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第一章 新たなる旅立ち

レッマイルとヘッラアーデ

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 レッマイルの教会を、一言で表すとするならば“白”、清楚で神聖、神秘的なイメージを彷彿とさせる。一方、ヘッラアーデの教会を一言で表すとするならば“赤”、危険で血の色、攻撃的なイメージを彷彿とさせる。構造自体は似ており、レッマイルが十字形に対して、ヘッラアーデは“逆”十字形。しかし、その広さは圧倒的にヘッラアーデの方が上であった。そんな広々とした空間を、ヴォイス団長の案内の下、歩いて行く真緒達。



 「「「「…………」」」」



 あまりに唐突な出来事に、思考が追い付かない。落ち着かない様子の真緒達は、歩きながら周囲に目を向ける。



 「……あぁ……神よ……私達に大いなる救いを……」



 「ひゃははははは!!! 死だ!! 死こそが永遠の安らぎとなるんだ!!」



 「……僕は正常だ……僕は正常だ……僕は正常だ……おかしいのは世界の方なんだ……」



 「人間は欲深い。無欲な人間など存在しない。欲がある限り、争いは絶えないだろう。だがしかし、欲の無い世界が本当に平和と言えるのだろうか……答えは神のみぞ知る……」



 そこにいたのは、レッマイルの明るく陽気な人達とは対照的な、何処か暗く陰湿な雰囲気を漂わせる人達であった。そんな人達の間を通り過ぎる真緒達。異常な緊張感から急激に喉が渇くのを感じる。



 「……驚いたかい?」



 会話の無い案内が続き、気まずい雰囲気になりつつあったが、ヴォイス団長が背中越しに話し掛けて来てくれた。



 「えぇ……まさか、こんな近くにヘッラアーデが存在しているだなんて……ここって、レッマイルのどの辺に位置しているんですか?」



 「地下だ。あの時、部屋全体が酷く揺れただろう? 実はあの部屋は、井戸などで用いられる滑車の原理を利用した構造になっている。ドアノブを決められた方向に回すと、部屋を固定していた留め具が外れ、下へと降りて行く。後は揺れが収まるのを待ち、扉を開ければヘッラアーデに辿り着けるという事だ」



 「凄いですね……そんな凄い技術を、ヘッラアーデはいくつも保有しているんですか?」



 「そうだな。ヘッラアーデは世界各地に支部を構えている。そこには、その地域しか無い文化や知識が存在しており、教えられた情報はそれぞれの支部が共有する事になっている。世界中の情報を集められるヘッラアーデは、常に進化し続けるという訳だ」



 「でも、そんな世界各地に支部を構えていたら、いつかその存在が明るみになってしまうんじゃないですか?」



 「その為のレッマイルだろ?」



 「えっ……あっ、そうか……」



 ヴォイス団長の言葉に疑問を浮かべるが、直ぐ様その意味に気が付いた。



 「レッマイルが活動する為に建設された教会……あれは元々、このヘッラアーデの存在を隠す為の建物だ……レッマイルがある限り、ヘッラアーデの存在が明るみになる事は早々無い。また、レッマイルの数だけヘッラアーデも存在している。万が一、その存在がバレたら蜥蜴の尻尾切りが出来る様になっている」



 「……蜥蜴の尻尾切り……それって、ヘッラアーデもレッマイルと同じ様に、全部で15支部あるという事ですか?」



 「その通り、そもそもレッマイルはヘッラアーデに入る見込みがある人物を選抜するという、メンバー募集の意図があって創設されたのだ」



 「成る程、確かにスラム街の人々なら急に行方不明になったとしても、誰も気に留めないからな」



 「言い方はあれだが、極端に言ってしまえばそうだ」



 汚い物には蓋をする。悲しい事だが、それは人間にも言えるだろう。綺麗事だけでは世の中は回らない。表があれば裏がある。光があれば闇がある。表裏一体、どちらか一方だけが存在するのは不可能。ならば、少しでも薄くするしかない。それこそ誰も気に留めない程、その存在を薄くしてしまえば誰にも分からない。真緒達がボランティア活動を行っていたスラム街が良い例となる。富裕層の象徴であるカルド城が、目立てば目立つ程に、貧困層の象徴であるスラム街も目立ち始める。そうなれば国民の不満が徐々に募り、いつしか反乱が起こってしまう。それを防ぐ為にスラム街を城下町から遠ざけて、人目に触れない日陰に追いやった。真緒達が思った以上に、カルド王国の闇は深い(殆どが“シーリャ”の差別主義が原因)



 「……でも、何だが人数が少ない様な気がずるだぁ……」



 パッと見、ヘッラアーデのメンバーがレッマイルよりも少ないと感じるハナコ。



 「そりゃそうだ。ヘッラアーデ全15支部、それぞれの支部で入れられるメンバー数は、百人限定。言ってしまえば選ばれた者達だけが入会する事の出来る団体。また入会条件も厳しく、そう簡単に見込みのある人物はいない。それこそ、君達の様に入会条件を盗み見ないと、意図的に入るのは不可能だ」



 「あ、あはははは…………」



 ヴォイス団長の皮肉を込めた言い方に、真緒達は苦笑いを浮かべるしか無かった。



 「それで……これから何処に向かうつもりなんですか?」



 「あぁ、ヘッラアーデ13支部に入会するに当たって、13支部を統括している“司教様”にお目通りをお伺いしに行く」



 「司教様って……えっ、ヴォイス団長が13支部のトップじゃ無いんですか!?」



 「私が? まさか!? 私はそんな器でありません。私はあくまでレッマイルの団長兼ヘッラアーデ13支部の面接官、このヘッラアーデ13支部を統括するなんて……荷が重過ぎる」



 レッマイルの団長、ヘッラアーデ13支部の面接官。この二つを両立させている時点で相当優秀な気もするが、それでも荷が重いと言い張る。ヘッラアーデ13支部の司教とは、いったいどんな人物なのだろうか。真緒達の不安と緊張が高まる。



 「さて……話し込んでいる内に着いたな。ここが、ヘッラアーデ13支部を統括されている司教様の自室だ。いいか、くれぐれも粗相が無い様にしてくれ。下手すれば、私の首が危ない……」



 「「「「…………」」」」



 首が危ない。それは職業の解任など、比喩的な意味では無く、物理的な意味の危ないを指しているのだろう。その証拠に、ヴォイス団長の目が本気の目をしていた。真緒達は、下手な事を言わない様にしようと、心に誓った。



 「それじゃあ……行くぞ……」



 そう言いながらヴォイス団長は、扉をノックした。一回、二回、ゆっくり慎重に、不快にならない程度の強さで扉を叩いた。



 「…………」



 「「「「…………」」」」



 一分、二分、三分経った。返事が無いという事は、今は留守の可能性が高い。しかし、ヴォイス団長は微動だにしていなかった。四分、五分と経った。未だに返事は無い。流石に痺れを切らし、真緒はヴォイス団長に声を掛けようとした。しかしその時、扉がゆっくりと独りでに開き始めた。開いた扉から見えるのは暗闇。先の見えない真っ暗な空間が広がっていた。



 「……失礼します」



 ヴォイス団長は、丁寧に一礼すると静かに部屋の中へと入って行った。先に入ったヴォイス団長に続き、真緒達も部屋の中へと入って行った。







***







 案の定、部屋の中は真っ暗だった。何処が前なのか、後ろなのか、右なのか、左なのか、現在位置が全く掴めなかった。



 「レッマイル13支部団長ヴォイス!! 只今戻りました!!」



 真っ暗な空間で、ヴォイス団長は礼儀正しく敬礼をする。



 「本日は、ヘッラアーデ13支部の面接官として、新たに入会するメンバーを連れて参りました!! ご確認して頂けると幸いでございます!!」



 「…………君達が……そうなの?」



 「「「「!!?」」」」



 突如、暗闇の中から声が聞こえる。男なのか、女なのか分からない。非常に籠った声をしていた。



 「は、はい!! ソルトと申します!!」



 「ハラコでずだぁ!!」



 「マリーです!!」



 「ルフォスです!!」



 声を掛けられた真緒達は、慌ててヴォイス団長と同じ様に、敬礼しながら自己紹介をした。



 「ふーん……まぁ、ヴォイス君が直接連れて来たって事は……それなりに信頼の置ける人物だって事だからね……いいよ。入会を許可してあげる」



 「「「「あ、ありがとうございます!!!」」」」



 「それじゃあメンバーになった事だし、こちらも自己紹介させて貰おうかな」



 その瞬間、暗闇に包まれていた部屋が明るくなった。それにより、部屋全体の構造が見て取れる様になった。しかし、それよりも真緒達を釘付けにしたのは、目の前にいる人物だった。



 「それじゃあ自己紹介させて貰うぜ。俺は“ジンクス”、このヘッラアーデ13支部の司教だ。よろしくな」



 目を疑った。真緒達の目の前にいるジンクスと名乗る司教は、人間では無かった。全身毛むくじゃら、垂れ下がった耳、長い鼻と口、口から微かに見える鋭い牙。それは紛れも無い“コボルト”だった。
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