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3.仕事始め
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あまりの眠気に頭がくらくらしている。
ケネルは額を手で押さえながら、ゆっくりとベッドを下りた。
新しい寝床はふかふかと柔らかく、ケネルが寝転ぶと体を包むように沈み込んだ。しかしそれを快適に思ったのは最初だけで、寝返りを打つ度に体が揺れ、まるで風邪をひいた時のように胸にもやもやしたものが広がってうまく眠れなかったのだ。
そのせいでおいしいはずの朝食も味わえないまま、なんとか元気な表情を作っていたが――。
「どうした」
「え?」
顔を上げると、リゲンスは食事の手を止めていた。
「口に合わぬか」
給仕人たちの空気が張り詰めたのがわかった。吐き気に耐えながら慌てて首を振る。
「いえ……とてもおいしいです」
「ではどうしてそのような顔をしている」
言いながら、リゲンスが給仕人に視線をやった。待機していた全員が一礼して食堂を出ていく。
二人になると話すしかなかった。ケネルのせいで料理人たちが叱られるようなことがあってはならない。まあ、ケネルが口に合わないと言ったところで貧乏舌だからだと言われるだけのような気もしたが。
「あの、実は……」
昨夜のベッド事情を話すと、リゲンスは顎をさすった。しばし沈黙し、それから口を開く。
「硬いベッドを用意させよう」
思わず目を見開いた。吐き気などどこかに吹き飛んでしまう。
「そのようなことは! 僕が上等なベッドに慣れていないだけですから」
これからは床で寝ればいいのだ。現に、昨日の夕食前の時間は床で寝ていた。その時はベッドを汚してしまいそうだからという理由からだったが、敷物のある床はケネルの家の布団よりも柔らかく、その下の床の硬さが心地よかった。
「気分が悪くなるのであれば休まらないだろう。そなたは王子の一生に一度の大切な儀式の一役を担うのだ」
「あ……」
そうだ。成人の儀なんて、言葉にはできないほど大切な儀式だ。
リゲンスがグラスを傾けた。白い布の敷かれたテーブルにそれを戻してから口を開く。
「私はそなたの村に行くまでにいくつもの市街を回った。しかしどこにも適任者はいなかった」
それならなおさら責任重大だ……自分の担う仕事の重さで体が潰れてしまいそうだ。
「今日からは床で休みます。その方が落ち着きますし、慣れています」
しかしリゲンスは納得しなかった。
「成人の儀ではベッドを使う。眠りにつくことはないが、気分が優れなくなるのは問題だ」
「それは――それまでにベッドで過ごす練習をします」
眠らないのであればきっとここまでひどくはならないだろう。それに上等なベッドに慣れてしまうと、三か月後に家に帰ってからがつらい。
ケネルが大丈夫ですともう一度言って頭を下げたせいか、リゲンスはそれ以上何も言おうとはしなかった。
静かな食事が終わり、給仕人に頭を下げてから食堂を出る。リゲンスの後に続いて階段を下り、広い廊下を進んで着いた先は外だった。東棟をぐるりと回った先にある庭の池。てっきり室内のどこかで練習をするのだと思っていた。
しんとしていて、他には誰もいない。この水を使うのだろうか。
「座りなさい」
「はい、失礼します」リゲンスの隣に腰を下ろす。
「仕事自体はそれほど難しいことではない」
「あ、は、はい」
文字の読み書きができないので、説明されたことはすべて頭に叩き込まねばならない。太陽の光を反射させる水面から意識を強引に引き戻す。
「今日から毎日後孔の洗浄と張り型(ディルド)の挿入をし、男根を受け入れる準備をしながら口淫の練習をする」
リゲンスは淡々と話すが、すべて覚えられるか不安だった。気持ちを引き締めて顎を引く。
「はい」
「後孔がじゅうぶんに広がり、そなたが快楽を得られるようになったところで男根を切除する」
「は……はい」
男根の切除。ここに来たことに後悔はないが、この爽やかな自然の中で聞くと違和感があった。
「傷が癒えるまでは休息だ。張り型の挿入は行うが、体を第一とする」
「ありがとうございます」
まだ知り合ったばかりだが、リゲンスが無理を強(し)いるとは思えなかった。
「わからないことがあれば些細なことでも訊くように」
「はい」
「この三か月――厳密には途中で男根を失うので、おそらく今後一生、これまでのような快楽は得られないものと思いなさい」
「……はい」
もともと性欲は強くない。小さな家で両親と弟と生活していたので、自慰を行うタイミングもなかったのだ。それに生活するのに必死でそんなことは二の次、三の次だった。
「何かわからぬことはあるか」
「――あの」
「何だ」
リゲンスの口調にも表情にも感情は見えないが、誠実さはあった。何を訊いても、きちんと答えてくれるだろうという信頼感。
「男根を取るのはどうしてですか。その……それが今すぐでないのも」
「すぐに切除しないのは、男の快楽のツボを実感しながら口淫を覚えるためだ。逆に言えばそのためだけに初期は残しておく。しかしそうしている間にも本能的に男根での快楽が欲しくなるだろう。それでは後孔での悦びに夢中になることができない」
よくわからなかった。ケネルが首を捻ると、リゲンスが深く息を吐く。
「そなたには後孔で快楽を得られるようになってもらうのだ。しかし男根があると、どうしてもそちらで快楽が欲しいと思ってしまうだろう。その邪念をなくすために切除するのだ。だが最初に取ってしまうと、男のいいところがどこだかわからなくなってしまう。だから自身の男根に触れて快楽を得られるところを確かめながら、口で愛撫をする練習をするのだ」
「ああ!」
ようやく理解した。頭が悪くてすみませんと頭を下げると、リゲンスはふっと息を吐いた。
「かまわない。学校にも行っていないのだろう。私も簡単な言葉を使うように心がける」
「ありがとうございます」
思っていたよりも厳しい人ではないようだ。ほっとしたら体から力が抜けた。そういえば、いつの間にか気分もよくなっている。
「後孔で快楽を得られるようになってもらう理由は覚えているか」
ケネルは額を手で押さえながら、ゆっくりとベッドを下りた。
新しい寝床はふかふかと柔らかく、ケネルが寝転ぶと体を包むように沈み込んだ。しかしそれを快適に思ったのは最初だけで、寝返りを打つ度に体が揺れ、まるで風邪をひいた時のように胸にもやもやしたものが広がってうまく眠れなかったのだ。
そのせいでおいしいはずの朝食も味わえないまま、なんとか元気な表情を作っていたが――。
「どうした」
「え?」
顔を上げると、リゲンスは食事の手を止めていた。
「口に合わぬか」
給仕人たちの空気が張り詰めたのがわかった。吐き気に耐えながら慌てて首を振る。
「いえ……とてもおいしいです」
「ではどうしてそのような顔をしている」
言いながら、リゲンスが給仕人に視線をやった。待機していた全員が一礼して食堂を出ていく。
二人になると話すしかなかった。ケネルのせいで料理人たちが叱られるようなことがあってはならない。まあ、ケネルが口に合わないと言ったところで貧乏舌だからだと言われるだけのような気もしたが。
「あの、実は……」
昨夜のベッド事情を話すと、リゲンスは顎をさすった。しばし沈黙し、それから口を開く。
「硬いベッドを用意させよう」
思わず目を見開いた。吐き気などどこかに吹き飛んでしまう。
「そのようなことは! 僕が上等なベッドに慣れていないだけですから」
これからは床で寝ればいいのだ。現に、昨日の夕食前の時間は床で寝ていた。その時はベッドを汚してしまいそうだからという理由からだったが、敷物のある床はケネルの家の布団よりも柔らかく、その下の床の硬さが心地よかった。
「気分が悪くなるのであれば休まらないだろう。そなたは王子の一生に一度の大切な儀式の一役を担うのだ」
「あ……」
そうだ。成人の儀なんて、言葉にはできないほど大切な儀式だ。
リゲンスがグラスを傾けた。白い布の敷かれたテーブルにそれを戻してから口を開く。
「私はそなたの村に行くまでにいくつもの市街を回った。しかしどこにも適任者はいなかった」
それならなおさら責任重大だ……自分の担う仕事の重さで体が潰れてしまいそうだ。
「今日からは床で休みます。その方が落ち着きますし、慣れています」
しかしリゲンスは納得しなかった。
「成人の儀ではベッドを使う。眠りにつくことはないが、気分が優れなくなるのは問題だ」
「それは――それまでにベッドで過ごす練習をします」
眠らないのであればきっとここまでひどくはならないだろう。それに上等なベッドに慣れてしまうと、三か月後に家に帰ってからがつらい。
ケネルが大丈夫ですともう一度言って頭を下げたせいか、リゲンスはそれ以上何も言おうとはしなかった。
静かな食事が終わり、給仕人に頭を下げてから食堂を出る。リゲンスの後に続いて階段を下り、広い廊下を進んで着いた先は外だった。東棟をぐるりと回った先にある庭の池。てっきり室内のどこかで練習をするのだと思っていた。
しんとしていて、他には誰もいない。この水を使うのだろうか。
「座りなさい」
「はい、失礼します」リゲンスの隣に腰を下ろす。
「仕事自体はそれほど難しいことではない」
「あ、は、はい」
文字の読み書きができないので、説明されたことはすべて頭に叩き込まねばならない。太陽の光を反射させる水面から意識を強引に引き戻す。
「今日から毎日後孔の洗浄と張り型(ディルド)の挿入をし、男根を受け入れる準備をしながら口淫の練習をする」
リゲンスは淡々と話すが、すべて覚えられるか不安だった。気持ちを引き締めて顎を引く。
「はい」
「後孔がじゅうぶんに広がり、そなたが快楽を得られるようになったところで男根を切除する」
「は……はい」
男根の切除。ここに来たことに後悔はないが、この爽やかな自然の中で聞くと違和感があった。
「傷が癒えるまでは休息だ。張り型の挿入は行うが、体を第一とする」
「ありがとうございます」
まだ知り合ったばかりだが、リゲンスが無理を強(し)いるとは思えなかった。
「わからないことがあれば些細なことでも訊くように」
「はい」
「この三か月――厳密には途中で男根を失うので、おそらく今後一生、これまでのような快楽は得られないものと思いなさい」
「……はい」
もともと性欲は強くない。小さな家で両親と弟と生活していたので、自慰を行うタイミングもなかったのだ。それに生活するのに必死でそんなことは二の次、三の次だった。
「何かわからぬことはあるか」
「――あの」
「何だ」
リゲンスの口調にも表情にも感情は見えないが、誠実さはあった。何を訊いても、きちんと答えてくれるだろうという信頼感。
「男根を取るのはどうしてですか。その……それが今すぐでないのも」
「すぐに切除しないのは、男の快楽のツボを実感しながら口淫を覚えるためだ。逆に言えばそのためだけに初期は残しておく。しかしそうしている間にも本能的に男根での快楽が欲しくなるだろう。それでは後孔での悦びに夢中になることができない」
よくわからなかった。ケネルが首を捻ると、リゲンスが深く息を吐く。
「そなたには後孔で快楽を得られるようになってもらうのだ。しかし男根があると、どうしてもそちらで快楽が欲しいと思ってしまうだろう。その邪念をなくすために切除するのだ。だが最初に取ってしまうと、男のいいところがどこだかわからなくなってしまう。だから自身の男根に触れて快楽を得られるところを確かめながら、口で愛撫をする練習をするのだ」
「ああ!」
ようやく理解した。頭が悪くてすみませんと頭を下げると、リゲンスはふっと息を吐いた。
「かまわない。学校にも行っていないのだろう。私も簡単な言葉を使うように心がける」
「ありがとうございます」
思っていたよりも厳しい人ではないようだ。ほっとしたら体から力が抜けた。そういえば、いつの間にか気分もよくなっている。
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