篠崎×安西(旧カルーアミルク2)(R-18)

gooneone(ごーわんわん)

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 有名チェーンのカフェの前を通ると大きな橋に出た。三条大橋と書かれている。
「あ、ここは三なんですね」
「ん?どういう意味だ?」
「京都は順番になってるんですよ。一条から十条だったかな……北から南に向かって数字が大きくなるんですって。ここは三条、さっき通った入り口の大通りが、多分四条通りです」
「ほお」
「弁慶って知ってます?」
「聞いたことはあるな」
「それは五条大橋です」
 これらは全部ここに来る前、昼休みにかき集めた知識だった。やはり篠崎は知らなかったらしい。というか、普通知らないか。安西とて知らなかった。
 三条大橋のところの階段を降り、鴨川に進む。恋人たちがたくさん歩いていた。
「気持ちいいですね」
「秋の夜風だな」
「京都でなんて、風流ですね」
 みんな、本当にみんな手を繋いでいる。座ってるカップルは膝枕で寝転んでいたりする。外で堂々と触れ合える異性愛カップルはいいな、と少し羨んでしまう。
「諒、座ろう」
「はい」
 川沿いを歩くと、あまり人のいないところがあった。二人で並んで座る。
「諒と来れてよかった」
「僕もです。時間を作ってくれてありがとうございました」
「俺は少し働き過ぎかな」
「そう思います。でも楽しいんでしょう。身体を壊すようなことがなければ応援しています」
「……だが寂しいだろう」
「でも、僕だって働いていますから。僕が置いて行っているようなものですし」
「……そうだな」
 一体どうしたのだろう。まさかアメリカに帰るとかそういう話があるのだろうか。
「……篠崎?」
 なんだか篠崎が遠くに行ってしまうような気がして、不安でシャツを握った。
「どうした」
「え……や……」
 遠くに行ってしまいそう、そう言ってもし「そうなんだ」と返ってきたら。そう思うと簡単には言葉にできなかった。
「……いえ、なんでもないんです」
 いつか、不安が消える日は来るのだろうか。これからも、本当にずっと一緒だと。死ぬまで一緒だと安心できる日が。
 異性愛者なら結婚という安心材料がある。けれどそれは安西にとっては難しい。パートナーシップ制について知らないわけではないけれど、日本にはまだまだ偏見や差別がある。幸い今まで安西がゲイだとバレたことはないけれど、時折悲しいニュースを目にすることはあった。
「……諒」
「はい」
「ずっと一緒にいてほしい」
「……邪魔じゃないなら」
 どうしてそういう言い方しかできないのだろう。けれど「はい」なんて言えなかった。なぜだろう。嬉しい言葉をもらったのに。幸せなのに、その幸せが少し怖い。いつか壊れてしまうんじゃないかと。
「邪魔だなんて思うわけがないだろう。それに言葉の意味が違う」
「え?」
「日本では難しいが、結婚してほしい」
「え……あ……」
「家庭に入ってほしい。仕事をやめて、家に居てくれないか」
「え……?」
(仕事を辞める――?)
「日本では籍を入れられないのは知っている。そのためだけにアメリカに連れて行こうとも思っていない。だから正式なものではないが、気持ちの面だけでいい。結婚してほしいと思っている」
「……篠崎……」
 嬉しかった。篠崎の真剣な言葉が。でも本当に自分でいいのだろうか。
 だって篠崎はいいところの息子さんなのだ。親から任されていた会社だって今どうなっているのか分からないけれど、親がもっと高齢にでもなれば継がざるを得なくなるかもしれない。跡継ぎだって必要になるだろう。
 景山の顔が浮かんだ。篠崎と安西を別れさせるために来た男。いくら払えば別れてくれるのか、と詰め寄ってきたけれど、結局アメリカに帰るときにはいい人になっていた。きっと篠崎のご両親からの命令か何かで来ただけだったのだろう。それでも景山は会社のことをとてもよく考えていた。
「……返事は急がない」
「あ……」
「と、普通は言うんだろう。けれど俺は待つ気はないし、断らせるつもりもない」
「……篠崎」
「諒は俺のだ」
「ぁ……」
 ドキ、とした。普段の優しくて穏やかな篠崎とは違う、強引な雄の顔。もしかして、仕事のときもこういう感じなのだろうか。
「……でも」
「何だ」
 素早い反応だった。気が張っているのか。
「……家のこととか」
「関係ない」
 どちらの家のこと、と思っているのだろうか。廉太郎が相談に来たとき、安西達のような施設育ちには何かしら事情がある者もいることは篠崎だって分かっただろうに。
 それに篠崎の実家のことだってそうだ。篠崎のところのようなすごい家の人が、安西のような出自も分からない者を受け入れるとは思えなかった。
「跡継ぎとか」
「いらない。前にも言ったが、俺が愛しているのは諒だけだ。諒を愛しているのに他の人間と子供を作るなんてありえない」
 即答だった。まるで言われることを分かっていたかのよう――いや、きっと想定してしただろう。それでもプロポーズをしてくれたのだ。
「……本当に僕でいいんですか」
「諒がいい。そう思うから言っている」
「……けど、仕事は……」
 特別仕事が好きというわけではない。ただゆうくんの遺志があった。施設育ちで親がいなくても、立派に生活していけると証明する。誰にというわけではないけれど――いや、きっと自分に、だ。親なんていなくても、自分はきちんと生活をできているのだと。
「続けたいか」
「……はい」
「……分かった」
「いいんですか?」
「あぁ。諒の好きなものは奪いたくない」
「好きってわけじゃ……」
 確かにやりがいはあるけれど、今の仕事が夢だったわけではない。特に資格を必要とする仕事に就いているわけでもない。職場環境や仕事内容、仕事仲間に不満がない、それだけだ。けれど昨今、その不満がないというのがどれほど稀で幸運なことか。
 言いかけた安西に対し、篠崎は何も言わなかった。好きじゃないなら辞めてもいいだろうと思っているのかもしれない。
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