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3-1京都編
しおりを挟む「これはどうだ」
書店の旅行コーナーには時間が早いせいか誰もいなかった。出版社違いの数冊の雑誌を見比べていく。
「あ、これいいですね」
観光地の案内だけでなく、その地名の由来や歴史まで書かれていた。少し分厚いので持ち運びは難しいだろうが、行く前に読む分には面白そうだった。
「あ、諒、これは欲しい」
欲しい、と篠崎が言うのは珍しい。そんなに気に入ったものがあったのだろうか、とそちらに目をやると【京都の魔界・ミステリーツアー】と書かれた本。表紙にはお化けのような、妖怪のような生き物。
「ほら、やはり京都には妖怪がいるんだろう」
「……そうみたいですね」
もう秋なんだけどな、と思ったけれど、篠崎はその本を手放さなかった。
「ホテル、今からでも間に合うでしょうか」
「連休だからな。まぁ、全て埋まるということはさすがにないだろう」
結局購入したのは【京都の魔界・ミステリーツアー】だけだった。篠崎の楽しそうな様子を見ていたら、オーソドックスな観光地よりもミステリーツアー(と言っても雑誌の特集タイトルがそれなだけであって、そういうツアーが組まれているわけではない)の方がいいかなと思ったのだ。心霊は苦手だけれど、数百年前の怨霊うんたらはさすがにもうないだろう。だって京都で生活している人はたくさんいるのだ。廃墟に行くわけでもない。
帰宅して、二人で雑誌を読んだ。
「まずは行先を決めましょう。交通の便がいいところにホテルを取って」
先ほど買ったミステリー雑誌を篠崎に渡し、携帯で京都の観光について調べる。安く移動する裏ワザなど、さまざまなことが書かれていた。
「篠崎、京都旅行では京都駅の辺りに泊まると不便なんですって」
「そうなのか」
これは知らなかった。新幹線が停まるから荷物のことを考えても京都駅直結かもしくは近場のホテルが楽かと思っていたのだが。
「観光地に近いのはだいたい私鉄らしいです。でも私鉄は京都駅通ってなくて」
「そうか。だがタクシーでいいだろう」
篠崎はさらりと言ってのける。しかし安西はタクシーで回ろうとは思っていなかった。確かにタクシーが楽とはネットにも書いてあったけれど、知らない土地で乗り換えを調べるのも一つの楽しみだと思ったのだ。それに、タクシーはやはり高い。でもその感覚は生まれたときから裕福な篠崎には理解できないだろう。そう思うと少しだけ寂しくなる。けれどどうしたって感覚の違いは生じるのだ。それは男女間でもそうだし、家族間だってそうだ。妥協点を見つけるか、一方が合わせるしかない。
「そうですね」
普通に言ったつもりだった。そう聞こえるように言ったつもりだったけれど、勘の良い篠崎にはバレてしまったようだ。
「いや、すまない。電車にしよう」
そう言われるとなぜか罪悪感にかられてしまう。我儘を言ったような気持ちになってしまう。でも篠崎はやはり大人だった。
「だめだな、可愛い諒を見せたくなくて」
「え?」
「電車だといろんな人と乗り合わせるだろう。それが嫌だったんだ。旅行にはしゃぐ可愛い諒を他人に見せたくない」
「や……」
まさかそんな理由なんて。単純にタクシーの方が楽だからとかそういうことかと思っていた。金銭感覚が違うから、お金に余裕があるから、だからだって。
自分の卑屈さに恥ずかしくなり何も言えなくなってしまう。普段ならそんなことを篠崎に言われれば恥ずかしくなるのだけれど、今は違った恥ずかしさだった。
「諒はどこにいきたい?」
篠崎はきっと安西の心境に気付いている。けれど気付かないふりをして話を続けてくれる。優しいのだ。とにかくどこまでも優しい。
「……僕は篠崎とならどこでも……」
こんな返答では困らせるだけだ、そう分かりつつも羞恥に混乱した頭では気の利いた言葉の一つも出せやしなかった。
「ここ、どうかな」
篠崎が開いたページを見せてくる。篠崎は本当に気遣いのできる人だ。
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