺の顔を覗き込んでくる美少女。
彼女はステラ。18禁乙女ゲームのヒロインだ。
仲の良い妹が乙女ゲーオタクだったので俺も何作かプレイしたことはある。
けど、よりによってこれか。なんで攻略ヒーロー全員難ありな乙女ゲーに転生してんの? 攻略対象の一人である俺が言うのもあれだけど。
「本当にどうしたの? 何かあった?」
何も言い出さない俺をステラが少し心配そうな目で見つめてくる。
人形みたいなキラキラした星空の瞳に、ふわふわ柔らかな薄桃色の髪。
そして華奢で小柄な体に質量のあるおっぱい。
女性向けとはいえ、さすが18禁ゲームだ。
これぞロリ巨乳。しかもなぜかちょっかいを出したくなる雰囲気を醸し出している。
製作者の趣味と俺の趣味が完全に合致している。
そっか、だからプレイしたんだった。うん、思い出した。
改めて見ると本当に可愛いな。しかも素直でいい子なんだよ。
入学してすぐ俺に懐いたステラとは、もはや親友だ。
「別に、何もないわステラ。ところで、あの馬鹿王子の誘いは断ったんでしょうね?」
鏡から顔をあげた俺はステラにいつも通り話しかける。
仲の良い美人な友人が実は男の娘でした、なんて思いもしないだろう。
そもそも俺の女装は完璧だし。
「またそんな言い方して。レイアが不敬罪で捕まらないか心配よ」
慌てて周りをきょろきょろ確認するステラ。
別になにか言われても平気なのに、ステラはいつも俺を守ろうとする。
銀髪美女という可憐な見た目じゃ仕方ないか。
ステラのがずっと守ってやりたくなる外見なんだけどな。
「断ったの?」
「断れるわけないじゃない。王子様なのよ。レイアみたいなお嬢様ならともかく、どうして私みたいな平民を誘うのか不思議よね」
それは抜群に可愛いからだろう。あとおっぱい。
前世(多分)の記憶があろうがなかろうが、俺のやるべきことは一つ。
密かにずっと狙ってる可愛いステラを特殊性癖持ちの変態野郎どもから守る。それだけだ。
おそらくまだ、どのルートにも入っていない。
だけど最近ド変態王子が執拗にステラを寮の部屋へと誘ってくる。
付き合ってもいない女を自室に呼ぶとか、さすが王子様。きっと格の違う馬鹿なんだろう。
腹黒ドS王子なメインヒーローであるテオはとにかく特殊な性癖で、エンディングもバッドかメリバしか存在しない。
救いようのないルートだ。
ただし一部のコアなファンからは絶大な支持を受けている。
メリバの切なさが最高らしい。
だけどそんな変態に俺の可愛いステラを差し出すわけにはいかない。
「仕方ねーな。ちょっと躾けてやるか」
ボソッと呟いた言葉にステラが首を傾げる。
「レイアって、たまに男の子みたいな言葉遣いになるよね」
「まあね、これがギャップ萌ってやつよ」
「なあにそれ」
ふふっと笑うステラ。
あー、可愛いなぁ。
よし、国の諜報係を担う実家の力を最大限に利用しよう。
王子に対する不敬罪で勘当されても俺なら生きていけるし、一家離散になってもうちの家族ならみんな生きていけるだろう。
ごめんな父さん母さん! 俺は愛に生きる!
かくして、顔だけは良い変態王子の変態写真を入手した俺は校舎裏にてテオを待つ。
この世界に写真というアイテムがあって本当によかった。
本来なら特殊性癖のネタとして使用されるアイテムなんだが、この分だと楽勝だ。
「なんだ? レイア嬢……いや、レイス。こんなところに呼び出してなんの用だ」
俺の正体を王族であるこいつは知っている。
まぁ、どうでもいいけど。
学園では一生徒として扱われるテオはもちろん単独でやって来た。護衛の許可がなくてよかった。
「ステラに手出すのやめてくれる? お前みたいな変態がピュアっピュアな親友に近付くの、すっげー気持ち悪いんだよね」
「なんだと? 誰に向かってものを言っている」
偉そうに俺を見下ろすテオ。
そっちこそ変態のくせに生意気な。
「お前こそ誰に向かって言ってんの? よくもまぁこんなド変態プレイ思いつくよなぁ。うえ、ちょっと俺、無理だわ。引くわー。ドン引きするわー」
「は?」
ぺらりと写真を見せてやると変態王子様の顔色が変わる。
あ、自分でも自覚してるんだ。
相手の女の子たちはプロか、それか金でも貰ってんのかな。
そんな予想をしてしまう変態プレイ写真の数々。
「おま! こんなものどこで!? 趣味の悪いことしてないで全部渡すんだ!」
おま言う。
盛大なブーメランがぶっ刺さってることに気づいてないらしい。
「いいけど。今お前に渡そうとしたら強風で手が滑るかも。今日は風が強いから学校中に飛んでくだろうなぁ。や、俺は別にいいんだけどさ。この国の王子様がド変態プレイに勤しんでる姿が広報部に渡っても」
学園の広報部は権力に屈しない。面白いこと第一な彼らの手によって、きっと号外が出るに違いない。
それはそれで見たい気もするけど。
「おま……っ! 私を脅す気か? 何が望みだ?」
「だからステラに近付くなって。それだけ。約束してくれたら渡してやってもいいよ」
もちろんこれは複製。
王子様とあろうお方ならそんなことわかっているだろう、多分。
「わかった……」
やけに素直に頷くじゃん。
そう思った瞬間、テオが護身用の剣を突き付けてきた。
学園では本物を禁止されてるから斬れはしないけど、武器にはなる。
「身の程知らずめ。どちらが上かわからせて……。 え?」
俺を舐めきってるテオの腕を蹴り上げて、手から離れたその剣を掴んで構える。
前世での俺の婆ちゃんは太極拳の師範だった。記憶と同時に体も感覚を取り戻してたことに気付いた時は感動したなぁ。
太極拳って実は強いんだぜ。知ってた?
「令嬢に剣を奪われるなんてクソ笑えますわぁ。どうしますぅ? どちらが上か教えて差し上げましょうかぁ? 変態写真と、可憐な令嬢にボッコボコにされた噂。ダブルで拡まっちゃいますわねぇ」
剣を突き付けて、にっこり淑女の笑みを見せてやるとテオは膝をついて降参した。チョロい。
よっぽど写真をばら撒かれたくなかったんだろう。
少し哀れなので、これからもひっそりと趣味を楽しんでほしい。
とりあえず供養として
「これ、複製だから」
と親切に教えて、そっと悪趣味な写真を握らせてやった。
一番の厄介キャラを難なく封じた俺は残りの変態の掃討に取り掛かる。
騎士団長の息子に、魔導士の卵。
教師やケモ耳野郎もいた。
どいつもこいつもステラ以外の女にも声を掛けてたり、なんなら男にすら手を出していたり、なかなかの性癖を見せてもらった。
それにしてもドMの聖職者見習いが一番キツかった。
変態と罵った途端に目を輝かせた奴はなぜかターゲットを俺に移しやがった。
殴っても蹴っても恍惚として縋り付いてくるから、最終的には自慢の聖剣(隠語)を見せてやっと諦めてくれた。
奴が両刀使い(比喩)じゃなくてよかった。
そんなこんなで学園中の変態を成敗した頃には、もうゲームの終盤に差し掛かっていた。
俺の学園生活はほぼ変態相手に終わったと言っても過言ではない。
ステラは相変わらず可愛くて、俺が変態どもから守ったことなど露も知らない。でもそれで良い。
ピュアな美少女は穢れを知らないままでいてくれるのが俺の望みだ。
◆◇
この世界にも四季はある。季節は冬。
放課後、寮への帰り道。
厚手のケープを羽織ったステラは頬も鼻先も赤く、ちらちらと舞う微量の雪を見上げながら白い息を吐いている。
薄桃色の髪に雪の結晶が煌めいて、冬の妖精みたいだ。
「レイア、道が凍ってるから気をつけて」
「ステラこそ……。って、やっぱり」
俺に注意を促した当の本人が足を滑らせてバランスを崩したので、すかさず抱き止める。もうすぐ卒業だし、なんといっても身長も伸びたし。
そろそろ女のふりも終わりだな。小柄なステラを抱きしめてると余計にそう思う。
「あの、レイア……?」
腕の中で戸惑っているらしいステラを見下ろせば、白い頬が更に赤く染まって、瞳が潤んでるのはきっと寒さのせいだけじゃないだろう。
「俺が実は男で、ずっとステラを狙ってました。……て言ったらどうする?」
「えっ……」
いつもとは違う低い声で囁くとステラの大きな目が更に大きく見開かれる。
でも逃げ出そうとしないから、返事を待たずして口づけた。
ステラをずっと見てた俺が彼女の感情に気づかないわけがない。
親友にほのかな恋心を抱き、そんな自分に戸惑うステラの心情はゲームプレイで把握済だ。
変態討伐の他に俺がしてきたこと、それはフラグ立て。
ステラの選択肢にはいつも介入してきた。それとなく誘導した結果もあり、今ステラがいるのはおそらくレイスのルート。
レイスは終盤近くにやっと本格的な恋愛イベントが始まる。
本来なら全キャラ攻略後に開く隠しキャラな俺のルートは、いわゆるRシーンが一番多いシナリオでもある。
それに悲恋やヤンデレに飽きたプレイヤーのために用意された、このゲームには珍しい甘々ハッピーエンド。
「ステラ、俺のこと知りたくない? なんでも教えてあげるよ」
あとは溺愛激甘シナリオのみ。
この後ヒロインはステラ・ブリーズとなり、子宝にも恵まれ、レイスと生涯幸せな毎日を送る。
きっちり隠しルートまでプレイした俺はそんな未来を知っている。
本当に製作者と俺の趣向が合致していて素晴らしい。
しばらく惚けていたステラが小さく頷いたので今度はゆっくり、もう一度キスをした。
難ありなゲームだと思ってたけど、訂正するよ。
間違いなく最高のシナリオだ。
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