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第五章 冒険編 幸運の巣窟

本物と偽物

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 ギャブラーと案内人の目の前にはギャブラーの姿をした真緒が立っており、互いに向かい合っている。



 「ギャブラー様が二人……!?」



 先程までギャブラーの姿をした真緒の方が本物だと思っていた案内人は、未だに酷く混乱していた。



 「さて、既に金庫前には数百名の警備員が待機している。お前には逃げ場は無いぞ」



 「…………」



 「しかし見れば見るほどそっくりだな。整形か? それとも魔法の一種か? まぁ、どっちにしたってお前はここで死ぬ運命だがな」



 そう言いながらギャブラーは、ギャブラーの姿をした真緒の下まで歩み寄る。



 「さぁ、大人しく捕まるんだな。そうすれば楽に殺してやるぞ?」



 「……くくく……」



 「「!!?」」



 すると突然、ギャブラーの姿をした真緒は不適な笑みを浮かべながら笑い始めた。



 「……何が可笑しい?」



 「いや何、“偽物”にしては大した演技力だなと思ってな」



 「に、偽物!?」



 その言葉に、案内人はギャブラーを疑いの目で見つめる。



 「何寝惚けた事を言っている。お前の方が偽物だ」



 「お前こそいい加減な事を言うな、お前の方が偽物だ」



 「ふざけるな。俺こそ本物だ」



 「いいや、俺こそが本物だ」



 両者、睨み合いながら一歩も譲らぬ水掛け論。そんな二人の様子に案内人はどう対処して良い物かと戸惑っていた。



 「くそっ……このままじゃ埒が明かない。おい、今すぐこの偽物を捕らえろ」



 痺れを切らしたギャブラーは、案内人にギャブラーの姿をした真緒を捕らえる様、指示を送った。



 「えっ、あっ、はい!! 分かりました!!」



 指示を受けた案内人は、ギャブラーの姿をした真緒を捕らえようと歩み寄る。



 「何をしている!! 捕らえるのはあっちの偽物の方だ!!」



 「えっ、は、はい!!」



 しかしギャブラーの姿をした真緒に指示され、案内人はギャブラーの方に体の向きを変え、捕らえようと歩み寄る。



 「簡単に騙されるな!! 偽物はそっちの方だ!!」



 「は、はい!!」



 するとギャブラーも対抗し、案内人に再び指示を送る。その指示に従い、またしてもギャブラーの姿をした真緒の方に向き直した。



 「同じ事を二度言わせるな!! その偽物を早く捕らえるんだ!!」



 「えっ、ちょ……」



 「惑わされるな!! 早くその偽物を捕らえるんだ!!」



 「偽物の声など無視しろ!! 本物である俺だけの言う事を聞け!!」



 「本物は俺だ!! いいからさっさと偽物を捕らえるんだ!!」



 「い、いったいどっちが本当のギャブラー様なんですか!?」



 身長、体重、声、記憶。その全てを模倣している事から、本人以外が見破る事は決して出来ない。その為、案内人はどちらが本物なのか分からず、捕らえる事に躊躇していた。



 「俺が本物に決まっているだろう!! その証拠に俺はこの金庫の鍵を持っている!!」



 「た、確かに……」



 「ふん、隙を見て俺から奪った鍵の癖に、よく堂々言えた物だな」



 「何だと!?」



 「今日、不覚にも俺は金庫の鍵を奪われてしまった。だから何か盗まれていないかチェックしに来たのだ。立場上、鍵を盗まれたなど言えないからな……」



 「だから鍵を持っていなかったのですか!?」



 「その通り、そして今現在俺の鍵を持っているお前こそが偽物という事だ!!」



 「見苦しい言い訳だな!! 俺が大事な鍵を盗まれるなんて間抜けな事をするか!!」



 「そ、そうです!! カジノの総支配人が大事な鍵を盗まれる失敗を犯すなんて……ある訳が無い!!」



 「では聞こうじゃないか? 何故お前は金庫に訪れた? 何の用があってこの金庫を訪れたんだ?」



 「た、確かに……いつもなら私達に警備を任して自宅に帰られる筈……」



 「胸騒ぎがしたんだ!! 今日はエジタスの関係者に出会ったからいつもより警備を厳しくする様、言いに来たんだ!!」



 「ならば営業中にでも声を掛ければ良かっただろう。だが、声は掛けられなかった……そうだろう?」



 「は、はい……いつもと同じ様に客から取り上げた武器や防具を金庫に仕舞う様に言われただけです」



 「おかしいじゃないか、胸騒ぎがしたのならもっと早く声を掛けるべきじゃないのか? ましてや警備が始まってからじゃ、遅過ぎるのではないか?」



 「し、仕方無いだろう!! 胸騒ぎがしたのは帰宅途中の事だったのだから!!」



 「お前こそ見苦しい言い訳をするな。お前には自身が本物であるという確たる証拠が存在しない」



 「そう言うお前こそ、自身が本物である確たる証拠が無いじゃないか!?」



 「いや、俺にはあるぞ。自分が本物であるという確たる証拠がな」



 「な、何だと!?」



 するとギャブラーの姿をした真緒は、壁に掛けられている防具を見回す。そして適当に一種類の防具を指差す。



 「例えばあれは半年前に名のある貴族から取り上げた竜の鱗が施されている鎧だ」



 そして続けて隣にある防具を指差す。



 「あれは小国の王様が着けていた金の鎧と金の盾だ」



 更に足下に落ちていた宝石を拾い上げ、ギャブラーと案内人に見せ付ける。



 「この宝石は領家の貴婦人が持っていた物だ」



 「さっきから何を言っているんだ!?」



 いったい何を言っているのか、ギャブラーには理解出来なかった。



 「俺はこれまで客から取り上げて来た物は全て覚えているぞ」



 「!!?」



 「本物なら当然だな」



 「デ、デタラメだ!! デタラメに決まっている!!」



 「いえ、どうやら事実の様です」



 「何!?」



 ギャブラーが驚いて案内人の方に顔を向けると、案内人は部下の警備員から手渡された書類に目を通していた。



 「このリストによると、今しがた述べた事は全て当たっています」



 「そ、そんな馬鹿な……」



 「もしお前が本物だと言うのなら……」



 するとギャブラーの姿をした真緒は、足下に落ちていたピアスを拾い上げ、ギャブラーに投げ渡す。



 「そのピアスが誰の物か言い当てて見ろ」



 「!!!」



 「本物なら当てられる筈だよな。まさか自分が取り上げた物を覚えていない筈が無いよな」



 「…………」



 ギャブラーは目に穴が空くほどピアスを見つめ、記憶の扉を開こうとする。しかし、いくら見ても思い出す事が出来なかった。それもその筈、ギャブラーにとって何年も前の記憶であり、別に特別な思い出という訳では無い。寧ろ覚えている方がおかしいとも言える。しかしここで言い当てる事が出来なければ、偽物というイメージが固まってしまう。ギャブラーは緊張から汗を流し、唾を飲み込んだ。



 「……王族から取り上げたピアス?」



 「……残念、違います」



 案内人の口から告げられる不正解。ギャブラーは焦りを感じ始めた。



 「やはり答える事は出来なかったか。因みにそのピアスは近所の村に住む村長の娘が着けていたピアスだ」



 「お見事、正解です」



 「そ、そんなあり得ない……」



 真緒が当てられた理由、それはギャブラーの記憶を読み取ったばかりだから。記憶というのは時間と共に腐敗していく物であり、記憶に焼き付く様な余程の事で無い限り、思い出す事は不可能に近い。しかし逆を言えば、つい最近の事なら思い出せるという事。真緒がギャブラーに変化したのは数時間前、思い出す事など朝飯前である。



 「さて、これでハッキリしたな。どっちが本物で……どっちが偽物なのか」



 「警備隊!!」



 「!!!」



 案内人の言葉に反応し、警備員がギャブラーの周りを囲んだ。



 「ま、待て!! 落ち着け!! 本当に俺が本物なんだ!!」



 「まだ言い逃れするつもりか!! 見苦しいぞ!!」



 最早、案内人はギャブラーの言葉に耳を貸さなかった。



 「それじゃ、後の始末は頼んだぞ」



 「お任せ下さい」



 そう言うとギャブラーの姿をした真緒は、ショーケースから幸運のコインを取り出し、懐にし舞い込む。そしてそのままギャブラーの対処を任せ、一足先に金庫から脱出した。



 「お、おい待て!! あいつ今、幸運のコインを盗んだぞ!!」



 「もう二度と惑わされ無いぞ偽物め!! 取り押さえろ!!」



 「「「「「うぉおおおお!!!」」」」」



 「この……馬鹿どもがぁああああ!!!」



 怒りの声を叫ぶギャブラーに飛び掛かる警備員達。そんな彼らを尻目に悠々とカジノから出る真緒であった。
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