獣人王とイヌ

1-3

　夜、主は大きなベッドーー夏でも冬でも快適な温度と湿度を保たれた部屋で裸で眠る。イヌはその横、床に敷かれたクッションの上で丸まって眠る。
　そしてイヌが起きてすぐにすべきことは主の朝勃ちの処理だ。
　起こすべき時間に、射精で目覚めさせるのだ。ここへ来た時は勃起も射精も朝勃ちの意味も知らなかった。排泄するところを咥えるのだと教えられ、イヌはお仕置きされぬよう小さな口で懸命に主のそれを頬張った。しかし拙い子供の愛撫では時間通りに射精させることができず、結局何度もお仕置きとしてお尻を叩かれた。
　それから最後まできちんと残滓を吸い出せず、尿道に精液を残したときには乳首にピアスを開けられた。それからはきちんと吸い出し、ペロペロと念入りに舐め掃除をする。
　今ではもう慣れたものだ。


「今日は裏山に行こう」
　どうやら今日の主は機嫌がいいらしい。これならきっと歩くペースも穏やかに違いないとイヌは安堵した。いい子にしていれば、主の望むことをしていられれば叱られない。その点は両親との生活よりも幸せかもしれない。
　秋も終わりかけの近頃は裸のイヌには非常に寒く、少しでも体が暖まるようにと必死に手足を動かした。
　乾燥した落ち葉が多く、踏みしめる枯れ葉がチクチクと刺さる。それでも真冬の雪の上に比べれば何ともなかった。
　どれほど歩いただろうか。ようやく体も暖まってきた頃だった。呻くような声と共に隣を歩く主の足が止まり、イヌのすぐ隣に膝が落ちてきた。主は地面に蹲り、苦しそうに胸をかきむしっている。その手にリードがないことを見て、視線で地面をたどれば枯れ葉の上に落ちているそれ。

　チャンスだ、と思った。
　主の心配など全くなかった。
　逃げるなら、今しかない。



　イヌはゆっくりと立ち上がった。曲がったまま固まった関節が軋む。それでも、主が寝入った後にひっそりと体を伸ばしストレッチを続けていたお陰で前屈みではあるけれど、どうにかギリギリ立ち上がることができた。
　久しぶりに足の裏で踏みしめる地面。
　あんなにも普通に歩くことを夢見ていたのに、やっとそれが叶ったのに、何年にもわたる四つん這いの生活は走るための筋肉を失わせていたらしい。立ち上がる度に何度も転び、結局四つん這いで裏庭から続く裏山へ急いだ。二足歩行をするのだという意地よりも逃げる方が大切だった。
　四つん這いの方が動きやすいとわかったとき、目には涙が浮かんだ。けれど拭う暇などなかった。とにかく逃げるだけで精一杯だった。
　裏山を選んだのは、民家の方へ逃げたところで匿ってなど貰えないことを何となくわかっていたからだ。運が良ければ山を越えて隣県へと逃げられる。
　運が悪くても、どこかで最悪命を絶つことくらいはできるはずだ。
　主が追ってくるのが怖くて何度も何度も後ろを振り返りながら進んだ。
　幸い主はまだ蹲ったままだ。でも少しでも距離を稼がなければ、主から連絡を受けた使用人が探しに来るかもしれない。そうなる前に、少しでも遠くへ。