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しおりを挟む「あの、篠崎」
「ん?」
温いはずなのに、裸で篠崎に抱っこされていると思うと体温は高くなりっぱなしだった。それでも優しい空気と綺麗な夜景が嬉しくて、お湯の中にゆったりと座っていた。
「どうして、あそこだったんですか」
「あそこ?」
「えと、その、プロポーズ……」
プロポーズなんて、された側が使っていい言葉じゃない。だって恥ずかしすぎる。
「……諒が可愛くて」
「え?」
「早く俺のものだと実感したかった」
「……嬉しい」
「ホテルの部屋でも夜景は綺麗だが、室内だと言いたい放題言われそうでな」
何を想像しているのか、後ろからクツクツと珍しく笑い声が聞こえた。
「言いたい放題って何ですか」
なんとなく想像はついたけれど、敢えて訊いてみる。
「諒はいろいろなことを気にするだろう。全てに答えることはできるが、二人きりの空間だと諒は頷いてくれない気がしてな」
「……作戦ですか」
「作戦?人聞きが悪いな。けれど近くを誰かが通るかもしれないと思ったらゲイの痴話喧嘩のような会話はしてこないだろうと思って」
「それは作戦って言うと思います……」
上手く誘導されてしまった。
「それに、雰囲気にも流されてくれるだろうと思ってな」
「……流されてないです」
「そうか?」
篠崎は尚も小さく笑っている。
「だって、流されて返事なんてできないです。ちゃんと好きだから……」
雰囲気にのまれてOKを出したと思われているのならそれは心外だった。だってこんなに好きで、大好きで、愛しているからYESと言ったのに。
「あぁ、そうだな。すまなかった」
「ぁっ……」
お腹に回された腕に力がこめられた。ぐっと距離が近くなる。熱い。
「機嫌を直してくれ。俺が悪かった。諒くんはちゃんと俺のことを愛してくれているな」
ずるい。そういう言い方。でも答えないわけにはいかない。
「……大好き。……こういうちょっと意地悪なところも好きです」
「そうか。それは良かった」
「否定しないんですか」
「好きな子を虐めたいと思うのは本能だろう」
「……じゃあ僕は?」
「ん?」
「……何でもないです」
(好きな人に虐められて喜んでいる僕は……?)
「諒、上がろうか。逆上せそうだ」
「はい」
恥ずかしいことを考えてしまったせいで、安西も体感はかなり熱かった。篠崎が先に立ち上がり、それから安西を引き上げてくれる。
「大丈夫か」
「はい……」
恥ずかしい。お風呂は昨日だって一緒に入ったのに、プロポーズ一つでこんなにも気分が変わってしまうなんて。
「気分が悪くなったりは?」
「大丈夫です」
優しい。付き合い始めてからだいぶ時間は経った。それでも篠崎が優しいところはずっと変わらない。傲慢になることもない。扱いが雑になることもない。むしろ日に日に過保護になっていっているような気さえする。
「ジュース飲みたいです」
「そうだな。俺も喉が渇いた」
「そういえばお酒飲んだ後ですもんね」
「あぁ、そうだった。緊張していたから忘れていたよ」
「緊張、してたんですか?」
そんな気はしていたけれど、意地悪されたお返しだ。
「するよ。一世一代のプロポーズだったからな。二度と経験する予定はないからもうやり遂げた感じだが」
篠崎は恥ずかしがるということはないのだろうか。いつでも堂々としている。羨ましいけれど、自分にはきっと同じようにはなれない。
「録音しておけばよかったな」
「やめてくれ。でも諒が望むなら何度でも言うよ」
「もう返事は分かって安心しているから?」
「そうだ」
二人で笑った。バスローブを羽織って、窓辺に立って夜景を見ながら飲み物を飲む。安西はリンゴジュースだったけれど、篠崎は炭酸水だ。リンゴジュースも美味しいと勧めたのだけれど、身体が必要としていないからと言っていた。
「……篠崎」
視線は外に投げたまま言う。思ったよりも深刻な声になってしまった。
「何かな」
子供に対するような言い方を選んでおきながら、篠崎の声も些か硬い。
「……本当に僕でいいんですか」
「諒がいいんだと言っただろう」
「けれど、僕、勃起できません」
「しばらく忘れる約束だ」
「……抱いてください」
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