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1.待ち受けていたのは沼でした
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「沼った……」
真っ白な世界の真っ白な建物。ここは天界と地上を繋ぐ転移局である。もう数えきれないくらいのため息と共に、これまた何度も繰り返している独り言を藍音はぽつりと呟いた。
局長という身分ゆえに職場は個室が充てがわれており、明るい木製の机に突っ伏した彼女はぺとりと天板に頬を押しつける。
艶やかなキューティクルが光る、亜麻色のふわふわした長い髪。繊細なまつ毛に縁取られた琥珀色の丸いアーモンドアイ。まさに天使という種族に相応しい、清楚な美貌と強い理力を持つ彼女の特技は恋結びである。
人で言うと見た目は二十台後半といったところだが、長い人生でもう数え切れないくらいの恋を成就させてきた、いわばこの道のプロフェッショナルだ。
なのになぜか藍音自身は、すこぶる男運が悪かった。
初彼は「ほら、天使って愛の生き物だから」なんて堂々と宣うクソ浮気男だったし、「君は強いから」などテンプレのようなセリフで去っていった男もいた。
それに「その酒量には付き合えない」とドン引かれることも少なくはない。これについては藍音に原因があるのだが。
どういうわけか好きになるのはいつも癖のある男ばかりで、長い年月を生きているというのにいまだ運命の相手とやらにお会いしたことはない。
仲の良い妹は結婚し、弟のように可愛がっていた幼馴染も彼女と仲良くやっている。そんな彼らを見ていると、私だって彼氏が欲しい! なんなら理想のスパダリと今すぐ結婚したい! なんて思ってしまうのだ。
しかしこの天界で新たな出会いなどそうそう期待は出来ない。なぜなら優秀な藍音を知らない者などほぼいないし、「男なんて星の数」と言えるほど人口も多くない。天界とはなかなか閉鎖的な世界である。
もういっそ人間相手でもいい。むしろ後腐れないイケメンと一夜の恋でもいい。とにかく甘やかしてくれる相手が欲しい。
このところ結び続けた縁が実るたびに嬉しく充実した気持ちと、羨ましくて仕方ない残念な感情が同時に押し寄せる。
天使として失格だわ、と思えば思うほど更にメンタルは降下していく。
周りの幸せ温度に淋しさは募る一方だ。
そんな中、やけっぱちさも相まって思いつきで繰り出した地上で、まさか底なし沼にハマるとは思いもしなかった。
***
「んー。いつ来ても澱んでるし、愛憎渦巻いてるし、煩悩溢れる場所よねぇ」
久しぶりに降りた夜の街は人や酒、おまけにドロドロとした粘っこい感情。どこもかしこも、とにかく雑多な匂いで溢れかえっている。天界の清らかな空気とは大違いだ。
だけど藍音はこの煩悩あふれる世界が好きだった。彼女自身、一夜の恋、あわよくば運命的に出会ったスパダリと結婚という煩悩を原動に舞い降りたわけだが。
(恋に限らずやっぱり出会いといえば、お酒のある店でしょ。むしろ酒よ酒。とりあえず酒だわ)
もはや目的がブレつつある藍音は周りを見回しながら、雰囲気の良さげな店を探す。
藍音の勘はとても良い。昔から直感には自信がある。
足を止めたのは煉瓦の壁が目を引く一軒のバー。ぼんやりと灯るランプがどこかレトロさを感じさせる。
なんとなく気になった店の扉に手を伸ばした途端、内側から濃い木製のドアが静かに開いた。
真っ白な世界の真っ白な建物。ここは天界と地上を繋ぐ転移局である。もう数えきれないくらいのため息と共に、これまた何度も繰り返している独り言を藍音はぽつりと呟いた。
局長という身分ゆえに職場は個室が充てがわれており、明るい木製の机に突っ伏した彼女はぺとりと天板に頬を押しつける。
艶やかなキューティクルが光る、亜麻色のふわふわした長い髪。繊細なまつ毛に縁取られた琥珀色の丸いアーモンドアイ。まさに天使という種族に相応しい、清楚な美貌と強い理力を持つ彼女の特技は恋結びである。
人で言うと見た目は二十台後半といったところだが、長い人生でもう数え切れないくらいの恋を成就させてきた、いわばこの道のプロフェッショナルだ。
なのになぜか藍音自身は、すこぶる男運が悪かった。
初彼は「ほら、天使って愛の生き物だから」なんて堂々と宣うクソ浮気男だったし、「君は強いから」などテンプレのようなセリフで去っていった男もいた。
それに「その酒量には付き合えない」とドン引かれることも少なくはない。これについては藍音に原因があるのだが。
どういうわけか好きになるのはいつも癖のある男ばかりで、長い年月を生きているというのにいまだ運命の相手とやらにお会いしたことはない。
仲の良い妹は結婚し、弟のように可愛がっていた幼馴染も彼女と仲良くやっている。そんな彼らを見ていると、私だって彼氏が欲しい! なんなら理想のスパダリと今すぐ結婚したい! なんて思ってしまうのだ。
しかしこの天界で新たな出会いなどそうそう期待は出来ない。なぜなら優秀な藍音を知らない者などほぼいないし、「男なんて星の数」と言えるほど人口も多くない。天界とはなかなか閉鎖的な世界である。
もういっそ人間相手でもいい。むしろ後腐れないイケメンと一夜の恋でもいい。とにかく甘やかしてくれる相手が欲しい。
このところ結び続けた縁が実るたびに嬉しく充実した気持ちと、羨ましくて仕方ない残念な感情が同時に押し寄せる。
天使として失格だわ、と思えば思うほど更にメンタルは降下していく。
周りの幸せ温度に淋しさは募る一方だ。
そんな中、やけっぱちさも相まって思いつきで繰り出した地上で、まさか底なし沼にハマるとは思いもしなかった。
***
「んー。いつ来ても澱んでるし、愛憎渦巻いてるし、煩悩溢れる場所よねぇ」
久しぶりに降りた夜の街は人や酒、おまけにドロドロとした粘っこい感情。どこもかしこも、とにかく雑多な匂いで溢れかえっている。天界の清らかな空気とは大違いだ。
だけど藍音はこの煩悩あふれる世界が好きだった。彼女自身、一夜の恋、あわよくば運命的に出会ったスパダリと結婚という煩悩を原動に舞い降りたわけだが。
(恋に限らずやっぱり出会いといえば、お酒のある店でしょ。むしろ酒よ酒。とりあえず酒だわ)
もはや目的がブレつつある藍音は周りを見回しながら、雰囲気の良さげな店を探す。
藍音の勘はとても良い。昔から直感には自信がある。
足を止めたのは煉瓦の壁が目を引く一軒のバー。ぼんやりと灯るランプがどこかレトロさを感じさせる。
なんとなく気になった店の扉に手を伸ばした途端、内側から濃い木製のドアが静かに開いた。
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