上 下
26 / 75

3-4

しおりを挟む
「今工事中なんですって」
「そうなのか……」
 清水寺は京都駅前から出るバスで一本だった。連休ということもあってバスも一度見送らなければならなかったけれど、二台目に乗車したことで座ることもできたのでラッキーだった。
「逆に珍しくて人気みたいですよ。五十年とかに一度なんですって。工事が終わったらまた見に来ましょう」
 五十年に一度の工事ということは次の工事を見れるかどうかは分からない。そんな稀なものを篠崎と一緒に見ることができて嬉しかった。
「そうだな」
 そう言う篠崎の声も心なしか嬉しそうだ。安西にはそのことの方が嬉しくて、無意識に篠崎の顔をじっと見てしまっていた。
「どうした?」
「いえ……五十年に一度の工事を見れるなんていいですよね」
「いや、テレビで観たものと違うので残念だ。だがまた来るんだろう」
「え?はい」
「ならいい。諒とまたここに来るという約束ができたからな」
「あ……え、や、」
 そんな。そんな理由で気持ちに踏ん切りをつけていたのか。一気に顔が熱くなった。でもここは外だとどうにか意識を他に向ける。
「改修工事はもう少しかかるみたいですね。でもこれが見納めかな」
「また来たらいいだろう」
「また?」
 今いるのに。今しっかり見て、記憶と写真を残せばいいのに。
「見たいなら何度でも来よう」
「……ふふ」
 篠崎はまるで近所のパン屋さんでお気に入りを見つけた程度の感覚で言う。やっぱり少し普通の人と感覚は違うけれど、喜ぶことは何でもしようと思ってくれているのが伝わってきて嬉しくて、やはり少し恥ずかしい。
「篠崎、下に行ってみましょう」
 下にあったお茶屋さんでお茶を飲み、またゆっくりと歩き出す。人はたくさんいたけれど、だからこそ男二人での観光客に意識を向ける人もいない――と思えたらよかったのだけれど、実際には篠崎が美形過ぎて、視線を浴びていた。
「……篠崎」
 話しながら清水寺を出て、土産物が並ぶ通りに出る。
「ん?」
「……いえ、ねぇ、あの、お願いがあるんですけど」
「何かな」
 お願いをしようとすると、篠崎はとても喜ぶ。初めてお願いをしたのが何だったのかはもう忘れてしまったけれど、以前「醤油買ってきて」と頼もうと思った時に「お願いが、」と言いかけただけで驚くほど嬉しそうな顔をされたのだ。それ以来ちょっとしたお願いについては普通に「すみません、醤油買ってきてもらってもいいですか」という言い方をするようにしている。だってあんなに嬉しそうな顔をして内容を待っているのに、お願いの内容が「醤油」だなんて可哀想になってしまって。
 今だって一体何だろうと、いっそのことワクワクとも言える表情で待っていた。でも今回は醤油じゃないから。
「お揃いの物、何かほしいんですけど……」
 結局指輪はまだ購入していない。購入しようと思っていたときに景山が来て計画が狂ってしまったのだ。それについては不可抗力だし、別に思うところは何もない。それにあのときは景山の目的や母親の存在に翻弄されて、安西自身指輪のことなんて忘れてしまっていた。
 けれど今はそれで良かったと思っている。
 指輪を買おうと言ったのは付き合おうとなってすぐのときだった。まだお互いのことを何も知らず、関係が続くかどうかも分からないとき。そんなときに購入した指輪より、お互いをもっと知って、一生添い遂げるぞという気持ちで選んだ指輪の方が自分にとっては価値があると思えるからだ。
 もう篠崎は指輪のこと自体忘れてしまっているかもしれないけれど。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

処理中です...