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3.苦くて甘い
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よく考えれば勝手な話だが淫魔の彼なら後腐れなど何もなく、一晩を過ごせると思い込んでいたのだ。
「な、なんでえ?!」
「嫌いだから」
「でもでも、天使の精気ってすっごく美味しいんでしょ?」
「さあ、知らない」
スパンと言い切られた言葉は身も蓋もない。会ったばかりの他人からこんなに面と向かって嫌悪を示されることは初めてだった。
ショックで泣きそうに瞳を潤ませても、青年はツンとした態度を崩さないでいる。
彼らにとって体を重ねることは食事と同じなのに。獲物は美味しいほうが良いに決まっている。
「そ、それなら、ちょっと試してみてもいいんじゃないかなぁ。ほら、一度味っちゃったらもう病みつきになっちゃうかも」
ね? と可愛らしく首を傾げても彼は冷めた目で一瞥するだけだった。
返事がないのは再度聞くまでもなく否定の意味だろう。
天使が悪魔を嫌うように、悪魔である彼が藍音を嫌うのもまた当たり前のことなのだ。
しかし藍音は良くも悪くも自由だ。気の合う悪魔の友人だっている。
でもそんなのは稀なことで、久しぶりに思い出した常識が無性に胸を詰まらせる。
(これはきっと、酔いで感傷的になってるからだわ)
そう思う藍音はツンと痛む鼻を誤魔化すよう、赤いカクテルを引き寄せた。
酔っているのはむしろ日常だけど、今日は目の前に信じられないほど好みのタイプがいるから。だから調子が狂っているに違いない。
本来なら喜ぶべきなのに、当の彼は触ると棘を刺す綺麗な花みたいだ。冷たく硬い棘は藍音の全てを拒絶している。
瞼がじわっと熱いのは澱んだ空気のせいにしよう。
不安定な情緒を吹き飛ばすよう、一口含んだ液体は思っていたよりずっとアルコールが強くて、おまけに苦い。
だけどほのかに甘く、飲み慣れない不思議な味は目の前の彼によく似合うと思った。
喉を通った液体はたった一口なのに、驚くほど濃く熱い。
強いアルコールとふんわり残る甘さ。余韻を楽しむ藍音の様子を、彼は頬杖ついて眺めていた。
「こんなお酒、初めて飲んだわ……。甘そうな見た目なのに、変わった味ね」
「それ俺のなんですけど」
「いいじゃない。付き合わせたお礼に奢ってあげる。好きなの飲んでいいよ」
「なら、自分で注文しろよ」
それはその通りなので言い訳はしないでおいた。
知らんぷりした藍音は再度グラスを煽り、静かにテーブルへと戻す。
彼が飲んでいたこともあり、揺れる赤はもう僅かになっている。
これ以上ここにいても青年はおそらく心を開いてくれないだろう。むしろ冷たい視線に心が折れていく一方だ。
惨めな気持ちはもう十分。会計は見積りより多めに渡して店を出よう。
悲しくも諦めのため息をついた藍音は、くるりとグラスのチェリーを回した。
「もういい……。付き合ってくれてありがと。私はそろそろ行くね」
「おー、天使様は早く天界に帰ったほうが良いって。もう二度と地上には降りてくんなよ」
相変わらずにこりともしない彼の口から出るのは、嫌味ではなく本心からの言葉だろう。
いくら天使が嫌いだとわかっていても、その態度にムッと眉を顰めてしまう。
「だって誰かさんに振られたから。だから優しい人を見つけにいくの」
わざとツンとした嫌な言い方をしてやった。
誰でもいいから楽しい一夜を過ごしたいだなんて、もうそんな気分ではないけれど。どうせ何をどう言おうが彼の感情は動かないのだ。
「な、なんでえ?!」
「嫌いだから」
「でもでも、天使の精気ってすっごく美味しいんでしょ?」
「さあ、知らない」
スパンと言い切られた言葉は身も蓋もない。会ったばかりの他人からこんなに面と向かって嫌悪を示されることは初めてだった。
ショックで泣きそうに瞳を潤ませても、青年はツンとした態度を崩さないでいる。
彼らにとって体を重ねることは食事と同じなのに。獲物は美味しいほうが良いに決まっている。
「そ、それなら、ちょっと試してみてもいいんじゃないかなぁ。ほら、一度味っちゃったらもう病みつきになっちゃうかも」
ね? と可愛らしく首を傾げても彼は冷めた目で一瞥するだけだった。
返事がないのは再度聞くまでもなく否定の意味だろう。
天使が悪魔を嫌うように、悪魔である彼が藍音を嫌うのもまた当たり前のことなのだ。
しかし藍音は良くも悪くも自由だ。気の合う悪魔の友人だっている。
でもそんなのは稀なことで、久しぶりに思い出した常識が無性に胸を詰まらせる。
(これはきっと、酔いで感傷的になってるからだわ)
そう思う藍音はツンと痛む鼻を誤魔化すよう、赤いカクテルを引き寄せた。
酔っているのはむしろ日常だけど、今日は目の前に信じられないほど好みのタイプがいるから。だから調子が狂っているに違いない。
本来なら喜ぶべきなのに、当の彼は触ると棘を刺す綺麗な花みたいだ。冷たく硬い棘は藍音の全てを拒絶している。
瞼がじわっと熱いのは澱んだ空気のせいにしよう。
不安定な情緒を吹き飛ばすよう、一口含んだ液体は思っていたよりずっとアルコールが強くて、おまけに苦い。
だけどほのかに甘く、飲み慣れない不思議な味は目の前の彼によく似合うと思った。
喉を通った液体はたった一口なのに、驚くほど濃く熱い。
強いアルコールとふんわり残る甘さ。余韻を楽しむ藍音の様子を、彼は頬杖ついて眺めていた。
「こんなお酒、初めて飲んだわ……。甘そうな見た目なのに、変わった味ね」
「それ俺のなんですけど」
「いいじゃない。付き合わせたお礼に奢ってあげる。好きなの飲んでいいよ」
「なら、自分で注文しろよ」
それはその通りなので言い訳はしないでおいた。
知らんぷりした藍音は再度グラスを煽り、静かにテーブルへと戻す。
彼が飲んでいたこともあり、揺れる赤はもう僅かになっている。
これ以上ここにいても青年はおそらく心を開いてくれないだろう。むしろ冷たい視線に心が折れていく一方だ。
惨めな気持ちはもう十分。会計は見積りより多めに渡して店を出よう。
悲しくも諦めのため息をついた藍音は、くるりとグラスのチェリーを回した。
「もういい……。付き合ってくれてありがと。私はそろそろ行くね」
「おー、天使様は早く天界に帰ったほうが良いって。もう二度と地上には降りてくんなよ」
相変わらずにこりともしない彼の口から出るのは、嫌味ではなく本心からの言葉だろう。
いくら天使が嫌いだとわかっていても、その態度にムッと眉を顰めてしまう。
「だって誰かさんに振られたから。だから優しい人を見つけにいくの」
わざとツンとした嫌な言い方をしてやった。
誰でもいいから楽しい一夜を過ごしたいだなんて、もうそんな気分ではないけれど。どうせ何をどう言おうが彼の感情は動かないのだ。
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