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最終章 笑顔の絶えない世界

二頭のドラゴン(後編)

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 『おい!!』



 『ん?あぁ、君か……随分と久し振りな気がするけど、そんなに慌ててどうしたの?』



 白銀のドラゴンに関する噂の真相を確かめるべく、漆黒のドラゴンは脇目も振らずに飛んで来た。



 『今しがた、エジタスから聞いた!!貴様が子供を産んだというのは、本当なのか!!?』



 『へぇ、もう広まっているんだね……人気者は辛いな…………』



 『どうなんだ、答えろ!!』



 問い掛けに対して、とても落ち着いた態度で接する白銀のドラゴンに、漆黒のドラゴンは痺れを切らして、噂の真相を急がした。



 『本当だよ。ほら、この子達が私の血を正統に受け継ぐ、可愛い我が子達さ…………』



 そう言うと、白銀のドラゴンは自身の尻尾を退かした。するとその影から、まだ目も開いていない程幼い、子供ドラゴンが数頭存在していた。



 『!!!』



 漆黒のドラゴンの全身に、電流が流れ込んだ。これまでに無い程のショックを味わったのだ。



 『ふふ、どうだい。可愛いだろう……どの子達も、私とは比較にならない程の強さを秘めている。将来的には私達に代わって、この世界の均衡を保ってくれる筈だ…………』



 『…………だ……』



 『ん?』



 『何故だ……何故子供など産んだのだ!!?』



 漆黒のドラゴンが突然怒鳴った事で、白銀のドラゴンの子供は、泣き出してしまった。



 『あー、よしよし。びっくりさせちゃったねー。大丈夫ですよー…………ちょっと、いきなり大声を出さないでくれるかな?』



 『我の質問に答えろ!!何故、子供など産んだのだ!!?』



 『話聞いてた!?大声を出さないで!!子供が泣いているだろう!!』



 注意された事を直そうとしない漆黒のドラゴンに対して、白銀のドラゴンも思わず大声を上げてしまった。



 『貴様は……貴様は白銀のドラゴンだ!!我と同じ、この世界で唯一の種族だ!!我と肩を並べる貴様が、何故自分より下位のドラゴンと交わって、子を成した!!?』



 『………… 君の言う通り、私はこの世界で唯一の種族……でも、だからこそ……自分と同じ種族がいないからこそ、自分とは違う種族のドラゴンと、子供を作らないといけないんだよ!!例えそれが、自分より下位のドラゴンだったとしてもね。しょうがない事なんだよ…………』



 『だから……だからと言って、何故そうまでして子供を作ったのだ!!?』



 『…………』



 根本的な理由。何故、白銀のドラゴンは自分より下位のドラゴンと交わってまで子供を作ったのか。それについて、漆黒のドラゴンが問い掛けるも、白銀のドラゴンは口を閉ざしてしまった。



 『…………何故……何故なんだ……』



 『…………』



 『…………答えろ!!』



 『しょうがないじゃない!!…………私達は、永遠に生きる事は出来ない……それならせめて、私がいた証を……私が、この世界で生きていたという証明を、残すしかないじゃない!!』



 『!!!』



 存在の証明。それが、白銀のドラゴンの答えだった。あまりに予想外の答えに、漆黒のドラゴンは呆気に取られてしまった。



 『…………まさか……その為に子供を…………?』



 『…………』



 白銀のドラゴンは、漆黒のドラゴンの問い掛けに黙って頷いた。



 『…………いったい……この一年の間に何があったのだ…………?』



 『…………あれは、君がエジタスという道化師の愚痴を言い終えて、飛び去った直ぐ後の事だった…………』



 何故、子供を作ろうと思い立ったのか。白銀のドラゴン自ら、語られる事となった。







***







 『……約束……だからね……』



 飛び去る漆黒のドラゴンを見つめながら、白銀のドラゴンは優しく呟いた。そして、漆黒のドラゴンが肉眼では確認出来なくなるまで、しばらくの間見続けるのであった。



 『…………行っちゃった……』



 「悲しいな。歴史に名を残せぬ者の存在は…………」



 『誰だい?』



 突然背後から声が聞こえ、白銀のドラゴンは後ろを振り返った。



 「死とは隣り合わせ、常に側にいる。それを避ける事は不可能に近い…………」



 そこにいたのは、全身を真っ黒なローブで包んだ謎の人物が立っていた。厚いローブで性別は不明、声も加工されているのか、重低音な声をしていた。



 『もしかして、挑戦者かい?』



 「いや、残念ながら違う…………」



 『違う?じゃあ、何をしに来たのかな?』



 「救済に来た…………」



 すると、全身を真っ黒なローブで包んだ謎の人物は、白銀のドラゴンの目の前で両手を大きく広げた。



 『救済?それって、さっきの歴史に名を残せないと何か関係がある?』



 「その通り……“人は二度死ぬ”……一度目は肉体的な死、二度目は忘却による死、世界の誰からもその存在を忘れられた時、初めて人は完全な死を迎えるのだ…………そしてそれは人だけで無く、全ての生物に言える事でもある」



 『つまり、いつか私は世界中の人々から忘れ去られるって事?』



 「…………」



 白銀のドラゴンの答えに対して、謎の人物はゆっくりと静かに頷いた。



 『…………ふふふ、あはははは!!!』



 「…………」



 謎の人物の言葉に、白銀のドラゴンは思わず笑ってしまった。



 『君、面白い事を言うね。確かに、生物にとって人々に忘れ去られるのは、二度目の死かもしれない。でもね、私に関してはその心配は無いんだよね。私ってかなり有名で、世間一般からは世界の均衡を保っている。なんて言われている程だからさ……心配は無用だよ』



 「…………果たして……本当にそう言い切れるのかな…………」



 『どう言う意味だい?』



 「見るがいい……これが辿り着く未来の姿だ……」



 『!!!』



 そう言うと謎の人物は、白銀のドラゴンの頭上へと跳び、白銀のドラゴンの額に手を乗せた。その瞬間、脳内に大量の情報が映像として送られて来た。







 『(こ、ここは…………?)』



 そこは、白銀のドラゴンが住んでいる山の頂上だった。しかし、先程とは少し違っていた。白銀のドラゴンは横になって寝ており、謎の人物の姿も消えていた。



 『(…………あれ、動かない!?な、何で!?)』



 すると白銀のドラゴンが、必死に体を動かそうとするが、何故か動く事が出来なかった。



 “はぁー、やっと着いた”



 “疲れたねー”



 『(この声は!?誰かが来てくれたんだ!!おーい、ここだよ!!って、何で声が出せないんだ!?)』



 二人の人間が、山を登って来たのに気がついた白銀のドラゴンは、助けを求めるが声も出す事が出来なかった。



 “おぉー、絶景だな!!”



 “登った甲斐があったね”



 『(ちょ、ちょっと踏んでる!!踏んでるってば!!?)』



 登って来た二人の人間は、横になっている白銀のドラゴンを踏みつける様に、上に立って山の絶景を楽しんでいた。



 『(何で気づかないかなぁ!?踏んでたら、普通分かるでしょ!?)』



 “…………なぁ、何だか臭くないか?”



 『(やっと気がついた!!…………臭い?)』



 “確かに……何かが腐った様な臭いがする……”



 『(いったいどう言う……えっ?)』



 不思議に感じた白銀のドラゴンが、自身の体を調べると、自身に付いていた肉と骨は腐り落ちて、ハエと蛆虫が湧いていた。



 『(嘘……私……死んでる……動けないのは、死体だったから……?)』



 “なぁ、もう行こうぜ。こんな臭い所に居られねぇよ”



 “そうだね。この山も絶景以外は無いみたい。それじゃあ、行こうか”



 『(ちょっと、待ってよ!!私を置いて行かないで!!せめて土に埋めて!!お願い気がついて!!私は……私はここにいる!!お願い……気づいて………………)』







 『お願い……気づいて……お願い……はっ!!』



 目が覚めると、元の場所へと戻っていた。白銀のドラゴンも横にはなっておらず、目の前には謎の人物が立っていた。



 『…………今のは……夢……それとも……未来……なの?』



 「そうなるかは、これからの行動次第…………未来は常に枝分かれする。そして、死とは隣り合わせ、常に側にいる。それを避ける事は不可能に近い…………」



 『…………』



 先程の光景が、頭から離れなくなってしまった。思い返すだけでも、全身に寒気を感じた。



 「救済はここまで……さらばだ……」



 そう言うと、謎の人物は白銀のドラゴンに背を向けて去って行くのであった。



 『…………死とは隣り合わせ……避ける事は……不可能に近い…………死にたくない……忘れ去られたくない…………』



 謎の人物が去った後、白銀のドラゴンは俯きながら、独り言を発するのであった。







***







 『それからの行動は早かった。その辺にいる適当なドラゴンを捕まえて、合意せずに交わった。躊躇いや迷いは無かった。とにかく私は、私という存在を忘れて欲しく無かった……』



 『それで子供を産んだのか……?そんなくだらない理由で!!?』



 『くだらなくなんかない!!君はあの光景を見ていないから、そんな事が言えるんだよ!!』



 二頭のドラゴンの怒鳴り声が、山全体に響き渡り、側では子供達が泣き出してしまっている。しかし、その事に対して二頭は気にも止めない。



 『貴様は、そんな何処の誰かも分からない奴の言う事を、鵜呑みにしたのか!!?』



 『鵜呑みにした訳じゃない!!考えて、考え抜いての行動だった!!少なくとも、あの人の言葉は筋が通っていた!!私達は、いつか必ず死んでしまう!!そして人々から忘れ去られて、完全な死を迎える!!私は、死にたくないんだよ!!』



 『……なら……なら何故、その辺のドラゴンを選んだのだ!?もっと考えてもよかったではないのか!?』



 『言ったでしょ!?私はこの世界で唯一の種族、同じ種族は存在しない。どのドラゴンも私と比べたら、下位のドラゴンになってしまう。それだったら、別に誰でも良かった。結局、下位のドラゴンと交わる事になるんだから!!』



 『じゃあ、そのドラゴンは何処にいるんだ!?さっきから姿が見当たらないぞ!!?』



 『…………』



 漆黒のドラゴンの問い掛けに対して、白銀のドラゴンは、すぐに返答出来なかった。



 『私の威圧に耐えきれず、交わった後死んじゃった…………』



 『それ見た事か!!もっと考えてから、行動に移さなかったからだ!!』



 『でも、子供は産む事が出来た!!子孫がいれば、私は完全に死ぬ事は無い!!』



 『……死ぬ……死なない……そんな理由で産まれた子供の気持ちも考えろ!!』



 『!!!…………じゃあ、どうしたら良かったの!!?』



 白銀のドラゴンの目から、涙が流れ落ちる。死という敵に追い詰められ、どうする事も出来なかった。



 『……どうして……どうして下位のドラゴンなんだよ……俺は……俺はお前の事が…………っ!!』



 『!!!』



 すると漆黒のドラゴンは、白銀のドラゴンの側にいた子供を一頭奪い去り、空高く舞い上がった。



 『な、何しているの私の子供を返して!!?』



 『母親の勝手な想いで産まれたと知ったら、子供が可哀想だ!!ここから落として楽にしてやる!!』



 『止めて!!お願い!!それだけは止めて!!その子は、とても大切な存在なの!!』



 『それは……自分の命よりもか?』



 『…………』



 無言。それによって、漆黒のドラゴンの答えも決まった。落とす。この幼い命を奪う事で、白銀のドラゴンの考えを全否定するのだ。



 『お願い……止めて…………』



 『…………』



 漆黒のドラゴンは、掴んだ子供のドラゴンを見つめる。母親である白銀のドラゴンと同じ、綺麗な白銀色の鱗をしていた。そんな子供のドラゴンが、弱々しく泣いている。



 『…………っ!!』



 そして漆黒のドラゴンは、掴んだ子供のドラゴンを投げ捨てた。母親である白銀のドラゴンへと。



 『あぁ……私の……私の……』



 白銀のドラゴンは、投げ捨てられた子供のドラゴンを優しくキャッチして抱き締めた。



 『…………くそ……』



 その光景を見ながら、漆黒のドラゴンは元来た道を飛び去って行く。



 『くそ!!くそ!!くそ!!くそ!!くっそぉおおおおおおおおおお!!!』



 やりきれない想いを抱きながら、元来た道を飛び去って行く。







***







 光も届かない暗い闇の洞窟。重い足取りの中、漆黒のドラゴンは帰宅した。



 「お帰りなさ~い。どうでしたか、噂は本当でしたか~?」



 『…………』



 出迎えてくれたエジタスの言葉に対して、漆黒のドラゴンは答える事無く、その横を通り過ぎた。



 「その様子ですと、どうやら本当だった様ですね~」



 『我は……あいつの事が好きだった……唯一の種族同士だと知った時は、運命だと思った。なのに……』



 「子供を設けてしまったと…………」



 『あいつは……あいつは愛よりも、自分の命の方を優先したのだ!!そんな奴では無いと思っていたのに……どうしてだ…………』



 「…………」



 するとエジタスは、漆黒のドラゴンの側へと歩み寄り、体にそっと触れて来た。



 「…………命とは……時にその人物の人格さえも変えてしまう……」



 『……それ程までに……あいつにとって命は大切な物だった……そうだとしても…………!!』



 「……やはり、一番の原因はこの世界にあるようですね~」



 『どう言う……意味だ……?』



 その時、漆黒のドラゴンはエジタスに顔を向けた。



 「いいですか?確かに、自分の命の方が大切かもしれません。ですがそれは、そう思わせてしまうこの世の中が原因なのです。この世界に、死という概念があるかぎり、永遠に愛が命より大切となる事はありません!!愛が命よりも大切になる為には、この世界から死という概念を取り除かないといけないのです!!」



 『そんなの……夢物語だ……死を取り除く事なんて……出来る訳が無い……』



 「…………実はですね。私はこの世界を、“笑顔の絶えない世界”にしようと考えているのです」



 『“笑顔の絶えない世界”……だと……?』



 エジタスの言葉に、漆黒のドラゴンは反応した。



 「…………死という概念を抹消し、いじめや争いが存在しない。そんな世界を作り出そうと考えているのです」



 『そんなの……出来る訳が無い……』



 「出来ますよ。この世界には、不可能を可能とする魔法の王冠が存在します……」



 『まさか……それって……』



 「“ワールドクラウン”…………その一部を、私は手に入れています」



 そう言うと、エジタスは懐から風の王冠を取り出した。



 「どうでしょう……よろしければあなたも一緒に、この世界を“笑顔の絶えない世界”にしませんか?」



 『ほ、本当に……世界を……笑顔に出来るのか……?』



 「はい……」



 『我の傷付いた心も……笑顔になるのか?』



 「勿論…………」



 『…………よろしく……たの……お願いします……』



 世界の均衡を保つ程のドラゴンが、一人の道化師に深々と頭を下げた。ドラゴンはその強さから、一度その人物の下に付くと決めれば、絶対的な忠誠心を見せる。特に漆黒のドラゴンという世界で唯一の種族ともなれば、その忠誠心は他のドラゴンとは比較にならない。



 「漆黒のドラゴン……では呼びにくいので、あなたには“ラクウン”という名前を与えましょう」



 『“ラクウン”……ありがたき幸せ…………』



 「それではラクウンさん、参りましょう~。私達の新たな門出へ!!」



 『畏まりました』



 エジタスは嬉しそうに、スキップをしながら洞窟の外へと向かった。その後をラクウンが付いて行く。



 「そう言えばラクウンさん、あなたは人間に変身出来たりするんですか~?」



 『はい。人間の雄であるならば、どの年代にも変身が可能です』



 「それは素晴らしい~。それではこの後、人間に変身して情報収集を行って下さい。場所は…………最近力を見せている“カルド王国”にしましょう!!」



 『畏まりました』



 「さてと、ラクウンさんが仲間になったとは言え、もう少し戦力が欲しいですね~。今度はエルフなんか、良いかもしれませんね~。ある程度情報収集が完了しましたら、一緒にエルフの里に行きましょう~」



 『はい、準備を整えておきます』



 「そうですね~、後残りの王冠も集めないといけませんし……やる事が山積みですなぁ~」



 そんな会話をしながら、ラクウンとエジタスは洞窟の外へと出て行くのであった。そしてこの日を境に、漆黒のドラゴンは世界から姿を眩ましたのであった。







***







 『はぁー、可愛い可愛い私の子供達…………』



 山の頂上。白銀のドラゴンは、自分の子供達を可愛がっていた。既に何頭かは、親元を離れて一人立ちをしていた。



 「いました、いましたよ~」



 『…………?』



 声が聞こえ顔を向けると、そこには一人の道化師と、純白の剣を手にした一人の少年が近づいていた。



 『あれ……その格好……もしかして君……漆黒のドラゴンが言っていた……』



 「エジタスさん、あのドラゴンがそうですか?」



 「はい、あの白銀のドラゴンこそが、漆黒のドラゴンが姿を眩ましたのを良い事に、世界征服を企む悪いドラゴンなので~す!!」



 「そうですか……それなら、ここで倒させて貰います!!」



 『…………?』



 そしてこの日、漆黒のドラゴンが世界から姿を眩ましたのを良いことに、世界征服を企んでいた白銀のドラゴンは、初代勇者の手によって討ち滅ぼされたのであった。



 「ふふっ…………ハッピーエンド」
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