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15.独り占めしたい
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聞いておいて反応しない藍音を伺うようナツは視線を合わせてくる。覗き込んでくる彼はこれ以上その話題を続ける気はないように見えた。
「それよりアイネはどうすんの? 俺、寝直そかな。一緒に寝る?」
(ずるい……)
なんでもない顔で簡単に誘わないで欲しい。藍音の選択などナツにとってはおそらくどちらでも良い。なのに単純な恋心は嬉しく跳ね上がってしまう。
返事をしようとした藍音はぴたりと口を閉ざした。眠そうにあくびを噛み殺す彼の首元に、人工的な鬱血痕が目に入ってしまったから。
ナツの生活は知っている。だからといって生々しい痕跡に無反応でいられるほど藍音は達観していない。
私だって、彼に所有の印を刻みたい。私のものだから誰も彼に近寄らないで、なんて言えたらどんなに楽だろう。
黒く嫌な感情がじわじわ心を覆っていく。固まる視線に気付いたナツはうんざりと顔を顰めた。
「あー、目立つ? 昨日の女にやられた。俺こういうの嫌いなんだけどさ、やたらと付けたり付けて欲しがったりする子っているよな。意味わからんし」
昨夜、ナツと過ごした女性が誰なのか藍音にはわからない。だけどこんなにも存在を残すその人を羨ましいと思った。
この痕が残る間は、ナツは彼女を忘れられないから。
他の女の影なんか見たくないのに。俯いた藍音は白いスカートを両手で握りしめる。
「私はわかる……。ナツくんにとってはたくさんのうちの一人だけど、その子にとってはたった一人なんだよ。自分だけ見てほしいに決まってるよ」
「あのさ、アイネならわかるだろうけど俺は精気が必要だからセックスするだけなの。人間なんか本気で相手にするわけないじゃん」
「それもわかってるよ! だけど好きになっちゃったら仕方ないよ。私だって本当は独り占めしたい……。ナツくんには迷惑かもだけど、好きなの」
ナツの面倒な口調は飾らない本音。藍音ならわかるだなんて、そんなことを言われても少しも嬉しくはなかった。
思わず出た言葉は、ずっと言えなかった胸の内だ。
だけどナツの顔色は変わらない。厄介だとばかりに髪を掻き上げた彼の眉は潜められたままだった。
「独り占めとか言われても、俺は腹が減ったら適当に食うよ。でもそれって仕方なくない? 食べなきゃ生きてけないし、アイネは俺に何を求めてんの?」
「そりゃあ……、付き合う……とか?」
「ふーん。あんた楽だし別に良いけどさ、付き合も意味ないと思うけど。そもそも何が変わる?」
「何がって……。ミルカちゃんのこと好きだったんでしょ? 付き合いたいとか、思ったでしょ?」
過去形ではなく、現在進行形かもしれないけど。ちくちく痛む胸はぎゅっと押さえて誤魔化した。
だけどナツは考えるように目線を逸らし、なにやら唸っている。
「なんていうか……。俺のだと思ってたし、ずっと一緒にいたかったのはあるけど。別にミルカが誰を食っても構わないし、俺も気にせず食うよ。淫魔ってそういうもんだから」
思わず言葉を失ってしまった。
あまりにも価値観が違いすぎる。ナツにとって体を重ねることは食事以上の意味などない。藍音がチョコをつまみ食いするのと同じこと。
そんなの当たり前で、今更何の衝撃なのかわからない。それでもじわじわと虚しさが心を浸食していく。
「そうだよね。うん、知ってた……。変なこと言ってごめんね。もう……会いに来ないから」
「それがいいよ。俺は多分応えてやれないから」
帰ってきたのは予想通りの答えだった。
「それよりアイネはどうすんの? 俺、寝直そかな。一緒に寝る?」
(ずるい……)
なんでもない顔で簡単に誘わないで欲しい。藍音の選択などナツにとってはおそらくどちらでも良い。なのに単純な恋心は嬉しく跳ね上がってしまう。
返事をしようとした藍音はぴたりと口を閉ざした。眠そうにあくびを噛み殺す彼の首元に、人工的な鬱血痕が目に入ってしまったから。
ナツの生活は知っている。だからといって生々しい痕跡に無反応でいられるほど藍音は達観していない。
私だって、彼に所有の印を刻みたい。私のものだから誰も彼に近寄らないで、なんて言えたらどんなに楽だろう。
黒く嫌な感情がじわじわ心を覆っていく。固まる視線に気付いたナツはうんざりと顔を顰めた。
「あー、目立つ? 昨日の女にやられた。俺こういうの嫌いなんだけどさ、やたらと付けたり付けて欲しがったりする子っているよな。意味わからんし」
昨夜、ナツと過ごした女性が誰なのか藍音にはわからない。だけどこんなにも存在を残すその人を羨ましいと思った。
この痕が残る間は、ナツは彼女を忘れられないから。
他の女の影なんか見たくないのに。俯いた藍音は白いスカートを両手で握りしめる。
「私はわかる……。ナツくんにとってはたくさんのうちの一人だけど、その子にとってはたった一人なんだよ。自分だけ見てほしいに決まってるよ」
「あのさ、アイネならわかるだろうけど俺は精気が必要だからセックスするだけなの。人間なんか本気で相手にするわけないじゃん」
「それもわかってるよ! だけど好きになっちゃったら仕方ないよ。私だって本当は独り占めしたい……。ナツくんには迷惑かもだけど、好きなの」
ナツの面倒な口調は飾らない本音。藍音ならわかるだなんて、そんなことを言われても少しも嬉しくはなかった。
思わず出た言葉は、ずっと言えなかった胸の内だ。
だけどナツの顔色は変わらない。厄介だとばかりに髪を掻き上げた彼の眉は潜められたままだった。
「独り占めとか言われても、俺は腹が減ったら適当に食うよ。でもそれって仕方なくない? 食べなきゃ生きてけないし、アイネは俺に何を求めてんの?」
「そりゃあ……、付き合う……とか?」
「ふーん。あんた楽だし別に良いけどさ、付き合も意味ないと思うけど。そもそも何が変わる?」
「何がって……。ミルカちゃんのこと好きだったんでしょ? 付き合いたいとか、思ったでしょ?」
過去形ではなく、現在進行形かもしれないけど。ちくちく痛む胸はぎゅっと押さえて誤魔化した。
だけどナツは考えるように目線を逸らし、なにやら唸っている。
「なんていうか……。俺のだと思ってたし、ずっと一緒にいたかったのはあるけど。別にミルカが誰を食っても構わないし、俺も気にせず食うよ。淫魔ってそういうもんだから」
思わず言葉を失ってしまった。
あまりにも価値観が違いすぎる。ナツにとって体を重ねることは食事以上の意味などない。藍音がチョコをつまみ食いするのと同じこと。
そんなの当たり前で、今更何の衝撃なのかわからない。それでもじわじわと虚しさが心を浸食していく。
「そうだよね。うん、知ってた……。変なこと言ってごめんね。もう……会いに来ないから」
「それがいいよ。俺は多分応えてやれないから」
帰ってきたのは予想通りの答えだった。
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