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第二章 冒険編 不治の村

鳴き声

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 「よし、何とかここまで来れた……」



 ハナコ、リーマ、フォルス達の協力によって、真緒は何とかミルドラの角に飛び付く事が出来た。



 『くそっ!! 僕の角から離れろ!!』



 「(やっぱり……何故だかは分からないけど、触れているとミルドラの考えている事が分かる)」



 まるで正面にいるかの様に、触れている間はミルドラの声が鮮明に聞こえて来る。



 「(ミルドラの考えている事が聞こえるのなら……こっちの考えている事もミルドラに伝えられる筈……っ!!?)」



 そう思ったのも束の間、ミルドラが頭を激しく上下左右に揺らし始めた。振り落とされない様、必死になって角にしがみ付く。



 『離れろ!! 離れろ!!』



 「うっ……くっ……!!」



 激しく揺れるミルドラの頭。風の抵抗が、角にしがみついている真緒に襲い掛かる。少しでも気を緩めれば、あっという間に吹き飛ばされてしまうであろう。



 「マオさん、大丈夫ですか……うわぁ!!?」



 ミルドラの舌を掴み、動きを制限しているリーマも、激しく揺れる頭に連動して動く舌に翻弄されていた。掴んでいた舌を離してしまうのも、時間の問題だった。そうなれば、真緒はミルドラの“執着する舌”によって、殺られてしまうだろう。



 「大丈夫か、リーマ!!」



 「フォルスさん!!」



 「オラ達も手伝うだぁ!!」



 「ハナコさん、ありがとうございます!!」



 そんな激しく揺れ動く舌を必死に押さえるリーマに、ハナコとフォルスが協力に駆け付けてくれた。舌を直接触れば、疫病に感染してしまう為、ハナコとフォルスはリーマの両腕を通して、ミルドラの舌を押さえ付けた。



 「何とか……マオの説得が終わるまで耐え抜くんだ!!」



 「勿論です!! この舌は死んでも離しません!!」



 「マオぢゃん、頼むだよぉ!!」



 真緒が説得するまで……そんな三人の願いとは裏腹に、真緒は声を掛ける事すら出来ていなかった。



 「(う、動きが激し過ぎる!! これじゃあ、しがみつくのがやっとだ……)」



 三人係で舌を押さえ込み、動きを制限する事は出来たが、それでも激しく揺れ動く頭に真緒はしがみつくのがやっとであり、とても自身の考えを伝える事は出来なかった。



 「(一瞬で良い……どうにか……して……動きを止めて……声を掛けるチャンスを……そ、そうだ……!!)」



 何か思い付いたのか、ミルドラに振り回されながら真緒は左腕だけで角にしがみ付き、外した右手を徐に突き出した。



 「……“ライト”!!」



 『!!?』



 薄暗い炭鉱内、ミルドラの目の前が突然真っ白になる。徐に突き出した真緒の右手の掌から、炭鉱内に入った際に唱えた“ライト”よりも、数段光の強い“ライト”が発せられた。そのあまりの眩しさと、突然の出来事にミルドラの動きが一瞬固まる。



 「(今なら!!……ミルドラ……ミルドラ……聞こえる?)」



 『!? 誰!?』



 さすがのミルドラも、突然頭の中から直接声が聞こえる事に、驚きと戸惑いが隠せなかった。思わず左右を確認してしまう程であった。



 「(ここです……今、角にしがみついています……)」



 『お前……!! 勝手に僕の思い出を覗き見ただけでは飽きたらず、頭の中から直接話し掛けるだなんて……絶対に殺してやる!!』



 「(それについてはすみません。不可抗力とは言え、勝手に覗き見てしまった事は反省しています……)」



 『煩い!! そんな上部だけの言葉に騙される僕じゃない!! お前達は、僕とエジタスの大切な家に土足で入り込んだ!! 死んで償え!!』



 「(待って下さい!! 殺す前に話だけでも聞いて下さい!!)」



 『黙れ黙れ!! お前の話なんか聞きたく無い!!』



 「(なら、勝手に喋ります。聞き逃してくれても構いません……残念ですが、師匠は……いえ、あなたが帰りを待ち望んでいるエジタスさんは……もう二度と帰って来ません)」



 『…………嘘だ!!』



 「(嘘じゃありません……本当なんです……師匠……エジタスさんは、一年前に亡くなりました……)」



 『嘘だ……嘘だ……エジタスが……エジタスが僕を置いて死ぬ訳が無い!! お前は嘘をついている!!』



 「(証拠だってあります……あなたが付けているこの“腕輪”……これはエジタスさんが遺したとされる“ロストマジックアイテム”というアイテムです。作成者が生きている間は、何の変哲も無い只のアイテムですが……作成者が死ぬ事で、初めてそのアイテムに込められた能力が発動されるんです……これはあくまで私の考えですが……ミルドラ……あなたが使用している疫病を含んだ攻撃は、この腕輪による能力じゃないんですか? それまで疫病に関する攻撃なんて使えなかった……それが一年程前から、急に扱える様になった……違いますか?)」



 『はぁ……はぁ……はぁ……違う……違う……そんな訳が無い……』



 その瞬間、ミルドラの脳内でフラッシュバックが起こった。遠い記憶……エジタスに何かを手渡された記憶……。







 “いいか、ミルドラ。お前にこの“腕輪”を託す……今は何の変哲も無い只の腕輪だが……いつの日か、そう……万が一俺の計画が失敗して亡くなった時、腕輪に秘められた本来の力が目覚める。そして世界中の奴等が腕輪を狙ってやって来るだろう。その時は、腕輪を全力で守れ……だが、もしその中に……………………………………………………分かったな?”







 「(……私達はエジタスさんの仲間……親友でした。実は、エジタスさんが遺した“ロストマジックアイテム”を悪用しようとしている人達がいるんです……そんな人達の手に渡る前に、私達が回収しに来ました。エジタスさんが遺した物を、汚されたく無い……お願いです。どうか私達に、その腕輪を譲って頂けませんか?)」



 『…………嘘だ……』



 「(ミルドラ……?)」



 『嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ………』



 「(ミルドラ!?)」



 まるで壊れたレコードの様に、同じ言葉を連呼する。それと同時に、ミルドラの両目が左右それぞれ不規則に、激しく動いていた。



 『嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……エジタスが死ぬ訳が無い……僕を置いて……死ぬ訳が無い……お前達がエジタスの親友? この“大嘘付き”がぁあああああ!!!』



 「!!?」



 怒り。頭の中から直接聞こえる真緒にとって、鼓膜が破れても可笑しく無い程の至近距離による大声だった。その瞬間、真緒は酷い頭痛に襲われる。



 『殺す!! エジタスの親友だなんて大嘘をついて、エジタスから貰った大切な腕輪を奪おうとする薄汚い詐欺師達……絶対に殺してやる!!』



 「(ま、待って!! 話を……!!)」



 「キィイイイイイイイイイ!!!」



 「「「「!!?」」」」



 真緒が話し掛けようとしたその時、ミルドラから甲高い“奇声”が発せられた。それは遠くで舌を押さえ込んでいるハナコ、リーマ、フォルスの三人にも聞こえて来た。



 「……今のは……いったい何だったんでしょうか?」



 「分からない……説得は成功したのか……それとも……っ!!?」



 その時、フォルスが倒れる様に膝から地面に崩れ落ちた。



 「フォルスさん!? 大丈夫ですか!?」



 「な、何だこれは……急に気分が……」



 「いったい何が……ハナコさん!! フォルスさんが……ハナコさん?」



 フォルスが突然倒れた事にリーマは驚きながら、隣にいるハナコに目線を向ける。そこで目にしたのは、目が虚ろで上半身がふらふらしているハナコだった。



 「リーマぢゃん……オラ……何だが急に……気分が……悪ぐ……っ!!」



 「ハナコさん!!」



 その瞬間、ハナコもフォルス同様倒れる様に膝から地面に崩れ落ちた。



 「何が……どうなって……あれ……何だか急に息苦しく……それに吐き気も……あれ……め、目眩がする……ま、まさか……さっきの“奇声”が……!?」



 倒れた二人を心配する中、リーマ自身も体調が急激に悪くなり始めた。



 「駄目……今倒れたら、押さえ込んでいた舌が……戻って……マオさん……絶対に……離しちゃ……いけ……っ!!」



 倒れてはいけないと、何とか意識を保とうとするリーマ。しかし、そのあまりの辛さに耐えきれず、最後には他の二人と同様、倒れる様に膝から地面に崩れ落ちた。



 「キィイイイイイ!!!」



 「フォルスさん……ハナちゃん……リーマ……」



 最後の要であったリーマが倒れた事で、ミルドラの舌が解放された。舌が自由になったのに気が付くと、ミルドラは素早く口内へと舌を戻した。



 「そんなまさか……“声”にまで、疫病が含まれているだなんて……不味い……このままじゃ……」



 他の疫病を含んだ攻撃とは違い、即死では無いが、それでも声を聞いただけで体調が悪くなってしまうなど、エジタスの遺したロストマジックアイテムを甘く見ていた。



 『押し付けられていた舌も戻った。これでお前達は終わりだ!!』



 するとミルドラは、角にしがみ付いていた真緒を地面に振り落とした。



 「うぐっ!!!」



 勢い良く叩き付けられた真緒。意識が朦朧とする中、ミルドラの足を掴んで、必死に訴え掛ける。



 「(……し、信じて……私達は……本当に……ししょう……の……)」



 『まだ言うか!! 僕のブレスで、あの世に送ってやる!!』



 そう言うとミルドラは大きく口を開き、足下にいる真緒目掛けて疫病を含んだブレスを吐こうと構える。ミルドラの口内では、深い霧状の疫病が蠢いていた。



 「(し……しょ……う……)」



 『死ねぇえええええええええええええええええええええええ!!! っ!?』



 その時だった。ミルドラの脳内で見慣れない光景が広がった。広大な草原で熊人、魔法使い、鳥人、そして仮面を被った道化師の四人と一緒に歩いている。



 『これは……!?』



 すると突然場面は切り替わり、今度は海の上にいた。海賊船に乗って、楽しそうに旅している四人の光景。



 『まるで誰かの目線……まさか……』



 ミルドラは、足下で倒れる真緒をじっと見つめる。その間にも、場面は切り替わって行く。火山、氷の洞窟、不気味な城、巨大な樹木。それは今まで真緒が仲間達と供に、冒険して来た思い出の数々だった。そしていつも側には、仮面を被った道化師がいた。ミルドラはその姿に見覚えがあった。忘れる筈が無い。ずっと待ち続けている存在。



 『そんな……この子が言っていた事が本当なら……エジタスは……エジタスはもう……』



 陽気に振る舞うエジタスの姿。心が締め付けられる。悲しみが広がり、目から涙が流れ落ちる。ミルドラはゆっくりと口を閉じる。そして少し上を向き、再び大きく口を開いた。



 「ミー……ミー……ミー……」



 「……ミル……ドラ……?」



 それは今までの声からは想像出来ない程、愛らしく弱々しい鳴き声だった。まるで病弱な子猫が最後の力を振り絞って泣く様な、か細い声だった。



 『本当に……ほんとうに……死んじゃったの……? エジタス……』



 ミルドラの鳴き声は、炭鉱内に響き渡る。涙に暮れるミルドラの脳内では、エジタスとの思い出が甦っていた。
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