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第四章 冒険編 殺人犯サトウマオ

不穏な夜

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 「アージ……久し振りに降りて来たと思ったら、お客様に対してその態度失礼じゃないか」



 「失礼だって? 俺は事実を述べているだけだぜ。どうして他人の幸せの為に、自分が不幸にならないといけないんだよ。そんなの不公平じゃん?」



 「不公平とかそう言う問題じゃない。マオさん達は寛容な精神を持っているんだ。そんな方々に人間の本質がなんだ、欲望がなんだと言うのは失礼だと言っているんだ」



 「寛容な精神……ねぇー」



 目を閉じ、耳をほじくる。そして爪の間に挟まった耳垢を息で吹き飛ばした。



 「それこそ欲望に対する人間の本質なんじゃねぇの? 誰かの為に身を引く私って立派だわ!! って、自己満足の為の」



 「っ……お前!!」



 「お、落ち着いて下さいリューゲさん!! 私達なら全然気にしていませんから!!」



 殴り掛かろうとするリューゲを、真緒達が必死に抑える。



 「離して下さい!! 皆さんが許しても、僕は許せないんです!! 人様を見下す弟の姿に兄として……家族として許せないんです!!」



 「ほら、結局あんたも自分の怒りを抑える為に俺を殴ろうとしている。兄だの家族だの言っているが、所詮は自己満足に過ぎないんだよ」



 「言わせておけば!!」



 「…………」



 「マオぢゃん?」



 リューゲを抑えていた真緒だったが、アージの前に無言で歩み寄る。



 「な、何だよ……」



 その瞬間、真緒はアージの頬を思い切りひっぱたいた。



 「「「「!!!」」」」



 「っ……いきなり何しやがる!!」



 突然ひっぱたかれ、呆気に取られていたアージだったが、頬の痛みから我に帰り、真緒の胸ぐらに掴み掛かる。



 「……どうしてそんな酷い事が言えるんですか」



 「はぁ?」



 「家族は助け合う者でしょ? ましてや二人は兄弟……そりゃ気に食わない事もあるかもしれません。でも、自己満足で動く人が本当にここまで怒るでしょうか? ここまで怒るのは、あなたの事を大切に思っているからじゃないでしょうか?」



 「…………」



 「マオさん……」



 真緒の言葉を聞いたリューゲは、いつの間にかアージに対する怒りを失った。



 「アージさん……あなたにだってリューゲさんを想う気持ちはある筈です。それなら「うるせぇ、俺達の事を何も知らねぇ癖に知った風な口を聞いてんじゃねぇよ」……っ!!」



 一方、アージの方は怒りを失ってはおらず、胸ぐらを掴んでいた真緒を勢い良く突き飛ばした。それにより、真緒は激しく尻餅をついてしまった。



 「マオぢゃん!!」



 「マオさん!! 大丈夫ですか!!?」



 「う、うん……私なら大丈……っ!!」



 何とも無さそうに立ち上がろうとした真緒だったが、額に汗を流しながら顔を歪ませ、左手で右手首を抑える。



 「何処か痛むのか!?」



 「い、いえ……ちょっと手首を捻っただけです……大した事はありません……っ!!」



 「腫れているじゃないか!!?」



 真緒の右手首は青く変色していた。



 「へ、平気です……少し冷やせば治ります」



 「アージ……お前ぇえええええ!!!」



 「ぐっ!!!」



 沈静化した怒りは、再び頂点に達した。リューゲの拳がアージの顔面に突き刺さる。殴られた勢いで仰向けに倒れるアージ。



 「へ、へへへ……な、殴ったな。自分の怒りを静める為に俺を殴ったな!? 結局あんたも変わらない!! どんなに綺麗事を並べても、所詮は自己満足!! あんたは自分の欲望に負けたんだよ!!」



 鼻血を流しながら指を指す。まるで嘲笑う様に、顔は笑みを浮かべていた。



 「減らず口を……「ただいま!!」……っ!!?」



 リューゲが二発目を入れようとしたその時、玄関の扉が開き、アイラが買い物から帰って来た。



 「ごめんなさい遅くなっちゃって、中々卵が見つからなく……て……」



 手首を抑える真緒、それを心配するハナコ、リーマ、フォルスの三人。息を荒くするリューゲ、鼻血を止めようとしているアージ。アイラは目の前で起きている状況が理解出来なかった。



 「い、いったい何があったの?」



 「アージが……全てアージが原因だ」



 「アージさんが? って、アージさんどうしたの!? 鼻血が出てる!!」



 「……何でもねぇよ」



 「そんな状態で何でも無い訳がありません。見せて下さい、私が回復魔法で治しますから」



 「何でもねぇって言ってるだろ!!」



 「アージさん!!」



 安否を心配して側へと歩み寄るアイラを払いのけ、足早に二階へと駆け上がる。



 「アージさん……」



 「アイラ……アージの事は後にして、先にマオさんの怪我を治してくれませんか?」



 「えっ、あっ、はい!!」



 リューゲに言われ、慌てて真緒の下に駆け寄る。



 「うぅ……」



 「マオさん大丈夫ですか? 怪我した所を見せて下さい」



 先程よりも顔色が悪くなっていた。真緒はゆっくりと、腫れ上がった右手首をアイラに見せる。



 「これは酷い……直ぐに治しますからね。“ヒール”」



 アイラが腫れ上がった所に手をかざすと、眩しくも温かな光に包まれる。光が収まった時には、腫れ上がっていた右手首は何事も無かったかの様に元通りになっていた。



 「おぉ、凄い……治った……」



 「マオぢゃんが無事に治っで、良がっだだぁ!!」



 「回復魔法……やっぱり凄い力……これが私にも使えたら……」



 「舞……アイラさん、治して頂きありがとうございます」



 「治って本当に良かったです。だけど……どうしてこんな事になったんですか?」



 「そ、それは…………」



 「私が買い物に行っている間に、何があったんですか?」



 「「「「「…………」」」」」



 全員気まずそうに目線を下げ、口を閉じてしまった。



 「教えて下さい!!」



 「……分かった、話すよ。アイラが買い物に出掛けた後…………」



 アイラの問い掛けに、リューゲは閉じていた口を開いた。そして事の顛末を語った。勿論、記憶喪失の事や真緒がかつての知り合いであった事などは伏せ、あくまで雑談中にアージが割り込んで来た事を話した。



 「成る程……そんな事があったんですか……」



 「マオさんすみません、後で弟には強く言い聞かせます」



 「そんな気にしないで下さい。こうして元に戻りましたし、元はと言えば私が突っ掛かったのが原因なんですから」



 「本当にすみません。子供の頃は素直で良い子だったんですけど……父親が亡くなってから変わってしまって……」



 「そうだったんですか……失礼ですがお母さんは……?」



 「……母親は父親が亡くなった後、突然姿を消してしまいました」



 「そんな…………」



 「私達は、父親と母親の両方を一度に亡くしてしまいました。どちらか一方だけでもいてくれていれば、弟があんな風になる事は無かったかもしれない……そう思えば思う程、やるせない気持ちが募るんです」



 「リューゲさん……」



 「あはは……何だか辛気臭い雰囲気になってしまいましたね。お詫びと言ってはなんですが、今日は我が家に泊まって行かれませんか?」



 「えっ、そんな!? ご迷惑じゃないんですか!?」



 「全然迷惑じゃありませんよ。すこしでも皆さんに罪滅ぼしが出来ればと思って……構わないよね、アイラ?」



 「勿論です。それにまだ今晩の夕食を振る舞っていません。味わって頂かないと私の気がすみません」



 「皆さん期待して下さい。アイラの作るオムレツは絶品ですよ」



 「オムレツ!!?」



 オムレツという言葉に、過剰な反応を示すハナコ。



 「ちょ、ちょっとハナちゃん。口から涎が垂れてるよ」



 「だ、だっで……ざっぎがらずっどお腹が空いでだがら……」



 「ハナコさん……少しは食欲を抑えましょうよ」



 「まぁ、ハナコらしくて良いのかもしれないがな」



 「それもそうですね」



 「「「あははははは」」」



 「うぅ、何だが素直に喜べないだぁ」



 「ふふふ、それじゃあハナコさんの為にも張り切って作らないといけませんね」



 「あっ、料理なら私達も手伝いますよ」



 「本当? じゃあお言葉に甘えて手伝って貰えますか?」



 「はい!!」



 アージとの一件で気まずい雰囲気だったが、ハナコの食欲が場の空気を和ませた。そして真緒達は、アイラの料理を手伝うのであった。







***







 「ふぅー、美味しかったな」



 「お粗末様です。皆さんが手伝ってくれたお陰で、今までよりも出来の良い料理が出来ました」



 「もうお腹一杯……オラ、幸ぜだぁ」



 「そりゃあご飯を十杯おかわりしていれば、お腹一杯になるのは当たり前ですよ」



 「もうハナちゃんったら、遠慮が無いんだから……リューゲさん、アイラさんすみません」



 「いえいえ、あれだけ豪快に食べて頂けると、寧ろ清々しいですよ」



 夕食を終え、食器の片付けに入る中、手が付けられていないオムレツが一皿だけ残っていた。



 「結局……降りて来ませんでしたね」



 「皆さんが気にする事ではありません。どうせ夜中になったら、降りて来て食べますよ」



 「…………そうですよね、これだけ美味しいオムレツなんですから、食べない訳が無いですよね」



 「所で皆さんの泊まる部屋ですが……丁度二階に空き部屋が四つありますので、一人一部屋お使い下さい」



 「あの……本当に良いんですか? 私達みたいな余所者を泊めてしまって……」



 「良いに決まっているじゃないですか。こうして夕食まで供にしたのですから、遠慮なさらず泊まって下さい」



 「「「「…………」」」」



 これ以上、リューゲの好意を無下にする事は出来ない。そう考えた真緒達は、快く一泊するのであった。







       その日の真夜中…………







 「くそっ!! くそっ!! くそっ!! くそっ!!」



 アージは親指の爪を噛みながら、部屋の中を歩き回っていた。



 「あの女……この俺に恥を掻かせやがって……今に見てろ……ん?」



 すると部屋の扉が開く。



 「お前は……?」



 「…………」



 薄暗い部屋の為、誰が入って来たのか判断する事が出来ない。訪問者はゆっくりと部屋の中に入ると、静かに扉を閉めるのであった。







***







 窓から光が差し込む気持ち良い朝。二階からリーマが降りて来た。



 「ふぁあああ……」



 「おはようリーマ」



 「おはようございますリーマさん、昨夜はよく眠れましたか?」



 一階には既に、フォルスとリューゲの二人が朝食の用意をしていた。



 「フォルスさん、リューゲさんおはようございます。昨夜はぐっすりと眠る事が出来ました」



 「そうですか、それは良かった。もうすぐ朝食の用意が出来ますので、まだ寝ている他の方々を……『きゃああああああああ!!!』……っ!!?」



 「「!!?」」



 突如、二階から女性の悲鳴が聞こえて来た。



 「い、今の悲鳴は!!?」



 「アイラ!!? アイラ!!」



 リューゲは慌てて二階へと駆け上がる。その後を追い掛けるリーマとフォルス。



 「アイラ!! 何処だアイラ!!」



 「な、何だぁ……もう朝だがぁ……?」



 二階に駆け上がり、必死に呼び掛ける。途中、呼び掛けに反応してハナコが寝惚けながら部屋から出て来た。そんな中、奥の扉が開いている事に気が付く。すると部屋の中から驚愕の表情を浮かべるアイラが後退りして来た。



 「アイラ!! いったい何があった!!?」



 「あ、あれ……あれ……」



 震える手で部屋の中を指差す。



 「あれって……っ!!?」



 部屋の真ん中でアージが、仰向け状態のまま血塗れになって倒れていた。部屋の中は血生臭い臭いが充満しており、体にはハエが何匹も止まっていた。



 「アイラさん、リューゲさん……いったい何が……なっ!!?」



 「う、嘘!!?」



 「皆、朝がら何を騒いでいるだぁ……っで、うぇえええええ!!?」



 凄惨な現場に一同は、思わず驚きの声を上げる。



 「あ、あれってまさか……アージさん……」



 「…………」



 リューゲはゆっくりと歩み寄り、恐る恐るアージの首元を触る。



 「…………死んでる」



 「そんな……」



 「いったい……誰が……こんな……」



 「ふぁあああああ……」



 「「「「「!!?」」」」」



 その時、凄惨な現場のベッドからあくびをしながら起き上がる人物がいた。その意外な人物に全員言葉を失う。



 「よく寝た……ん、あれ? 皆どうしたの?」



 「マ、マオさん……」



 それは誰であろう、紛れも無い佐藤真緒であった。
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