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閨の練習相手5
しおりを挟むここは非現実世界。
しかし頭ではわかっていても、いざ大きなベッドの置かれた部屋に入ると、緊張で足が震えた。ロングキャミソールの上に着たバスローブを握りしめる。
「さっきまでの威勢はどうした」
「え、なに、二人で会ってたの?」
ルイがレオンに問いかける。
「食堂で二時間も食べ続けておりました。挙句、部屋に迎えに行っても応答がないので中に入ると、いびきをかいて眠っておりました」
「ちょ……! たしかに食べたし寝てたけど、いびきはかいてない!」
レオンに掴みかからんばかりの勢いで言い返すと、ルイがくすくすと上品に笑う。
通常シナリオでは腹黒だったけれど、今はただただ優しくて顔のいい完璧な王子様。ここまでリアルだと略奪愛に抵抗はあるが、攻略対象ならば頑張りたい。いや、頑張らねばゲーマー魂が廃る。
(それにしても、顔良し、性格良し、お金良しって完璧じゃん……)
今からこの人に抱かれる。初めてをささげる。ルイならいい。
本当にエロゲー展開。開発者様、招待してくれてありがとう。
「何をしている」
「えっ?」
さっきはルイの後ろにレオンがいた。それなのになぜか今はレオンの方が近い。そろそろとすり足でルイに近寄る。
「何してる」
「何って……王子の練習相手でしょ」
そもそもどうしてまだレオンがいるのか。部屋への案内は済んだのだから、さっさと退室すればいいのに。気が利かない。
レオンが一歩アリスに近づいた。足が長いせいで歩幅が広い。すぐ真上から見下ろされる気分。
「王子が触れるのは許嫁だけだ」
「……は?」
突然腰に回された腕。力強いそれに引き寄せられ、レオンの腕の中に閉じ込められる。
何をするの――文句を言おうと顔を上げた瞬間、大きな手に頬を包まれていた。
「――!」
唇にふわりとした感触。視点が定まらないほどの近距離に赤黒い髪が見えた。
(キス……されてる……)
ファーストキス。
人生で初めて感じる男性の生々しい体温。
レオンの顔がゆっくりと離れていく。
「王子。うるさかったので塞ぎましたが、セリーヌ様にはこのようなことはなさらぬよう」
頭が回らず、音だけが耳から入ってくる。
「じゃあ正解は?」
「見つめ合って、視線で同意を確認します。抱き寄せる際に力を入れずとも腕に収まってくれれば、その同意は確かなものと判断してよろしいかと」
「じゃあ今のは、反面教師として見ておけばいいってことだね」
王子の穏やかな笑い声。
次第に思考力が戻ってくる。
(もしかして……ずっとこうやって説明される……?)
「同意を得られたら、相手の体から力が抜けるまでキスを繰り返します。その際もただ唇を合わせるだけでなく唇を柔らかく食んだり、指先で耳やうなじを撫でたり、背中をさすったりすると効果的です」
レオンがアリスを見た。優しく目を細められる。
(えっ……?)
同意を求められたのだろうか。そう思った瞬間には再び唇を塞がれていた。
「んっ……!」
頬に触れていた五本指。親指だけが動いて頬骨の辺りを撫でる。かさつきはなく、肌に吸い付くような指先。
レオンの唇がわずかに開いた。舌を入れられるのかと身構えるが、頬を包んでいた手は背中に回って慰めるように腰を撫で、下唇を食んだ。
(あ……)
気持ちいい。体が勝手に行為への準備を始めているのがわかる。
唇が離れた。けれどまたすぐに重ねられ、今度は唇の端を舌先で軽く舐められる。
「ん……」
腰の手がゆっくりと下へ向かって動いていく。もうすぐ尻に触れてしまう。けれどその手は腰で方向を変え、腰骨を撫でた。
「んう……」
感じる王子の視線。恥ずかしいのに逃げられない。
どうしたらいいか、わからない。恋愛ゲームの中でキスはたくさんしたのに、呼吸の方法さえ教えてはくれなかった。
再びレオンの唇が離れる。自分がどんな顔をしているのか見られたくなくて俯こうとすると、後頭部を大きな手で包まれて抱きしめられた。頭上で声がする。
「相手が身を任せてくれたら、ベッドに」
王子は何も答えなかった。レオンの手が、アリスの頭を優しく撫でる。
「痛い思いはさせない」
小さな声だった。
ゲームの中という意識のせいか、自分の貞操観念が薄れていくのがわかる。このまま身を任せてしまいたい。
(だめだって――でも)
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