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第五章 冒険編 幸運の巣窟

誘惑大作戦(後編)

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 エレットの誘惑大作戦が始まって数分。何とか懐に潜り込み自己紹介まで済ます事が出来たエレット達だったが、生まれて一度も男性を誘惑した経験の無いハナコとリーマは、エレットの様に会話を弾ませる事が出来ず、戸惑いの表情を浮かべながら酷く緊張していた。



 「あれ? もしかしてリーマちゃんってこういう店来るの初めて?」



 「えっ、あっ、はい……」



 「そうなんだ、という事はもしかしてリーマちゃんってこの辺の娘じゃないの?」



 「そ、そうですけど……」



 「やっぱり、この辺じゃ見掛けない位の美人だったからそうだと思ったんだよ。それでリーマちゃんは何処に住んでるの?」



 「い、言えません」



 「えー、何で?」



 顔を背け、分かりやすく拒絶するリーマに若い男性はぐいぐいと迫る。



 「しょ、初対面の人にいきなりプライベートな事を話せません」



 「そんな冷たい事言わないでさ。ねぇ、良いでしょ?」



 「(うぅ、やっぱり私に誘惑なんて無理だったんですよ……)」



 リーマは顔を背けながら隣で小太りの男性と楽しそうに会話しているエレットにギブアップの合図を送る。



 「…………」



 しかしエレットは、その合図を見てみぬ振りをした。



 「(そ、そんな……いったいどうしたら……)」



 「分かった。住んでいる所は聞かないから、その代わりに趣味なんかを教えてよ」



 「(こ、これって!?)」



 それはリーマがこの店に入る前、エレットから事前に伝えられていた予測質問だった。







***







 「それじゃあこれからあの店に乗り込んで誘惑する訳だけど……リーマ、あなたは三人の中にいた若い男性を誘惑しなさい」



 「わ、私なんかに出来るでしょうか?」



 「大丈夫よ。私の見立てから推察するにあの男は三人の中でも女性経験が薄い。恐らく隣の席に座った瞬間、質問攻めして来ると思うわ」



 「質問攻めですか? 女性経験が薄いのなら奥手だと思うんですけど?」



 「それは女性経験が全く無い時の場合、人間はね少しでも女性との経験を持てば過剰な自信が付く物よ。若ければ尚更ね。あの手のタイプは男性である自分が常にマウントを取っていれば上手く行くと考えている筈よ」



 「成る程、だから質問攻めにして自分に有利な情報を引き出し、マウントを取って丸め込もうとする訳ですね」



 「中々、良い分析力ね。それで肝心の受け答えだけど、あなたの好きに答えなさい」



 「好きに答えて良いんですか?」



 「えぇ、答えたくない質問には答えなくても良いわ。但し、趣味の質問をされた時はこう答えてやりなさい……」







***







 「趣味ですか?」



 「うん、リーマちゃんはどんな趣味を持っているのかなって? ねぇ、教えてよ」



 「…………ふふ」



 「リーマちゃん?」



 その瞬間、リーマから妖艶な雰囲気が醸し出される。先程までのシャイで内気な雰囲気がまるで嘘の様だった。



 「そんなに知りたい?」



 リーマはそっと若い男性の手を握る。



 「えっ、あっ、う、うん!! 知りたいかな……」



 「どうしよっかな……」



 上目遣いで見つめながら少しずつ若い男性に体を寄せるリーマ。そのまま寄り掛かる様に若い男性と体を密着させた。



 「あっ、ちょ、ちょっと……」



 「それじゃあ……私の質問に正直に答えてくれたら教えて……あ・げ・る」



 「!!! ぼ、僕に答えられる事なら何でも答えるよ!!」



 「うふふ、ありがとう」



 こうした一連のやり取りを然り気無く見ていたエレットは心の中でほくそ笑む。



 「(堕ちたわね……女性経験が薄くマウントを取りたがる男程、女性からのアプローチには滅法弱い。そしてあれだけ色っぽく迫られたら誰だってそうした期待を寄せてしまい、目的成就の為に何でも答えてしまう……初めてにしては上出来じゃない)」



 これでリーマの方は一安心したエレット。そのまま反対側にいるハナコの方を然り気無く見る。



 「(問題はあの娘だけど……上手くやれているのかし……っ!?)」



 エレットは目を疑った。ハナコの目の前に置かれている物、それは大量の料理だった。酒場で出せる最低限の料理、その全種類が並べられていた。



 「うぐむぐ……美味じいだぁ!!」



 「そうかいそうかい。遠慮せずにどんどん食べて良いんだよ。あっ、すみませんこれとこの料理、追加注文で」



 「は、はい!! かしこまりました!!」



 巻き髭の男性による注文で、普段お酒しか作った事の無いバーテンダーが慌てて慣れない料理をしていた。



 「(こ、これはいったい……!?)」



 エレットの知らぬ間にいったい何が起こったというのか。それは今から数分前に遡る。







***







 「ふむ……つまりハナコさんは“熊人”なんですね?」



 「ぞうだぁ、見だ事無いだがぁ?」



 「恥ずかしながら、生まれてこの方一度も見た事が無いんですよ」



 ハナコは興味無さそうに店の内装を見回していた。すると巻き髭の男性がハナコの腕に興味を抱いた。



 「あの……宜しければハナコさんの腕を触らさせて頂けないでしょうか?」



 「オラの腕を? 何でだぁ?」



 「いえ、熊人に会うのは初めてな物ですから普通の熊とどう違うのか、知っておきたくて……」



 この時、エレットがハナコに授けた作戦が始まろうとしていた。それはリーマの時と同様店に突入する前の事……。







***







 「……取り敢えずリーマの方はこれ位にして……次にハナコ……あなたの番よ」



 「オラも誘惑? ずるんだがぁ?」



 「いえ、あなたは誘惑しなくて良いわ……と言うより、あなたに誘惑は無理よ」



 「ぞ、ぞんなぁ……」



 「あなたの口調や喋りでは一部の男性しか誘惑する事は出来ない。けど、あなたには他の女性には無い秘密兵器があるわ」



 「秘密兵器?」



 「その毛深い腕よ!!」



 「ごの腕だがぁ?」



 「そうよ。あなたはその毛深い腕を短所だと思っているだろうけど、それは大きな間違い……寧ろ男を誘惑するのに立派な長所になるわ」



 「オラ別に短所だと思っでいないだよぉ?」



 「あらそう? 兎に角……本来なら毛深い女性は男受けが悪いわ。でも動物的な毛深さなら男受けは抜群よ。それにあなたには“肉球”だって付いてるし……」



 「肉球?」



 「女性に愛らしい動物的な要素……これに萌えない男はいないわ。もし話の中で腕を触らせて欲しいと言って来たらチャンスよ。触らせる条件として質問しなさい。良いわね?」



 「分がっだだぁ!!」



 「(まぁ、正直な話あまり期待はしていないけどね。最悪私だけで何とかすれば良いわよね)」







***







 そしてそのチャンスは意外にも早く訪れていた。腕を触らせて欲しいと頼む巻き髭の男性。そしてハナコはゆっくりと口を開き、問い掛けに答える。



 「……別に減るものじゃないじ……良いだよぉ」



 「おぉ!! ありがとうございます!!」



 ハナコ痛恨のミス!! 絶好の機会を逃してしまった。巻き髭の男性は心置き無くハナコの腕を堪能する。



 「(エレットざんに何が言われでいだ気がずるげど……何だっだがなぁ?)」



 あろうことかハナコはエレットとの会話を忘れてしまっていた。巻き髭の男性に肉球を揉まれながら、必死に思い出そうとしていた。



 「所でハナコさん、ハナコさんがどうしてこの店に?」



 「オラの友達が悪い奴に騙ざれぢゃっで……少じでも力になれだらっで、ごの店でぞの悪い奴の情報を聞いでいるんだぁ」



 ハナコここで更に痛恨のミス!! 情報を引き出そうとしていた筈が、逆に情報を引き出されてしまった。



 「それはそれは大変ですね。あなたの様なうら若き女性がご友人の為に人肌脱がれるとは……あなたのご両親はどう思われているのですか?」



 「……? オラに両親はいないだよぉ?」



 「ど、どう言う意味ですか?」



 「オラの身内は全員殺ざれでじまっだだぁ」



 「そ、そうだったのですか……すみません辛い事を思い出させてしまって……」



 「別に構わないだぁ。両親が殺ざれだり奴隷になっだり大変だっだげど、今は大切な仲間ど一緒だがら寂じぐないだぁ」



 「ど、奴隷!? ハ、ハナコさんは元奴隷だったんですか!?」



 「ぞうだぁ、元々奴隷どじで売られる為に両親が殺ざれでじまっだんだぁ」



 「…………」



 巻き髭の男性は絶句した。無理も無い、その雰囲気からは想像もつかない程の人生を送って来たなど、誰が予想出来るだろうか。巻き髭の男性は聞いてしまった事を後悔した。



 「檻の中はぢょっど窮屈だっだげど、住んでいる内に慣れだだぁ。でも冬になるど食料不足がら食事の量が減っでじまっで……あの時は空腹な毎日だっだなぁ」



 「…………」



 ハナコの話は止まらない。実際、そこまで食事の量は減っていなかった。只、ハナコの食べる量が異常であるが故、ハナコ基準からするとかなり少なかったのだ。そんな事情を知る由もない巻き髭の男性は罪悪感と同情で胸を抉られていた。



 「ハナコさん……何か食べますか?」



 「良いんだがぁ!?」



 「えぇ、今日は私の奢りです。遠慮せずに食べて下さい」



 「やっだだぁ!! 何を頼もうがなぁ……」



 「(少しでも……少しでもこの子が幸せを感じてくれるのなら……金など惜しくない!!)」



 ハナコの幸せの為、巻き髭の男性は出来る限りの事をしようと心に誓うのであった。







***







 そして現在に至る。ハナコの目の前には大量の料理が次々と置かれ、その料理を休み無く食べ続けるハナコ。そんなハナコを暖かい目で見守る巻き髭の男性。エレットは状況が理解出来ずに混乱していた。



 「(リーマにハナコ……まさか男を骨抜きにする才能がここまであるとはね……私も負けてられないわねって言っても……)」



 エレットは側にいる小太りの男性に目線を向ける。



 「エレット様!! もっと……もっと……もっと痛ぶって下さい!! ハァ……ハァ……ハァ……」



 「私の質問に答えられたら幾らでもしてあげるわよ」



 「何でもお答えしますぅ!!」



 「(スキル“誘惑”……本当に便利で助かるわ……というか、最初からこのスキルを使うんだったら今回の誘惑大作戦要らなかったかもしれないわね……)」



 エレットは改めて周りを確認する。若い男性はリーマの成すがまま。巻き髭の男性はまるで親の様な暖かい目でハナコを見守っている。そして小太りの男性は従順な犬と化している。



 「まぁ、でも……楽しかったから良いか……」



 こうしてエレット達による誘惑大作戦は大成功で幕を閉じるのであった。
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