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しおりを挟む「おはよう」
「あ……」
「瞼が重そうだ。少し冷やそうか」
泣きながら眠ってしまったせいか、普段より視界が狭い。目が合ってすぐに篠崎がそう言うのだから、きっと見た目でもすぐに分かる程腫れてしまっているのだろう。
ソファに深く座って背もたれに頭を乗せ、上を向いた瞼に篠崎が用意してくれた氷嚢を置く。熱を持ったように感じるそこがひんやり気持ちいい。
今夜、行くのだろうか。泣いてしまったせいで結局うやむやのままだ。でも、行きたい。篠崎とお祭り。夏しか経験できないお祭り。
「篠崎」
「ん?」
見えていないから思ったより近くから聞こえた声に驚く。けれど安心させるように手を握られて肩から力が抜けた。
「今日、お祭り……」
「うん」
「……一緒に行ってくれますか」
「浴衣と花火を買った」
「え?!」
思わず氷嚢を取り篠崎を見た。篠崎は恥ずかしそうに笑っていた。
「日本の夏だなと思って。それに無邪気にはしゃぐ諒くんが見たくて」
(僕のため……)
やはりきっと、話してはいなくても何か感じ取っているのだろう。だからきっとこうして先回りの優しさを与えてくれる。
「……篠崎、僕」
「うん」
恥ずかしくて、そしてまた泣いてしまいそうで先ほどと同じように氷嚢を乗せてから話す。
「お祭り行ったことないんです」
「そうか」
篠崎の手に力が入る。まるでここにいるよ、と伝えようとしてくれているみたいに。
「施設にいた頃、友達に誘われても……お金なかったから」
「あぁ」
「高校生の時は、独り立ちの為にバイトは全部貯金して」
「うん」
「恥ずかしいんですけど、過去の嫌な気持ちを思い出してしまいそうで大人になってからも行けなくて」
「そうか」
「……まぁ、恋人でもいたら行ったのかもしれないですけど、いなかったし」
「だから俺と行けるな」
「え?」
「恋人だろう」
「あ……」
そういう意味で言ったわけじゃなかった。男で大人になれば友達と祭りなんてなかなか行かないだろうという勝手な想像で、大人でも恋人がいれば行くんじゃないかっていうそんな軽い気持ちでの発言だったのだ。
「恋人だ。一緒に行ってくれるか」
「……案内とか説明とかできませんけど」
「構わないよ。それにお互い初めてならもっと楽しめるだろう」
言葉が出なかった。そんな考え方、したことがなかった。
「……はい、楽しみです」
氷嚢を乗せていてよかった。
垂れたのは、氷嚢の水滴だ。
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