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最終章 笑顔の絶えない世界

二頭のドラゴン(中編)

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 『…………また来たのか……』



 白銀のドラゴンとの会合から一ヶ月、相変わらずエジタスは漆黒のドラゴンに会いに来ていた。



 「当たり前じゃないですか~、私はあなたとお話がしたくて来ているのですからね~」



 『…………そうか』



 明るく陽気に答えるエジタスに対して、漆黒のドラゴンは素っ気ない返事をする。



 「それでですね、今回は少し思考を変えて、あなたに質問しようと思っているのですよ~」



 『!!……質問だと……?』



 この時初めて、漆黒のドラゴンがエジタスの言葉に反応を示した。



 「はい、いつも私ばかりが話をしているので、今回はあなたのお話を聞きたいなと………」



 『(遂に……遂に尻尾を出したか、一ヶ月間無駄話ばかり聞かされていたが、どうやらその苦労が報われる日が来た様だな……)』



 漆黒のドラゴンは、この時を待っていた。仲良くなったと勘違いしたエジタスが、こちら側に質問して来るこの時を。



 「それで……質問してもよろしいですか~?」



 『あぁ、何でも聞くがいい……(弱点でも苦手な武器でも、何でも聞くがいい。そうしたら我は、貴様に虚偽の情報を掴ませる。そして勝利を確信して、寝込みを襲って来たその時……貴様の息の根を止めてやるのだ)』



 エジタスの無様な死に姿を思い浮かべながら、漆黒のドラゴンは落ち着いた態度で質問を許可した。



 「それでは……え~、そうですね~、あなたはどんな食べ物を好みますか~?」



 『…………ん、い、今何と言ったのだ?』



 まさかの質問に、漆黒のドラゴンは一瞬自身の耳を疑い、思わず聞き返してしまった。



 「ですから、あなたはどんな食べ物が好みなのですか~?」



 『…………好みの……食べ物だと…………?』



 「はい」



 『(好みの食べ物を聞いてくるだと!?どう言う意味だ!?まさか……我の好物に毒を盛って殺そうという企みか……?だが生憎、我に毒などの状態異常は効かない)…………強いて言えば……肉かな?』



 漆黒のドラゴンは、エジタスの話に合わせる為、それらしい返事を示した。



 「成る程お肉ですか~。やはりドラゴンともなると、最高級のお肉とか欲しがるんですか~?」



 『(何の意図を持っての質問なのだ……さっさと毒を盛った肉を持って来い!!そうしたら我が貴様を噛み殺してやる!!)…………そうだな……味などは特に気にしていないが、柔らかい肉などは好んで食べている』



 自身の考えを悟らせない様に、出来る限り適切な返事をした。



 「柔らかいお肉…………成る程、鋼鉄をも噛み砕くドラゴンだとしても、食べ物は柔らかい方が良いと…………あぁ、お肉の話で思い出したのですけど、最近王国で出されるお肉が固くて固くて、まるで靴底を噛んでいる様でして……………」



 『(くそっ……また始まった……貴様にはネタギレというのが存在しないのか!?……まぁ、この不毛なやり取りももうすぐ終わる……近い内に毒入りの肉が差し出されるだろう…………)』



 そう思いながら、漆黒のドラゴンは心の中でほくそ笑む。







***







 それから約半年間待てども、一向に毒入りの肉が差し出される事は無かった。



 『(ど、どう言う事だ!?いつまで経っても、殺しに来ないじゃないか!?それどころか…………)』



 「それでですね、この間異世界から転移して来た人が、中々面白い人だったんですよ~」



 相変わらずエジタスは、漆黒のドラゴンの元に足を運んでいた。



 『(どうする……いっその事、このまま殺してしまうか…………いや駄目だ、我はエジタスと話をすると約束してしまった。約束は守らなければ、漆黒のドラゴンの名に傷が付く。殺す時は、相手が殺意を向けて来た時だ…………)』



 変な所で律儀を持っている漆黒のドラゴンは、未だにエジタスとの関係を終わらせる事が出来なかった。



 『(だが……これ以上は……もう……限界だ!!)おい、ちょっといいか?』



 「そしたら、その異世界から転移して来た人が、カレーという料理を振る舞って…………はい?」



 しかし、それも既に我慢の限界を迎えていた。漆黒のドラゴンは、エジタスの話を遮る様に声を掛けた。



 『…………貴様はいつになったら、我を殺しに来るのだ?』



 「…………何の事ですか~?」



 『惚けるのは止めろ。貴様には我の弱点から、苦手な武器まで全てを話した。そろそろいい加減、殺しに来たらどうなんだ?』



 「いえ、別に私はあなたを殺そうとだなんて思っていませんよ?」



 『嘘をつくな!!』



 エジタスの否定的な言葉に、怒りを覚える漆黒のドラゴン。



 「本当ですよ~。その証拠に、今まであなたを殺しに来た人達を、私が代わって殺していましたから…………」



 そう言うとエジタスは、指をパチンと鳴らした。すると、その隣に積み上げられた死体の山が一瞬にして現れた。



 『どうりで……ここ最近、挑戦者がやって来ないと思った…………』



 「話に邪魔が入るのは、私に取って不快な事ですからね~」



 『それでは尚更分からぬ、貴様は何の目的で我に会いに来たのだ!?』



 「だから最初に言ったじゃないですか、あなたとお話が、世間話がしたいって……」



 『せ、世間話だと!?』



 エジタスのまさかの言葉に、驚きの表情を隠せなかった。



 『い、いったい……何の為に……?』



 「…………実は私、宮廷道化師に着任してから、こうした世間話が出来なかったのです。王国の誰かと話そうとしても、宮廷道化師として馬鹿にされたり、石を投げつけられたりしました。そうする事で、皆さんは笑顔になるのです。でも、たまにで良いから誰かと普通の会話がしたかった…………」



 『それが…………我だと……?』



 「…………はい」



 『世間話をしたい。只それだけの為に、貴様は今までこの洞窟に足を運んでいたのか?』



 「はい」



 『…………』



 漆黒のドラゴンは、呆れて声も出せなかった。この世にこんな考えを持つ者がいるだなんて、思っても見なかった。



 『(……取り越し苦労……という事か…………はぁー)』



 思わず心の溜め息が出る程に、精神的な疲労を感じた。



 「迷惑だったのなら帰ります。そしてもう二度と、この洞窟には足を運びません…………さようなら」



 そう言うとエジタスは立ち上がり、少し俯きながら重い足取りで、洞窟から外に出ようとする。



 『…………待て!!』



 「…………?」



 後ろから、漆黒のドラゴンに声を掛けられ、エジタスはゆっくりと振り返った。



 『…………まぁ、何だ……我もずっとこの洞窟にいるからな……その……退屈している……だからだな……あー、貴様……エジタスが暇と言うのであれば、また世間話をしに来て良いぞ』



 「本当ですか~!?」



 『あぁ、勿論だ』



 「ありがとうございま~す!!」



 エジタスは、あまりの喜びからその場で踊り始める。その様子に、漆黒のドラゴンも嬉しそうに微笑んだ。



 『それでは……また、明日な……?』



 「はい!!それでは……あっ、そうでした。帰る前に、質問よろしいですか?」



 『何だ?』



 「今更な気もしますが、あなたのお名前を聞いていませんでした~」



 『名前だと…………?』



 「はい、あなたのお名前は何と言うのですか~?」



 エジタスの質問に対して、漆黒のドラゴンは不思議そうな顔を浮かべながら答えた。



 『我は漆黒のドラゴンだ。それはエジタス、貴様も知っているだろう?』



 「それは種族名ですよ?私が聞いているのは、固有名ですよ~」



 『固有名も何も、我こそが漆黒のドラゴンであり、漆黒のドラゴンこそが我なのだ』



 「そうかもしれませんが世間一般から見て、それはあくまで種族としての名前であり、あなた自身の名前とは言い難いです。本当の意味で最強になるのなら、ちゃんとした名前は必要不可欠なので~す!!」



 『そ、そう言うものなのか……?』



 「はい、それに名前があった方が名乗る時にカッコいいですよ……我は漆黒のドラゴンの◯◯だ!!ってね」



 『カッコいい……か……』



 漆黒のドラゴンは、顎に指を当てて考え込んだ。



 「まぁ、今すぐ考えるものでもありませんし、こう言うのはじっくりと時間を掛けて考えるものです」



 『そうか……そう言うものか……』



 「はい、それではまた明日お会いしましょう~」



 そう言いながらエジタスは、外へと向かいながら片手を大きく振って、漆黒のドラゴンと別れた。



 『(…………名前か……考えても見なかったな…………)』



 それからしばらく、漆黒のドラゴンは自身の名前を考え込むのであった。







***







 「それでですね、最近料理に嵌まりまして…………」



 『料理か……我はこの巨体だからな……料理の様な細かい作業は苦手だ』



 あれから一ヶ月、漆黒のドラゴンとエジタスの関係は良好であった。エジタスの話に対して、漆黒のドラゴンも自ら話す様になってきたのだ。



 「そうですか、やはり大きな体を持っても不便な事はあるのですね~」



 『全くだ。何でも大きければ良いという話では無いのだ。だが、翼が大きいのは助かるな。あっという間に好きな場所へ行く事が出来る。その点に関しては、あの女よりも優っているな!!』



 「あの女……と言うと、この前話してくれた白銀のドラゴンの事ですか~?」



 『あぁ、あの女は我が初めて認めた存在だ。勿論、二番目は貴様だ……エジタス』



 「いや~、そう言われると何だか照れてしまいますね~。あっ、それでしたらあの噂は耳にしましたか?」



 『……噂?』



 エジタスが言う白銀のドラゴンに関する噂に、漆黒のドラゴンは首を傾ける。



 「何でも最近、白銀のドラゴンが子供を産んだらしいのですよ」



 『………………は?』



 一瞬、何の話をしたのか理解出来なかった。



 『い、今……何て……?』



 「ですから、白銀のドラゴンが子供を……『あいつが子供を産んだだと!!?』…………は、はい」



 突然の怒鳴り声に、エジタスは呆気に取られてしまった。



 『その話は本当なのか!!?』



 「え、えぇ……確かな筋からの情報なので……間違いは無いと思いますよ……?」



 『…………っ!!』



 「何処に行くつもりですか!?」



 すると突如、漆黒のドラゴンは立ち上がりエジタスを抜き去り、洞窟から外へと走り出した。



 『あいつに直接会って、本当かどうか聞いて来る!!』



 「い、いってらっしゃ~い………………ふふっ」



 エジタスの含み笑いに気付く事無く、漆黒のドラゴンは洞窟から外に飛び出し、大きな翼を羽ばたかせて空へと舞い上がった。



 『…………嘘だと言ってくれ……』



 漆黒のドラゴンは、淡い希望を抱きながら、白銀のドラゴンの元まで飛んで行くのであった。
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