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「今工事中なんですって」
「そうなのか……」
清水寺は京都駅前から出るバスで一本だった。連休ということもあってバスも一度見送らなければならなかったけれど、二台目に乗車したことで座ることもできたのでラッキーだった。
「逆に珍しくて人気みたいですよ。五十年とかに一度なんですって。工事が終わったらまた見に来ましょう」
五十年に一度の工事ということは次の工事を見れるかどうかは分からない。そんな稀なものを篠崎と一緒に見ることができて嬉しかった。
「そうだな」
そう言う篠崎の声も心なしか嬉しそうだ。安西にはそのことの方が嬉しくて、無意識に篠崎の顔をじっと見てしまっていた。
「どうした?」
「いえ……五十年に一度の工事を見れるなんていいですよね」
「いや、テレビで観たものと違うので残念だ。だがまた来るんだろう」
「え?はい」
「ならいい。諒とまたここに来るという約束ができたからな」
「あ……え、や、」
そんな。そんな理由で気持ちに踏ん切りをつけていたのか。一気に顔が熱くなった。でもここは外だとどうにか意識を他に向ける。
「改修工事はもう少しかかるみたいですね。でもこれが見納めかな」
「また来たらいいだろう」
「また?」
今いるのに。今しっかり見て、記憶と写真を残せばいいのに。
「見たいなら何度でも来よう」
「……ふふ」
篠崎はまるで近所のパン屋さんでお気に入りを見つけた程度の感覚で言う。やっぱり少し普通の人と感覚は違うけれど、喜ぶことは何でもしようと思ってくれているのが伝わってきて嬉しくて、やはり少し恥ずかしい。
「篠崎、下に行ってみましょう」
下にあったお茶屋さんでお茶を飲み、またゆっくりと歩き出す。人はたくさんいたけれど、だからこそ男二人での観光客に意識を向ける人もいない――と思えたらよかったのだけれど、実際には篠崎が美形過ぎて、視線を浴びていた。
「……篠崎」
話しながら清水寺を出て、土産物が並ぶ通りに出る。
「ん?」
「……いえ、ねぇ、あの、お願いがあるんですけど」
「何かな」
お願いをしようとすると、篠崎はとても喜ぶ。初めてお願いをしたのが何だったのかはもう忘れてしまったけれど、以前「醤油買ってきて」と頼もうと思った時に「お願いが、」と言いかけただけで驚くほど嬉しそうな顔をされたのだ。それ以来ちょっとしたお願いについては普通に「すみません、醤油買ってきてもらってもいいですか」という言い方をするようにしている。だってあんなに嬉しそうな顔をして内容を待っているのに、お願いの内容が「醤油」だなんて可哀想になってしまって。
今だって一体何だろうと、いっそのことワクワクとも言える表情で待っていた。でも今回は醤油じゃないから。
「お揃いの物、何かほしいんですけど……」
結局指輪はまだ購入していない。購入しようと思っていたときに景山が来て計画が狂ってしまったのだ。それについては不可抗力だし、別に思うところは何もない。それにあのときは景山の目的や母親の存在に翻弄されて、安西自身指輪のことなんて忘れてしまっていた。
けれど今はそれで良かったと思っている。
指輪を買おうと言ったのは付き合おうとなってすぐのときだった。まだお互いのことを何も知らず、関係が続くかどうかも分からないとき。そんなときに購入した指輪より、お互いをもっと知って、一生添い遂げるぞという気持ちで選んだ指輪の方が自分にとっては価値があると思えるからだ。
もう篠崎は指輪のこと自体忘れてしまっているかもしれないけれど。
「そうなのか……」
清水寺は京都駅前から出るバスで一本だった。連休ということもあってバスも一度見送らなければならなかったけれど、二台目に乗車したことで座ることもできたのでラッキーだった。
「逆に珍しくて人気みたいですよ。五十年とかに一度なんですって。工事が終わったらまた見に来ましょう」
五十年に一度の工事ということは次の工事を見れるかどうかは分からない。そんな稀なものを篠崎と一緒に見ることができて嬉しかった。
「そうだな」
そう言う篠崎の声も心なしか嬉しそうだ。安西にはそのことの方が嬉しくて、無意識に篠崎の顔をじっと見てしまっていた。
「どうした?」
「いえ……五十年に一度の工事を見れるなんていいですよね」
「いや、テレビで観たものと違うので残念だ。だがまた来るんだろう」
「え?はい」
「ならいい。諒とまたここに来るという約束ができたからな」
「あ……え、や、」
そんな。そんな理由で気持ちに踏ん切りをつけていたのか。一気に顔が熱くなった。でもここは外だとどうにか意識を他に向ける。
「改修工事はもう少しかかるみたいですね。でもこれが見納めかな」
「また来たらいいだろう」
「また?」
今いるのに。今しっかり見て、記憶と写真を残せばいいのに。
「見たいなら何度でも来よう」
「……ふふ」
篠崎はまるで近所のパン屋さんでお気に入りを見つけた程度の感覚で言う。やっぱり少し普通の人と感覚は違うけれど、喜ぶことは何でもしようと思ってくれているのが伝わってきて嬉しくて、やはり少し恥ずかしい。
「篠崎、下に行ってみましょう」
下にあったお茶屋さんでお茶を飲み、またゆっくりと歩き出す。人はたくさんいたけれど、だからこそ男二人での観光客に意識を向ける人もいない――と思えたらよかったのだけれど、実際には篠崎が美形過ぎて、視線を浴びていた。
「……篠崎」
話しながら清水寺を出て、土産物が並ぶ通りに出る。
「ん?」
「……いえ、ねぇ、あの、お願いがあるんですけど」
「何かな」
お願いをしようとすると、篠崎はとても喜ぶ。初めてお願いをしたのが何だったのかはもう忘れてしまったけれど、以前「醤油買ってきて」と頼もうと思った時に「お願いが、」と言いかけただけで驚くほど嬉しそうな顔をされたのだ。それ以来ちょっとしたお願いについては普通に「すみません、醤油買ってきてもらってもいいですか」という言い方をするようにしている。だってあんなに嬉しそうな顔をして内容を待っているのに、お願いの内容が「醤油」だなんて可哀想になってしまって。
今だって一体何だろうと、いっそのことワクワクとも言える表情で待っていた。でも今回は醤油じゃないから。
「お揃いの物、何かほしいんですけど……」
結局指輪はまだ購入していない。購入しようと思っていたときに景山が来て計画が狂ってしまったのだ。それについては不可抗力だし、別に思うところは何もない。それにあのときは景山の目的や母親の存在に翻弄されて、安西自身指輪のことなんて忘れてしまっていた。
けれど今はそれで良かったと思っている。
指輪を買おうと言ったのは付き合おうとなってすぐのときだった。まだお互いのことを何も知らず、関係が続くかどうかも分からないとき。そんなときに購入した指輪より、お互いをもっと知って、一生添い遂げるぞという気持ちで選んだ指輪の方が自分にとっては価値があると思えるからだ。
もう篠崎は指輪のこと自体忘れてしまっているかもしれないけれど。
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