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最終章 笑顔の絶えない世界
こうして化物は生まれた(転)
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「…………」
意識を取り戻し、オモトに介抱されてから二日。今現在エジタスは、本棚の前で埋め尽くされた本を見つめていた。
「おい、ババァ……」
「ん?どうしたんだい?(言葉遣いは治らず……エジタスの境遇を考えれば、仕方の無い事なのかもね……)」
ある程度打ち解ける事が出来たが、未だに一線を引かれ、距離を置かれている様に感じた。
「この本棚に埋め尽くされている本は、いったい何の本なんだ?」
「あぁ、それはね。“魔導書”さ」
「“魔導書”だと!?」
オモトの言葉に、思わず驚きの声を上げてしまったエジタスは、より一層見つめる事となった。
「…………これを読めば……俺も魔法が扱える様になるのか?」
「……難しい質問だね……扱えるか扱えないかは、エジタス次第だ」
「どう言う意味だ?」
「魔法を扱うにはMP……魔力が必要になるのだけれど、本来魔力は誰にでも存在している物なんだ。問題は、それに気がつくかどうか……」
「気がつくかどうか…………」
「加えて、魔法には適正も存在する。自分には、どの属性の魔法が合っているのか……只闇雲に魔法を覚えれば良い訳じゃ無いという事よ……」
「…………」
オモトの説明を聞き終えたエジタスはしばらくの間、本棚に埋め尽くされた魔導書を見つめた。そして自然と、一冊の魔導書を手に取った。
「!!!」
エジタスが手に取った魔導書を見て、オモトは驚きの表情を浮かべる。
「(まさか……私と同じ……空間魔法の魔導書を手に取るだなんて……これは運命なのかもしれないわね……)」
「…………!!!」
魔導書に記された内容に、エジタスは呆気に取られてしまった。魔法の汎用性、危険性、そして無限に広がる可能性、魔法の奥深さに感服した。
「これが魔法……」
「気に入ったのなら、しばらくの間貸してあげるよ」
「ほ、本当に良いのか!?」
「あぁ、ここにある魔導書は全て読み尽くしてしまったからね。好きに使うといいさ」
「…………」
エジタスはまるで、プレゼントを貰った子供の様に魔導書を抱き締めて、足早に外へと飛び出した。
「夕食までには帰るんだよー!!」
オモトの大声を背中越しに聞きながら、魔法の練習に向かうのであった。
***
「…………」
静寂。小屋から離れたエジタスは、森の真ん中で手に取った魔導書を読破した。そして、魔導書に記された通りに練習を開始する。手始めに、今いる場所から少し離れた木の目の前まで転移しようと試みる。
「…………」
意識を集中させ、右手の親指と中指を合わせる。オモトの仕草を見よう見まねした。そして勢い良く指をパチンと鳴らした。すると、一瞬でエジタスの姿が消えた。しかし、目標の木の目の前には転移せずに通り過ぎる結果となってしまった。
「くそっ!!コントロールが難しい!!」
失敗した事を悔しがるエジタスだが、人生初めての魔法に対して、ここまで容易く魔法を扱うのは凄い事である。エジタスは類を見ない天才であった。
『ワフッ!!』
「……ワーフか……今は忙しいから、後にしてくれないか……?」
エジタスの様子を見に来たワーフ。構って欲しそうに尻尾を振って吠えるが、魔法の練習に集中したいエジタスは冷たくあしらう。
『ワフッ……』
すると、言葉が通じたのか。ワーフの尻尾は垂れ下がり、何処と無く落ち込んだ表情を浮かべた。
「……はぁー、見るだけだからな……邪魔だけはしないでくれよ……」
『!!……ワフッ!!』
ワーフは、嬉しそうにその場をぐるぐると回り始めた。
「さてと……続きをしようかな……」
エジタスは、喜び回り続けるワーフを見ながら、魔法の練習を続けるのであった。
***
「はぁ……はぁ……今日は……この位にしとこうか……」
『ワフッ!!』
日が沈む中、魔法の練習を終えたエジタスは、ワーフと供に小屋へと戻る事にした。
「ある程度のコツは掴めた……後は回数を重ねて…………ん?」
『ワフッ?』
エジタスとワーフの視界に、小屋が見えて来た。玄関先ではオモトが立っているのだが、その向かい側には見慣れぬ二人組が立っていた。肌は青く、頭から角が生えた二人組は魔族であった。
「あの魔族の二人組……ババァとはどう言う関係なんだ?」
『グルルルルル……!!』
すると、二人組を見たワーフが低い唸り声を上げた。今までの鳴き声と違って、完全な敵意を示している時の唸り声であった。
「ここからだと……何を話しているのかが全く分からない……取り敢えず、近くまで寄ろう……そうだ、どうせなら覚えたばかりの空間魔法で……」
そう言うとエジタスは、ワーフに触れながら指をパチンと鳴らした。その瞬間、その場からエジタスがいなくなり、小屋の物陰へと転移した。
「……よし、成功だ……大人しくしていろよ?」
『……ワフッ』
エジタスとワーフは、小屋の物陰に隠れると静かに耳を澄ませた。
「……知らないね!!」
「おいおい、オモトさんよー。知らないじゃ、済まされないんだよ」
「この森に追い込んだ筈の亜人や人間が、一人も見つからない。噂では、あんたが秘密裏に逃がしているって話だぜ?」
「だから、何度聞かれても答えは同じ……知らない物は知らないね!!」
二人組の魔族の問い掛けに、知らないを突き通すオモト。
「これは、魔王様直々のご命令なんですわ。取り逃がした亜人や人間を見つけ出して殺せって……」
「あの馬鹿は、まだそんなくだらない事をしているのかい!?私は忠告した筈だよ……争いは何も生まない……他種族同士で協力し合うべきだ……って!!」
「あなたがそれを言いますか?元魔王軍第一部隊隊長“冷血のオモト”その名を聞いた者達は、震え上がっていたのに……」
「!!!」
エジタスは息を飲んだ。あのオモトが魔王軍の隊長、衝撃の事実に驚きを隠せなかった。
「忘れたね……そんな昔の話……私は変わったんだよ……」
「あぁ、あんたは変わっちまったよ……」
「敵味方にも関係無い。血も涙も無い残酷無比なあんたが、亜人や人間の味方をするだなんて……」
「だから、知らないって言っているだろ!!気分が悪い!!今日はもう帰ってくれ!!」
オモトは眉間にシワを寄せながら、二人組の魔族に帰る様に怒鳴った。
「悪いが、そう言う訳には行かないんだよ。俺達は魔王様の命令で…………」
「………帰れって言うのが聞こえなかったのかい……」
「「「!!?」」」
エジタスを含めた三人は、オモトの声に背筋が凍った。生物としての生存本能が、大音量で危険信号を発している。逃げなければ……確実に死ぬ。
「す、すみませんでした…………」
「か、帰らせて頂きます……ご迷惑をお掛けてして……申し訳ありませんでした……」
二人組の魔族は、恐怖で体を震わせながら振り返り、その場から去ろうとした。すると、背中越しからオモトが声を掛けて来る。
「今度くだらない事を聞いて来たら……殺すからね……分かった?」
「「…………は、はい……」」
二人組の顔色は、まるで死人の様に青白くなっていた。生きた心地のしない二人組は、そのまま来た道を引き返すのであった。
「全く……あの馬鹿は……エジタス、いるんだろ?」
「…………気づいていたのか……」
オモトに声を掛けられたエジタスは、大人しく物陰から出て来る。
「凄いじゃないか……たった数時間で、そこまで魔法を扱えるなんて……」
「…………今の話……本当なのか?」
「私が亜人や人間を逃がしている事?……あぁ、本当だよ」
「何でだよ……何で他の種族を助けるんだよ!?そのせいで、同族から疑いの目を掛けられてるじゃないか!?死にたいのかよ!?」
同族から裏切られたエジタスにとって、自分の身を省みずに他の種族を助けるオモトの行動は、考えられなかった。
「……まだ……私が魔王軍の隊長だった頃……敵の猛攻に傷付き、やっとの思いでこの森に逃げ込んだ……だけど、痛みと疲労から意識を失ってしまった。気がつくと、私はこの小屋で当時住んでいた人間に介抱されていた。聞くと人間は旅人で、この小屋を拠点に様々な場所へと旅をしていたらしい。私は聞いた。何故魔族の私を助けるのだと……そうしたら、その人間はこう言った……『目の前で傷付いている人がいるのに助けない訳には行かない。例えそれが亜人や魔族だとしてもね』……私は言った。助けたとしても殺されるかもしれないのだぞと……するとその人間は……『殺せる程回復出来たのなら、それで本望……命に優劣は存在しない……』と言った……その時、私は悟った。命に優劣が存在しないのなら、何故私は亜人や人間の命を奪って戦っているのだろうって……」
「……それで魔王軍を辞めて、亜人や人間を逃がしているのか?」
「そう言う事さ……だけど、その時に住んでいた人間は、私が来る前に寿命を迎えて死んでしまった……」
オモトの意外な過去。魔王軍第一部隊隊長という地位から降り、亜人や人間、他種族を助ける行動を行っていた。
「私はね……いつか、人間も亜人も魔族も……全ての種族が手と手を取り合って、笑顔の絶えない世界にしたいって思っているんだ……」
「笑顔の絶えない世界……けっ、そんなのは夢物語に過ぎない!!」
「そうかもしれないね……でもいつか必ず、その時はやって来る……その時の為に、少しでも手助けが出来れば良いなって……」
「…………」
笑顔の絶えない世界。オモトの真剣な表情に、エジタスは何も言い返せなかった。すると、それとは別の問い掛けを代わりにした。
「……俺の事も……逃がすつもりなのか……?」
「えぇ、そうよ……だけどまだ、若過ぎる……エジタスが一人立ち出来る歳になるまでは、一緒に暮らしたいと思っている……」
「そうか…………」
「…………」
「…………」
気まずい空気。お互いが気を使ってしまい、話すに話せない状況が生まれてしまっている。沈黙が流れる。
『ワフッ!!』
「「!!?」」
そんな沈黙を破ったのは、ワーフだった。ワーフは一声吠えると、二人に飛び付いて来た。飛び付かれた二人は、仰向けに倒れる。
「……あははは……取り敢えず、中に入りましょうか?」
「そう……だな」
そう言いながら、エジタスとオモトの二人は、乗っかっているワーフを退かして立ち上がった。
「あの……さ」
「うん?」
「今日の夕食は……俺が作るよ……」
「!!…………ありがとう」
『ワフッ!!』
その夜、細やかながらエジタスの料理で楽しい夜を過ごすのであった。
***
「…………」
エジタスが、小屋で意識を取り戻してから、約三年の月日が流れた。八歳になったエジタスは、小屋の中で今日も魔導書を読んでいた。
「あらエジタス、今日も魔導書を読んでいるの?本棚に置いてある魔導書は、一年前に読み尽くしたって言ってたじゃない?」
「あぁ、それとは別の本だよ……屋根裏で、埃を被っていたのを見つけたんだ……」
「ちょ、ちょっと、まさかそれって……!!?」
オモトは、エジタスの読んでいる魔導書を確認する。エジタスが屋根裏で見つけたその魔導書は、本棚に置いてある魔導書とは明らかに雰囲気が違った。表紙は赤黒く、ページの一枚一枚から異臭が発せられていた。
「エ、エジタス……まさか……この魔導書が読めるの?」
「まぁ……読めるから読んでるけど……何なんだその魔導書は?」
「…………これは、禁じられた魔法が記された魔導書だよ……」
「禁じられた魔法?」
オモトは、エジタスから魔導書を受け取るとその表紙を優しく撫でた。
「禁じられた魔法は……太古の昔、魔法を扱える者達が更に強さを求めて、より強力な魔法を生み出したんだ。だけど、そのあまりの危険性と残虐性から、生み出された数多くの魔法の扱いが禁じられた。それが禁じられた魔法さ……そして、禁じられた魔法が記された魔導書には、ある特徴があった……それは、適正者以外は読めないんだよ……」
「そ、そんな馬鹿な!?現に俺は読めているんだぞ!?……まさか……!?」
「そのまさかだよ……エジタス、あなたはこの禁じられた魔法の適正者だよ」
「!!!」
エジタスは、オモトから禁じられた魔法が記された魔導書を奪い取る。
「エジタス……その魔導書を渡しなさい……」
「嫌だね!!俺には資格がある……この強大な力を手に入れる資格が!!」
「禁じられた魔法を扱った者は、非業の死を遂げると言われてるんだよ!!早く渡しなさい!!」
「死が何だ!?俺は元々死ぬ筈の身だった!!俺の命をどう使おうが、俺の勝手だろ!?」
「!!!」
パァン!!
乾いた音が鳴り響く。エジタスの頬を、オモトが引っ叩いたのだ。
「…………」
「あっ、ご、ごめんなさいエジタス……そんなつもりじゃ……」
「……結局……あんたも、俺という化物を認めないんだな……」
エジタスは歯を噛む思いで、魔導書を握り締め玄関から外へと飛び出してしまった。
「エジタス!!!」
オモトの叫びを無視して、エジタスは走り続けた。悔しさと寂しさが入り交じりながら走り続けた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
苦しい?何分もの間、走り続けていたエジタスは次第に息が切れて来た。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
足が鉛の様に重たく感じ、息を切らしながら立ち止まった。
「はぁ……はぁ……はぁ……ここは……?」
気が付くと、そこは花が一面に咲き乱れる花畑だった。
「こんな森の中に……花畑があるとはな…………」
見上げると、木々の隙間から太陽の光が漏れ入り、花畑に当たっていた。
「そうか……ここだけ、木々が重なっていないんだな……それによって隙間が生まれて、太陽の光が花畑に届いているんだ……」
エジタスは、花畑の上に寝転んだ。花の甘い匂いが鼻をくすぐる。心が安らいで行くのを感じる。
「…………」
思い浮かぶのは、オモトの顔だった。引っ叩かれた頬を触る。
「…………」
心が安らいでいる。その筈なのに、ずっとモヤモヤしている。オモトの顔が、頭から離れない。
「…………」
エジタスは魔導書を読み始める。適正者、選ばれた存在。家族に裏切られ、生きる事すら否定されたエジタスにとって、初めて必要とされていると感じた。この魔導書は、自分を求めているのだ。
「…………」
しかし、読んでも読んでも全く頭に入らない。オモトの顔がちらつく。
「…………っ!!!」
するとエジタスは、魔導書をビリビリに破り捨てた。
「これは……あれだ……あのババァには……命を助けて貰った時の借りがある……だから……その……これでチャラって事だ……」
誰もいないのに、一人で言い訳をし始めるエジタス。
「でもあれだな……あんな事を言った手前……手ぶらで帰るのもな……そうだ!!」
するとエジタスは、足元の花畑からいくつか花を引き抜き、まとめて花束にした。
「その……あれだ……記念品だ!!喧嘩しなければ、この花畑には辿り着けなかった!!だからこれは、記念品として送るんだ!!決して、プレゼントでは無い!!」
そうして、独り言を呟きながら小屋へと戻って行くエジタスだった。
「まぁ、どうせ?こんなショボい花束でも、あのババァは喜ぶだろうな…………へへっ、喜ぶよな……絶対……~~♪~~~~♪」
陽気に鼻歌交じりに、小屋へと戻って行くエジタス。
「~~♪~~~~♪……ん?」
すると、地平線の向こう側から黒い煙が上がっているのが見える。
「火事……か?……いや待て、あの方角は!!?」
エジタスは、持っていた花束を放り出して、無我夢中で黒い煙が上がる方向へと走り出した。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!ババァアアアアア!!!」
エジタスの目の前には、炎に包まれている小屋の光景が広がっていた。
意識を取り戻し、オモトに介抱されてから二日。今現在エジタスは、本棚の前で埋め尽くされた本を見つめていた。
「おい、ババァ……」
「ん?どうしたんだい?(言葉遣いは治らず……エジタスの境遇を考えれば、仕方の無い事なのかもね……)」
ある程度打ち解ける事が出来たが、未だに一線を引かれ、距離を置かれている様に感じた。
「この本棚に埋め尽くされている本は、いったい何の本なんだ?」
「あぁ、それはね。“魔導書”さ」
「“魔導書”だと!?」
オモトの言葉に、思わず驚きの声を上げてしまったエジタスは、より一層見つめる事となった。
「…………これを読めば……俺も魔法が扱える様になるのか?」
「……難しい質問だね……扱えるか扱えないかは、エジタス次第だ」
「どう言う意味だ?」
「魔法を扱うにはMP……魔力が必要になるのだけれど、本来魔力は誰にでも存在している物なんだ。問題は、それに気がつくかどうか……」
「気がつくかどうか…………」
「加えて、魔法には適正も存在する。自分には、どの属性の魔法が合っているのか……只闇雲に魔法を覚えれば良い訳じゃ無いという事よ……」
「…………」
オモトの説明を聞き終えたエジタスはしばらくの間、本棚に埋め尽くされた魔導書を見つめた。そして自然と、一冊の魔導書を手に取った。
「!!!」
エジタスが手に取った魔導書を見て、オモトは驚きの表情を浮かべる。
「(まさか……私と同じ……空間魔法の魔導書を手に取るだなんて……これは運命なのかもしれないわね……)」
「…………!!!」
魔導書に記された内容に、エジタスは呆気に取られてしまった。魔法の汎用性、危険性、そして無限に広がる可能性、魔法の奥深さに感服した。
「これが魔法……」
「気に入ったのなら、しばらくの間貸してあげるよ」
「ほ、本当に良いのか!?」
「あぁ、ここにある魔導書は全て読み尽くしてしまったからね。好きに使うといいさ」
「…………」
エジタスはまるで、プレゼントを貰った子供の様に魔導書を抱き締めて、足早に外へと飛び出した。
「夕食までには帰るんだよー!!」
オモトの大声を背中越しに聞きながら、魔法の練習に向かうのであった。
***
「…………」
静寂。小屋から離れたエジタスは、森の真ん中で手に取った魔導書を読破した。そして、魔導書に記された通りに練習を開始する。手始めに、今いる場所から少し離れた木の目の前まで転移しようと試みる。
「…………」
意識を集中させ、右手の親指と中指を合わせる。オモトの仕草を見よう見まねした。そして勢い良く指をパチンと鳴らした。すると、一瞬でエジタスの姿が消えた。しかし、目標の木の目の前には転移せずに通り過ぎる結果となってしまった。
「くそっ!!コントロールが難しい!!」
失敗した事を悔しがるエジタスだが、人生初めての魔法に対して、ここまで容易く魔法を扱うのは凄い事である。エジタスは類を見ない天才であった。
『ワフッ!!』
「……ワーフか……今は忙しいから、後にしてくれないか……?」
エジタスの様子を見に来たワーフ。構って欲しそうに尻尾を振って吠えるが、魔法の練習に集中したいエジタスは冷たくあしらう。
『ワフッ……』
すると、言葉が通じたのか。ワーフの尻尾は垂れ下がり、何処と無く落ち込んだ表情を浮かべた。
「……はぁー、見るだけだからな……邪魔だけはしないでくれよ……」
『!!……ワフッ!!』
ワーフは、嬉しそうにその場をぐるぐると回り始めた。
「さてと……続きをしようかな……」
エジタスは、喜び回り続けるワーフを見ながら、魔法の練習を続けるのであった。
***
「はぁ……はぁ……今日は……この位にしとこうか……」
『ワフッ!!』
日が沈む中、魔法の練習を終えたエジタスは、ワーフと供に小屋へと戻る事にした。
「ある程度のコツは掴めた……後は回数を重ねて…………ん?」
『ワフッ?』
エジタスとワーフの視界に、小屋が見えて来た。玄関先ではオモトが立っているのだが、その向かい側には見慣れぬ二人組が立っていた。肌は青く、頭から角が生えた二人組は魔族であった。
「あの魔族の二人組……ババァとはどう言う関係なんだ?」
『グルルルルル……!!』
すると、二人組を見たワーフが低い唸り声を上げた。今までの鳴き声と違って、完全な敵意を示している時の唸り声であった。
「ここからだと……何を話しているのかが全く分からない……取り敢えず、近くまで寄ろう……そうだ、どうせなら覚えたばかりの空間魔法で……」
そう言うとエジタスは、ワーフに触れながら指をパチンと鳴らした。その瞬間、その場からエジタスがいなくなり、小屋の物陰へと転移した。
「……よし、成功だ……大人しくしていろよ?」
『……ワフッ』
エジタスとワーフは、小屋の物陰に隠れると静かに耳を澄ませた。
「……知らないね!!」
「おいおい、オモトさんよー。知らないじゃ、済まされないんだよ」
「この森に追い込んだ筈の亜人や人間が、一人も見つからない。噂では、あんたが秘密裏に逃がしているって話だぜ?」
「だから、何度聞かれても答えは同じ……知らない物は知らないね!!」
二人組の魔族の問い掛けに、知らないを突き通すオモト。
「これは、魔王様直々のご命令なんですわ。取り逃がした亜人や人間を見つけ出して殺せって……」
「あの馬鹿は、まだそんなくだらない事をしているのかい!?私は忠告した筈だよ……争いは何も生まない……他種族同士で協力し合うべきだ……って!!」
「あなたがそれを言いますか?元魔王軍第一部隊隊長“冷血のオモト”その名を聞いた者達は、震え上がっていたのに……」
「!!!」
エジタスは息を飲んだ。あのオモトが魔王軍の隊長、衝撃の事実に驚きを隠せなかった。
「忘れたね……そんな昔の話……私は変わったんだよ……」
「あぁ、あんたは変わっちまったよ……」
「敵味方にも関係無い。血も涙も無い残酷無比なあんたが、亜人や人間の味方をするだなんて……」
「だから、知らないって言っているだろ!!気分が悪い!!今日はもう帰ってくれ!!」
オモトは眉間にシワを寄せながら、二人組の魔族に帰る様に怒鳴った。
「悪いが、そう言う訳には行かないんだよ。俺達は魔王様の命令で…………」
「………帰れって言うのが聞こえなかったのかい……」
「「「!!?」」」
エジタスを含めた三人は、オモトの声に背筋が凍った。生物としての生存本能が、大音量で危険信号を発している。逃げなければ……確実に死ぬ。
「す、すみませんでした…………」
「か、帰らせて頂きます……ご迷惑をお掛けてして……申し訳ありませんでした……」
二人組の魔族は、恐怖で体を震わせながら振り返り、その場から去ろうとした。すると、背中越しからオモトが声を掛けて来る。
「今度くだらない事を聞いて来たら……殺すからね……分かった?」
「「…………は、はい……」」
二人組の顔色は、まるで死人の様に青白くなっていた。生きた心地のしない二人組は、そのまま来た道を引き返すのであった。
「全く……あの馬鹿は……エジタス、いるんだろ?」
「…………気づいていたのか……」
オモトに声を掛けられたエジタスは、大人しく物陰から出て来る。
「凄いじゃないか……たった数時間で、そこまで魔法を扱えるなんて……」
「…………今の話……本当なのか?」
「私が亜人や人間を逃がしている事?……あぁ、本当だよ」
「何でだよ……何で他の種族を助けるんだよ!?そのせいで、同族から疑いの目を掛けられてるじゃないか!?死にたいのかよ!?」
同族から裏切られたエジタスにとって、自分の身を省みずに他の種族を助けるオモトの行動は、考えられなかった。
「……まだ……私が魔王軍の隊長だった頃……敵の猛攻に傷付き、やっとの思いでこの森に逃げ込んだ……だけど、痛みと疲労から意識を失ってしまった。気がつくと、私はこの小屋で当時住んでいた人間に介抱されていた。聞くと人間は旅人で、この小屋を拠点に様々な場所へと旅をしていたらしい。私は聞いた。何故魔族の私を助けるのだと……そうしたら、その人間はこう言った……『目の前で傷付いている人がいるのに助けない訳には行かない。例えそれが亜人や魔族だとしてもね』……私は言った。助けたとしても殺されるかもしれないのだぞと……するとその人間は……『殺せる程回復出来たのなら、それで本望……命に優劣は存在しない……』と言った……その時、私は悟った。命に優劣が存在しないのなら、何故私は亜人や人間の命を奪って戦っているのだろうって……」
「……それで魔王軍を辞めて、亜人や人間を逃がしているのか?」
「そう言う事さ……だけど、その時に住んでいた人間は、私が来る前に寿命を迎えて死んでしまった……」
オモトの意外な過去。魔王軍第一部隊隊長という地位から降り、亜人や人間、他種族を助ける行動を行っていた。
「私はね……いつか、人間も亜人も魔族も……全ての種族が手と手を取り合って、笑顔の絶えない世界にしたいって思っているんだ……」
「笑顔の絶えない世界……けっ、そんなのは夢物語に過ぎない!!」
「そうかもしれないね……でもいつか必ず、その時はやって来る……その時の為に、少しでも手助けが出来れば良いなって……」
「…………」
笑顔の絶えない世界。オモトの真剣な表情に、エジタスは何も言い返せなかった。すると、それとは別の問い掛けを代わりにした。
「……俺の事も……逃がすつもりなのか……?」
「えぇ、そうよ……だけどまだ、若過ぎる……エジタスが一人立ち出来る歳になるまでは、一緒に暮らしたいと思っている……」
「そうか…………」
「…………」
「…………」
気まずい空気。お互いが気を使ってしまい、話すに話せない状況が生まれてしまっている。沈黙が流れる。
『ワフッ!!』
「「!!?」」
そんな沈黙を破ったのは、ワーフだった。ワーフは一声吠えると、二人に飛び付いて来た。飛び付かれた二人は、仰向けに倒れる。
「……あははは……取り敢えず、中に入りましょうか?」
「そう……だな」
そう言いながら、エジタスとオモトの二人は、乗っかっているワーフを退かして立ち上がった。
「あの……さ」
「うん?」
「今日の夕食は……俺が作るよ……」
「!!…………ありがとう」
『ワフッ!!』
その夜、細やかながらエジタスの料理で楽しい夜を過ごすのであった。
***
「…………」
エジタスが、小屋で意識を取り戻してから、約三年の月日が流れた。八歳になったエジタスは、小屋の中で今日も魔導書を読んでいた。
「あらエジタス、今日も魔導書を読んでいるの?本棚に置いてある魔導書は、一年前に読み尽くしたって言ってたじゃない?」
「あぁ、それとは別の本だよ……屋根裏で、埃を被っていたのを見つけたんだ……」
「ちょ、ちょっと、まさかそれって……!!?」
オモトは、エジタスの読んでいる魔導書を確認する。エジタスが屋根裏で見つけたその魔導書は、本棚に置いてある魔導書とは明らかに雰囲気が違った。表紙は赤黒く、ページの一枚一枚から異臭が発せられていた。
「エ、エジタス……まさか……この魔導書が読めるの?」
「まぁ……読めるから読んでるけど……何なんだその魔導書は?」
「…………これは、禁じられた魔法が記された魔導書だよ……」
「禁じられた魔法?」
オモトは、エジタスから魔導書を受け取るとその表紙を優しく撫でた。
「禁じられた魔法は……太古の昔、魔法を扱える者達が更に強さを求めて、より強力な魔法を生み出したんだ。だけど、そのあまりの危険性と残虐性から、生み出された数多くの魔法の扱いが禁じられた。それが禁じられた魔法さ……そして、禁じられた魔法が記された魔導書には、ある特徴があった……それは、適正者以外は読めないんだよ……」
「そ、そんな馬鹿な!?現に俺は読めているんだぞ!?……まさか……!?」
「そのまさかだよ……エジタス、あなたはこの禁じられた魔法の適正者だよ」
「!!!」
エジタスは、オモトから禁じられた魔法が記された魔導書を奪い取る。
「エジタス……その魔導書を渡しなさい……」
「嫌だね!!俺には資格がある……この強大な力を手に入れる資格が!!」
「禁じられた魔法を扱った者は、非業の死を遂げると言われてるんだよ!!早く渡しなさい!!」
「死が何だ!?俺は元々死ぬ筈の身だった!!俺の命をどう使おうが、俺の勝手だろ!?」
「!!!」
パァン!!
乾いた音が鳴り響く。エジタスの頬を、オモトが引っ叩いたのだ。
「…………」
「あっ、ご、ごめんなさいエジタス……そんなつもりじゃ……」
「……結局……あんたも、俺という化物を認めないんだな……」
エジタスは歯を噛む思いで、魔導書を握り締め玄関から外へと飛び出してしまった。
「エジタス!!!」
オモトの叫びを無視して、エジタスは走り続けた。悔しさと寂しさが入り交じりながら走り続けた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
苦しい?何分もの間、走り続けていたエジタスは次第に息が切れて来た。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
足が鉛の様に重たく感じ、息を切らしながら立ち止まった。
「はぁ……はぁ……はぁ……ここは……?」
気が付くと、そこは花が一面に咲き乱れる花畑だった。
「こんな森の中に……花畑があるとはな…………」
見上げると、木々の隙間から太陽の光が漏れ入り、花畑に当たっていた。
「そうか……ここだけ、木々が重なっていないんだな……それによって隙間が生まれて、太陽の光が花畑に届いているんだ……」
エジタスは、花畑の上に寝転んだ。花の甘い匂いが鼻をくすぐる。心が安らいで行くのを感じる。
「…………」
思い浮かぶのは、オモトの顔だった。引っ叩かれた頬を触る。
「…………」
心が安らいでいる。その筈なのに、ずっとモヤモヤしている。オモトの顔が、頭から離れない。
「…………」
エジタスは魔導書を読み始める。適正者、選ばれた存在。家族に裏切られ、生きる事すら否定されたエジタスにとって、初めて必要とされていると感じた。この魔導書は、自分を求めているのだ。
「…………」
しかし、読んでも読んでも全く頭に入らない。オモトの顔がちらつく。
「…………っ!!!」
するとエジタスは、魔導書をビリビリに破り捨てた。
「これは……あれだ……あのババァには……命を助けて貰った時の借りがある……だから……その……これでチャラって事だ……」
誰もいないのに、一人で言い訳をし始めるエジタス。
「でもあれだな……あんな事を言った手前……手ぶらで帰るのもな……そうだ!!」
するとエジタスは、足元の花畑からいくつか花を引き抜き、まとめて花束にした。
「その……あれだ……記念品だ!!喧嘩しなければ、この花畑には辿り着けなかった!!だからこれは、記念品として送るんだ!!決して、プレゼントでは無い!!」
そうして、独り言を呟きながら小屋へと戻って行くエジタスだった。
「まぁ、どうせ?こんなショボい花束でも、あのババァは喜ぶだろうな…………へへっ、喜ぶよな……絶対……~~♪~~~~♪」
陽気に鼻歌交じりに、小屋へと戻って行くエジタス。
「~~♪~~~~♪……ん?」
すると、地平線の向こう側から黒い煙が上がっているのが見える。
「火事……か?……いや待て、あの方角は!!?」
エジタスは、持っていた花束を放り出して、無我夢中で黒い煙が上がる方向へと走り出した。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!ババァアアアアア!!!」
エジタスの目の前には、炎に包まれている小屋の光景が広がっていた。
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